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鉄九郎の青?裸々な日常 第100号


2004年2月1日〜29日

音霊

2月1日(日) 栃木市文化会館
ガラガラの「やまびこ」に乗って小山へ。NHK宇都宮放送局の「栃木小江戸寄席」と銘打った公開録音。三遊亭鳳楽師匠、神野美伽さんに伝の会という出演者。落語があって演歌があって三味線があってということですね。NHKの水谷彰宏アナウンサーが企画をたてて司会して自分の番組で流すのです。とても楽しいものでした。こういうのはホント楽しいわぁ。

2月2日(月)
ここんとこ予定がめいっはいでくたびれたなあと思ったら頭いたくてだるい。ヤバ。早く寝る。

2月3日(火)
伝の会の取材でNHK国際放送局アナウンサーの服部殉子さんが来宅する。国際放送で伝の会を「長唄三味線を若者に伝えるグループ」として紹介するのだそうだ。

2月4日(水) 「スーパー邦楽新世紀」 広島県民文化センター
ひろしま音楽鑑賞協会さんに呼んでいただきまして、坂田美子さんと稲葉美和さんとともに伝の会も連れていっていただきました。平成13年に伝の会を呼んでいただいた 以来でございます。楽しいライヴをさせていただきました。感謝でございます。
打ち上げの「一富士」さんに行ったときに、いろんなことを思い出しました。ひろしま音楽鑑賞協会さんに呼んでいただいた役者、音楽家の方たちはとても楽しくできるということを。再びここに来たいとみんなが思うところだと。

2月5日(木) 京都 かぼちゃん亭ライヴ
どうやら、午前4時ころまで飲んでしまったらしい。みごとな二日酔いで目が覚めた。京都で坂田さん稲葉さんと別れ、祇園「かぼちゃの種」へ向かう。昨日今日と同行している小野木(古典空間社長)ちゃんも二日酔いがつらそうだ。れでも「かぼちゃの種」の大将のおいしいお昼ごはんをいただいているうちにすこーしずつ回復していき、19時30分の開演にはピリッといたしましたよ、はい。京都という土地柄、以前はすこーしやりづらかったのですが、ここ2,3年は僕らもお客さまも互いに肩の力がぬけたのでしょう、なんとも言えない良いライヴができるようになりました。今回が「かぼちゃん亭ライヴ」の最後なのですが、残念でしかたがないところです。

2月6日(金)
大学時代の友達を思い出すことがある。今では年賀状すらやりとりをしなくなった仲間たち。さがそうと思えばさがせないこともないが、元気でいるならと思うだけで・・・。 山手線にボーッと座ってるといろんな人の話し声が耳をとおりすぎる。ふと聞き覚えのあるイントネーション。Sかもしれない!目でさがす。Sであるわけはないとどこかでわかっていても。やっぱり違う。駅におりたちフト思う。どうして違うと思ったのだろう?Sだったのかもしれない。僕は大学生のSをさがしていたのだ。二十数年もたっているというのに。

2月7日(土)
天気予報のお姉さんが「今日から寒さがもどります」と言っていた。 でも今日は良い天気。「でも」ってこたあないか。「寒さがもどる」と言ってただけで「天気がわるい」とは言ってないものな。僕が買ってに「寒さがもどる」とい言葉を聞いて「今日は天気が悪い」との予報だと思ってしまっていたんだな。
イメージ・先入観・思い込み。
話してる人は「丸い」ものを伝えようとしてるが、聞いてるほうが「四角」を思い浮かべて頷いている、なんてことよくある。それが目に見えてわかる時っていうのは案外少ないのだろう。誤解されたままことが進んで行ってることの方があるかに多いのだろう。「この世は誤解で動いている」という言葉もあるくらいだ。

2月8日(日)
「何にもしてないって?」
「何にもしてない。生活の保護をうけてるし、なんかしちゃうと保護をとめられちゃうだろうし」
「何にもしてないの?」
「何にもしてないです」
大先輩たちの会話です。10年くらいまえにこの世界をやめちゃった仲間のことを話てる。その方は僕もよくしってる大先輩です。僕も話しに加わります。
「何にもしてないって考えにくいことだね」
「想像つきませんね」
「僕等死ぬまで働いてるでしょ。いいか悪いか別にして同窓会とかいくとうらやましがられるよね」
「そうですよね、死ぬまで働くっていうのが一番っていうとこありますものね」
「うんうん」
「何もしないって・・・・」
「酒も飲んでないから昔より健康になってますよ」
「はあー。何もしていない・・・」
「一番ツライことですよね」
「うん。どういう感覚なんだろ」
考えてもわからないし、ツライ考えになってしまう。
働きたくても働けない人。
働きたくない人。
働きたくないんだと信じるしかない人。

2月9日(月)
さてさて、本公演の稽古でございます。14日の夜にやる「妖怪」をつくっていきます。なかなか大変な作業です。三七郎くんと鉄平くんに来てもらい、いろいろ試しております。

2月10日(火)
本公演の稽古です。今日は長唄のリハーサルです。「鶯宿梅」をどうやっていくか試行錯誤しながら作っていきます。ほかに「娘道成寺」「二人椀久」「松の翁」、なかなか大変でごさいます。

2月11日(水)
邦さんと稽古。その後お弟子さんの稽古。ああああ、明日からだぁ。

2月12日(木) 本公演 お江戸日本橋亭ライヴ
昼の部/「松の翁」「鶯宿梅」
初回はやはり緊張するものだ。三七郎くんの独吟の「松の翁」はとてもヨカッタが立三味線の僕が手を間違えた。
夜の部/「二人椀久」「娘道成寺」
この二曲を二時間でおさめるのは、なかなかやりがいがあるのう。邦さんの「椀久」はもとより、僕の「道成寺」もうまくできた。六ショーゴさん、三七郎くんと良い感じにできたと思う。今回の演目だと、僕は勝彦くんとは組んでいなかったんだなぁ。

2月13日(金) 本公演 お江戸日本橋亭ライヴ
昼の部/「二人椀久」「娘道成寺」
夜の部/「松の翁」「鶯宿梅」
初日の晩から飲んでしまうと三日間飲み続けてしまうから、初日は飲むまいと決めて いたのに、飲んでしまう。入学試験最中のメッチャいっそがしー時に来て下さった原(日本大学教授)先生の顔を見たら飲まずにはいられないわな、なにせ「大勝負一座」だものなぁ。ということで今朝は全員むくんだ顔で楽屋入り。昼夜の間で「妖怪」の稽古。「妖怪」は出演者スタッフ全員参加なもので、稽古もなかなか大変なのです。稽古終わると夜の部開演。

2月14日(土) 本公演 お江戸日本橋亭ライヴ
昼の部/「娘道成寺」「鶯宿梅」
今回の本公演から、開場音楽としてお弟子さんたちに三味線を弾かせている。25分くらい弾き続けるのはとても勉強になることであろう。場内の反響も上々で、この企画は続けて行こうと思う。
夜の部/「妖怪」「二人椀久と娘道成寺」
「妖怪」は伝の会初期の作品。黒御簾隊として勝彦氏、六ショーゴ氏、三七郎氏に鉄平やもりやま他、たくさんの人たちとイキを合わせてのお目見えとなった。この可能性をまた他のものへと移行できたら良いなと考えるとともに新しい方向性が見えたような気がした。

2月15日(日)
はあー、昨日までの三日間はいつもの三日間と違った。
つかれたわ。とにかく。勝彦くんもショーゴさんも三七郎くんも疲れたと思うよ。なんかね、いつもよりもね、黒御簾とかやったりしてね、全員がピッチリ仕事したって感じだった。ということで、本日はクタクタでダラーっと過ごしました。

2月16日(月)
事務所で反省会並びに九月の「本公演」の内容を決める。今回の「本公演」もなかなか好評でたくさんのお客さまにご来場いただいた。この何回か良い数字が続いている。
「入場料×動員数」。この数字との戦いである。
今年で15年かぁ。最初は確か1,500円だったかな。すぐに1,800円にしたんだっけな。大塚のジェルスホールで平日夜の一回公演「月刊伝の会」という名でやっていた。良いときで100人弱、入らないときで50人弱という感じだったかな。平均で60人くらいだろうか。1,800円で計算すると108,000円。会場費の4万円をひくと残りは7万円弱。チラシ制作費、発送費、ギャラ等、よくやってけたなと思う。手伝ってくださる方は唄方も含めみんなボランティアに近かったなぁ。

2月17日(火)
で、今の入場料が2,500円。
この値段でギリギリだね。
僕は値上げしなければと思っているんだけど、大丈夫だと言われている。しばらくは、この値段で公演が打てるのだそうだ。ただ、この値段で公演するには、入場者がちょっとでも減ると赤字になっちゃうのだ。だから今回から、より綿密に計画していくことになった、良いことである。

2月18日(水)
26日に長唄協会演奏会がある。今年は(鳥羽屋)里長師の流派との「勧進帳」である。本日、家元の所で下ざらい。

2月19日(木)
トヨタbBに乗って三年がたった。車検にだしてそのまま乗るか、新車に買い換えるかという時期になったらしい。金銭的に得な方にしたら、買い換えるということになった。トヨタで好きな車ってbBなんだよなぁ、他の車はなぁ・・・・。

2月20日(金)
この二、三日あたたかいぞ。このまま春になるのか。まあ、春一番は吹いたっていうしなぁ。

2月21日(土)
17度というポカポカ陽気。松永会で「角兵衛」をやらせてもらうことになった。初めてである。二度程並ばせてもらって弾いたことがある。という経歴はほとんど知らないということなのだ。習ってもいない。さて、今から始めるのだ。まずはおぼえなきゃ。

2月22日(日)
28日にお弾きぞめがあって、そこに出演する名取四人をまとめてお稽古。とても暖かい日だ。風がやけに強い。夜になるとますます風が強くなり雨も降ってきた。ちっちゃい台風がきたみたいだ。

2月23日(月)
朝おきて顔を洗う。なにかがヘンなのだ。思えば、ここんとこ毎朝その違和感を感じていた。肌が前よりスベッとしているというか、しっとりしているというか、毛穴がしまったというか・・・。あ、そうそう毛穴が閉じた。んな感じ。まあ結構なこったと思って数日が過ぎた。妻が「にくにくしいほどツヤがいいね」と言う。またダイエット始めたからな。あ、それだけではないのだ。タバコやめたからか!!

2月24日(火)
暑い。ちょいと遅い地下鉄の中。満員にちかい乗客数。暑い。汗かいてるのわかる。薄いセーターに薄いダウン。まわりはスーツにコートやオーバーにマフラーの人たちがたくさんいる。普通の顔してる 暑いなんて感じてる人いないみたい 恐くなってきた まちがいなくアタシがまちがいだ 汗吹きたいけど恥ずかしいことに思えるほどみんな普通の温度なんだ やべっ どうしちゃったんだろ

2月25日(水)
娘は習字を習っている。
「書き方」って感じかな。一年生になったばかりの頃から行き始めている。「へー、習字をやりたいって思うんだぁ」と父は思っている。
娘は左利きである。
左手で必死に書いている娘を見ていると、日本語というのは「右利き用」なのだなぁとつくづく思う。左手でひらがなや漢字を書くのはちょっと難しい。ああ、それで左利きの人でも字は右っていう人がたくさんいるんだな、と勝手に合点している。娘は今日お習字の道具を手に入れた。来週あたりから念願の書道をやらせてもらえるらしいのだ。墨や硯や筆をうれしそうに眺めている。
「お道具、ちゃんとしまっとけよ」
「はーい。ん、もっぺん、スミのにおいかいどこっかな・・・・うーーん、いいにおーい!」
「アホか!」

2月26日(木) 長唄協会演奏会
演奏は「勧進帳」ですね。気合いの入った舞台でした。終わって人形町区民館へ出かける。また国立に戻って用事を・・・・。なかなか忙しい日でした。

2月27日(金) 江東区立竪川中学校
中学三年生に伝の会。学年二クラス、75人。今は少ないでさぁね、人数がね。
初めての経験をしました。
合唱されたんです。
手のひらを合わせてもらったということでなく・・・。
伝の会へのお礼のために75人で合唱してくれたんです。
合唱ってされたことなかったです。
ないよな、ふつう。
学生のときに「する」ことはあっても「されない」よな。
感動しちゃいました。
声ってすごい。
音ってすごい。
音霊。
歯を食いしばって泣かないようにしました。
なんだろ?
ほんっと、音ってすごいんだなぁと。
自分たちの音って・・・・。
と考えてしまった。

2月28日(土) 新年会 東上野区民館
みんなでたくさん弾いて、たくさん唄って、三味線に感動したり喜んだり。

2月29日(日)
 四月に「松永会」がある。一番最初に「花見踊」をたくさんの女流でやることになっている。今日はその一回目のお稽古。僕んとこから鉄駒、鉄二、鉄六と出演するということもあって、お稽古に顔を出す。下高井戸の(松永)定世さんのお宅。つまり亡くなった(芳村)孝次郎さんのお宅。10年は来ていなかったなぁ。何度か孝次郎さんを車で送らせていただいたことがあって、お宅にもおじゃまさせて もらっていた。懐かしいような寂しいような感じがした。
 意外に女流の方とお話する機会がないもので、今日は久々にお会いした和華師とお話できた。82才になったとおっしゃる。「賤機帯」をお唄いになるという。「そうそう、お師匠さんねぇ、出なきゃダメですよ。その年で唄えるんですから」と相変わらず失礼なことを言うてつくろであるが、和華師くらいになると「はははは、そうよね、しあわせよね」と笑っている。懐が広いね。もっとみなさんとゆっくりお話ができたらなぁと思う。


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