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鉄九郎の青?裸々な日常 第103号


2004年5月1日〜31日

南青山マンダラライヴ・関西松永会・前進座「奴の小万」

5月1日(土)
お弟子さんのお稽古が夕方に終わったのでマンダラに出かける。本日は「新良幸人とサンデー」のライヴなのだ。久々に幸人くんの顔見たいし、もちろんサンデーにも。あんみ通もビカムも来ていたぞ。古典空間アーチスト揃いぶみかいっ。打ち上げにまで出席してしまった。僕は滅多なことではそういう場所には出席しないんですがね。なんだかんだで3時ころまでですかね。途中、路上駐車して車に手錠かけられたりもしながらね、アハハハハ。

5月2日(日) 南青山マンダラライヴ
あんみ通とのジョイントライヴ。ここんとこ、マンダラでは単独でやっていたので妙な感じですが、なかなか楽しい時間でした。楽屋で待ってる間ってこんな感じだったっけなぁ、とか思いながら。楽屋にいると会場の空気がわかんないでしょ。ドキドキすんだよね。だからこっそり会場のぞいたりね。
サンデーが開演前から来てくれましてね、うれしいですね。パチンコ行かずに来てくれたんですかね、アハハハハ。打ち上げやってたら幸人くんが来ました。照れ屋ですね、なかなかの。本番聴きにこないですね。でもよく顔出してくれました。
こんどマンダラいつやるかなぁ?いろいろ考えるんですよね。単独でやるか、ゲスト呼ぶか、その両方やろうか、とかね。ともあれ、今日のライヴは良いライヴでした。
ご来場のみなさまありがとうございました。

5月3日(祝)
家元宅にお稽古つけていただきに行ってまいりました。大阪の松永会のためです。東京でもやった「角兵衛」なんですがね。稽古つけてもらうたびに、「なるほど」と思うところがあるんですね。お稽古してもらうというのは大事ですね。

5月4日(祝) 本日お稽古日。

5月5日(祝)
本日もお稽古日。ウチのお弟子さんたち、ゴールデンウィークはお稽古と決めているのだろうか?きょうび、ゴールデンウィークだからとイソイソ出かけるということもないしな。じっくりお稽古しようという感覚がスゴイ。大したもんだと思う。チャカしてるわけでなく、ほんとにそう思います。

5月6日(木)
本日もお稽古やりました。
こないだ「てつくろさんは、お稽古好きですよねぇ」って言わましてね(ここで言う「お稽古」というのはお弟子さんに教える師匠業のことですね)。「はい好きですよ」とこたえるのですがね。
「もうお稽古日ってイヤなんですよねぇ」
とか言う師匠が結構います。
「なんか仕方がないからお稽古してる」みたいな言い方。
なにが「仕方ない」んだろ?
「月謝もらうためにはお弟子さんのお稽古しとかなきゃいけない」
という「仕方ない」かな?
そんな「仕方ない」ならお稽古しなきゃいいじゃないね。
イヤイヤ教えられちゃたまんないわねぇ。
月謝だって安くないんだからね。

5月7日(金)
前進座に五月公演の稽古を見させていただこうと思っていたのだが、ドタキャンになった。思わぬ休暇がやってきた。さーてなにしよか?

5月8日(土)
「五月国立劇場前進座公演」の稽古がいよいよ始まりました。久々に前進座劇場に来ました。演目は「奴の小万」と「供奴」。「付立」ということで、「奴の小万」に音楽をつけて行くという作業ですね。「付師」があらかじめ音楽プランを考えてあって、それを実際芝居と合わせてみるのですね。一場ずつ丁寧にやっていくので時間もかかります。ほんとは今日はまだ「付立」の日ではないのですが、早め早めにやっていこうということですね。そのほうが僕らも助かるのです。芝居が覚えられますからね。「奴の小万」って知らないんですから。
編集部注
「奴の小万」が書かれたのは江戸時代。文政11(1828)年に刊行の合巻(「ごうかん」とは挿し絵入り小説のような読み物)で、作者は四谷怪談の作者としても知られる鶴屋南北、挿し絵は五渡亭国貞が当時の名優の似顔絵で書きました。舞台での上演はされぬままでしたが、昭和44(1969)年に先代の河原崎国太郎さんが初演し、1970年にも上演。今回は34年ぶりの上演、鉄九郎さんが見たことがないのも無理はありませんね。

5月9日(日)
今日も朝から前進座劇場に来ております。「奴の小万」の稽古しています。二日目ともなると少しなれますね。昨日はほとんど弾かずに芝居を見ていたんです。で、今日はバッチリ弾かせていただきました。はぁ、疲れました。

5月10日(月)
前進座劇場に通って三日目ということですか。大分かたまってきましたね。芝居も音楽の方も。キッカケも大分わかって来ました。フーっと一息ですね。

5月11日(火) 大阪
「関西松永同門会」出演のため大阪にやってまいりました。昨日の雨があがり蒸し暑い日となりました。東京でもやった、師匠との「角兵衛」です。一回やったというので随分と余裕がでたように思います。明日がたのしみです。

5月12日(水)関西松永同門会 帝人ホール
「角兵衛」は思い通りに弾けた。はて、思い通りに弾けたということが、良い出来だったか否かはわからない。ただ、自分が思い描いた「角兵衛」を弾けたということでしょうな。これで一歩というとこかな。これから二度三度とやるたびに「良い」ものになっていくのではないでしょうか?

5月13日(木)
前進座五月国立劇場公演「奴の小万」「供奴」 初日舞台稽古に出られず、初日をむかえた。こわーーい。だって、この二日間で、細かいとことかがたくさん変化しているだろうし、初日でバタバタしているから、変わったことを僕に伝えわすれるなんて絶対にありそうだし・・・。ドキドキの初日です。
「奴の小万」の僕の持ち場(弾く幕場)は二幕目の終わりから最後まで。といっても分かりづらいですかね。
今回の「奴の小万」の幕場は、「発端」があり、「序幕」が第一場、第二場、第三場とあり、「二幕目」と「三幕目」がそれぞれ一場ずつ、「四幕目」が第一場、第二場となっています。これをまとめると「四幕八場」と言うのです。
ついでに、「大詰」という言葉があります。最後の場ことですね。一般的にも使いますよね「もうそろそろ大詰だぞ」なんてね。今回の場合は四幕目の第二場が「大詰」ということになりますね。
で、最初から最後まで黒みす音楽はあるのですが、全部弾かずに分担して弾くことが慣わしになっています。今回三味線弾きは6人おります。黒みすに入るのはそのうち3人です。で、僕が弾くのは二幕目の終わりからということなんですわ。稽古のときは、持ち場以外も弾いてますからね、全部弾いてます。芝居覚えなきゃいけませんしね、そのためにも弾きます。

5月14日(金) 前進座五月国立劇場公演
昨日初日があいたからと言って安心してはいけません。ダメが出て、セリフがカットになったり、段取りが変わったりとかがあったりするものなのです。つまり変更があるということなのです。変更があると弾くキッカケが変わったり、それにともなって弾く合方を替えたりもいたします。まだまだ安心してられませんよぅ。

5月15日(土) 前進座五月国立劇場公演
三日たつとだいたい落ち着いてまいります。これから変わることはまずありませんね。ヘンな話、こっちだって、この形で覚えてしまいますからね。今さら変更されてもね。

5月16日(日) 前進座五月国立劇場公演
佐助くん、佐一郎くんがお休みなので、その分を交代でやるのです。自分の持ち場以外にも弾くということですね。そのことを我々の世界では文字通り「穴埋め」と言います。自分の持ち場プラス穴埋めをするので、結果的にはほとんど全部弾いてることになります。それを昼夜やりますと、さすがにヤッターという気になりました。

5月17日(月) 前進座五月国立劇場公演
さすがに昨日の疲れが出たのか、黒みすに入ってしばらく弾いていたらボーッとしてきた。でも今日は昼公演のみなので、ウチ帰ってちょっと休めるかなぁ?

5月18日(火) 前進座五月国立劇場公演
今回、勝彦くんが、唄方のメンバーを集めた。六ショーゴさん、勝吉治くん、三七郎くん、三美朗くん、弥助くん・・・・。その中に佐喜三郎くんがいる。まぁ、久しぶりに一緒に仕事する仲間である。長い間、菊五郎劇団(松竹歌舞伎)に所属していたので、ずーっと松竹の仕事をしていたのだ。菊五郎劇団に入る前はしょっちゅう一緒に仕事をしていた、懐かしい仲間だ。
伝の会が「月刊伝の会」というライヴを大塚ジェルスホールでやっていたころ「セントルイスブルース」を弾くのにスッと入っていけるようなSEないかなぁ?と相談したら、アメリカのハードボイルドな小説にでてきそうな酒場の喧噪の音を作ってきてくれたり、ビデオとってもらったり・・・・。あらっ、裏方でばかりやってもらってたなぁ・・・。あっ、「伝の会大勝負」の時も唄ってもらいましたね。声は大きいし、ボリュームもあるし、これからドンドン良い唄を唄ってってもらいたい人です。

5月19日(水) 前進座五月国立劇場公演
「ハパぁ」
「ん?」
「あんなとこにユンソナってかいてあるよ」
「どこに?」
「あのたな(棚)んとこ」
「ありゃ、コンソメだよ」  

5月20日(木) 前進座五月国立劇場公演
台風が来るという。こんな時期に台風とは。でもほんとに来そうな天気なのだ。一日雨。風もけっこう吹いている。明日は関東上陸か。そんな日にもかかわらず、我らは終演後飲みに出かけるのであります。

5月21日(金) 前進座五月国立劇場公演
佐之忠師匠のお誕生日なのですね。今回は楽屋で、芝居に関するさまざまな話を聞かせていただいている。歌舞伎に限らず、いろんなものを観ている師匠です。新劇はもちろんのこと、宝塚や熊川哲也まで観ているというのにはびっくりした。芝居が好きなのだ。好奇心が強い。頭が堅くない、やわらかいのだ。勘亭流の文字を以前から書きたいと思っていたそうで、最近お稽古に通いはじめたそうだ。そのバイタリティは見習わなきゃいけないことだ。

5月22日(土) 前進座五月国立劇場公演
劇団前進座の創立記念日ということですな。毎年この日は国立劇場公演をしているので、朝楽屋に行くとお赤飯が配られている。

5月23日(日) 前進座五月国立劇場公演
めでたく千秋楽である。今回もなにより楽しい楽屋で、みんなが良い勉強になった時間であった。なかなかこういう職場はない。ガクッとするほど疲れたが、それが心地よい疲れであるというのがうれしい。

5月 24日(月)
薄曇りだ。とにかく寝た。お昼過ぎまで寝た。

5月30日(火)
「CDつくるCDつくる」と言いながら随分と月日が流れてしまった。僕の予定では昨年作るつもりだったのにサッパリ手がつかなかった。今秋にはなんとか録音したいと思っている。「思っただけじゃダーメなのだ」と思いつつも時間だけ過ぎていく・・・・。でもね、でもね、今日邦さんとCD候補の曲をMDに録音したのですよ。一歩前へ踏み出しましたね。7〜8曲録音したんだよ。朝の10時から6時間かけてマジメに録音しました。それをおのおのが聴いてね。どの曲にどんな味付けしようかなぁと考えてね。アイデア出してまた、12日にも録音することにしたのです。うーん。前に進んだ進んだ。

5月31日(火) 胃カメラ
胃にポリープが出来て三、四年くらい。毎年胃カメラのんでポリープの状態を見なければならない。で、胃カメラをのむというのが苦手なのです。まあ、得意だという人もいなかろうが、特に苦手。局部麻酔したからといってもツライのなんのって。で、全身麻酔でのましてくれる病院を見つけてもらった。昔、妻がお世話になった江古田の鈴木病院だ。十数年ぶりに行った鈴木病院は驚くほどきれいな病院になっていた。「全身麻酔をしてもらうと不思議な夢を見るよ」とか言われていたのでワクワクして いたが、麻酔をうってもらった途端に眠ってしまったらしく、次の瞬間起こされた。二時間たっている。ほんとに胃カメラやったのだろうか?夢なんかなーんも見なかった。チョンパラ(編集部注・歌舞伎芝居の演出方法の一つ。柝がチョンとなって浅葱幕がパラッと落ちて場面が変わります。)で二時間だよ。お医者さんが写真みながら解説してくれた。「ポリープが1センチくらいになっているからとっちゃいましょーね」と言う。おっ、いよいよ手術か。手術後は一週間お酒を飲んじゃいけないというので、来月の沖縄公演の後に予約を入れて帰宅。帰宅しても眠くて眠くて仕方がない。お腹がへっているがとにかく眠い。おかゆをいただいて寝る。寝る寝る寝る・・・・・。

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