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鉄九郎の青?裸々な日常 第120号


2005年10月1日〜31日

お江戸日本橋亭本公演/関西ライブツアー大阪・京都・神戸・松山・徳島

10月1日(土)第35回ちとしゃん亭 三味線かとう
「三味線かとう」さんってね、邦楽器店です。夢絃21(むげんにじゅういち)というエレキ三味線を開発したところでね。最近では「サイレント三味線(外に音がもれず、弾いている本人にだけヘッドホンで音が聞こえる)」とかね。「狂わない糸巻」も発明しているスゴイとこなんですが。そこのお店が荒川区の東尾久三丁目にありましてね。ちとしゃん亭ライヴというのを不定期にやっているのです。昔から一度出てみたいなぁと思ってたんですが、ついに今夜出演させていただきました。
お店の中のお客さまには生音で、外のお客さまにはスピーカーの音でと。まえに都電が走ってるんですが、都電の運転手がライヴの様子を見ながら通ると いうのですから大したものです。楽しいひとときでした。毎月ふらっと行ってやりたいとこです。そういうところってなかなか無いので。

10月2日(日)
伝の会本公演のリハーサル、師匠に来てもらって7日の長唄を四つ。はああああ、疲れた。なんか体調が良くないのかなぁ、すっごく疲れるんだよなぁ。

10月3日(月) 
和佐次朗師匠の誕生日。生きていれば71才。まだ若い。
本日、事務仕事。本公演で配る長唄の歌詞カードを作る。長唄の歌詞を書く(打つ?)って結構大変だったりする。「なみ」が「浪」だったり「波」だったり、譜本によって違うし。「てにをは」も結構違う。一般的にはどっち?とか、本当はどっち?とかってなる。本当はこうだけど、現在はこう、本当はこうかもしれないけど、我が流派ではこう・・・。 もうさまざまなのです。ま、さまざますぎて、逆にそんなに気にしなくってもいいかなぁ、なんて思いながら作っていきます。

10月4日(火) 再検査
まず体重身長。
「足跡のとこに乗ってください」
「はーい、あ、これで体重がわかるの?」
「そうなんです、はーい、そのまま上から降りてきますからね、はい、身長はかれましたよ」
「ほほう、便利だねぇ、おっ、体重減ってるわ」
「そのかわりに身長伸びてますねぇ」
「ああ、まだ育ってますよ、あたしゃ」
「こないだ27才の方は伸びてましたけどねぇ、40過ぎてはねえ」
「いやいや、伸びたのよ。伸びたの」
「はいはい」
と、あしらわれる。

採血
「採血大丈夫ですか?」
「いや、弱いです」
「気持ちわるくなっちゃいますか?」
「血を抜かれるんだと考えただけでなんか力が抜けてくような・・・」
「横になってとりましょうか?」
「いや、いつもそうするんですが、ここは大人になってそろそろ座ったままでビシッとやってもらいましょ」
「そうですか、では」
「はい」
「あの、力抜いてくださいよ」
「あ、はい」
「なんかおいしい食べ物でも想像して」
「わしゃ、子どもかいっ!」
ま、そう言いながらもハンバーグが浮かんでしまいましたが。

10月5日(水)
美容院へ行ってきた。いそいでたので髪の毛乾かしたまんまで帰宅。
娘「パパ、似合うね」
九「似合うだろ、ぼっちゃん刈り」
娘「ビンボーなくせに」
九「おもしろいっ!」

10月6日(木)
ここんとこ長時間外出していなかったから気がつかなったが、かなり涼しくなってますなぁ。23度ですか。どうりで26度にクーラーを設定しても涼しくなんないわけだ・・・。クーラーはもういらないのですな。そんなこととは知らずに本日長時間外出なのに半袖で出かけました。いませんねぇ、半袖。でも、ちょうどいいって感じだったがなぁ。高血圧か?。
帰ってきて、ちとのんびりしました。志の輔さんのガッテンをビデオにとってあったので見ながらウトウトしたりして・・・。 自転車に乗ると腸腰筋が鍛えられる。 しかるに寝たきりにならない。 なるほどー、自転車乗ろっと。。。。

10月7日(金) 伝の会本公演 お江戸日本橋亭
昼の部「時雨西行」「三曲糸の調」 ゲスト:松永鐵十郎
夜の部「鷺娘」「連獅子」 ゲスト:松永鐵十郎
長唄を聴いてもらう公演を「本公演」と題して、 春と秋にやっている。「長唄はこんなにおもしろいんだぞーー」 ということを、この小屋でやっているのですな。
初日でございました。昼の部は完売いたしました。うれしい初日でございます。雨がふりそうだったり降ったりやんだりの天気で お客さまに気の毒でした。湿気がすごかったですね。今回しんどそうだぞ・・・。

10月8日(土) 伝の会本公演 お江戸日本橋亭
昼の部 「鷺娘」「連獅子」 ゲスト:杵屋六ショーゴ
夜の部 「時雨西行」「三曲糸の調」 ゲスト:杵屋三七郎
ふーーーーっ。 無事終わりました。昨日は最後にやっていた「呼応」という曲を最初にもっていき、 最初にやっていた「清滝三重」という曲をやめて「吉原雀」の 一部を演奏しました。これで本公演は終了、明日は特別編だーーーーっ。ということで、本日は飲んで帰りました。昼の部でお役ご免だった六ショーゴさんが夜の部もいてくれて、したがって一諸に飲みに行きました。次回の本公演の青写真ができました。次回も楽しいよ。次回は来年3月。

10月9日(日) 伝の会本公演 特別編「長唄あり落語あり 怒涛の三時間スペシャル」
「秋の色種」ゲスト:杵屋勝彦
「落語一席」ゲスト:柳家喬太郎
「前売りチケット完売御礼!!」と早々と出すことができました。うれしいですね。
11時に楽屋入り。「秋の色種」稽古稽古稽古。 勝彦君来てちょっと声だししたとこへ、喬太郎さん来た。 高座決めて、段取り決めてと。 よっしゃーーー。
喬太郎さんはもともと伝の会を何度か見に聴きにきてくださっていた。それがご縁で喬太郎さんの独演会にゲスト出演させてもらったのが何年か前の話。今回は伝の会にご出演いただくことになった。うれしい限り。アタシャ喬さまのファンでからね。伝の会やってて良かったと思いますね、一緒に舞台に立てるんですからね。喬太郎さんは自作の新作落語「ハワイの雪」。ラストに雪の合方の三味線が流れる噺です。もちろん我々が弾きました。太鼓で雪音も入れてね。まさしくコラボってわけです。打ち上げ盛り上がっちゃいました。
とにかく本公演三日間たくさんのお客さまにご来場いただきました。ホッとしました。

10月10日(月)
さすがに半袖の人はいなくなった。けどもさ、毛糸の帽子とマフラーはやっぱりまだ早いだろう。20代とか、そういうの流行ってんのかしら?暑そうなんだけど涼しげに来ている。わからん。

10月11日(火)
稽古日。27日に長唄協会があり「鳥羽絵」を弾かせてもらう。そろそろ稽古に入らないとなぁ。
昨日から我が家はおでん。夜中の0時から、家族で食べ、今夜稽古が終わった今、二回目のおでんを食べた。
おでんの中でなにが好きですか? 僕はなんだろ? チクワブかなぁ。チクワブだな。 大事に食べてるな。チクワブを。。。。

10月12日(水)
久々に天気になった。 ずーーっと雨だったから、久々の天気で蒸発がスゴイ。ゆえに湿気る。こんな時もお三味線は弾きづらい。良い音しないし、調子も狂いやすい。不便なものですなぁ。ま、この不便なとこが良いのでしょうなあ。調子が狂うから調子を合わせながら弾く技術が身に付く。良い音が出ないから良い音を出すように工夫をした弾き方が身に付く。むずかしいけどおもしろいものですな。
夜になったら、寒くなってきた。あと二人お弟子さんが来る。おなかへったなぁぁぁ。

10月13日(木) 
娘「ねぇ、一応聞くよ?」
九「ん?」
娘「サンタさんってホントにいるの?」
九「ああ、パパだってプレゼントもらってるぞ」
娘「そうだよね」
九「いないってみんな言うよな」
娘「うん」
九「お父さんお母さんがプレゼント置いてるってな」
娘「うん。ゆうも最初はそう思ってた」
九「そういう家もあるんだよ」
娘「ほんと!」
九「ああ、全部の家にサンタさんかプレゼントを置きに来られないだろ」
娘「うん。だったらさぁ、お金置いていってくれればいいのにね、エヘヘヘヘヘ」

10月14日(金)
10月も14日ですなぁ。12日は母の誕生日でした、忘れておりました。アハハハ。生きていれば74才ということでした。昨日は京都にいました。今朝の帰りの新幹線で思い出しました。

10月15日(土) 御利生祭 成田弦まつり
「上町中央ステージ 13時〜と17時〜」
成田山に初めて来ました。新勝寺、来てみたかったです。二日間にわたって成田山参道にステージがいくつも出来、「成田弦まつり」が開催されました。津軽三味線の佐藤通弘さんに声をかけていたたいき出演させていただきました。津軽三味線がメインでしてね。あとはジャズがあったり弾き語りがあったりしていました。なかなかのにぎわいでしたがあいにくのお天気でしてね。野外ステージですからね。でもいい具合にやれました。
ホテルにチェックインして邦さんと飲みにいきました。久々に二人でゆっくりと話してね。最終的には部屋で飲んでね。仲がイイですよね、しかし。

10月16日(日) 御利生祭 成田弦まつり
「上町中央ステージ 11時30分〜と15時〜」
今日は降ってます。パラパラだった雨が11時にはザーーッと降り始めました。伝の会の11時30分からのステージは中止になりました。小野木ちゃん(古典空間社長)、邦さんと三人で新勝寺にお参りに。初めてきましたからね。小野木ちゃんは馴染みなんです。なんでも卒論のテーマが「市川団十郎家の・・・(覚えてません)」ということだったらしく、いろいろ説明してくれます。なんでも知ってる小野木ちゃん。

10月17日(月)
朝、所用で出かける。 帰宅して宅急便送ったり銀行行ったりとバタバタする。お弟子さんの稽古をして、合間に荷造り。明日から何日か留守にする。何日だ?18、19,20日か、21日に一度帰ってくるんだな。3泊か。大阪・京都・神戸とライヴをやって21日の朝、松山へ行って、小学校の公演やって帰京だな、フムフム。寒くなってきたからなぁ。洋服どうしよっかなぁぁ?

10月18日(火) 伝の会大阪編
Live part1 14:00開演 ワッハ上方レッスンルーム(7F) 
Live part2 19:00開演 ワッハ上方亭(4F)
さてさて、ツアーの始まりです。新大阪駅でスタッフ二人と合流してワッハ上方へ。4月と同じスタッフなので気心も知れているし段取りも出来ている。もう一人、梅屋楽器店の、通称・梅ちゃんも手伝いにきてくれる。もうカンペキ。邦さんとたこ焼き食べてるうちに舞台できちゃった。初日を飾るにふさわしい、楽しいお客さまにノせられて良いスタートができました。夜は上方亭。四月にここを見て、「絶対ここでやりたいのだーー」と決めたところ。昼夜で場所を移動するのは大変なのだけれどね。上方亭ね、時間がなくて舞台で一度も弾けなくて、いきなり出ていったわけですよ。一曲目弾き始めたらこれが弾きやすい弾きやすい、弾きやすい弾きやすい。こんなに弾きやすい場所があったのかっていうくらい。弾きやすいっていうことは、シャベリやすい。ということはやりやすい。もうシャベリも絶好調。いやぁ、楽しかったです。

10月19日(水) 伝の会京都編
Live part1 遊空間ROJI
Live part2 103PULPO
ROJIは京都ならではの素敵な空間ですな。アル意味特殊なライヴが出来るという所です。
103PULPOは今回初めての場所。僕はいきつけのお店なのですが、とても良い空間でね。103PULPOにいつも来ていて、「京都だったらどこで出来るかなぁ?」と話あったりしていたのです。こういうことを「灯台もと暗し」というのですな、早々と「完売御礼!」しましてね、うれしい限りです。邦さんと遅くまで飲みましたな。まあ、昨日もだけど。

10月20日(木) 伝の会神戸編   岡本好文園ホール
初めての神戸編です。もちろん岡本に来たのも初めてです。良い感じの駅前ですわ。おじさんが似合わない。邦さんと僕と梅ちゃんが歩いてる図なんか、そりゃあもう、トンチンカンですわ。
ライヴの後は、ウチの流派の松永和三千紘さんご一同とたっぷりと飲みました。なにせ三ノ宮に行ったのが10年振りくらいですしね。知り合いのお店に久しぶりに行きました。いやいや、明日は5時30分に起きなきゃいけないのに、帰ったら3時すぎでした。

10月21日(金) 椿小学校/志の輔らくご21世紀は21日 新宿明治安田生命ホール
二日酔いというよりは酔っぱらったまま飛行機に乗り松山へ。レンタカー借りて運転しているうちにシャキッとしてきた。椿小学校に行きました。6年生へ伝の会。とーーっても素直な6年生。すっごく楽しい。2クラスと3クラスに分けてやりましてね。2ステージですね。すっかり気分が良くなったところで、空港まで送ってもらって、僕は帰京。邦さんはじめスタッフは高知の絵金蔵にむかったのです。
空港でポツンとなった僕。なんだか淋しいわ。飛行機の出発が遅れたが、無事に羽田到着。一路新宿へむかう。志の輔らくごの日なのだ。松山からかけつけて出囃子を弾くなんざぁ、よっぽどアタシャ 志の輔さんが好きなんだね。弟子の鉄駒と鉄六が三味線持ってスタンバッててくれていた。俺が帰ってこなけりゃあ、出囃子弾けたのにーーーっと悔しがっていた。
打ち上げで、ぜんじろううさんと初対面する。丸山おさむさんも初対面。二人ともステキだ。ひとつのテーブルを囲んで焼き肉食べました。ぜんじろうさん、ホームページにすっごく力入れている。行ってみてください。「ぜんじろう」で検索すれば出てきます。
家に帰ると家族がいない。そうだ、今夜から仙台に行っているのだー。シャワー浴びて寝よっと。

10月22日(土) 伝の会松山編  松山市民会館小ホール
Live part1 15:00開演/Live part2 19:00開演 
5時起き。昨日も5時起き。なんかツアーって寝ないことへの挑戦みたい・・・。8時ちょいすぎの飛行機に乗って松山へ。戻ってきました松山。伝の会ホームページをリニューアルしてくれたデンキチの本拠地ですな。この会場は下見にきてますからね、勝手がわかってますよ。ツアー中唯一、山台(やまだい=演奏者たちが載る、ひな壇のような台。緋毛氈や紺毛氈が掛けてある)を組んでやりました。昼公演のあと、50分ほど寝ました。楽屋が畳だったから気持ちよかったーーーっ。夜の部は特別に「甚五郎泣三味線」をやりました。打ち上げが22時過ぎから。ベッドに倒れたのが2時すぎでした。。。

10月23日(日) 伝の会徳島編 徳島県郷土文化会館和室
朝7時すぎに起きて、8時にレンタカー借りて、一路徳島に向かう。190キロメートル。約3時間。12時に徳島でお世話になっているお母さん(松永和佐和)宅に到着。食事して、郷土文化会館に13時前に入る。13時30分開場。このあわただしい時間でよく支度が出来たと感心する。おそるべし、伝の会スタッフ。
14時開演。伝の会にとって第二の故郷・徳島でのライヴ。足かけ14年目ですよ。楽しいです。
16時終演。終わったーーーーっというより弾ききったーーーっという感じ。
ホテルにチェックインして17時に宴会開始。すっごく無駄のない時間の経過だ。

10月24日(月)
9時すぎに電話があった時、朦朧としていた。8時間以上は寝たのだが、起きられない。身体が泥のようになっている。10時すぎ、やっとこ起きて、荷物の整理。邦さんと合流して宅配便の手続きして、ブラブラとお母さん宅まで歩く。今日はあったかい、と言うより暑い。ティシャツ一枚で良い感じ。
羽田に戻ったのは16時30分だった。今回も飛行機が飛び立ったことを知らない。気がついたら羽田だった。
人形町へ行く、自分の稽古をつけてもらいに。「鳥羽絵」の稽古。27日に弾くのにまだできていなーーい。20時帰宅。21時、近所の牛角へ。

10月25日(火)
朝、獅童くん宅の稽古に。朝早いし、ドロドロの状態で地下鉄乗ってたらお弟子さんにあった。ボーッと見てしまった。お稽古して、ダッシュで帰宅。
邦さんとあんみ通が来て29日の船橋でのライヴのリハーサル。邦さんも疲れが出ているのかドロドロしている。
みんなが帰ると、お弟子さんが来てお稽古日になる。終わって午後9時。妻がいないのでお腹すかせた娘とスシローへ。あんまり食べられないわ。安くすんだわ。

10月26日(水)
7時間寝た。久々に寝た感じだぞ。
本日中に明日弾く「鳥羽絵」を仕上げなくては・・・・。ど、どうしよ!!!午前中浚う。午後から稽古日。終わって22時。打ち合わせの電話とかする。舞台あがるまであと10時間。はたして、長唄協会秋季演奏会で「鳥羽絵」をバッチリ弾けることができるのだろーか?

10月27日(木) 長唄協会秋季演奏会
「鳥羽絵」
唄 松永鉄十郎 松永忠次郎
三味線 松永鉄九郎 松永忠一郎
朝6時に起き、とにかく「鳥羽絵」を浚う。10時30分国立小劇場へ。楽屋に荷物を置いて、頭取部屋(部屋ではないのですがそう呼んでいるクロークのようなコーナー)に。「てつくろさん、今日は一日大変ですけどがんばってください」と長唄協会の方たちに言われ、会計の仕事を始める。会計委員は三人いるのだが、あとの二人が今日はにっちもさっちもいかないスケジュールで、僕一人でやることになっているのら。出演者が切符の売り上げを持ってきたり、演奏委員の人たちに今までの会合への出席の数に比例する交通費や食事代の計算とお金の割り振り・・・。頭取部屋で金勘定している僕がおもしろいのか、いろんな人が通るたびに声をかける。おしゃべり好きな俺は、しゃべりたい。 なにせ長唄協会演奏会だから、ひさしぶりに会う先輩や友人が目白押しだ。
「アツシーーーっ、なにやってんだよーーーっ」
「てつくろさんが会計やってんのぅ、あぶないあぶないー」
いろいろ言ってくる。
その度に「てつくろさんは人気者だなぁ」と言っていた協会の人が、いちいちノッてしまい話だ出しちゃう僕をみかねたのか、そのうち、話にくる先輩たちを協会の人がシャットアウトしはじめた。
「お師匠さん、今てつくろさんは大事な会計のお仕事ですから、のちほど・・・・」
「てつくろさんもてつくろさんです。いちいち反応しないで、ちゃんと計算するんですよっっ」
頭取部屋はヤンヤヤンヤの騒ぎである。

あ、忘れていた。師匠たちと「鳥羽絵」の稽古をしなければ、なにせまだ一度も合わせていないのらーー。
会計はずーーっと頭取部屋にいなければいけない、だっていつ出演者がお金持ってくるかわからないから。でもリハーサルしなきゃいけないしね。「しばらく留守にします」という立て札を頭取部屋に置きたかったが、そんなものはない。お金の封筒持って移動。
楽屋へ行き、二度「鳥羽絵」を浚う。なんとかいけそうだぞ。出番直前にもう一回浚おうねと言い残して、再び頭取部屋へ。「ハハハ、お金もって移動しているなんざ、大したものですねぇ」と、わけのわからない誉め言葉を頂戴しながらも、もくもくと作業。電話もひっきりなしにかかってくる。受付からだ。お客さまの質問や、受付の人ではわからないことの電話がしょっちゅある。 他に頭取部屋にいるのは、協会の人と偉いお師匠さんが二人くらい。その電話をとるのも必然的に僕になる。 お金の計算がとまってしまう。また最初から計算を・・・。 そんなことやってる間に出番が近づいてきた。「お師匠さんたち、このまんまにしておいてくださいね」と言い残して楽屋へ。急いで着替えて、もう一回さらう。ウチの師匠(鉄十郎)が70才になったので、この日協会から表彰されていた。その表彰状を入れる筒がないのかと言ってきた。呑気な師匠だねどうも。おらぁ、鳥羽絵の頭になろうとしてんのに・・・。筒ですね。少々お待ちくださいね。
頭取部屋へ。
「あ、てつくろさん、お金あずかりました」
「あ、はいはい。えっと・・・・はいはい、確かに。じゃこういうことで、えっとあとは?」
「てつくろさん、そろそろ出番では?」
「あ、忘れていた!」
楽屋へ帰る。
「アツシー、筒は?」
「あ、そうだ」
頭取部屋へ。
「あの表彰状入れる筒欲しいってウチの師匠が言ってるんですが」
「ああ、はいはい、お取りにならなかったんですね、置いてあったんですよ、少々お待ちくださいよ」
「切符代持ってきましたーー」
「おお、○○さーん」
「なんだよ、てつくろがやってんのか」
「そうっすよ」
「信用できないなぁぁぁ」
「またまたぁぁ」
「てつくろさん、はい筒っ」
「伝の会で活躍してるね、しかしぃ」
「なに言ってんっすかぁ。全然ですよぅ」
「てつくろさん出番でしょ」
「あ、○○さん、ちょっと弾いてきますから」
「おい、もっとしゃべってけよぅ・・・」
楽屋へ
「師匠筒です」
「おお、ありがとう。はいんないなぁ」
「んもぅ、こう丸めてですね・・・」
「アツシ、そう乱暴にするな、せっかくの賞状なんだから」
「えっ、師匠が不器用だから」
「お前ほどじゃないよ」
「あら、じゃ、どっちがうまく丸められるかしましょうか?」
「そりゃお前よりは・・・・」
「アツシさん、浚わなくていいんですか?」
「あっ、師匠、丸めながら唄ってください」
「あいよ」
てな感じでやっとやっとお稽古して、舞台へ。
幕が開く
弾き始める。
唄が入る。
おっ、調子いいぞ、その調子その調子。
次のブロックの弾き出しは大丈夫だな、よしよし。
あんまりいろんなこと考えないようにしなきゃな。
あそこにいるの弟子かな?
いやいや、そんなこと考えてはいけない。
今日は客席を見ないほうがいいぞ。
唄だけ聞いて弾いていけば大丈夫なのだから。
いつもヒロキ(松永忠次郎)が唄うとこで三味線間違えるからな、そこが大事だぞ。
おっ、うまくいったぞ、よしよし。うまいじゃん俺。
できるじゃん。
いやいや、図に乗ってはいかんぞ。調子にのりがちだからな。
押さえて押さえて。
あ、今、手(三味線のメロディ)が出てこなかったぞ。
マサキ(松永忠一郎)が弾いてくれたんで助かったな。
今のとこの手がでてこないんだよなぁ。
いやいや、後悔してたらダメダメ、先へ先へ。
そのままそのまま、いろいろ考えずに・・・・・
最後まで行った。
拍手とともに幕が下りる
はぁぁぁぁぁぁぁぁ、ちかれたーーーーっっっ!!

とにかく、とにかく、弾けた弾けたーーっ。
大事にいたらなかったーーーっ。

さ、会計会計っっっ。

10月28日(金)
朝、娘が学校に行くときは起きたんだが、再び倒れこむようにベッドへ。
本日は休みなのです。休暇、休暇。明日のライヴの支度をするくらい。とにかく関西からの疲れと昨日の緊張でドッとつかれた。
昨日帰ってきたら稽古三味線がやぶけていた。鳥羽絵を昨日の朝一生懸命浚った稽古三味線。この三味線が身代わりになってくれて、鳥羽絵がなんとか弾けたのだろうと思う。
午後もしばらくたってやっとこさっとこ起きる。携帯がなってる。「志の輔さん」と出ているので、志の輔さん風にだるーい声で「おはよーございます」と出たら、「おはよーございます」と本家の声で言われた。一月のパルコの相談。以前話していたことを実現する段取りになったと。企画していた噺が大ごとになってきた。ドンドン自分を追いつめていく志の輔師匠。
「追いつめましたねぇ」
「ね、追いつめましたよ、どうすんだって感じですよぉ」
志の輔さんとの電話って贅沢だ。
俺一人にこそっといろんなこと話てくれるし、一人だけで高座を見てる感じがしたりもする。
昨年の今頃は、ただただ大ファンで、毎日CDやらビデオを見ていただけなのに・・・・。

妻と子が帰ってきたので、西台の大勝軒へ。なにかことが終わって食べたいものって、ここのラーメンかなって感じ。
こんどは、ほたるいか(志の輔さんの事務所)から電話。11月の紀伊国屋ホール・高田文夫プロデュース 志の輔・志らく・談春の三人の会のチケット手に入ったとのこと。2分で売り切れた公演(ウチの弟子がチャレンジしたのにとれなくて僕にたのんでいた)。ほほう、さっそく弟子に教えてあげなければ。ウチは落語好きの弟子が多い。多くなったのかな。以前は獅童くんのチケットを売ることに専念していたが、もう、だまってても良いくらいに、いや、それ以上にビッグになったので獅童くんの最近の歌舞伎の動向を知らないのだ。最近はもっぱら、「チケットのとれない噺家」志の輔師匠のチケット購入のため僕は使われている。
うれしいですよ。
ただ、伝の会のチケットもっと売らなきゃな、アハハハハ。

10月29日(土) 伝の会+あんみ通  船橋市きららHALL 
小雨ふりそうな中、船橋へ向かう。10時30分、きららホール着。あんみ通とのジョイントライヴ 。あんみ通とは、同じ事務所の妹分のような二人組。腕も確かだし三味線もウマイ。年に2〜3度一緒にやってますね。それでも東京近辺でやることはほとんどないのですわ。久しぶりにたのしいステージでした。打ち上げも盛り上がり、いろんな話ができました。
船橋から亀戸に行ってうち合わせをと思ったのですが、時間が遅いことと、考えていたよりも遠いということで中止になる。では新宿へ行こうということになり、邦さん、タッキー(舞監)、谷田部(古典空間)とむかう。「千草」という居酒屋。20年振りかな?ここの店で飲んで気がついたら友だちの家だったということがある。ダメダメーっ、あんまり飲まないようにしなくちゃっっっっ。

10月30日(日)
11/3に日大芸術学部の学園祭があり、僕がかかわっている歌舞伎・舞踊研究会は「太功記十段目」をやることになっている。毎年、黒御簾音楽を担当させてもらっている。明日が下ざらいなのだが、行けないので、今日稽古を見に行った。日芸は建て替え中なのです、平成22年に完成するのですね。すっごい状態です。

10月31日(月) 志の輔らくご スタジオFOUR
「巣鴨四丁目落語会」。ずっと行きたかった「スタジオFOUR」。庚申塚ですな、やっと行くことができました。先月で50回を迎えた志の輔さんの落語会。大々的に発表されてない落語会ですね。秘密の・・・。秘密の落語会、アハハハハ、良いですね。100人も入れないとこなんですね。
僕「今度弾かしてくださいね」
志「お願いします」
という師匠との会話しかしてなく、実祭来ちゃったけど 弾いていいのなかなぁ???などと思いながら楽屋にいると、マジシャンの伊藤夢葉先生がいらした。ご挨拶してマジックのタネとか見せてもらってると師匠登場。僕を見て「オオっ」と軽く手をあげる。 別に僕がいることに違和感はないという感じ。パルコのシリーズで使う、仕掛けを夢葉先生に頼んでいたと言う。くわしく書けないのがくやしーけれど、おもしろいのですよ。キャッキャいいながら見てしまった。楽屋が一緒だからなんだかうれしい。
九「えっと、ときに今日はどんな感じに・・・」
志「えっ?ああ、弟子がやって僕がやって、夢葉先生で僕がやりますよ。今日は違う もので出ましょうか、ね、弟子の勉強のために」
師匠の頭の中は当たり前のように、僕が弾くことになっていた。ああ、良かった。楽しんじゃおっと。
師匠一席目終わって帰ってくると、
志「あれっ30分で降りてきちゃった」
九「はい、はやかったですね、まさか紀州おやりになるとは」
志「ねぇ、ハハハ、30分ね」
九「大抵一時間はね」
志「そうよ、俺もびっくりしたけど、客も驚いてんじゃないの、ハハハ」
結果、終演は9時30分すぎ。たっぷり2時間半です。楽しい時間でした。


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