前へ 伝の会TOP 次へ 戻る

鉄九郎の青?裸々な日常 第124号


2006年2月1日〜28日

京都・大阪・浜松・鎌倉・東京 いったりきたり

2月1日(水)
雨。久しぶりに休日でした。
とにかくゆっくり寝ました。
その上昼寝もしました。

2月2日(木)
「ドアも閉まりまーす」
え?!あと何が閉まってるのー!
・・・・とある駅のホームで

2月3日(金) 京都・大阪
3/22の京都でのライヴ場所、103PULPOで打ち合わせ等して大阪へ行く時、雪がチラチ ラ降ってきた。大阪では、チラシ・ポスター制作をする。
今朝早かったし明日早いので、とにかく寝る。

2月4日(土) 大阪
明日のお浚い会のための下ざらい。夜は徳島の人たち10余名でごはんを食べに行く。ほどよい時間に帰ってきたので、ゆっくりお風呂に入った。あとは寝るだけだ。なんと幸せなひとときなんだろー、と、今まさに横になろうとした時に電話で呼び出される。結局ほどよい時間には寝られなかった。

2月5日(日) 大阪
松永和三千津師匠のお浚い会当日。朝から始めて6時に終演。それから宴会。和三千津師匠おめでとうございました。司会やる。一度ホテルに帰ってすぐに集合して二次会。中身の濃い三日間であった。

2月6日(月)
さっき寝たって感じで起きた時間が6時。7時の新幹線で東京へ。浜松でお知り合いにならせていただいた、書道家の金山土州さんの個展を見に行き、そのまま帰宅。
おお、なんだか久しぶりに帰ってきたぞってな感じ。娘が帰宅する。昨日、喬太郎さんの落語を見にいったらしい。なんでも、子どものためのそういうのがあって。へぇ、喬さま、いろいろやってんだなぁと感心する。
九「どうだった?喬さまおもしろかった?」
娘「おもしろかった」
九「喬さま、なにやったの?」
娘「うーーん、なんだっけなぁ?」
九「いや、ネタというより、マクラでどんな話してた?」
娘「うーん、『ギボシ』」
九「ん?」
娘「ちがうかなぁ・・・ギボシ」
九「演目か?」
娘「うん」
てな、いらいらする会話をする。
その喬さまと4時30分からうち合わせをする。4/22の「喬太郎と伝の会」の打ち合わせ。喬さまと伝の会とで創作物を一本つくるのだ。三人でいろいろ意見言い合う。このような作業って案外たのしいものだ。なんつったって、喬さまと話てるだけで楽しいし。

2月7日(火)
雪積もってるよー。娘はなかなか起きない。「雪が積もってるよーーー」とか、妻が叫んでいても、びくともしない。でもなんとかかんとか、今朝も起きて、学校に行った。最近、朝、顔がむくむ。「腎臓が悪いんだぞ」とか言われる。でも今朝はむくまなかった。安心してドンペーの天そばを食べたら、見事にむくんだ。。。

2月8日(水)
妻「ママはこの音楽好き」
娘「ああ、ママはシークレットが好きだからね・・・・あっクラッシックだ」

2月9日(木)
鉄六が(OLとしての勤め先であるデザイン・印刷の)会社をやめると言うので、突然新しい名刺を作ってもらうことになった。今、使ってるのも、以前に使っていたのも、みんな鉄六のデザイン。気に入っている。伝の会のお抱えにしたいとこっそり思っている。
20時に池袋で待ち合わせて打ち合わせを。終わってから夕食をと思ったが、明日の朝、以前の中性脂肪の再検査であることを忘れていた。行きがてらにあわてて食事。

2月10日(金)
保健所に行き、いろいろ聞く。やっぱり中性脂肪はかなり高いらしい。病院へということにはならなかったが、日頃の生活態度を改善しなければと言われる。ごもっともです。食べ物にいたっては、もう手の付け所がないくらいヒドイ。ある日の食事なんて 朝=そば、夕方=ラーメン、夜=ラーメンってな具合。貧血もあるらしい。中性脂肪を良くするためには野菜をもっともっとと言われるし、そもそも肉・魚をちゃんと食べなさいと言われる。そりゃそうだわな、ある日の献立が上記のようなんだものな。

2月11日(土)
娘「パパ、大豆をたくさん食べなさいって言われたの?」
九「うん、豆腐とか納豆好きなんだけどな、足りないってことだろな、保健所の先生がな」
娘「だったら、枝豆を食べるのてつだってあげるよ」
九「お前、枝豆が食べたいだけだろっ。しかも俺は大豆を食べろといわれたのよ!」
娘「だから、枝豆を・・・」
九「バカッ、枝豆じゃないよ、大豆だよ。ったくぅ、だからおまえさんは、ちょいと頭が鈍いんだてんだよっ。だ・い・ず」
娘「えっ?枝豆も大豆だよ」
九「バカ言ってんじゃないよ」
娘「ほんとだよ!」
妻「知らないの?」
九「え?」
娘「だって学校で習ったよ」タッタッタッタ・・・
九「こらこらっ、食事中に席をはずすんじゃない!」
娘「ホラっ」
教科書を持ってきた。
九「あっ!」
娘「あっ!じゃないよぅ。大豆でしょ」
九「あっ!」
娘「また言ってる」
九「えっ?じゃあ、枝豆から豆腐ができるのか?」
娘「おんなじでしょ」
九「枝豆をなんとかすると豆腐になって、枝豆をどうにかすると納豆になるのか」
娘「うん」
九「すごいな。煮豆も大豆かぁ」
娘「うん」
九「じゃさ、俺、豆腐も枝豆も納豆も煮豆も好きじゃん」
娘「そうなの?しらないよぅ、いくら娘でも」
九「大豆が好きってことでいいんじゃない」
娘「いいんじゃないの」
九「あ゛っっっ!」
娘「なによぅ、驚かさないでよう」
九「醤油も味噌も大豆かっ」
娘「それは知ってたでしょ」
九「うん、知ってた、知ってたよ」
娘「二回言わなくたっていいよ」
九「俺、ラーメン好きだろ?」
娘「それは知ってる」
九「ラーメン屋でさ、醤油にするか味噌にするかって悩むときあるじゃん」
娘「知らないよ」
九「どっちも大豆じゃん」
娘「そうだよ」
九「てことは、醤油か味噌かを悩んでても、所詮、大豆の手の上でのことなんだ」
娘「所詮ってなに?手の上って?」
九「ははーん、愚かだった。いや、恐るべし大豆だ。冷や奴に醤油をかけているものだとばっかり思っていた。大豆に大豆をかけていたんだ」
娘「ママー、パパがヘンだよーーっ」
九「枝豆には塩なんだな、枝豆に醤油だと、大豆に大豆だものな、それで塩なんだぁ。豆腐にキナコは大豆に大豆だぞ、だからありえない。してみると、冷や奴に塩?いやいや、醤油だな」
娘「今度は納得しはじめたぞ」
九「おいっ、このシャケにかける大豆とってくれ。あれっ、今日は具の入った大豆がないのか?なければインスタントのスープかなんかが欲しいなぁ。大豆いため好きだなぁ、今日は違うのかい?大豆炒めの味付けは大豆をチラッとかけてな。おい娘、節分の時の大豆、まだパパは食べてないぞ。かあさん、風呂あがりにビールのおつまみあるの?大豆?」
娘「ママー、パパがこわれてるよーーー」

2月12日(日)
朝目がさめたら、けっこうなめまい。気持ちワルっ、とか思いながら、起きあがるが、クラクラしてしょうがない。予定をキャンセルして、一日寝てることにする。以前もあったそうで、その時は医者にいって調べてもらったがなんともない。家帰ってご飯食べたらなおったそうな。なにっ、腹が減ってただけかいっっ!てなことだったらしい。「らしい」というのは、僕は全然覚えていないからだ。妻がそう言っている。じゃあってんで、ハンバーグ弁当食べて寝る。寝る寝る寝る・・・。やけにスカッと目が覚めた。かなり楽になっている。寝不足?どうやら昨日、テレビゲームをやりすぎたことも良くなかったようだ。ああ、情けなや。

2月13日(月) 京都〜浜松
どうやらめまいは大丈夫そうなので、朝新幹線に乗る。いつもは新幹線に乗った途端に寝てしまうのだが、さすがに昨日、寝過ぎたのか、まったく寝られない。してみると京都までの2時間半、長いのである。たいくつなのである。こんなことなら、新聞でも買えば良かった。

本日より毎月一回、京都西陣の貴了館で僕のお稽古場が開かれるのである。パチパチパチ(拍手です、静電気ではありません)。うれしいですね。僕が教えることによって、グングンと上手になるお弟子さんたちを見るのがなによりの幸せですね。ほとんどの方がお三味線を初めて持つ方たちですが、なかなかみなさん勘が良い。感心感心で無事に終わりました。「来月がたのしみです」と言っていただき、感激でした。僕も来月が楽しみです。ではと、京都駅に向かいます。

浜松で志の輔らくごがあるのです。浜松の知り合いが10人ほど見にいっているのです。終演までには僕も伺いますと約束していたのです。知り合いと会うのも大事なのですが、なにより、パルコ以来、志の輔さんの顔みてないのですから、なんだか会いたくて会いたくて。京都のお稽古が意外に早く終わったので、開演前に浜松に着いてしまいました。
開演10分前。
九「こんにちはーーー」
志「あれっ、どうしたの?」
九「師匠の顔見に」
志「なに言ってんの、どつかの帰りだろ」
九「はい、京都から来ました」
志「へぇ、ま、すわんなさいよ」
九「パルコではとてもお世話になりました、ありがとうございました。」
志「いや、こっちこそ」
九「週刊朝日見ましたよ、前代未聞の5ページグラビア。スカッとしましたねぇ」
志「うん、あれは良かった」
九「おつかれだって聞いてますよ」
志「うん、なんかシンドクてさぁ、ボーッとしちゃうっていうの、後遺症だよ、パルコの後遺症」
九「まぁ、あれだけのことおやりになったんですからねぇ、誰もやったことないことだから、その後どうなっちゃうかも例がありませんしねぇ」
志「うん」
などと、いつものように、くらーーい志の輔さんは、舞台に出ると超満員のお客さまをワカした。いつもよりちょいと乱暴ぎみのマクラがとっても良い感じ。なんだか、久し振りに志の輔さんの落語を聞く感じ。
開演前と終演後にいろいろ話をしているうちに、今年の○月○日に××でやるという。スッゲーと驚いていると、
志「そこでさ、△△をやりたいのよ」
九「やりましょうよ、やりましょうよ」
志「テッチャンが前に書いてくれたじゃない、あれ出来ないかなって思って」
ある作品に音を着ける構想を昨年夏くらいに志の輔さんに手紙書いていたのです。それを覚えていてくれたことにカンドー。
疲れた疲れたと言いながら、ちゃあんと前を向いて新たな構想を立てて続ける志 の輔さん、「じゃあな」と大きく左手をあげて、東京に帰っていきました。
さて、浜松のお客さまが待ってるところへ行こうか。そういやぁ、志の輔さんが「テッチャン帰らないの?帰らないの?泊まるとこあんの?」とクドイように聞いていたっけ。ひょっとしたら、僕の知り合いの浜松の旦那衆と一緒に飲みたかったのかな?かなかなかなかな?

2月14日(火) 明治記念館
夕方五時に邦さんとスタッフと明治記念館で待ち合わせ。邦さんも昨日京都にいたそうな。飲み屋から出たのが午前4時といっている。ヘロヘロになって東京に帰ってきて、ヘロヘロのまんま明治記念館に来た。僕は、昼くらいに東京に戻ったが、めまいもなく元気。今夜はここで30分くらい伝の会をやる。美容師の方たちの新年会。アッという間の30分。お疲れさまでした。

かねてから邦さんのファンだという新宿のジャズクラブBLACK SUNに行く。ここで伝の会が出来るというのだ。小田急ハルクの裏あたりにひっそりとある。「知る人ゾ知る」的なお店です。良い雰囲気ですわ。好き好き、こういうお店。三階のフロアでライヴをするという。お芝居もやっちゃったりするんだそうで。それもそのはずマスターは俳優さんだった。僕は初対面にもかかわらず、話はトントンと進み、5月末にやることが決定、パチパチパチ(静電気でないですよ)。20人くらいしか入れないのです。すっごい客席から近いっすよ。大抵、伝の会はお客さまと近い場所でやりますが、ここもなかなかのとこです。

2月15日(水) 浜松
昨日の朝、浜松から東京に戻ったのに、また、やってきました。まずは手ぬぐいを作ってもらっている武藤さんのとこに。伝の会を観てくれた武藤社長と飲んでたら、染める工場の社長さんだった。「ウチで手ぬぐい作ればいいんだよ」という言葉通りに今、伝の会の手ぬぐい二種類と僕の手ぬぐいを作ってもらっているのです。そんなことをお弟子さんに話たら「あたしも作ってもらいたい」という人があらわれ、そのデザインも持って武藤社長のとこに。手ぬぐいだけじゃない、浴衣だって暖簾だってハッピだって、なんだって染めてる。そりゃそうだよな、そういう会社なんだから。手ぬぐい屋さんとかを飛ばしてジカに頼んでるということなんですな。ハッピ作りたいんですよね。次はハッピだな。職人さんたちはいろんなことを教えてくれて楽しい。僕を見て、「じゃ、こういう感じがいいんじゃないの」とアイデアを出してくれる。そういうのにのっかるのが好きな僕にはたまらない。そろそろ浜松に邦さんが着く頃なので迎えに行く。伝の会とスタッフが揃ったぞーーーっ。いざ、自衛隊に向かいます。今日はなにかが行われるのですが、口外してはいけないということになっているので書けません。残念。。。。書きたーーーい。。。楽しかったーーーっっっ。

2月16日(木)
娘「『オフネ』に一本線をたして、あなたの大切なものにしてください」
九「うーーーん」
娘「降参?」
九「オスネ」
娘「ちがーう」
九「うーん」
娘「降参ね、答えはオカネ」
九「ああ、なるほど」
娘「じゃ、クレオパトラに一本線をたして情けない名前にしてください」
九「なんだとーー?スレオパトラ」
娘「ちがいます。タレオパトラ」
九「なんだっていいんじゃないかーーーーっ」

2月17日(金)
長唄協会春季演奏会のリハーサル。長唄のみんなと会えるのが楽しい。

江古田にある大盛軒。ラーメン屋というか、中華屋というか。妻は25年通っている。僕は妻とつきあってる時に連れられ行ったのが最初なので20年くらいかな。結婚してからも通って、子どもができても通って、みたいな店。この店の焼肉ライスやジュージュー焼で出来ていると言っても良い娘は、ここの焼肉ライスが大好きだ。なんだか納得いってしまう。なんと19日で閉店だそうだ。あと50年くらいはやってそうだとふんでいたのでガッカリ。名残を惜しんで今夜の夕食は大盛軒。娘は焼肉ライスをモリモリ食べながら「うん、さびしいよ」と言った。なんだかとっても淋しくなった。

2月18日(土)
九「おいっ、ズルズルしてんだから鼻をかみなさいよ」
娘「してないもん、ズルっ」
九「こらっ、してんだろーが、かめって、鼻を」
ブーーッッッ、ブーーーーッッッ
九「こらこらっ、そんなに乱暴にかんだら、バカになっちまうだろーがよぅ、そうじゃなくなって割算できないんだからぁ。もっと丁寧に丁寧にかむんだよーー」
娘「ズルッ、いまからおハナをかみますよ」ブーーーッブーーーーッと、丁寧に言ってからはなをかむ娘。
九「丁寧に言えってことじゃねーーぞーーーーっっっ」

2月20日(月) 浜松
今日から浜松で僕のお稽古が始まります。といっても、「三味線にさわってみよーー」という感じのかるーいもの。仲良くしていただいてるお旦那衆が三味線に興味を持ってきたので、それでは一度やってみまひょかということで始まったのです。それまでは「オイッ、テックロー」とか「テッチャン飲め」とか言っていた旦那衆が今日から「師匠」と呼ぶようになったのには驚いた。「いまさらやめてくださいよ」「いいんだよ、師匠、さぁ飲めっ」呼び名が変わっただけかいっっっ!

2月21日(火) 鎌倉生涯学習センター志の輔らくご21世紀は21日 新宿明治安田生命ホール
今朝は浜松で目が覚めた。新幹線で東京へ。自宅へ帰って荷物を入れ替え、湘南ライナーでいざ鎌倉へ。生涯学習センターのある講座に伝の会で出演。ヤンヤヤンヤで盛り上がった。湘南ライナーで新宿まで戻って邦さんと別れる。なんだか電車に乗りすぎで気持ちが悪い。

今日は明治安田生命ホールで志の輔らくご。毎月21日の定例会。でも1月はなかっ たので今年最初。ロビーゲストは、ねこマジ。
楽屋入りするとヒロ(松元)さんもう来ていた。
ヒ「てつくろさん、いやいや、パルコおつかれさん。今年もよろしく」
九「やっぱりここでヒロさんと会わないとつまらないですねぇ」
ヒ「そうそう、11月以来だものね」
九「そうですよ、なんか淋しかったですねぇ」
ヒ「僕なんかさ、ニュース録音してやるのってここだけだからさ、勘がとりもどせるかなぁって心配なんだよ」
志の輔さんも早々と楽屋入り。文都さんや全楽さんも来てにぎやかにかぎやか。ホームグラウンドって感じだわ。今日から前座さんの出囃子を弟子にやらせてあげようと決めている。本日は鉄六に弾かせる。僕は師匠の二席を受け持つのみにした。志の輔さん、声の調子も良い感じ。バルコ後遺症のことを舞台で話してる。ってことは、振り切ったかなって思いました。打ち上げでも、楽しんでいらした。なんか、良かったなぁって思いました。僕はと言えば、そんな師匠を見てホッとしてたら疲れがでてきた。ゆっくり寝よっと。

2月22日(水)
おっ、娘のヤツ、インフルエンザにかかってしまった。「学校でインフルエンザのことを『インフ』って言うんだよ」などと言って粋がっていたが、まあ、そんな話題が学校で出るくらいだから流行っていたのだろ。ついにダウン。それでも「復活したら焼肉連れてって」などと言っている。

2月23日(木)
昨日今日と久々に自宅というホームグラウンドでお弟子さんのお稽古をした。インフルエンザで休んでいる娘、昨日はしんどそうだったが、今日は結構元気。夜は鉄板焼きをモリモリ食べている。さすが肉食ッッ。

2月24日(金) 長唄協会志の吉独宴会
長唄協会春季演奏会。各流派の家元たちが主体となった長唄協会では一番大きな会が国立大劇場で行われました。今回僕の出番は男子70名で演奏する「喜撰」のみ。我が松永流の出し物には出演していないのであります。たまにはお休みも良いものです。みんなが舞台やってる間に楽屋番したり片づけたりしました。

雨降ってきたが、国立劇場から上野へ 。その後、事務所のスタッフと待ち合わせをして、上野広小路亭へ。3/28にここでライヴをするのですが、実はまだ一度も行ったことがなかったのです。今夜ここでやる談笑さんの独演会に来るつもりでしたが、時間的にも難しいなということになり、昼間の見学になりました。

上野から浅草へ。 浅草のとあるお店で伝の会をやろうと進めておりまして、その偵察にスタッフと行きました。楽しい空間でした。来て良かったと。

浅草から国立劇場へ戻ってきました。弟子の鉄駒が長唄協会演奏会の最後の演目に出演するのです。とりあえず顔くらい見てやろうかなと。

雨がかなり降ってきたけど、国立劇場から庚申塚へ。志の吉くんに今日あわないといけなかったので、巣鴨スタジオフォーで行われている志の吉独宴会へ参りました。志の吉くんの一席目の途中から間に合いました。一席目終わって楽屋へ行くと、
吉「わっ、どうしたんですか!」
テ「きちゃった」
吉「野末陳平先生もいらしてるんですよ」
テ「おっ、そうなの。じゃ、次、出囃子弾こうか」
吉「アハハ、三味線ないでしょ」
テ「持ってるのよ、仕事の帰りだもの」
ということで、出囃子を弾かせてもらいました。打ち上げでうち合わせをして帰宅。陳平さんと話しできてなんかおまけもらった感じ、うれしかった。はあ、良く歩いた。。。。

2月25日(土)
今日は朝出かける予定でいたんだけど、昨日動き過ぎた。練馬->永田町->上野->浅草->永田町->巣鴨->練馬。ダウンです(当たり前じゃ)。いや、ただ寝させてーー。

2月27日(月) 読売新聞の取材志の八のうぶごえ
4/22喬太郎VS伝の会「ぺらぼうにぶらぼう」の取材を受けに読売新聞へ。落語家の柳家喬太郎さんと伝の会の三人で取材されながらいろいろ話してるうちに、どんな会にするかのアイデアがどんどん出てきた。まずは伝の会がやって、喬太郎さんが一席やって休憩。問題は三部のコラボ。喬太郎さんの落語にただ三味線を入れるだけじゃありきたり。三味線の中に喬太郎さんが話こむのも能がない。「五分五分のものがつくれないか」という発想から生 まれたのがこの企画。現在、そのネタ作りにはげんでるところだが、取材してくれる田中さんに意気込みを話してるうちに、明確なものが三人に見えてきた感じ。良い時に取材があったものだ。
自宅へ帰ってお弟子さんの稽古。稽古が終わるとスタジオフォーへ。今夜は志の八さんの会をやっている。「志の八のうぶごえ」第三回目だ。入っていくと、落語家さん達の写真を沢山手がけているカメラマンの(橘)蓮二さんが写真を撮っていた。目で挨拶しあう。文化放送の吉田涙子さんもいる。Tさんもきてる。良い意味でみんなが見守っている志の八さんは幸せものだ。その中でどんどん頼もしくなっていく志の八さん、楽しみ楽しみ。

2月28日(火) 第17回 読売GINZA落語会
午前中走り回って、昼からお弟子さんのお稽古。4時までやって鉄六と出発。銀座の三味線屋「三雅」に。小雨がふってるし、やけに寒い。今夜は読売GINZA落語会。志の輔さんと小米朝さん同時に会えるチャンスなのでなんとか潜り込もうと前から思っていた。昨日も蓮二さんが「明日も来なよ、じゃ明日」と言っていた、なんてかっこいい人なんだ。
いざ、テアトル銀座へ。ちょっと遅くなっちゃったけど、小米朝さんには間に合ったろうなぁと思って入っていったら、志の輔さんの声がする。「えっ?」そんな時間か?あわてて下手へ。小米朝さん洋服に着替えて志の輔さんの高座を真剣に見ている。その姿がカッコイイ。
ツンツン
小「・・・」
九「ニコッ」
小「わっ!」
九「シーッ」
小「どうしたの?」
九「いや、小米朝師匠に会いに」
小「うそつけっっ!」
楽屋に行くと、「あれっどっかで・・・」という人がいる。むこうもそう思ってるようだ。「わっ」と急に思い出した。読売新聞の田中さんだ!昨日取材してもらった。。。あ、今日は読売落語会だ!話しをきけば田中さんがメインだそうで。
テ「だって昨日はヒゲはえてたしー」
田「そりゃ、今日は剃るでしょー」
縁というのはおもしろい。

終演後、志の輔さんに。
九「ニコッ」
志「おっ」
小「テツクロさんと、いろいろと人生のこととか話しあったりしてんです」
志「ええ?三味線はうまいけど、そういうことはなぁ」
九「どういう意味ですか」
志「あんまり話さないほうがいいですよぉ、調子いいから、三味線だけにしとかないとぉ」
九「こないだ初めてお会いしたんですよ」
志「えっ?まだ知り合ったばかりなの!とてもそうは見えない」
九「小米朝さんの会に伝の会をよんでくれたんですよ」
志「ああ、なるほど、ああ、ああそう」
深くうなづく志の輔さん。

打ち上げは「松輪」。(志の輔さんの三越劇場「東へ西へ」の時に、鶴瓶さんがゲストで、その打ち上げで鶴瓶さんがサバが食べられないということがわかったというサバのめっちゃめちゃおいしいお店。翌日のゲスト文珍さんは「ワタシはサバは大好きです」と高座でおっしゃっていた。志の輔パルコにいらした方なら「ああ、あの ことか」と得心する所ですな。鶴瓶さんの「サバ食べたら死ぬねん」はおかしかった 。「あんなおもしろいVTRを流してくれるなら志のさん、二ヶ月やったら良い」と鶴 瓶さんに言われたとニコニコしてしゃべっていた志の輔さんがステキだった。)ああ、ここの店のことだったんだぁ。11月に紹介されていたお店だった。また、うまいのなんのって。でるお魚でるお魚がおいしい。読売新聞のお偉いさんたちも「ランチ食べによく来るんですよ、すっごくおいしいんですよぅ」と言っている。なんだか今日は人といい、会話といい、ガテンの行くことばかりだった。

前へ 伝の会TOP 次へ 戻る