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鉄九郎の青?裸々な日常 第112号


2005年2月1日〜28日

中津川・浜松・京都

2月1日(火)
ステレオっていうのは、左右のスピーカーから高い音と低い音が出るんだと思っているウチの弟子。

2月2日(水)
今日は寒いぞー。名古屋から南では雪が積もっているぞー。東京は降らなくて良かった。一日車移動の日なので雪降っちゃたらワヤですからね。
7時半に出発。渋滞の道をノロノロと市ヶ谷にむかいます。四谷の小諸そばで注文していたら邦さん現れる。一緒にスタジオD21に。宣伝用の写真を撮るのです。宣材写真などと言いますね。この前撮ったのは2〜3年前なのかなぁ?今回のカメラマンは星野英介さん。小一時間いろんな写真撮りました。おっさん二人笑いすぎで汗だくです(どんな写真撮ってんだ)。しばらくいて、邦さんと別れた僕は事務所にむかいました。事務所の渡辺さんと前田さんと打ち合わせしたり京都のチラシ用の写真選んだりしてね。
3時すぎにNHKに行きました。509スタジオ。FMの邦楽百選の録音です。芳村伊四郎師が立唄。三味線は忠五郎師匠(松永流家元)に僕、忠史朗くん、和寿三郎くん。曲は「舌出三番叟」と「君の庭」。

2月3日(木)
節分。明日は立春。ちょこちょこといろいろ出かけて、邦さんと5日のリハーサルをして。

2月4日(金)
勝彦くんのお稽古場に行きましてね。出稽古先ですね。巣鴨駅で勝彦くんと勝十朗くんと待ち合わせして、車で向かったら、なんのこたぁない。ウチの菩提寺の近所でした。何年も前に亡くなってお葬式にも顔をだせなくて悔やんでいた方のお家でした。伝の会のお客さまでね。お線香上げさせてもらいました。心残りだったので、なんかスッとしました。
新橋の金田中に行きました。むかーーーし、一度くらいは来たことがあると思うんだけどなぁ。スタイリストの原由美子さんのお祝いの席でしてね。師匠と「鶴亀」の演奏をしました。

2月5日(土) 東美濃ふれあいセンター 歌舞伎ホール
邦さんと中津川に来ました。名古屋から「しなの」に乗って。中津川と聞くとフォークジャンポリーを思い出す。子どものときでしたが、中津川という響きが良くてね。あこがれを持ちましたね。
タクシーで「東美濃ふれあいセンター」を目指します。高台に立派な競技場などと一緒にありました。ものすごくきれいな、大きなとこです。歌舞伎ホールというホールがありましてね。本花道があり回り舞台もありという600人くらいのステキなホールでした。明日、そこで伝の会をやるのです。下見をしたいなということで、前日に来させていただきました。
茂澄太さんと勝野育夫さんにご案内いただいてね。勝野さんは「事務局長心得」という肩書きでありました。カッコイイですねぇ、事務局長心得。
桜井さんという音響やってくださる方もいらしていて、丁寧に舞台客席を見させていただきました。良い人たちです。歌舞伎ホールはすっかり芝居小屋なんです。「平成の芝居小屋」と肩書きがついてるくらいですからね。こういう舞台の上に立つというのは心ウキウキしてきますねぇ。せっかく本花道があるというので、それを生かしたライヴにしようと考えてるんです。伝の会も最近動きまわりますからね、いろいろ。
ホテルにチェックインして、近所で飲んでいると舞台監督のタッキー(滝沢)が東京からやってきました。いつものように和気藹々と飲んで、記憶があやしくなったところでお開きとなります。俺、何時に寝たんだろ?

2月6日(日) 東美濃ふれあいセンター 歌舞伎ホール
リハーサルやってお弁当いただいて、ボーッとしてたら開場時間になりました。しばらくするとアナウンスが流れます。「本日は伝の会長唄三味線爆笑ライヴに・・・・」爆笑ライヴって!?チラシにもそう書いてあるんでしょうなぁ。こっちサイドの問題なんですけどね。まぁ、何年も前からそういう風に売ってきてるんでしょうけど。なんかひっかかるんですよねぇ。いや、意図はわかるのです。「長唄三味線」って言うと堅苦しいとか敷居が高いとか、難しそうだとか退屈だとか・・・あるんでしょうからね。でも「爆笑」ってのはなぁと。
歌舞伎ホールつまり長唄をただ演奏するだけじゃなくて、気が利いてるかどうかは別として、おしゃべりもしますし、ちょいとは面白いこともしますよってことを「爆笑ライヴ」としてるんでしょうけどね。「爆笑ライヴ」が不満と言うのなら、なんと言ったら良いのだろうか?と考えるんですが、思い浮かばない。じゃ、「爆笑ライヴ」で良いでしょう、って言われると、それは「違う」と言いますね。うーーん難しい。ステージは順調でステキなお客さまのおかげで、楽しいものとなりました。皆様ありがとうございました。
名古屋で小野木さんとタッキーと別れて、邦さんと二人で「こだま」に乗ります。 行き先は浜松。名古屋からだとアッという間ですね。二人ともあの短い時間に熟睡してしまって、あやうく乗り越すとこでした。中津川に比べると暖かい浜松なんでしょうが、ちょっとの差でしょうからね、僕らにはわかりません。
タクシーに乗って尚雅堂さんへ向かいます。尚雅堂というのはお和楽器屋さんです。10数年のおつき合いになるでしょうか。伊藤尚美さんという方がやってるんですが、 良く伝の会に来て下さったりしているのです。今回も浜松でいろいろセッティングしてくださっています。
尚雅堂に着くと、色んな方たちがいらしていたんですが、なにぶん、ライヴの直後に来ているので、まずお風呂に入りたいのです。近くに大きなお風呂屋(なんつうの? 健康ランドとか言うの?)さんがあるというのでお客さまにご挨拶もせずに、その「極楽湯」という所に直行です。さっぱりすると、尚雅堂で宴会が始まりました。御風呂上がりのスッピン状態で名刺交換ですね。ヤマハの竹内明彦さん、桧森隆一さんはじめ、ステキな面々とお箏の坂下由季乃さんたちと楽しい時間を過ごしました。中津川でライヴやったのが数時間前なのに、風呂入って一杯飲んでね、またここで三味線弾いてね、好きですね、僕らも。

2月7日(月) 浜松
「龍譚寺」に連れて行っていただきました。静岡県引佐町ですね。小堀遠州作のお庭でとても有名なお寺さんです。副住職(武藤宗甫)さんに丁寧に案内していただきましてね。ここでライヴ出来たら良いですなぁ。(福原)徹ちゃんが昨年ライヴをやったそうでね、写真見せていただきました。お笛は良いでしょうなぁ、心休まりそうですね。
最近学校用のお三味線製造に力を入れている、スズキ楽器にも連れて行っていただきました。大沢さん、社長の横幕さん、そして会長にまでお会いして、教材用の三味線 「あやめ」「かえで」を試し弾きいたしました。
浜松市楽器博物館ね。嶋和彦館長に案内されました。まぁ、驚くべき楽器たちですな。勉強になりました。
夜は「ひめ箏会」というなかなかの人たちの集まりでのライヴです。30分ほどやって、お客さまと飲んだり食べて良い気持ちになりましてね。ここで会った方たちもステキな人たちばかりでね。宴も終わろうかなというときにね、良い気持ちになったんでしょうね、「はい、邦さん三味線持って舞台行きましょう」と言ってしまいましたね。ヤンヤヤンヤでした。

2月8日(火)
おぐらや(呉服)さんへ行ったり能楽堂みたりしながら静岡に来ました。プロデューサーの中山修さんにお会いしました。いろいろお話していたら、結構近い世界の方だったので驚きました。すっかりお世話になった伊藤さんともここでお別れです。まぁ、今回浜松では何から何までお世話になりましてね、すっかりマネージャーやってもらっちゃいました。ありがとうございました。
皆様、邦楽関係のものは尚雅堂へお頼みください。なんでも揃います。電話とFAXだけでやってるんです。053-471-4487に電話かFAXしていただければ良いのです。「てつくろの日記見て」と言うと、多少違うかもしれません(なにが?)。
新幹線に乗って一眠りしたら東京です。邦さんと有楽町で降りて、コリドー街を歩きます。これからワインバーギンザに行こうとしているのです。6月にライヴをやらせてくれるというので日取りを決めがてらお邪魔しようと。しかし、伝の会は今回よく動いてますなぁ。まだ家に帰らないのですから。オーナーの臼井さんと、色々話しができました。邦さんもここでのライヴにノッてくれた見たいです。良かった良かった。

2月9日(水)
うーん、眠い。昨日までの疲れが出たな。ワインバーギンザでは二人でボトル一本だったが、そのあと八起に行って、お疲れさましちゃったからな。結構飲んだんだな。
本日お稽古日。みなさんお月謝持ってくると思ったら、今月初の稽古日だったんだな。

2月10日(木)
「ねぇパパ」
「ん?」
「バレンタインって14日?」
「うんそうだよ」
「じゃあなんでカレンダー赤くないの?」
「ああ、そうくるか。バレンタインデーと言っても普通の日だからな」
「ふーん」

2月11日(祝)
三島に来ました。駅で勝十朗くんと落ち合い、タクシーでプケ東海三島へ。勝彦くんと「梅の栄」を演奏しにきました。三島は暖かいですねぇ。

2月12日(土)
「みなおそう、みなおそう、自動車保険をみなおそう、そんぽ24でみなおそぉ」と娘はこのところ損保24のCMソングを歌っている。体育の時間でサッカーをやることになり、クラス内で4つのチームを作ることになったそうな。各グループとも好きなチーム名をつけていいそうな。娘のチームの名は「そんぽ24」

2月13日(日)
朝早くでかけ、午後二時までに帰宅してお稽古。終わって七時。はぁ、つかれた。

2月14日(月)
恒例の京都です。長艸さんhttp://www.nagakusa.com/toshiaki.htmlに久しぶりにお邪魔いたしました。いつぞやライヴをさせていただいた以来ですわ。敏明先生、純恵先生は大好きな方たちです。娘さんの賀奈子ちゃんもいらしてね、まぁ、長時間おしゃべりしましたねぇ。まぁ、魅力のある方たちですなぁ。

2月15日(火)
涅槃会ですな。お釈迦様がおかくれになった日ですね。

2月16日(水)
昨日は志の輔さんのお誕生日だったのですね。

2月17日(木)
「イタッ」
「どうした?」
「ぶつけた」
「どこを?」
「ペダル」
「どこにじゃなくて、どこをぶつけたんだ?」
「なんていうの?カカトとヒザのあいだんとこ」
「ああ、むこうずねだな」
「ああ、そうそう」
「弁慶の泣き所だ」
「ベンケーのなくとこなんだね」

2月18日(金)
川島(佑介)さん宅にお伺いいたしました。初めてお伺いするのでと、丁寧な地図を書いてくださったのですが、地下鉄に乗ったときに、その地図を持って出るのを忘れたことに気がつきました。3月の伝の会本公演の打ち合わせです。曲目やなんやかやを決めるために集まったのです。邦さんは車で来たみたいでした。川島さんとは長いつきあいですが、お宅にお邪魔するのは初めてですね。柔道着があってびっくりしました。聞けば、子どもの頃からやっていると。そんな話普段しないものな。しないかな?僕はおしゃべりだから、いらんことよくしゃべるが、普通はしゃべらんか。手ぶらで行ってごはんごちそうになっちゃった。

2月19日(土)
深夜に雪が降った。少し積もっていた。朝起きたら小雨になり、降り続いた。

2月20日(日)
朝、家を出た時は曇りだったのに、そのうち雨が降ってきた。寒い一日だった。夜お稽古の後、自分のお稽古。明日は「外記猿」の上調子。今まで教わったいろんな手を思い出してたら収拾つかなくなってしまった。さて、どう組み立てるかな?

2月21日(月) 志の輔らくご21世紀は21日 新宿明治安田生命ホール
長唄協会の下ざらいを家元宅で。五挺五枚でお囃子入りの演目がここ何年も続いたが、今回は三挺三枚のみの演奏。なんとか昨晩作り上げた「外記猿」の上調子を弾いてみる。良いバランスかも。
事務所に行きましてね、小野木さんがいたので、いろいろ打ち合わせができました。
時間が来たので安田生命ホールに向かう。今夜は鉄駒がお供に来てくれている。が、駐車場から鉄駒と待ち合わせしてるとこまでは自分で荷物を運ばなければならぬ。えっちらおっちら大荷物を運ぶ。仙台の義母が「どうしても志の輔さんに渡してくだい」というイチゴを一ケース持って歩くのがツライ。落としたら、何言われるかわかんないしなぁ。三味線落としても、このイチゴだけは(冗談ですよ)・・・。
出囃子のリハーサルをいつものように志の八さんと志の春さんにやってもらう。リハーサル終わって楽屋に帰ると松元ヒロさんが
「不思議なもんだねぇ、6年間出囃子ずーっと聞いてたんだけどちっとも覚えなかったけど、生で弾いてるのを聞くと覚えちゃうね」
なるほどね。そうなのかもしれませんね。なんかわかりますね。
「ヒロさん、そのうちドンドン三味線がわかってきて、来月あたりからは、僕にダメ出すようになるかもよ」
「鉄九郎くん、あの音はおかしいね、なんて」
「いいそうだなぁ」
「言う言う」
「言ってくださいな、ノリが違うとか」
「ノリってリズムのこと?」
「そうそう」
「わかるかな?」
「わかりますよ、げんに、もうメロディ入ってるでしょ?」
「ウン、チャンチャーチャチンチン・・」
「あ、入ってないや」
今夜の前座は志の八さんでした。一緒に練習してるだけあって、うまーく三味線にのって、良いところでお辞儀をしてくれてました。それに腕上げたねぇ、落語の。
今夜の志の輔さんは「三方一両損」と「三枚起請」の三づくし。見事なものですな。打ち上げのお店も三階でした。今夜も濃ーい話しが聞けました。打ち上げならではですな。こっちも聞きたいこといっぱいありますからね。楽しい晩でした。

2月22日(火)
「ねぇ、こないだジテンシャにのってたときにぶつけたじゃない」
「ああ、むこうずねをしたたか打って青あざこさえてたな」
「あそこなんていうんだっけ?」
「弁慶の泣き所のことか?」
「あっ、ベンケーか」
「どうした?」
「ずっとゴンベーだとおもってたよ」

2月23日(水) 長唄協会
毎年最初の曲は、大勢の男子演奏家によるもの。今年は70余名による「舌出三番叟」。ウチ(=松永流)からは唄方が忠次郎・兵衛、三味線方は忠史朗・和寿三郎・鉄平となっていた。ところが、鉄平を今休ませているので出演できない。替わりに誰か出なきゃとなった時に、弟子の穴埋めは師匠だろうということになり、アタクシが出演することになった。久々の合同演奏参加である。それが終わると各流派の演目となる。今年のウチの演目は「外記猿」。唄方が鉄十郎・忠次郎・(今藤)政之祐、三味線方は忠五郎・忠一郎・鉄九郎(以上敬称略)僕は上調子ですな。お囃子なしで三挺三枚。国立大劇場の間口の広い舞台に6人での演奏です。大劇場だと五挺五枚でも大勢には見えないのですが、そこで三挺三枚。気持ちの良いものですね。

2月24日(木)
ちょっとよく寝た。午後までオフにしてしまった。

2月25日(金)
昨夜遅く、雪がバッサバッサと降った。今朝起きると10センチ以上は積もっていた。すっごく寒い一日。お弟子さんたちは口々に「寒い寒い」とやってくる。夜になると寒さももっと増し、お弟子さんたちは「電車を待ってる時のホームの温度とここの駅の温度が全然違うわよね」「うんうん、グッと寒いのね」しゃかーしいわいっ!田舎ですんませんねぇ。

2月26日(土)
昨日今日とみっちり稽古日だった。はぁぁぁぁぁ、くたびれたぁぁぁぁ。師匠の会や松永会があつてお弟子さん達のお稽古する曲が一人二曲以上。愚痴ではないのですよ。ありがたいことなんですよぅ。でもつかれたーーーー。

2月27日(日)
娘「ねえパパぁ」
僕「えっ?」
娘「北という字は、二人が背を向ける形からできたんだって」
僕「へぇ、うまいこと言うねぇ」
娘「馬という字は馬の形からできたんだって」
僕「ああ、知ってるよ」
娘「それは知ってんのかい!!」
最近、つっこんで来るようになった。

2月28日(月)
昨夜から娘が熱を出した。夜「あついあつい」といいながら、シャツとパンツではしゃいでいた時には、もうすでに熱に犯されていたのであろう。学校休んで一日寝ている。インフルエンザでなければ良いなぁ。
獅童くん宅のお稽古から帰って自主練習。夜、小学校の音楽の先生が三人いらした。楽器を取りにきたついでにちょっとお稽古をする。三人とも初心者のくせに(失礼)、感が良い。「音感が良いからなぁ」という単純な理由でなく感が良い。三人合同稽古でどうなることかと思っていたが、すんなりと上達して帰って行った。ようはやる気なんだなぁ、と実感しました。
感心して二階に上がって行くと、娘が「ああ、肉がたべたーい」と言っていた。インフルエンザじゃないな。熱はからなくても良いですよ、きっともう下がってますから。


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