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鉄九郎の青?裸々な日常 第117号


2005年7月1日〜31日

14年前のチラシ

7月1日(金)
すげーな、電車ん中でシーフードヌードル食べてるよ。

7月2日(土) 
娘「マタァハーリヌ、しんだら神さまよぉぅ(安里屋ゆんた)」
九「ツンダラカヌシャマヨーだよ」

7月3日(日) 名古屋 ひとりライヴ
「あ・うん」という徳川美術館の近くの素敵な空間で、ひとりライヴ。ワイン飲みながら、ステキな時間を過ごしました。

7月4日(月) 仙台
朝一番の新幹線で東京に向かって、邦さんと合流して東北新幹線に乗り換えて仙台にやってきたぁ。お尻いたーい。
雨だー。結構強い雨になるという。お弟子さんでもある光山さんが仕切ってくれて、14年振りに仙台で伝の会ができることになったのです。感謝感謝。卸町のイベントのひとつということで、会場は倉庫。行ってみたら本当に倉庫そのまま。雨の音がバラバラって音しちゃう。PAでどこまでカバーできるか。
ライブの前にまずは仙台市立東宮城野小学校へ。ここの5年生6年生に伝の会をということなのです。まず給食食べます。おいしい。いろんな学校で給食をいただきますが、この学校もおいしいわ。
再び倉庫の会場でリハして本番。台風のような大雨の中、ほんとにたくさんのお客さまがきてくださいました。その中には14年前のチラシを持って来てくださって「いついらっしゃるか待っていたのです」というご婦人がいらっしゃいました。泣けました。涙でました。こういう方がいるんだということがわかっただけで充分な今回のライヴでした。みんな楽しんでくださいました。なんとかまた近いうちに仙台に来たいと思っています。

7月5日(火)
昼ご飯こちらの方にごちそうになりましてね。ちょいと飲んでしまいました。いい身分ですな。3時くらいの新幹線で帰京いたしました。

7月6日(水)
うーん、起きられない。疲れたーーーっ。今日は今月初めての稽古日だぁ。いよいよ「てんの会」にむけての稽古が始まるのだぁ。よーーーし!!

7月7日(木)
獅童くん宅のお稽古。今日は暑くなるなぁ、30度になるぞーっという感じですな。

7月8日(金)
事務所(古典空間)に行く。そういや最近よく事務所に行くようになった。以前は年に何度かという感じだったが、この数か月、週に何度か出勤している感じがするくらい行っている。今日もお昼に行って夜までずーっと仕事をしていた。それがまた楽しいのだ。次はいつ行こうかなっと。

7月9日(土) ちょんまげ倶楽部舞姫のライヴ
根津の水月ホテル。別名「鴎外荘」。森鴎外が「舞姫」を書いたと言われている部屋がある。そこでちょんまげ倶楽部会員限定のライヴをしました。
ここに書いていいかは「?」なのですが、邦さんのお母さんが昨日亡くなったということをライヴ後に聞きました。とにかく会いにご実家に行かせていただきました。伝の会のもう一人の母でした。淋しいです。平成4年に僕の母が亡くなった時に、邦さんが「伝の会始めてまだまだものにならないけれど、伝の会をお母さんに観てもらえて良かったな」と言ってくれたのを思い出します。邦さんのお母さんも数多く伝の会に来てくださいました。お通夜にもお葬式にも出席できないのですが、ご冥福を祈りながら飛行機に乗りました。

7月10日(日) 徳島
昨夜、来徳いたしました。とにかく飲んで飲んで騒いで。今朝九時過ぎに浴衣着てお迎えの車に乗り祥雲閣へ。(松永)和佐比路さんの浴衣会へ。今晩も遅いぞぉぉ。

7月11日(月)
朝、電話がかかってきて目が覚めた時、フラフラしていた。二日酔いなのであろう。とりあえず和佐比路さん宅へ。和佐千紘さん、永島のママたちがいた。
N「アツシさんの携帯についてるガイコツなんなの?」
九「あ、これね、いま白いでしょ。これ紫外線があたるとね、アーラ不思議、紫のガイコツになるんですわ」
N「へぇ、ライターの火じゃだめなのかな?」
九「ん?いや、紫外線があたらないとダメなんですよ」
N「シュポッ・・・」
九「いや、あのね」
N「ほんとだ、ライターの火じゃ色はかわんないや」
九「だから紫外線ですから」
W「蛍光灯だったら?・・・・」
九「いや、あのね・・・」
W「あ、やっぱりかわんないや」
九「いや、だからね、紫外線があたらないとさ」
W「どこにあんのよ」
九「ここは部屋の中だから、窓辺にいけば」
N「スタスタスタ・・・あっ、変わった変わった」
W「なんで?」
九「紫外線があたるからですよ」
N「いやいや、なんで紫外線?」
九「え?いや、紫外線ってお肌に悪いでしょ。だからこれだけ紫外線があるんだというような・・」
N「ああ、なるほど」
W「ああ、ああ、そうか、なんで紫外線紫外線って騒いでんのかと思った」
N「お肌に悪いんだ」
W「じゃ、この部屋だったら窓辺がいけないのよね」
N「そうよそうよ、窓辺から離れましょ」
朝から元気なオバサマたちなのです。

7月12日(火)
邦「『かけこみ乗車は絶対におやめください』っておかしいよな」
九「どうして?」
邦「だってドアがしまってしまうからかけこむんだろ。しょうがないじゃない」
九「そうだね」
邦「ドアが閉まりそうなのにのんびりしてらんないだろ」
九「危ないからってこと言ってんじゃない」
邦「だったらさ、『危険ですので余裕を持ってご乗車ください』って言えばいいじゃない」
九「なるほど」
邦さんがカリカリすることはそんなにないのだが、車内放送の「かけこみ乗車〜」というのにはそうとうイライラするらしい。

7月13日(水)
ちょっと前のことなんだけど、娘が「三分スピーチをしんだよ」って言った。クラス全員でもちまわり的に「なになにについて」とお題を決めてみんなの前でしゃべるんだそうだ。で、なんてしゃべったの?って聞いたら 「昨日はプールにいきました。クロール50メートルおよぎました。むずかしかったです」としゃべったと言う。「いやいや、あのね、とてもじゃないが三分どころか一分ももたないでしょう。もっと膨らませていろいろしゃべったんだろ?それを聞かせて欲しいなぁ」と言うとほんとにそれが全文で、あとは「なにか質問はありますか?」と言ったのだと言う。え?だって三分にならないだろ?と言うと、「三分じゃないよ三文だよ」って。三文スピーチってか!!

7月14日(木)
娘「パパぁ」
九「ん?」
娘「お茶のことアガリっていうんでしょ」
九「おっ、よく知ってんな、だてに回転寿司に連れてってないな」
娘「水のことはさぁ・・・」
九「なぁ」
娘「ん?」
九「休みでも回転(開店)寿司なんだぞっ」
娘「・・・」
九「ハハハハ、大丈夫大丈夫、おかしかったら笑っていいんだよ」
娘「おかしくないよぅ」
九「なんだ、遠慮深い子だねどうも」
娘「あのさぁ」
九「ん?」
娘「お茶のことはアガリでしょ」
九「そうだよ、ガリっていうのもあるからな『あっガリ』って言われたときはどっちかな、ハハハハ。さぁ遠慮はいらないどうぞ笑顔を」
娘「もう、そうじゃなくてさ」
九「うんうん」
娘「お茶のことはアガリでしょ」
九「うん・・」
娘「ちょっとなんにも言わないでよ」
九「う、うん」
娘「水のことはさぁ」
九「うん」
娘「サガリっていうのかな、ハハハ」
九「おっ」
娘「さぁ、えんりょせずに笑って笑ってぇ」

7月15日(金)
お盆ですな。今日から夏真っ盛りという天気になりました。夏バテぎみなのかも知れません。少々疲れぎみです。

7月16日(土)
土曜日の渋滞に捕まって獅童くん宅の稽古にちょっと遅刻する。いかんいかん。

7月17日(日)
僕んちのお墓と妻方のお墓をお参りに行く。我が家ではそのことを「お墓参りツアー」と言う。浅草・根津・駒込と5キロ以内に三つのお墓がウマイ具合に揃っているのだ。だから一カ所行くのも三つ行くのも大して手間はかわらない(手間というのは良くない言い方だな)。ただ、お花をたくさん買って置かなければいけないのだ。うかつなことに今回買い忘れている。どうしよ、と思いながら出発。まっすぐに「お墓参りツアー」に行くのかと思いきや、科学博物館にまず行く。妻が用があるというのだ。 科学博物館は子どもの頃、母親によく連れてきてもらった覚えがある。娘もそろそろこういう所へ連れてきて良いなと思っていた。いろいろ勉強になるしね。ということで、妻が用をしている間、ダッシュで娘と科学博物館を見学。娘はおもしろいおもしろいと興味津々だ。
「いろいろなことわかったろ」
「うん楽しかった。あんなに楽しいものとは思わなかった」
よっ、エライね、原子から始まっていろいろと科学するとこまでね。ザーーッと見たんだからね、身になって欲しいね。
「なにが楽しかったって、いそいで見るというので、パパと手をつないではしりまわったことかな」
やっぱり科学にはむいていないか。
三つのお墓参りを終えると、なにやら清々しい気分になった。あんまり清々しいので、後楽園に行く。娘を喜ばせてやろうということだ。父と母がいたら孫を連れてどっかへ遊びに行っただろうか?母は、僕の娘とは会っていない。あわせてあげたかったと悔やんでも仕方がないが、母も孫と遊園地くらい行きたかったかも知れない。父も喜んで連れていっただろうな。
案の定、娘は体温が2度ほど上がるくらいに上機嫌だ。乗り物にひとつ乗せてあげると言ったら、スカイフラワーかジェットコースターで悩んでいる。スカイフラワーってちっちゃなゴンドラに立って地上数十メートルまで上昇して落下傘のように降りてくるやつだ。あんなものに本気で乗る気があるのかと思うが、歩いていたらスカイフラワーの所に来てしまったので「じゃあ乗ってみるか?」と聞くと、「うん」と答えた。
チケット買ってその場に来たら「泣くよ」と言っている。「大丈夫か?」「うん、でも泣くよ」ゴンドラに乗ると、娘はしゃがんでしっかりと外にむかって柵につかまっているぞ、それは怖いと思うけどなぁとか思って、俺につかまった方がいいよと言おうとしたら上昇し出した。この上昇しているときがものすごく怖い。だって箱になってるんじゃなくて柵だからね。しゃがんでいようと立っていようと下を向いたら丸見えだからね。もう怖くて怖くて。娘は上昇し出した途端から「ウエーーーン」と泣き始めている。「下みたらダメだぞーーー」上まで行ったら止まる。うわーーー、これから降りるんだーーーっ、と身構えるが下降するときは意外に怖くない。そりゃそうだ。思いっきり下降したら、ベルトもなにもしていないのだから、フワッと外へ放り出されてしまうだろうに。なんだ下降は怖くないんだ。娘は泣きっぱなし。係のお兄さんが「もう一度上がるのですがやめときますか?」と聞いてくる。娘はおりたかったらしいが「かまいません、もういっぺん行きましょ」と言うむごい父。もう一回上がって降りてきたら、グターッとした娘が出来上がった。でも楽しかったようだ。もうひとつ親子三人でアトラクション乗って帰宅。娘は物心ついて始めてアトラクションに乗った感覚であろう。乗る物全てが新しい出会いなんだろう。

7月18日(月)
「カリフラワー(スカイフラワーのこと) こんどのるとき 立ってのる」と娘は心の俳句を詠み、昨日を振り返っていた。

7月19日(火)
二日間の休暇が終わり、今日からバリっとと思っていたら、いきなり寝坊した。先月受けた健康診断の結果を聞きに行く。この一、二年不摂生のしっぱなしなので、結果を聞くのがちょっと怖いぞ。・・・・・ま、まぁ、こんなものなら良い方かな。もっと悪いと思ったけど、ま、まぁ、ちょいと中性脂肪がひっかかったくらいですんだのだ。ハハハハ、来月あたり再検査に行くことになったけど、ま、まぁね、ちょっと食事の習慣を考えてね、うんうん、ハハハハ。

7月20日(水)
事務所に来て仕事をする。スタッフと話しをするだけでも楽しい場所だ。今日も昼すぎから夜まで仕事をした。めずらしく小野木さん始めスタッフのお姉さん方たちも全員いて賑わっていた。秋の本公演のチラシのデザインをヒネちゃん(日根野義則=伝の会のデザイナー)が持ってきてくれた。ヒネちゃんと小野木さんたちと顔つき合わせてデザインをあれこれするのは、ほんと久しぶり。でもおかげで良いアイデアがたくさん出た。スタッフのみんなでワイワイやりながらことが決まっていく、なんと理想的なことなんだ。こういう風に物事が進んで行く状況を願っていたのだ。みんなてんてこ舞いに忙しいのに協力してくれる。ほんとに楽しい。今、毎日通いたい場所だ。

7月21日(木) 志の輔らくご21世紀は21日 新宿明治安田生命ホール
楽屋に行くと(松元)ヒロさんはもう来ている形跡が。ちょっと遅れたかぁ・・・。いつものように折り込みの手伝いをしに行くと、ヒロさんも折り込みしていた。入場するときチラシの束をもらうでしょ。志の輔らくごでは10〜15種類のチラシがあるのです。そのひとつひとつのチラシ(400枚)がテーブルに並べてあって、それを一枚ずつとって一束にまとめるのです。それを「折り込み」と言います。スタッフの大事な仕事なんです。10人くらいでワーッとやるの。それを手伝わせてもらうの。僕が一束にしたチラシをお客さまの誰かが受け取るわけでしょ。なんかうれしいですよね、手渡ししてる感じがしてね。今夜のお客さんの中には、ヒロさんが作った束を受け取った人もいたのですな。
今夜もたっぷりと志の輔らくご(「チリトテチン」「小間物屋政談」)を堪能させていただきました。夏風邪をひいてる志の輔師匠。終演後は声がほとんど出ません、それでも打ち上げはやりました。

7月22日(金)
テーブルに印鑑が置いてある。印鑑入れには携帯用の朱肉がついている。
娘「これハンコでしょ」
九「ああそうだよ」
娘「これも知ってるよ」
九「お、なんて言うんだっけ?」
娘「ギュニク」
そうそうギュニクギュニク。

7月23日(土) 京都から浜松
朝、東京から新幹線に乗ったら雨が降り出した。京都についたら止んでいた。午後3時、浜松に向かう。浜松に着く寸前に「ただ今関東地方に大きな地震がありました。この先新富士から東京までの間、停電のため運転を見合わせています」と放送が入る。ん?どした?東京に大きな地震?家に電話する。誰も出ないぞ大丈夫かーーーー!(あとで聞いたところによると結構な揺れだったそうですな)
タクシーに乗って「美笠」へ。先月伝の会をやらせていただいたところ、本日は落語会とお孫さんお誕生とお祝いの会をあわせてやるという。ご招待を受けたのでやってきました。やってきた以上は出囃子も弾こうかなぁと・・・・。瀧川鯉昇師匠。始めてお会いする師匠なのですが、さっそく地震の話で盛り上がる。気のよい師匠です、怖い人だったらどうしようかと思ってました。

7月24日(日) 豊田・静岡
九時前に出発して、豊田市へ行きました。あちらで案内してくださる方がいて、伝の会ができそうなホールを5つ6つ連れて行ってくださいました。3時すぎには出発して、今度は静岡県の川根町に向かいます。最近お世話になっている中山さんが関わっているというライヴがあるというのです。浜松越えて金谷、島田のあたり、大井川を北上するのですな。茶房「遊」というところでの野外ライヴでした。

7月25日(月)
「ひづるしい」という言葉を教わりました、浜松で。「まぶしい」と言うことなんですって。わかりますね。ひづるしいなぁまぶしいって感じですね。「お日さまが出る」「日が出る」、「日がいずる」から「ひづるしい」となったそうであります。感心しました、はい。

7月26日(火) 江戸川区立清新第三小学校
音楽の先生たちにお三味線を教える講座です。午前と午後で15人ずつくらい。先生たちはもちろん音感は良く音はすぐとれるので勘所は良いのです。楽しい一日でした。

7月27日(水)
一気に真夏になりましたぞ。大変な暑さになりましたぞ。35度とかは当たり前になりましたぞ。昼間は40度近くあるんではないかと思わせるほどの暑さですぞ。

7月28日(木)
久々に江古田の日芸の前を通りました。昨年から改装中なんですな。というか建て直し中ですか。原先生にもしばらく会っていないなぁと。

7月29日(金)
獅童くん宅の稽古のあと、自分の稽古に行く。稽古をつけてもらうとスッとする。

7月30日(土)
久々に朝がゆっくりということで安心してお昼まで寝た。ごはん食べたらまた眠くなり昼寝。やっとのことで三味線の練習しだした。しだしたらノッてきた。稽古三味線でチラッとやるつもりが舞台用の出してきてジャンジャン弾いた。

7月31日(日) 浴衣会
浴衣会の季節ですな。といっても、昨今なかなか浴衣会もできないという事情もありますが。上野の亀屋さんで浴衣会がありましてお手伝いに行きました。ウチのお弟子も何人か出演させてもらい、勉強になったことでしょう。七月が終わります。今月もよく動きました。夏にバテずにさらに動こうというのが今年の課題なのです。


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