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鉄九郎の青?裸々な日常 第122号


2005年12月1日〜31日

上方落語の小米朝さん文我さん/てんの会・叶姉妹よりもヒルトン姉妹よりもスゴイ姉妹/志の輔さん達とカウントダウン

12月1日(木)
風邪はなんとか治まった感じなんだけど、のどがイガイガする。って、風邪かな?
鉄六が作ってくれた「てんの会(お浚い会)」のプログラムがドカッと届いた。夜、稽古のあと出かける。寒くなった。明日からグッと寒いとか言っているが今夜からズンと寒くなったようだ。12月かぁ・・・。

12月2日(金)
昼のお稽古、お稽古になんないっっ!クシャミがとまらなかった。なんか飛んでるぜっ。なんかの花粉とんでまっせーっ。お弟子さんもおかしいと言っていた。事務所に電話したら、「ひどい声ですねぇ」というので、なんか飛んでまっせー、というと「ああどおりで・・」という反応がかえって来た。ということは、事務所のお姉さんも「やっぱな」みたいな感覚はあったのであろう。夜は寒いっっ。空を見上げたら、天気良いし。こういう晩はさむっっっっ。

12月3日(土) 伝の会銀座編
6月以来、半年ぶりにワインバーでのライヴ。伝の会のライヴは久しぶりな感がある。良いお客さまが、良い演奏をさせる。良い気分で弾かせていただいた。

12月4日(日)
娘「ことわざおしえてよ」
九「仏の顔も三度ってのがあるな」
娘「あ、知らない」
九「どんな意味だと思う?」
娘「だから知らないんだよ」
九「知らなくてもさぁ、『仏の顔も三度』って聞いた時によ、こんな意味なのかなぁ?くらいは思えよ」
娘「うん」
九「じゃあ、どんな意味だと思う?」
娘「仏さまの顔に手をあてるとさ」
九「うん」
娘「三度(℃)しかなかった・・・」
九「・・・・・うん、そうだな。三度つてことは冷たいってことだな。仏様って暖かいとみんなが思ってるのに顔に触ったらヒヤッとした。転じて、暖かいと思っているものでも冷たいこともあるんだよってことだな」
娘「・・・・・ほんとは違うんでしょ」

12月5日(月) 志の輔らくごin PARCO
名古屋アートピアホールまで言ってきました。追っかけですね。会場に着く寸前にSさんから電話。
S「テツクロさん今日いらっしゃるんですか?」
九「あ、ちょうど良かった。楽屋に入れてくださーーーい」
ラッキー。

九「こんちはー」
志「おお、今日はなんかあったの?」
九「いや、師匠に会いに」
志「なに言ってんのぉ」
九「ほんとですよぉ」
志「まあすわんなさいよ」
九「どうも。おつかれさまです」
志「いやぁ、疲れた疲れた。大阪(3日4日)やって移動して今日だろ。ホテルは 便利だけどなぁ、疲れる疲れる」
師匠の「疲れる疲れる」は口癖。
志「文珍師匠とか鶴瓶師匠とかは元気だよなぁ。あの元気はどこから出てくんのかねぇ」
九「いやいや、師匠だって、ハタから見たらめっちゃ元気ですよ」
志「アハハハ、そりゃあね、ハタからみりゃあ、落語界一元気に見えるくらいのことやってるもんなぁ」
九「そうですよ。1月パルコで一カ月やって、その前の富山大阪名古屋福岡は、また違う演目やってるでしょう。誰も考えませんよぉ」
志「アハハハハ」
九「あっ、『しかばねの行方』どうでした?」
志「やんなかったのよぉ」
九「え?」
志「さすがにここんとこの事件でさぁ。子どもの、あんなことがちょこちょこ起こってるのに(「しかばねの行方」という演目は死体をあっちやったりこっちやったりする噺)、めいっちゃってやる気がなくなっちゃってさぁ」
そうかも知れないなぁ。噺とは言え、悲惨な事件続いたからなぁ。そういうとこ考えるのって当たり前なのかもわからないけど、スゴイ。
九「だって仕掛けとかが(「しかばねの行方」にはちょっとした仕掛けがあるのです)」
志「そうなのよ。お蔵入り。でもね、『やりたくないんだけど』って、スタッフに言ったらさ、『はい』って言ってくれてさ」
50人ちかいスタッフがこの公演に携わっている。もはや落語会ではない落語会と言われています。
九「で、なにやったんですか?」
志「『忠臣ぐらっ』。練り直さなきゃと思ってたからね。練り直したら、うん、なかなか面白いものができた」
聞きたかったーーーーっ。
志「ほんとに来てくれたんだぁ」
名古屋に行きますと言ってったのを突然思いだしたらしい。すっかり機嫌良くしてくれて、本番ギリギリ前までいろいろ話ました。もちろん僕も、ただ追っかけで来たわけではなく、お仕事の話をしにきたというのもあって、そんなことも。
客席はもちろん超満員。3席とも絶好調。笑わす、泣かす。。。
帰りも一緒の新幹線に。師匠の隣りに座らせてもらって、さまざまなことをしゃ べった。伝の会のこと、三味線のこと、落語のこと・・・・。
寝てしまった師匠。
そばに志の春くんが来た。
九「すごいな」
春「ええ」
九「この師匠を選んだ、志の春ってのは、あってるってことだよな」
春「はい。師匠の落語を最初に聞いてなかったらここにはいないんですもの」
九「間違ってないよ、スゴイ人だよ。あれだけの人をたった一人で笑わして泣か してさぁ」
春「そうですね」
九「・・・・」
春「・・・・」
九「その人が、今俺の横でイビキかいてるな」
春「ハハハハ」
九「ハハハハ」

一番後ろの席に、さんまさんがいた。
一人で。目があったので、おもわず
「握手してください」って言ったら
「どうもすいません」と握手してくれた。
「どうもすいません」って(笑)。
ここにも天才がいた。

東京駅で師匠と別れるとき
「てっちゃん、ほんとにありがとね」と握手してくれた。

今日は天才二人に握手してもらった。

12月6日(火)
雪もふっちゃうかも・・・・という朝の天気予報を聞いて、こりゃ大変だぞーっと稽古場をポカポカにしていたら日が射して来た、ポカポカしてきた。ぶらっと外を歩いたひにゃあ、稽古場が暑い暑い。なんじゃこりゃ。猫たちはよろこんでるが。そんなお稽古日でした。

12月7日(水) 共立女子大学
ウチらの事務所、古典空間社長の小野木氏が共立女子大で講義をしていて、毎年のように特別講師で伝の会も行くのです。今日がその日でした。まぁ、大したことをやるわけではないのですが、三味線を弾いてきました。三味線を弾くことが大したことですな。三味線弾くことを大したことないと言ってまうと、伝の会の存在がたちは大したことなくなっちゃいますな。なに言ってんだろ・・・・。

12月8日(木) 桂小米朝独演会
邦さんと夕方に大阪へやってまいりました。今年、伝の会で大阪くるのは4回目。いままでは、年に一度来るか来ないかだったのですからうれしい限りですね。北浜の花外楼で「桂小米朝独演会」です。小米朝師匠とは初めてお会いいたします。あとは吉坊さん、まん我さん。まん我さんは文我さんとこで何度もお会いしてますね。一週間ほど前に結婚したというまん我さんです。
小米朝さんも、もちろん伝の会は知らないのです。で、チラシにも伝の会のこと は書いてないのでシークレットゲストっちゅうやつなのですね。いろいろ話をしているうちに、和気藹々としてきました。吉坊さんがやって小米朝さんがやったところで小米朝さん自ら伝の会を紹介してくださいまして、軽く対談のあと、20分ほどやらさせていただきました。お客さまも暖かいですねぇ、しかし。やりやすいったらないですな。ほっときゃあ、何時間もやってしまう空間でした。
最後に小米朝さんがもう一席やっておしまいです。僕たち一同もお食事です。まぁ、おいしいですね。そこでまたすっかり小米朝さんと盛り上がっちゃいましてね、最後にゃあ、携帯番号やメルアドの交換をしましてね。ステキな出会いでした。

12月9日(金) 
東京三菱銀行とUFJ銀行が一緒になることを知らなかった。しかも合併すると、東京三菱UFJ銀行ではなく、三菱東京UFJ銀行となるのか。

12月10日(土)
明日「てんの会(お浚い会)」なので、お弟子さんたち、昨日に引き続きたくさんくる。ありがたいことです。明日も大変なのだが、明後日にお囃子のお浚い会の下ざらいがあるのらぁ。そっちに手がつけられない!たくさんあるのらぁぁぁぁ。もう気が違いそうらぁぁぁぁ。

12月11日(日) てんの会
7回目になります。邦さんと僕んとこ合同のお浚い会。助演者は唄方のみ、六ショーゴさん、忠次郎くん、三七郎くん。それにちょっとだけ師匠(鉄十郎)にも来てもらいました。32番(演目)、8時間ですな。お浚い会で32番は珍しくはないですが、最近じゃ、多いほうでしょうな。唄方も唄いっぱなし、三味線弾き(邦さんと僕)もかなり弾きっぱなし。
お互いの弟子同士の上達ぶりがスゴイ、新しく入ってきたお弟子さんも感化され立派なものだと他人事のように思ってました。

15人出たウチの弟子の中で最長老が83(たぶん)才と80才の姉妹。6年前くらいのある日にSさんから「お稽古行かせてください」と電話がかかってきた。その数時間後、Iさんから「お稽古行かせてください」と電話があった。Sさん(妹さん)Iさん(お姉さん)ともお稽古に来だし、色々話してるうちに姉妹だということがわかった。偶然同じ日に、お稽古の電話をしたんだそうだ。そんなことだからすっごく仲の良い姉妹なのかと思ったら、いろいろなことでもめてたりしてる。じゃあ、仲が悪いのかと思うと、一諸に稽古にきたりしていた。もうあの年になるとわからない。
Iさんは一昨年だか、倒れて、回復したと思ったらまた倒れたりした。右半身がちょっと不自由なんだと言う。で、今回のてんの会は当然出演しないものだと思っていた。二ヶ月くらい前に「リハビリのつもりで出演してみたい」と言ってきた。すばらしいことである。なんというバイタリティ。そんじょそこらの若者には負けないガッツがある。そうなのだ。ものすごく活動的だということが、この姉妹の共通するとこだ。
Iさんはもともと郵便局をやっているのだが書道の先生だったりフラダンスを教えてたりする。Sさんもスゴイ人で、未だに毎晩飲み歩いてるような人。仕事は助産婦。二人の手帳をみると、スケジュールがびっしりと書いてある。
で、Iさんが出演することになったら、何年も休んでいたSさんが一緒に出るという。Iさんは三味線なので唄方の自分が唄うというのだ。
「どうぞどうぞ」
「でも二人揃って稽古できる日がないんです」と言われても
「かまいませんよー、ぶっつけでいきやしょーや」
それでも一度二人で来られる時があったのであわせてやることが出来た。
それでもIさんは病み上がりである。三味線も、とても二度倒れた人には見えないくらいは弾けるが、自分の思うようにならないらしい。僕としても、時間をかけてゆっくりやれば少しは弾けるようになるかなぁ?と思うものの、時間がない。かと言ってIさんの弾けるくらいゆっくりのスピードで演奏はしたくない。そんなお浚いみたいにはしたくない(お浚いなんだけど)。Iさんを聴きにきたお友だちに「あら、立派に弾けるじゃないの。さすがIさんだ」と言わせたい。だから、難しいとは思ったが、本ノリの「鶴亀」のお稽古をした。稽古の時には、ついてこられなくてもひょっとして本番の時もダメかも知れないけど本ノリの「鶴亀」を弾かせたかった。そんなこんなで本番。いざ弾き始めると弾けるのである。弾けちゃうのだ。稽古では20パーセントくらいだった「鶴亀」が70パーセントくらいには弾けるのだ。70パーセント弾ければ御の字ですよ。あとの30パーセントをカバーするなんざ、こっちはお手の物ですから。一人弾きもSさんのイキにちゃんとあわせて弾けてる。
幕が下りたとき、たまらなくなった僕はウルウルしながら「良かったなぁ鶴亀」って言うとIさんも「おかげさまで」と言った。
「おかげさま」じゃないでしょ。あなたの力でしょ。凄さでしょ。Sさんも喜んでた。満足そうだった。
Iさんの子どもさんもお孫さんもドキドキして舞台を見ていたと思う。舞台の緊張で倒れたら、と考えない身内はいないだろう。舞台に立たせたい、立たせたくないという思いは身内の方も僕も各々半々に持っていたのだ。でもみんなで話して「やっぱ出演させてあげよう」と決めての舞台だった。なにがあっても良いと決めた舞台だった。きっとIさん本人もそうだったのかも知れない。妹の傘寿のお祝いに弾いた「鶴亀」。かっこ良かったです。最後の舞台だからとガンバった「鶴亀」でした。
よくテツクロの弟子は、元気の良い三味線を弾くと言われます。そりゃあそうです。弟子の中での最年長がこの姉妹なのですから。もうこの時点で「てんの会」成功だ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
ひとしきりジーンとしたあとあることを思い出した。あの姉妹は本番に強いのだった!!舞台に立つと人が変わったようにシャキッと唄ったり弾いたりするのだった。ただの年寄りではないのだった。病み上がりではないのだ。精神力は病んではいないのだ。年とって身体がシンドイということだけなのだ。ジーンとした僕が甘かった。。。。長いつきあいで知っていたはずなのに・・・。倒れようと最後の舞台だろうとあの姉妹は関係ないのだ。目の前に客がいればやってしまうのだ。
しまったーーーっ。
甘かったーーーっ。
心の中でいたわっていたーーっ。
いたわる必要はなかったのだ。。。
体調に影響があるといけないので自分の出番が終わったらすぐ帰りますと言っていたIさん。「鶴亀」終わってしばらくしてからロビーをふらついたら「まだいるんです」とニコニコしている。「アメあげます」と、大量のアメくれた。顔色も良い。目もキラキラしている。「最後まではいられませんから」だって。「あ、はい」としか言えなかった。メッチャ元気なんだもの。さらに「来年はもうちょっとうまく弾けると思います」と言い切った。
ガーーン!!
今日の舞台は通過点だったんだ。。。
ジーンとしてる場合じゃないぞーーっ。
来年もあの姉妹は、てんの会に出るんだぞーっ。しかも「先生もお身体お気をつけて」と言っていた。
ヤバイぞー。こっちが先に倒れるかも知れないぞーっ。
80過ぎのおばあさんではないんだーっ。80過ぎのネエちゃんだぞーーっ。おそるべしっっっっ。

12月12日(月) 紫山会館
昨日は打ち上げで飲めなかった。車だったからである。理由はもうひとつある。それが今日。お囃子のお浚い会の下ざらいなのだ。

12月13日(火) 一人用こたつ
先週からグッと寒くなった東京。昼間がけっこう暖かかったりするもんだからかえって朝晩の冷え込みが・・・。そんな中、ショップチャンネルで見た一人用こたつが欲しくて妻に手続きをしてもらった。毎日ワクワクしながら待っているのになかなか来ない。それがやっと今日到着。へーっ、広島から来たんだぁ。

12月14日(水)
娘がヤな咳をしている。 一昨日あたりかなぁ?学校休むか?と聞くと「いく」と言う。結局病院行ってから行くということにして、赤ん坊の時から行ってる水野医院へ。リンパ腺が4か所晴れているそうな 「つらいよねぇ。ごはんは食べられる?・・・しかし大きくなったねぇ」と久々に来た娘に話かける先生。
お医者さんの帰りに「結構ひどそうじゃないの。学校休んでもいいんだよ」と聞くと、「行く」と答える。いつからこんなに勉強熱心になったのかと不安になっていたら「給食が目当てなの」のボソッと言う。なんでも、年に一度のビュッフェ形式の給食の日なんだそうだ。勉強じゃなかったんだ。がっかりするやらホッとするやら。しかし、風邪でも頭の中はご飯のことかよぉぉぉ。さすが女だなぁ(イヤ、女性を批判したわけでは・・・)。食う気満々。水野先生、こいつは大丈夫ですわ。。。

12月15日(木)
昨日は元気に咳していた娘は、今朝からダウン。熱があるので学校は休み。インフルエンザではないらしくホッとしている。おかゆとか食べている。「なおったら焼肉食べたい」と言ったそうな。。。。
僕は一日お稽古日。明後日のお囃子のお浚い会に弟子たちも出していただくことになり 「越後獅子」を浚う。わざわざ師匠(鉄十郎)が唄いにきてくれた。「俺にとっちゃあ、孫みたいなもんだからな」とウチの弟子に会うのが楽しいらしい。

12月16日(金) 京都
京都に一日いました。念願の稽古場が来年から開かれるようになりました。うれしい限りです。3/22にはライヴもします。

12月17日(土) 証券会館ホール
一日、お囃子のお浚い会で弾いていました。この仕事が終わってホッとしています。おかげで「てんの会」からの疲れがドッと出てきそうな雰囲気ではありますな。
家に帰ったら、娘が熱もさがりはしゃいでました。疲れがとれますな。明日は焼肉にという状態です。

12月18日(日)
お稽古日でしたが、6時前に終わったので、娘を約束どおり焼肉に連れていく。
風邪で一昨日まで熱を出し、昨日も熱は下がったといえどもボーッとしていた娘9才。行きの車でグッタリしていた娘は店に入った途端、生気を取り戻し、まずはタン塩とキムチから初めて行き、レバー、カルビと着々に食べ、帰りは、元気になっていた。
なんとか明日は学校にいけそうだ。今夜は久々に風呂に入ると言う。その前に干し柿を食べている。見ている僕はちょっとひいた。

12月19日(月)
娘「さまって漢字があるじゃない」
九「ああ『様』ってな」
娘「なんで『さん』はないの?」
九「ほほう、『君』もあるのになぁ」
娘「うん」
九「たしかにたしかに」
娘「たしかにたしかにじゃないよぅ。なんでよう。」
九「ああ、なるほどなるほど」
娘「ダメだなこれは」

12月20日(火)
お弟子さんが来てくれて、稽古場のお掃除をしてくれる。数人で掃除をするとあっという間にきれいになった。
気持ちの良い一日だった。

12月21日(水)
田柄小学校のボランティアに行くことにした。2時間目の後の「中休み」に、校内を巡回する「学校安全ボランティア」。今日は顔寄せみたいなもの。昨年3人からはじめたらしいが、今回の応募で28人になったとか。男の人は僕ひとり。まあ、なんでもやっておこうと思ってね。

12月22日(木)
終業式というので娘は10時30分に「あゆみ」を持って帰ってきた。明日から18日間の冬休みに入るんだとよろこんでいる。今回、冬休み長いよね。

12月23日(金) 文我さん独演会とチームてつくろ忘年会
博品館で、文我さんの会が昼と夕方とありましてね。文我さんに会いに行こっと思って、顔出しにいきました。不思議なことに米朝事務所のやすこさんとは25年のおつき合いでして、やすこさんが縁あって米朝事務所に入られたので文我さんにもお会いすることができ、共演までさせていただいているのです。
夕方からは独演会。ゲストは談志師匠ですね。子どもの頃からのファンです。楽屋にジッとしてましてね、談志師匠がいつ来るかいつ来るかと待っていました。舞台の姿は見たことがありますけど、普段の姿を見たくて。どんな風に出番までしてるのかってね。
東京駅の近くでお弟子さんと忘年会みたいな集まりをしました。帰りの地下鉄で、カミさんが気持ち悪いっていうので、途中の駅で降りたのです。それでもう一度電車に乗って、自宅駅で降りる寸前にさっきの電車に荷物を忘れたことに気がついたのです!網棚に置いてあった荷物です。いっぺんに酔いが覚めました。とにかく自宅駅で降り、地下鉄の事務所に走ります。
駅員「どこ行きでしたか?」
鉄九「さぁ、2本前くらいの電車だったような・・・」
駅員「森林公園行きだなぁ」
鉄九「えっ、そんな遠くまで行っちゃったらダメですよーー」
駅員「ダメって言われてもねぇ・・・」
鉄九「バッグ二つなんですよ。家のカギが入ってるんですよ。ないと入れないんですよ。気持ち悪がってる妻と幼い娘をそこに待たしてるんでっせ。バッグがないってカギがないってことですよ。家に入れないって、親子三人でどないしまんの?」
駅員「おちついておちついて、とにかく和光市行きだったらもう着いてるから和光市に電話してみますよ」
・・・・
駅員「ありましたよ!」
鉄九「やったーーー」
駅員「届いてましたよ、良かったですねぇ、乗ってた電車は和光市行きだったのですよ」
鉄九「良かった良かった、で、どうすんの?取りに行けばいいんですよね?」
駅員「はい、お手数ですが」
鉄九「何がお手数なものですか。テメェで忘れたんですから、テメェで取りにいきますよ。まだ、行って帰ってって電車ありますよね?じゃ」
具合悪そうなカミさんを頼むと娘に言い残し、和光市駅に向かう。
鉄九「忘れ物したものでーす」
駅員「はいはい、これですね」
鉄九「そうそう、このバッグ、カミさんのです・・・・あれっ?もうひとつありませんか?」
駅員「いや、これだけですよ」
鉄九「そんなことないでしょ?もう一個さ、ちっちゃなセカンドバッグみたいな・・・」
駅員「いや、これだけなんです」
鉄九「げっ、俺のがない。手帳にカギだ。カミさんのはあった。ここには財布から携帯からいろんなのが入ってる。俺の手帳とカギだけ入ったバッグがない。ないってとられちゃったんですかね?」
駅員「そうかもですね、よくあるんですよ」
鉄九「だって、とるならこっちでしょ、財布が入ってますよ」
駅員「ねぇ」
鉄九「がっかりだなぁ」
駅員「一応出る可能性もありますから、書いておきましょ」
鉄九「はい」
駅員「あ、ちょっと待ってくださいよ」
なにを思い出したのか係員の方、電話をし始めた。どうやら、見つけた係員にかけてる様子。
駅員「ありましたよ。今取ってきます」
鉄九「やったー」
なんでも僕のバッグは車掌さんが預かってたとかなんかで・・。とにかく手元に二つのバッグが戻り、ホッとしながら自宅駅に帰る。気分が悪くて真っ白な顔色だった妻も時間が経ったせいか、顔色が戻っている。いやぁ、良かった良かった。あれでバッグが出てこなかったら家族三人どうした んだろ?それに終電近くでなくて良かった。いつもなら絶対に終電近くで帰ってくるのに、今夜に限って22時台に帰ってきたから往復もできたし。
思えば今日は母の祥月命日。自宅で亡くなった母に会いにいった時間が14年前の22時くらいだったのかなぁ?とか思う。
「寒かったーー」と娘が言う。改札のベンチで妻と娘と待っている間、気分が悪い妻が「寒い」と言ったので、娘は自分のマフラーとコートを妻にかけてあげていたそうだ。良い子のとこにしかサンタは来ないと教えている娘に、「今年はサンタさんきっと来るな」と言ってやった。

12月24日(土)
明日のライヴの支度をする。妻は二日酔いにはならなかったようだ。
夕方から出かける。ケーキを取りに寄り上原のおばちゃんのとこへ行く。妻の母の友人。親戚のおばちゃんのような人。一緒にケーキ食べて、おちついたひとときを過ごす。大事な時間が流れた。おばさんは今、一人で暮らしている。おじさんが亡くなったのは平成二年。娘はあったことのないおじさんに手を合わせる。年をとらないおじさんの写真。あれっ、おじさん亡くなったの8月21日なんだ。今年俺が肋骨折った日だ。おじさん、メリークリスマス。。。

12月25日(日) 伝の会+喬太郎/ちょんまげライヴ/スタジオフォー
今年最後のライヴ。締めくくりは喬さま(落語家・柳家喬太郎)と一緒にと思いましてね、組んでみました。伝の会がやって喬さまが一席やって、三人でやってという構成です。いやぁ、楽しかったです。来年四月にちょいと大きなところでまた、喬太郎さんとやるのですが、その時にはもっとすごいことが出来そうなと伝の会も喬太郎さんも思いました。がんばります。
夕方からは、「伝の会ちょんまげクラブ忘年会ライヴ」。乾杯に始まって、お客さまの質問やご意見にこたえて、リクエスト曲をジャンジャンやっていくという、ドキドキするライヴなのです。だって、なにをリクエストされるかわからないのですから。ちょんまげライヴは怖いです。でも、今年も無事に終了。
打ち上げを途中で抜けだし庚申塚のスタジオフォーに行きました。午後6時からの「演芸とジャズのコラボライブ」をやっているのです。もう終わりそうなところに飛び込む。
寒空はだかさんが「見上げてごらん夜の星」を歌っていた。会も終わり、「打ち上げだからいなさいよ」ということで、出席する。ダメじゃん小出さんも来ていた。
僕はここへ来るのが二度目なのに、結構馴染んでしまっている。意外に人見知りな僕を馴染ませてしまうこの空間っておもしろい。馴染んでいると、せっかく来たのだから何か弾きなさいと言われる。もう飲んじゃってるし、三味線組み立てるの面倒だなぁと言いながらも心のどこかでは「ああ、やっぱりそうなるよな」と思い、一人じゃイヤだとゴネて、ドラムスでリズムきざんでもらって「セントルイスブルース」を弾く。「もう一曲さぁ、長唄っていうのをやってよーーっ」と言われる。ええーーっっと言いながら心のどこかで「ああ、やっぱりそうなるよな」と思い、たっぷりと大薩摩を弾き唄いする。やっぱこっちのほうがウケる。そりゃあそうだな、うんうん。

12月26日(月)
古典空間に行き、来年やるライヴのチラシを二つ作る。ひとつは志の吉くんをゲストに呼ぶライヴ、もうひとつは伝の会だけのライヴ。
帰ってきてからゲームキューブで遊ぶ。いまさらなんでゲームキューブなんだって気がしないでもないが・・・。数年振り(十数年振り?)にやるドクターマリオはおもしろかった。

12月27日(火)
今年最後の稽古日。一応。お弟子さんたちみんな新規な曲に挑戦し始める。

12月28日(水)
年賀状待ち。伝の会のデザインをずーーーっとしてくれてるヒネちゃんが、ぼくんちの年賀状をずーーーっと数十年作ってくれていて、今年は今夜できる予定になっている。毎年今頃か30日とか、31日とか・・・。だから年賀状を年末に書く習慣などすっとんでしまっている。いっつも年が明けてから。ヒネちゃんのとこに届いたら電話くれると言っていたがかかってこない。。。。今夜手に入らないのかなぁ?そう言えば、毎年、こんなことやってるような。28日と言われてその気になっていても、ホントに手に入るのは二日後だったりしてるのかも。去年どうだったかなぁ?ぜーんぜん覚えていない。忘れちゃうほどの期間かぁ。してみると一年は長い、と、ヘンなことに感心している。。。

12月29日(木)
事務所に行き仕事。文書いたり、チラシ作ったり、来年3月の三つのライヴのチラシが出来上がる。うっれしいなぁ!
帰ってきて、年賀状書きを始める。ペンが使えなくなっちゃったので、ここまで。明日へ持ち越しだ。

12月30日(金)
年賀状書けた。年内にできた。スゴイ。
鉄駒と鉄六の稽古をつける。1/4にちょっとした仕事があってそこで弾くための。
お弟子さんのTさん宅へお邪魔する。おいしいキムチとたこやきとおでんを 作ってくれていた。よくそんなに食べられるなというくらい食べて、気がつけば、一時近くまで居座ってしまった。

12月31日(土) 横浜にぎわい座特別興行 新年カウントダウン
にぎわい座カウントダウンに行きました。志の輔さんが言い出しっぺで笑志さんが段取りをという感じで。25日に会ったダメじゃん小出さんも寒空はだかさんも出演するのです。今日まで行くか行かないか迷ったのですが、昼間妻と娘を大宮駅に送って帰り道、今夜から一人なんだなぁと思ったら、やっぱ行ってみよっかなぁと・・・。
午後8時開演。
はだかさん 「あっ、やっぱ来たのですね」
「こないだはどーも、酔っぱらっちゃったですよね」ってな挨拶をし、
ダメじゃんさんの楽屋に行き「やっばり来ちゃった」
「彼女じゃないんだから」とやりとりをし、
みんなの高座を袖で見ました。
ひげはやした志の輔さん登場。僕の顔見てにやっとした。かっこいいなぁ。楽屋で一緒に舞台のモニターと紅白のモニターを並べて見る。
志「新年にお弟子さんたちで集まるの?」
九「僕んとこには来ませんが、明日お年始に行きます、家元へ、(立川談志家元ではなく)ウチ(松永)の家元ですよ」
志「わかってるよ(笑)。・・・・俺の出番が11時だろ」
九「ええ」
志「こんな時間に出たことないよ」
九「いままでこういうのやったことないですか?」
志「ないない、はじめてよ。だいたい客がいるってのが不思議だよ」
九「完売ですよ」
志「ありがたいことだねぇ。でも待ってる時間がシンドイなぁ」
文都さんの「高津の富」が終わった時点で、かなり押していた。予定では10時45分に志の輔さんが上がって、11時40分くらいから館長(玉置宏さん)と対談をしてカウントダウンに行くことになっている。けどもう、11時ちょっとまわった感じ。対談ぬきで、志の輔さんのあとスグにカウントダウンだ。 志の輔さん高座にあがると「とにかく0時なるちょっと前に噺がおわらなければ、そのまま中断します」と言ってる。今年最後の落語は見事な「徂徠豆腐」。11時53分に無事に下げまで行き、司会の笑志さん文都さん、そして館長はじめ出演者一同が正装で登場。場内に時報をながしいよいよカウントダウンだ。
昨年の大晦日には、まさか来年の大晦日、志の輔さんたちと一緒にいるなんて考えもしなかった。志の輔さんも玉置さんも、あとたくさんのここにいる芸人さんが伝の会や鉄九郎を知ってくれている。それだけでも実り多い一年だったなぁ、とシミジミ思った。やっぱり来て良かった。それを確かめられて良かった。玉置宏館長と志の輔さんがくす玉の紐を持っている。あと数秒で年がかわる。二人ともうれしそうな顔をしている。志の輔さんなんて、子どもみたいな顔している。来年もはりきって行くぞーーーっ。と思った時、志の輔さんが紐を持ってる手に力を入れた。


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