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鉄九郎の青?裸々な日常 第114号

ワッハ上方にて撮影

2005年4月1日〜30日

伝の会 京都・大阪・徳島・博多で公演

4月1日(金)
さてと、四月ですな。はやいものです。今年に入ってから、ずーっといろいろと続いています。「どっこいしょ」と休むことなくここまで来た感があります。いつも「どっこいしょ」ばっかりだからね、ちょうど良いと思ってます。

4月2日(土) 松永会 紀尾井小ホール
昨年から紀尾井でやってる松永会。
今回僕は、忠一郎くんの「多摩川」のワキを弾きました。

4月3日(日)
高橋智久一家と赤羽の「八起」に行く。随分飲んだ。よく喋った。

4月4日(月)
こないだ酒酔い運転でつかまりました。
「酒酔い」の基準が変わったんですよね。
きびしくなりました、基準も罰金も。
これを良い機会にね、車の時は一滴も飲まないぞと。
ま、当たり前なんですが・・・・。

4月5日(火)
お弟子さんのお稽古のあと、邦さんとお稽古を。
良い天気だわ。
明日から、ついに念願の関西ライヴが始まるわけで。
力入りますな。

4月6日(水)
伝の会京都編 PART1 14:00 遊空間Roji
伝の会京都編 PART2 19:00 PARKER HOUSE ROLL
やってきましたぁぁぁ、キョートだぜぇぇぇ。邦さんと新幹線乗ってたら女性が挨拶に来た。古典空間の新メンバー谷田部さんである。前田智子さんに替わってこれから我々をお守りしてくれる方である。伝の会としても大事にしなければならぬぞ。京都駅に着くと小野木さん(古典空間社長)と、和楽器店尚雅堂の伊藤さんが待っていた。そこへ、お手伝いを買って出てくれた北本二三代さんが大阪から来た。

この6人が伝の会京都編大阪編の全メンバーである。頼もしい人たちが集まりましたわ。今回はホールでやるわけではないのです。20人から50人入れば満席になる場所でのライヴである。この空間にこの4人スタッフというのは贅沢なことだ。全員でかるーく打ち合わせをして、まずは遊空間Rojiへ向かう。

「遊空間Roji」素敵な響きですな。毎月京都に来ているうちに、いろいろ相談にのってくれた吉田さんに紹介していただた場所なんです。ここがどんなところかを知っているのは6人の中で僕だけなのです、アハハハハ。僕が先頭立って道案内するなんて滅多にないことですよ。僕が初めて来たときにスグ気に入ったのと同じく、邦さんも気に入ってくれました。鴨川沿いでね、桜がきれいですわ。まだ満開でないところがいっそう良い。

近くの料理屋さんの「たけなわ」から僕ら用の椅子を借りる。この椅子は、以前「たけなわ」に行ったときに気に入った椅子。気軽に貸してくれた。なんと良いお店であろう。

支度してお弁当を食べたら開場時間となる。休憩なしで100分やり終了。こんなかんじでやりたいライヴが出来たと思う。まずはホッとした。

急いでPARKER HOUSE ROLLに移動。ここも僕以外のみんなは初めてくるところ。

思った以上にお客さまが集まってくれた。PAの調子とたくさんのお客さまで、見づらかったり聞きづらかったりさせてしまった。今後の課題とする。

ともあれ、初日の京都編、うまく行き過ぎるくらい、うまく行ってしまった。こうなると明日の大阪が怖い。シラーッとするんじゃないかと考える。ウーーー。みんなで乾杯してホテルにチェックイン。邦さんと小野木さんと三人で「志庵」へ。ここ何ヶ月か行き着けているBAR。とても気に入っている場所。

4月7日(木) 伝の会大阪編 ワッハ上方レッスンルーム PART1 15:00 /PART2 19:00
阪急電車で大阪へ。タクシーに乗ってワッハ上方にやって来ました。NGKの前のビル。吉本新喜劇が大好きな僕にとって、このあたりは夢のような場所なのです。
まずは食事とコーヒーを。はあ、目が覚めたぞ。再びレッスンルームに入るとスタッフがせっせと働き始める。今回、伊藤さんが暖簾をつくってきてくれた。舞台の飾り付け用のです。何枚もあって組み合わせ自由にぶら下げるとシャキーンと良い雰囲気が出るのです。伊藤さんはこういうのも大したものですよ。感心しますし、すごくありがたいですね。殺風景な舞台がガラッと変わっちゃうんだから。伊藤さん北本さん、それに今日お手伝いに来てくれたケシノちゃんの三人でワイワイガヤガヤ暖簾をつり始める。小野木ちゃんはちょいと挨拶回りにでかける。谷田部さんは受付用の換金。

さあ、暇なのは邦さんと僕である。暇っていうこともないんだけど、みんながいかにも楽しそうに仕事しているのを見てて、テンションがあがっちゃうあがっちゃう。でも、三味線作ったら(=組み立てたら)やることないし。手伝おうにも入るすき間もないくらいにみんな楽しんでるし。愚痴ってますが、うれしいのです実は。ジッとね、いい雰囲気だなぁとね、二人して噛みしめてるのですな。僕らのやることはただひとつ、来てくれたお客さまが「来て良かった」と思ってくれるライヴをするだけ、オーーーーっ!!

いやぁ、アッという間の二回公演でした。良いお客さまたちで、気持ち良くノセテいただきました。さて、打ち上げだぞー。今日は梅ちゃん(梅屋三味線)もつき合ってくれると言うし、どこ行くどこ行くー?

4月8日(金) 伝の会徳島編 ふれあい健康館ホール 14:30
京都大阪公演では思いの他よい成果が上がった。これもこれもお客さまのおかげでございます。「こいつら聞いてやろう」とたくさんの方が応援してくださったからです。皆様こぞって来てくださってありがとね、ほんとにありがとね。けどね、けどね、実はね、これっきりじゃないのよ。半年に一度くらいの感じで京都大阪のライヴしていこうと思ってるんです。二年に一度くらいならね、みんな来てくれるかも知れないけどね。半年に一度ですよ。それでもずっと応援してくれるでしょうか?なにが不安ってそれが不安。最初が成功すると次がシンドイし、最初が成功しないと次がやりずらいし・・・。ああ、愚痴ってもしようがない。とにかく京都大阪は成功したのだ。ああ。昨夜は、ホッとしたということだけで、飲んで騒いでしまったが、一夜あけると次回のことで不安になるぅ。こんなことの繰り返しなんでさぁね。

ま、そんなこと考えるのはもうちょっと後にして(もうメッチャ考えてしまってるけど)、徳島行きのバスに乗らなくちゃーーーっ。バスは苦手だ。けど、バスは苦手などとは言ってられないのだ。ライヴをしに徳島にいかせてもらえるのだ。なにを隠そう、大阪からバスで徳島入りという行程は僕が考えたのだ(ま、誰が考えてもバスということになろうが)。ああ。でも二日酔いだ。邦さんも二日酔いだ。なにも二人で言葉を交わしてはいないが、目が訴えている。ああ、がんばるぞいっ。

ジャジャーーン。なーんだ、アッという間の2時間半だった。ぐっすり寝たぞ。徳島駅到着!迎えに来たのは永島のママだぁぁぁ。なにっ、あの徳島で超有名な名店「永島」のママ、永島初子さまが御自らベンツの高いやつを運転して、芸人二人をお出迎えにきてるぞっ。ありがたやーーーっ。本町の稽古場(松永和佐次朗師匠も稽古場にしていた松永和佐和さんのお家。とにかく徳島に来たらここに集合する)に到着すると、ときわさん(=松永和佐比路)、おかあさん(=和佐和)らがズラーッと出迎えてくださる。何年か振りに来た邦さんも、この雰囲気を味わった瞬間に「あっ、昨日もいたかな?」と錯覚してしまうくらい徳島の我が家なのだ。みんなでワーッと食事して、ワーッとふれあい健康館ホールに向かう。

ここは200人くらいのホール。一か月たらずの宣伝でどれくらいの人が集まるか?いいんです、人数は。平成元年に東京で始めた伝の会を、初めて外にだしてくれた土地が、ここ徳島。和佐次朗師匠が「やってみろや」とボケットマネーで呼んでくれたのが、ここ徳島。とにかくその土地で久しぶりに伝の会が出来るだけで・・・。いつも見守ってもらって、いつもアイデアだしてくれて、いつも曲作ってくれて。そうやって伝の会を育ててくれた和佐次朗師匠と徳島。あの頃のように、ときわさんたちが伝の会のティシャツを着替えてます。うれしいですね。本町の稽古場出る時に、和佐次朗さんの大きなパネル持ってきました。
僕「このパネル持って行っていいかな?」
ときわ「お師匠さん持っていくん?」
僕「うん」
ときわ「せやね」
こんな会話がすんなり出来て和佐次朗さんのパネルを持ち出すまで7年かかりました。舞台の真ん中に居てもらいます。開演です。

4月9日(土)
八時すぎに目が覚めた。ハテ、昨日は何時に寝たのであろうか?どうやらお風呂には入ってないようだ。部屋の窓からよく日が射している。良い天気のようだ。テレビでは全国のお花見状況をやっていた。千鳥が淵の桜も登場していた。今日あたりバッチリだということだ。徳島の桜は散りはじめているものが多い。大阪はどうだったのだろうか?とにかく無事に終わって良かった。なによりここ(徳島)の人たちがあんなに喜んでくれるとは。ホッとした。良かった良かった。飛行機に乗っかってぇ、帰ってきたよぅ♪暑いぜー、東京はぁ♪あづーーい゛!こんなに暑くていいのかぁぁぁぁ!

4月10日(日)
今日も暖かい。クーラーいれようかなと思うくらい。久々のお稽古日となります。なんだかお弟子さんと顔を合わせるのが新鮮だぞ。といっても10日ぶりくらいなんだがな。

4月11日(月)
昨日からお稽古日4連チャンが始まっています。  

4月12日(火)
6日から小学校が始まっていて、娘は目出度く小学三年生になった。三年生になると淋しいこと(僕から見て)がひとつある。あの黄色い帽子をかぶらなくなることだ。どんなにおめかしした格好をしてもかぶっていた、あの黄色い帽子。最初はマヌケだなぁと思っていたが、二年も見ていたらすっかり馴染んでしまい、小学生らしくていいなぁと思っていたのでした。あの慣れ親しんだ黄色い帽子をかぶらなくなってしまったのだ。ガッカリしている僕にはおかまいなしに、当たり前のように黄色い帽子をかぶらずに出かけていく娘。二年もかぶり続けたのにあっさりしているものである。子どもは未来ばかり向いて生きている。

4月13日(水)【募集】中村獅童宅で長唄三味線のお稽古をしませんか?
獅童くん宅のお稽古ですな。月三回ということで方南町に来てお稽古しています。ここで習いたいというお弟子さんも募集しなければならないのですが、うまく募集がかけられていないのですな。まぁ、この日記読んで「地下鉄丸の内線の方南町なら行きやすいわ」という方がいらっしゃったらね、鉄九郎稽古場情報のアドレスfe9@jcom.home.ne.jpに連絡ください。いま教えてる人たちはみーんな初心者です。楽しいですよ。

4月14日(木) 京都
先週の京都編に沢山でいらしていただいた長艸さんのとこにお邪魔する。お礼ということもあるが、毎月毎月京都に来る度に遊びに寄らせていただいているわな。夜は吉田先生と乾杯。この吉田先生という方がいなかったら今回の京都・大阪ツアーはなかったと言うくらいすごい方なのだ。

4月15日(金) 博多  伝の会陶友ライヴ
「陶友」という工房に行きました。大脇友弘さん主催で陶器とか紙すきとかをやって いる素敵な所です。10周年ということで、今夜はここで伝の会を。とても良い空間なのです。たくさんの方が来てくださいました。続けてやっていきたい場所です。大脇さん、ちょくちょくやらせてくれないかなぁ?

4月16日(土) 杷木  伝の会VSあんみ通ライヴ
天神バスセンターに邦さんと一緒にきました。ここから2時間バスに乗って杷木に行きます。杷木国際子ども芸術フェスティバルへの参加です。もともと昨年、前進座の横澤寛美ちゃんに教えてもらって古典空間が参加しているフェスティバルです。パーレンス小野屋であんみ通と小野木さんと落ち合い、伝の会VSあんみ通のライヴをやるのです。久々にあんみ通と顔をあわせました。

楽しいライヴが出来ました。お昼のライヴだったので、午後2時には終わりました。あんみ通たちとはホテルが違うということで伝の会は横澤寛美ちゃんらと「くつろぎの宿泰泉閣」に向かいます。のどかな町です。原鶴温泉というのだそうです。そういえば、今朝邦さんと、温泉に行きたいね、などと行っていたのでした。ラーメン屋さんでビール飲んでラーメン食べてチェックインしました。さっそく御風呂に行きました。まぁ、大きな御風呂を邦さんと二人の貸し切りです。お互いの家族には申し訳ないけど、二人で温泉を堪能させていただきました。部屋に戻り、たっぷり寝ました。

夜は大交流会でちょいと弾かせてもらいました。まあたくさんの人ですごい騒ぎです。 その中に松元ヒロさんを見つけました。毎月三味線を弾かせていただいている志の輔さんの落語会にレギュラー出演なさっている方です。志の輔さんの落語の1席目と2席目の間に登場して、その日のニュースをその晩の舞台にパントマイムで面白おかしく表現ちゃうという芸。実はお互いに杷木にくることは知ってたんですが、ライヴする日が違うから会えないね、と言っていたのでした。盛り上がった大交流会が終わり、古典空間チームは打ち上げに行ったのでした。

4月17日(日) 杷木 松元ヒロさんと
本日は前進座の公演が行われることになっていて、邦さんはそこのお手伝いに早くか ら出かけていくということでした。僕は10時すぎまでグッスリ寝たのだ。違うホテルのあんみ通と小野木さんは、その前進座の公演を見に行くとのことでした。僕も行こうかなぁと思ったんだけど、寝過ごしちゃったしなぁ。チェックアウトしてプラプラ歩いてヒロさんの様子を見に行きました。会場は昨日僕らがやったとこなので方向音痴の僕にでも行くことが出来たのです。ヒロさん一人でネタのニュースの原稿をおこしてるとこでした。
「出囃子弾きましょうか?」
「ハハハ、そういうのもいいね」
「ハハハハ」
・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
「ほんとに弾いてくれる?」
「え?」
「ハハハハ」
・・・・
・・・
・・
「弾きますよ」
「ほんと!やってやってぇ、てつくろさん」
ということで、出囃子弾くことになって、ついでにアンコールのニュースのネタのお手伝いをさせてもらうことになって。うれしいったらありゃしない。出囃子は志の輔さんに内緒で「梅が咲いたか」にしました。

4月18日(月)
お稽古日。ワッサワッサした二週間が終わり、ホッと一息のお稽古日です。お弟子さんの顔みると、帰ってきたなぁと思うのです。

4月19日(火)
娘「このたくわん食べていい?」
九「え?たくわん食べられるようになったの?」
娘「うん」
九「へぇ、大人になったじゃん」
娘「おいしいよ」
九「俺も好きなんだよ。だから一切れずつな」
娘「うん」
九「素直だねぇ、いいよ、良かったら二切れとも食べていいよ」
娘「ねぇパパぁ」
九「ん?」
娘「なんでたくわんが二切れなのかしってる?」
九「え?ん。いや、わかんない」
娘「かたなをさしてた人たちがいたころのことだよ」
九「うん」
娘「ひときれだとぉ、ひと(人)をきる(切る)になっちゃうでしょ」
九「ああ、なるほど」
娘「みきれだとぉ、み(身)をき(切)るになっちゃうでしょ。それでふたきれなんだって」
九「お前、すっげー情報持ってるな!!」

4月20日(水)
九「ソファで寝ちゃっていいぞ、寝たらベッドに運んでやるから」
娘「いいの?」
九「ああいいよ」
娘「やったー、ひとりでしんしつで寝るのはさみしいんだよ」
九「ああ、わかつてるよ。だからそこで寝ていいよ」
娘「おやすみ」
九「ああ、おやすみ、また明日な」
娘「うん、おやすみぃ」
・・・・・・・・
九「寝たか?」
娘「う、ううん、まだ。でももうすぐ寝るよ」
・・・・・・・
九「寝たか?」
娘「あとすこし、いまピーターパンに手ひっぱられてる」

4月21日(木) 志の輔らくご21世紀は21日 新宿 明治安田生命ホール
志の輔師の出囃子の作曲に挑戦
志の輔さんの出囃子は「梅は咲いたか」。「梅は咲いたか」は他の落語家さんも使っている曲。志の輔さんだけの出囃子考えても良いかなぁ、と以前から思っていた。この落語会のスタッフでもあるお笑いプロデューサーの木村万里さんにチラッと話したところ、「そうよ、なんか作ってみたらどう?」と言ってくれ、早速制作に入った。オリジナルの出囃子を5曲と洒落でジャズっぽいものと、志の輔さんは富山出身だからと「こきりこ節」を録音した。それを志の輔さんに聴いてもらったら、「こきりこ節イイね」となった。それが先月の話。さて「こきりこ節」をどうやって出囃子にしようかなぁ?と考えてしまった。一か月以上考えた。いろいろなリズムを考えてみた。考えて弾いてみればみるほど、難しいのだ。手付けの問題なのかと思い、違う勘所から引き始めても見た。やっと、やっと昨日、これかな?と思うようなノリが出来た。出来て見れば一番単純なリズムとなった。それをひっさげて楽屋入り。志の八くんと早速練習。志の春くんも練習しなければならない。なんとかいけそうだと言うことになる。

前座の志の春くんが終わる。こきりこ節を引き始める。志の輔さんがそばに来て聴いている。高座に行く時、「ほうほう、なかなかいいじゃない」と言って舞台に出て行った。うれしい一瞬だった。

4月22日(金)
昨日、安田生命ホールに行く前に、錦糸町に行っていたのです。出頭ですね。先日、酒酔いで捕まりましてね。出頭です。簡易裁判受けてね、罰金刑です。随分昔に来たことがありましてね、その時はスピード違反だったかなぁ。よくないですね。反省しております。
20日に松元ヒロさんの掲示板に「警察に出頭してから参ります。明日よろしくおねが いいたします」と書き込んでおいたのです。そしたら、昨日ヒロさんと会うなり「てつくろさん、警察ってなに?なにっ?なにっ?なによぅ」と気持ちの良いツッコミいただきました。うれしいですな。

4月23日(土)
娘「はるって何色?」
九「うーん、うすいピンクかな」
娘「せいかいっ」
九「正解って?」
娘「うふふ」
九「お前もそう思ったってことか」
娘「なつは?」
九「うーん」
娘「なつはアオでしょ」
九「ああ、でも気温でいうと赤だな」
娘「そうだね。あきは?」
九「秋ねえ」
娘「あきはちゃいろでふゆはシロでしょ」

4月24日(日)
邦さん宅に行って、5/4のマンダラのネタを考える。まあ、ほとんど構想は邦さんですけどね。おもしろいものが出来そうですぜ。早速、塚原勝利くんと、和寿三郎くんにFAXをする。

4月25日(月)
ラーメンは毎日のように食べている。以前のように「あそこ行こ、ここにしよ」ということもなく、大勝軒一本槍だ。あ、中本もよく行くか。この二本槍。どっちも行けないときには、そのへんのラーメン屋に入る。結局いろいろ行ってんじゃねーかよぅと意見されそうだが、違うのだ。気持ちは大勝軒一本槍なのだ。いつでも食べたいのは大勝軒なのだ。大勝軒もここんとこやたらと増えた。我が家のベストワンは西台大勝軒。ここは辛口という感じなのだ。で、なくて普通のいわゆる大勝軒っていう味が食べたくてしょうがないのが今朝なのだ。ということで板橋大勝軒に妻と行く。はぁ、なんかフツーの食べた、満足。

夜になりますと、アタクシ、新宿末広亭に行きました。目当ては柳家喬太郎さんである。古典落語も新作落語もどっちもバリバリの実力派。ある公演でご一緒したのがきっかけで、喬太郎さんが紀伊国屋ホールで開いた独演会に伝の会がゲスト出演させて頂いたこともあるのです。こんど目出度く10月の伝の会本公演に喬太郎さんのご出演が決定したこともあり、ちょいと笑いがてらご挨拶にということです。喬太郎さんの大ファンでもあり、僕のこの日記「青ララ」をいつも更新してくれている田坂さんと客席で待ち合わせ。
恥ずかしながらアタクシ新宿末広亭は初めての体験です。いやぁ、いい小屋ですなぁ。借りたいねココ。
やっぱ喬太郎さんサイコーだね。今夜のネタは喬太郎さん作の新作落語『夜の慣用句』と言うそうな。題もステキでさぁね。

(CDも出てるので聴いてみてください。)
「キング落語名人寄席 柳家喬太郎」KICH 3221『すみれ荘201号』『夜の慣用句』
「柳家喬太郎 落語秘宝館1」WZCR-05001『純情日記横浜編』『純情日記渋谷編』
「柳家喬太郎 落語秘宝館別館」WZCR-05002『冬のそなた』『国民ヤミ年金』『巣鴨の中心で、愛を叫ぶ』
「柳家喬太郎 落語秘宝館2」WZCR-05003『白日の約束』『結石移動症』

4月26日(火)
大阪の松永会で「連獅子」を弾かせてもらうことになっている。実は「連獅子」のタテを弾くのは初めてで、もっと言えばちゃんと稽古をつけてもらった覚えがない。杵勝の代表作である。ということで、早めに稽古に行かなくてはと思いつつ、今日になってしまった。ガッツンガッツン稽古つけてもらって、帰ろうとしたら、ドカドカビッシャーンと落雷のような音が。いきなりの雷と大雨でさぁ、いや驚いたのなんのって。ちょいと待って、普通の雨になったところで、傘借りて家元宅を後にしました。

4月27日(水)
獅童くん宅のお稽古。もう今月も三回やったか。早いなぁ。あわてて来月のお稽古日を決める。
午後三時より、塚原勝利くんと和寿三郎くん邦さん来宅してマンダラライヴのリハーサル。おお、こないだ考えた合方集を四挺で弾くとすごい迫力だぁ。グッと楽しみになってきたぞーい。

4月28日(木)
娘「どらえもんの唄ってあんぱんまんのうただよ」
九「え?」
娘「だってアンアンアンっていうでしょ」

4月29日(祝)
鉄十郎師匠宅へお邪魔いたしまして「五郎」の録音をしました。来月、三越劇場でやるのですが、そのデモテープ作りですね。 

4月30日(土)
娘「おれのはなしをきけえぃ」
九「おっ、タイガーアンドドラゴンやな」
娘「いっぶんだけでもいいー」
九「五分だろ」


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