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鉄九郎の青?裸々な日常 第105号


2004年7月1日〜31日

藤山直美さんと松竹新喜劇出演

7月1日(木) 大阪
いやぁ、ワクワクして稽古場に行きました。とにかく松竹新喜劇のお手伝いができるなんてね。子どもの頃に見たことありますもの。関西では毎週やってたんでしょうけれどね。東京でもたまーにやったりしてたんではないでしょうかね。
藤山直美さんは一度、中座のお仕事のときにご一緒させていただいたんですけどね、もちろん、あちらはそんなことは知らないですよ。小島慶四郎さんをね、とにかく、ナマで見たくてね。真っ白なお殿さまのね、普段着を見たいですよね。どんな格好で現れるのかをね、ドキドキ。
そんなこんなでワクワクしながら稽古場で支度してるとね、次から次へと役者さんがきますね。へぇ、直美丈という方は普段はああいう格好してんのか、ステキ、なんてね。で、さっきからワイワイ騒いでるオッサンがいるんですわね、おもろいこと言ってね。熱烈な阪神ファンなんだということがはっきりとわかるシャベリです、はい。おもろい人やなぁ、と思っていたら、その方が、あこがれの小島慶四郎さんだったんですなぁ。普段も真っ白なお殿さんみたいな顔しとるんですなぁ、アハハハハ、いや、大変申し訳ないことを・・・。

7月2日(金)  大阪
芝居作りの稽古を見させていただくということは、滅多にないことなんですよね。歌舞伎の場合はちょっと違うでしょ。出来上がってますからね。普通のお芝居は作っていきますでしょ。毎日毎日やって、どんどんよくなって、無駄なとこがなくなって行くでしょ。三味線弾くの忘れるくらい熱中して見てしまいますね。今回の新喜劇もどうやって作っていくのかが、とても興味あったんです。藤山直美さんと言う人はどうやって稽古していくのだろうかとね。
毎日アドリブを替えますね。見事なもんですね。「○○みたいな」とか言うセリフなんかも三回やったら三回違えますね、で、三回笑わせますね。その感覚いいですよね。良い意味で、まわりもそれを期待してますからね、稽古でね。目の前で芝居の稽古やってるんですよ。うれしいですね。
「あのぅ、あんまり笑わんようにしてください」と直美丈にちょくちょく言われてます。

7月3日(土)  大阪
稽古見てて笑いますね。毎回笑います。ま、それはわかるんですが、毎回泣かされますね。泣いてしまうんですよ。幸いなことに泣かされる場面の時に三味線弾いてませんからね、思う存分芝居見ちゃってますから、毎回泣きますね。最初はずかしかったんですが、しょうがないですね。泣かすんだもの。
三林京子さんが稽古場風景の写真を撮ってらっしゃいます。三林さんのHPに載せてくださっています。

7月4日(日) 
大阪から真っ直ぐに青山のヨーコさんとこに寄る。妻と娘が髪切ってもらっているのだ。ついでといっちゃあなんだが、僕もやってもらう。

7月5日(月) 「はなのお六」舞台稽古
久々に新橋演舞場に来ましたわ。いつ以来だろ?お囃子さんは5人(それでもギリギリの人数)いるんですが、三味線弾きが二人だけなんです。大抵、この手の劇場ですと4人、少なくとも3人は必要かなと思いますね。音の大きさとかではないのです。厚みが出にくいんですよね、二人だと。でも楽しいです。なんたって伝の会でやらせていただいてるようなもんですからね。
松竹新喜劇は何年も何年もナマの音でやっていませんのでね、ナマの音だけだとものたりないのでしょうな、マイクで音ひろってスピーカーから出すようです。
そうそう、重要なことなんですが、「はなのお六」は唄もあるんですよ。二カ所あって、独吟が一カ所。どうすんのよぉ。唄方いないよぉ。ピンマイクつけさせられましたね。どうやら、二人で唄うらしいですね、ハハハハ。弾き唄いをするようですね、ハハハハ。ワーーーーーっ、なんてスゲーことさせんだーーー。弾き唄いの黒御簾なんて考えたことないぞーーー。 しかも、新橋演舞場だぞーーーー。ヒャーーー、僕らの世界の人が聞いたらビックリすんだろうなぁ。イヤイヤ、驚きましたね。一か月弾き唄いやりますか、ハハハハ。やっちゃいますねぇ、伝の会はやっちゃうのですねぇ。喜んでやっちゃいます。こんな経験できませんからね。楽しみ楽しみー。沖縄で弾き唄いたくさんやってきて、ここへ来て、またこういう流れですな。いやぁ、世の中というものは楽しいものですわ。毎日楽しむぞーーー。

7月6日(火) 大阪ぎらい物語舞台稽古
一場ずつ確認しながらの稽古のあと、通しで舞台稽古をする。「大阪ぎらい物語」を二回見たということですな。笑って泣いてを二回やるとさすがに疲れる。後半の45分くらい弾いてないのでね、見られるんですよね、客席にまわってね。勝手に見て勝手に笑って泣いてんだから、アタシャ。それで疲れたもあったもんじゃないけどね。

7月7日(水) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 初日
スッゴイ。本番になると、こんなにテンションが違うものなのか。稽古の時だって、すごいテンションなのに、お客さんが入った途端にもうひとつもふたつもすっごいテンションになっている。良い空間を感じさせてもらいましたなぁ。藤山直美さんってスッゴイなぁ、あらためて。

7月8日(木)  『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
回転寿司にはよくいきますね。唐突になにを言い出すのかという感じですが・・・。ウチの近所も回転寿司戦争のようにたくさんあって、新しくできればとりあえず行きます。「顔出しとかなきゃあな」とかいいながら。 一家でよく行くところにラーメン屋がありますが、回転寿司行った方が安くすみますな。不思議な世の中になったもんです。娘も心得ているようで、○○寿司ならまぐろを食べる。△△寿司ならエビという具合に自分にとってベストな品物を決めているようです。今夜は、かっぱ寿司に行ったのですが、ここではエビ天がウマイと言って食べてます。

7月9日(金) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場
妻と娘がダウン。二人いっぺんに風邪ひいたのかしらん。まぁ、とにかく、ごはんとか作れないだろうしとコンビニでちょこっとしたものを買ってきておいてから出勤。夜帰ってみると、娘はあまり食べなかったらしい。医者にも行ったようなので、まあ、あとは寝てれば大丈夫だろう。

7月10日(土) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
子どもははやい、なおりがはやい。朝、「おなかへって、し(死)にそうだよー」とベソをかいてる。こりゃ治ったなと思ったから「どうでぃ、ガツンと牛丼みてぇのをあつらえようか」と言うと、コックリうなずく娘。「待ってろよ」とばかり、ひとっ走りコンビニに。で、本当に牛丼を買ってけぇってくると、「おなかへって二階まであがれないよぉ」と淋しそうに言うので「しょうがねぇなぁ、かまうこたぁねぇよ、稽古場で食べろ食べろ」と本当に買ってきた牛丼を差し出すと、娘は本当に牛丼を食べ始めた。「すっげぇなぁ、病み上がりの朝っぱらから牛丼くえんならもうでーじょぶだな。 いっつくるよー」と演舞場にご出勤いたしました。
今夜は演舞場近くの「泡盛」という沖縄料理屋さんで、新良幸人とサンデーのライヴがある。真木ちゃんが段取ってくれたので、演舞場終演後、邦さんとのぞきに行く。六月の沖縄以来だ。「兄キィ、ここの店は東京で一番おいしい沖縄料理の店だよ。『いつ世』と同じ」「紅豚もあるね」「あるある。そばもウマイよ」ちょうどライヴの休憩時間に入った僕らは楽屋で再会を喜んでいた。真木ちゃんが沖縄そばを食べるというので、邦さんと二人でそれを少しいただく。「あたしの食べる分がなくなるーー」と訴える真木丈。

7月11日(日) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場
演舞場、毎日楽しくすごしております。弾いてないときには客席にまわったり、袖に行って観ております。毎日毎日観ておりますと、直美丈と慶四郎丈の掛け合いの部分が変わっていんサマがよくわかります。客席に流れている空気をどう料理していくか、二人の息をどう処理していくか、シロウトの僕に見える部分は一部分なのでしょうが、とても楽しいです。これだけすごい人たちもこうやって作っていくのだということを知ります。これが伝の会に役立たないはずはないですね。

7月12日(月) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
初日があいて六日目。各方面で段取りが身体に入ったころですね。一日のペース配分を身体がやってくれるのですね。やってくれるのですが、これが怖かったりしますね。流れ作業になる可能性が高いのですね。楽しちゃうというかな。特に舞台上の方たちは、ちょっとの慣れが手痛いことになることもありますね。そういうふうに考えると「笑い」って大変ですね。慣れちゃったら笑いおきないんですよね、たぶん。身体は慣れようとするけど、頭では慣れないようにと、どっかの部分が働いてないといけないのではなかろうかと思うのです。質が高ければ高いほどね。

7月13日(火) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場  
昨日、藤山直美さんとすれ違ったとき「あしたは35度になりますよぅ。ものすご、あついです。がんばってください・・・・・40度こしたらハワイ旅行です」と言っていたとおり35度の暑い日。梅雨もあけたそうです。でもカラッとした35度だったのでさほどではありませんでした。
昼公演のみなので、すっとんで帰って、娘のプールのお迎えをしてから、お弟子さんのお稽古。終わって11時近く。途中、神戸で飲んで騒いでいるときわ(和佐比路)さんご一行から電話がある。  

7月15日(木) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
お盆ですな。今日も昼夜、演舞場ですな。父や母に芝居見せてあげたいですな。あっちから帰って来て見てるかな。

7月16日(金) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
昼一回で帰宅。お弟子さんをお稽古していると、てる子伯母ちゃんが来てくれた。お盆なのでお線香を上げに来てくれたと言う。うれしいことだ。父のお姉さんなのです。

7月17日(土) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
朝、獅童くん宅でお稽古して、演舞場へ。毎日知り合いが観に来ている。ウチのお弟子さんやら伝の会のお客さまやら。今日の夜は、妻と娘が観ることになっている。娘は大丈夫かなぁ?この笑いについてこられるかなぁ? 無理だろうなぁ。アキちゃうんだろうなぁ。あーあもったいないなぁ。などと思っていたら、人一倍ウケていたそうな。ああ、良かった。
終演後、邦さんと、笑いすぎてほっぺたが痛いと言う妻と娘と一緒に10日に行った「泡盛」に行く。二人とも沖縄料理が大好きなのだ。キャッキャいいながら食べ、芝居の話をし、また笑う。お店の人もたくさんサービスしてくれて、おいしくおいしくいただきました。沖縄の人はあったかいね。 「泡盛」さんありがとう。幸人ありがとう。

7月18日(日) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
竹屋さんという履き物屋さんが出入りしています。国立や歌舞伎座、演舞場などに出張してくるのですね。昔からいらっしゃってて、会う度に草履やらなんやらを買ってしまうのです。雪駄の鼻緒を替えてもらったりね。 重宝なんです。今月もいらしてて、すでに草履を三つほど買ってます。

7月19日(祝) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
「はなのお六」の真っ白な殿様役の小島慶四郎さんが、今日の公演で1000回目を迎えた。1966年、藤山寛美さんの「花の六兵衛」から殿様をやり続けている。僕もたぶん昔ににテレビで見たのであろう、あの真っ白な殿様はキョーレツに覚えている。その殿様1000回目の舞台に居合わせることができて良かった。
「はなのお六」の最後は、「こやつどこまでも鼻であしらいおって」「おとのさま」でチョーンと木が入り、締太鼓がテンテンと打つと、僕らが「鶴亀」の「山花草木〜」を弾きうたいする。そこに「めでたいめでたい」とセリフがかぶり幕になるのだ。今日は幕が最後までおりなかった。慶四郎さんには内緒だった突然のセレモニーではじまった。
藤山直美さんの「小島秀哉さんと小島慶四郎さんは、私が勝手に決めた、大阪喜劇の人間国宝です」と涙をいっぱいためての言葉。突然の出来事にも「寛美先生は『千回千回ってなにが千回や、しっかりせんかい』とおっしゃってると思います」という慶四郎さんの気の利いた挨拶。黒御簾の中にも小島秀哉さんや三林京子さんたち出演者の人たちが何人も入ってきて舞台の様子を見ている。感動しちゃって感動しちゃって、泣けちゃって泣けちゃってしようがなかった。でも泣いてられないのだ。もう一度テンテンと来たら弾きうたいしなきゃならない。まぁ、感動的な出来事であったなぁ。

7月20日(火) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
ウチは今「産経新聞」を購読してるんです。僕は大学の時「新聞学科」という妙な学科で新聞のことをさんざん勉強したわりには、あまり読まないのですけど。

7月21日(水) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
八月一日に勝幸恵さんとこの浴衣会があって、ウチのお弟子さんも何人かださせていただくのです。19日に下ざらいやりましてね。今回お囃子が入るのでね、楽しいですね。お弟子さんたちには一回一回を丁寧に経験していってもらいたいですね。

7月22日(木) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
歌舞伎座に行っている勝彦くんと六ショーゴさんと「泡盛」へ。「泡盛」すっかり気に入っちゃいました。

7月23日(金) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場 
今年の三月、四月と前進座の巡業に行ってたでしょ。そこに来ていた衣裳の仲田まゆみちゃんが、今月もいるのです。舞台稽古の時、お互いにビックリしましてね。で、彼女がアルバイトで浴衣を縫ってくれるよと邦さんから聞いたのです。願ったり叶ったりでね。浴衣の生地が家にゴロゴロしてるんですよ。早速頼みましてね。いやぁ、助かりますわ。

7月24日(土) 『七夕名作喜劇まつり』新橋演舞場千秋楽
千秋楽というのはなにか寂しい思いがするものである。毎日毎日、当たり前に起こっていた出来事が、明日からは影も形もなくなるのだから。毎日会ってた仕事仲間や役者さんたちとも、明日からはもう会わないんですわね。そんな寂しい思いをしたかと思うと、「おつかれさまー」と楽屋を出た後の爽快感もある。「終わったーーーっ」といヤツね。ホッとしたぁ、事故なくすんだぁとかの感じね。やっぱり一ヶ月間という時間、身体や精神のどこかが緊張しているのですからね。とにかくホッとして、楽屋に溜め込んだたくさんの荷物を車に積んで、自宅へと戻ります。「おかえりなさーい」娘とともにお弟子さんが迎えてくれました。さあて、稽古だ稽古だ。

7月25日(日) 鳳明館ライヴ(ちょんまげ倶楽部限定)
今月は、買ったばかりの小鼓や太鼓、それに竹笛なんかも楽屋に持ち込み、昌一(太意三郎)くんや勲(鳳声)くんに教わっていた。とりあえず、「供奴」「島の千歳」の一部分が打てるようになったので、今日のライヴでやってみた。
ライヴやって食事してライヴやってと。たくさんお客さまともお話できたし、楽しかったです。遠くにお住まいの方には申し訳ないのですけど・・・。こういう企画はドンドンやっていきたいです。

7月26日(月)
来月は京都南座で松竹新喜劇の芝居があるんです。それで、今度は東京でお稽古してから京都に行くんですって。で、僕は行かないんですけどね。用なしなんです。邦さんだけ行って、ワキ三味線は佐敏郎くんや浩基くんやら、大阪・京都方面の方が勤めるわけです。で、その稽古が今日あたりからあるんですわ。見にいきたいんですよぉ、稽古をね。演舞場とは違う演目もあるのでね。観たいのですよぉ、なんとかね。でもね、でもね、お弟子さんのお稽古がビッシリ入ってるんですよ。ヴーーーー、しようがありませんわね。

7月27日(火)
経堂の榊原クリニックに行く。顔のホクロをとるのです。シミもソバカスもとれるのです。名医なのです。楽しみだぁ。今日は診察と予約をしに行ったのです。

7月28日(水)
松竹新喜劇の稽古、観にいけないなぁ。

7月30日(金)
豊島園プールのチケットがあるらしい。しかも今月末迄の。行くのは今日しかない。台風の影響で天気が不安定だ。案の定、今朝おきて見るとあぶなっかしい天気。
「ダメだな」
娘がシクシク泣きだす。
「じゃ行くか?」
「・・・」
よし行こう!!
11時ちょい前にプールに着き、めっちゃ遊ぶ。午後2時からお稽古なのだ。12時すぎには出なければならない。
「おいっ、そんなとこでのんびり遊んでるヒマはないぞー。波のプールのあとは流れるプールに行くぞー。もたもた歩くなーーー」
大変な騒ぎである。娘はうれしくてうれしくてたまらないらしい。飛び込みのプールで飛び込みまでしていた。俺は小学校二年生のときには、飛び込みなんて怖くて怖くてできなかったけどなぁ娘もテンションが上がりきってしまって、わけわからずに飛び込んだのかなぁ。

7月31日(土)
明日は浴衣会なので出演すウチのお弟子さんが鼻息も荒く次々とやっ てくる。もっともっとたくさん機会を作ってあげたいなぁ。


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