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鉄九郎の青?裸々な日常 第1号


1998.11-12

 あっと言う間に12月。他の三味線弾きに比べれば、とても呑気に、忙しくなく過ごしてきたはずで、一日一日を噛み締めながら毎日を送ることもできたはずなんだけど、元来のナマケグセか、はたまたダラーッと過ごすことが好きな性格からか、忙しく働いている人からみれば、いっぱい時間のあったはずの僕にとっても、やっぱりあっと言う間の一年でした。
 さて、このところ邦さんのコーナーに押され気味の鉄九郎なので、ちょっとだけ気合を入れて書くようにします。
11月29日
「邦楽玉手箱・平成三味線三昧」勇希波つ帆師匠との共演
聞くところによると400だったか450だったかの予約チケットが売り切れてしまっていたとの事。この人気はどうしたんでしょう、伝の会の人気なのか、勇希師匠の人気なのか、はたまた宣伝の力かと、色々考えてしまったんですが、ともあれ、当日は本当にいっぱいのお客様で、うれしい限りでした。「勇希ちゃん」などと気安く呼んでいましたが、とても魅力的な先輩で、話していてもテンポがよくって、伝の会とピッタリの人でした。ご覧にならなかった方は、またの共演を楽しみにお待ちください。
12月 1日
摩利(カミさん)の実家の仙台へ里帰り。仙台は良いとこですよ、食べ物はおいしいし。
2日
お歳暮とか送ったり、洋服買ったりとか。さすが東北、寒いのなんのって、風邪ひきそう だぜ。
3日
一家でお世話になっている「源右衛門」に頼んでたお皿をとりにいく。 もうひとつの楽しみは「レストラン丸越」に行くことだ。もう最高だぜ、高級洋食屋さん で、めったに自分のお金ではいかないんだけれど、奮発して行ってきました。ああ、あの 味が忘れられない。
4日
「みどり寿司」に行く。ここもウマイ、生ガキ食べて、にぎり食べて、ああ、なんておい しいんだろう。
5日
帰京。7日の「ちょんまげ倶楽部結成式」の構想を小野木さんと確認。
6日
邦さんと明日のリハーサル。11月29日に見事に間違えた「今伝弾東祭」また演奏する予定 、明日は間違えられないぞ、と意気込む。
7日
「ちょんまげ倶楽部結成式ライヴ」当日。小雨が降っていささか寒い、お客さんくるのか しらと、一抹の不安がよぎるが、結成式の準備やら三味線の練習やらであっと言う間に開 演時間。いつものように時間との戦いのライヴは無事終了。今後「ちょんまげライヴ」は どういう方向にしていくかは、課題が残るものの、アイデアはたくさんでてきた。
歌舞伎座近くの三味線屋「朝日家」に寄って帰る。
8日
稽古日
10日
岩波書店発行の「世界」というすっごい本に、伝の会がエッセイを書くことなり、その打 ち合わせのため岩波書店へ。「豊田書店」に寄って帰る。
11日
稽古日
12日
邦さんのお弟子さんのお家の忘年会に呼ばれる。邦さんは一升くらいは飲んだだろうか、 さすがに足取りも怪しかったが、自分の家には帰らず、僕のお稽古場に来て、僕の父親と 飲み直していた。おそるべしクニトシ。
13日
昼寝をしたら5時間寝てしまった(妻も娘も)。
15日
稽古日
17日
稽古日
20日
稽古日。今年最後の美容院、表参道「fwd」へ。
25日
ちょっとした余興をやりに邦さんと築地へ。
27~29日
たぶん、「新春南座・前進座公演」の稽古。
30日
京都のホテルに荷物をおくる。あとは大掃除かな。
31日
なにしてるでしょうかね。1998年も終わりですね、おかげさまで伝の会にとって今年は出来過ぎの年で、僕の想像以上に発展しました。いやあビックリですよ、これも一重に皆々様のおかげでございますよ。
もうひとつビックリしたことは、「伝の会九周年・百回突破記念公演」の真っ最中の8月18日に、今年95才になる祖母が亡くなったことです。お通夜もお葬式にも参列できなくて、連続公演が終わった20日にはもう、お骨になってたんで、なんか実感がなくて、妙な気持ちですな。ともあれ、本年も色々とありがとうございました。来年もどうぞよろしくおねがいいたします。よいお年を。
平成11(1999)年1月1日
喪中なのでいつもの挨拶まわりは無しです。のんびりとすごします。
2日
朝早い新幹線で京都へ。南座で舞台稽古を終えるともう21:00すぎでしょう。邦さんと二 人で(気色ワル)さむーい、四条河原町でささやかに新年の一杯を。
24、25日に帰京かな。この続きは1月中旬までに更新いたします。

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