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鉄九郎の青?裸々な日常 第126号

日本橋亭の袖から舞台をのぞくとこんな感じ

2006年4月1日〜30日

喬太郎さんと競演「べらぼうにぶらぼう」

4月1日(土)松永会と歌舞伎座初日
わーーーーーっ。
いよいよ「矢の根」の当日が来てしまった。
四谷駅から紀尾井ホールまでの桜のきれいなことっ。お花見の人出も最高潮って感じ。楽屋に入ってすぐに「矢の根」を稽古したいとこだが、スタッフとの打ち合わせやなんやで、結局一度浚えただけ(良かったじゃん)。いよいよ本番。お客さんたくさんいすぎっ。どうしたんだろ?いつもこんなにいっぱいいないのに(失礼!)。
とにかく弾きましたよ。師匠の唄に合わせて・・。まぁ、結果はいろいろだけど、とにかく終わった感だけっ。やったーーーっ、とにかく終わったんだーーーーって感じ。はぁ、これで「矢の根」のことを考えなくて良いと思ったらもう・・・。「楠公」のワキ弾いて、家元とトークして松永会おしまいっ。バンザーーーイっっっ。さて、家元と即座に歌舞伎座へ。「時雨西行」なのらーーーっ。これも無事終了ーーーーっ。やっと飲めるーーーっ。お弟子さんと飲もうと思ったら、まだ松永会の打ち上げをやってるというので、四谷に戻る。はーーーーーっ、おいしいビールだったーーーっ。

4月2日(日)歌舞伎座
昼過ぎまで寝ようと思ったのに10時にケロッと目が覚めた。なんとすがすがしいのだろう。「矢の根」が終わったのらーーーっ。実感の朝って感じ。でも、フト「矢の根」を唄ってたりする。うーーーん、おそろしいものだ。
午後からお弟子さんのお稽古して夕方から歌舞伎座へ。雨が降ってきた。帰りには小降りに。昨日から、妻と娘がいない。猫たちもつまらないらしく、帰宅するとニャーニャーと二匹して話しかけてくる。
ガチャ(ドア)
宇太(弟猫)「ニャー」
テ「はい、ただいま」
宇「ナーッ」
テ「ナーッてなんだよ」
宇「ニャー」
テ「だからナーッでなんだったんだよ」
宇「・・・・」
テ「ワカってるよ、悪かったよ。ごはんでしょ。ただナーッていうのが気になったもんだからさ」
トントントン(階段)
タッタッタっ(階段)
昇りながら話しかけられる
宇「ニャーニャー・・・・ニヤーーーーー」
テ「今ニヤーッて言ったろ」
二階に行くと
伽羅(姉猫)「ニャッ」
テ「おっ、姉ちゃんただいま」
伽「ニャッニャッニャッニャー」
テ「おおそうかそうか、そりゃ大変だったなぁ」
伽「ニャニャニャーー」
テ「うんうん」
伽羅はいつもやたらに話かける。どう見ても一日起こったことを全て伝えている感がある。まるで”暇”な主婦のように。この話しかけを無視したりボーッと相づちを打ってはいけない。なにを言ってるのかはちーーーともわからんが、真剣に聞いてあげないといけない。
伽「ニャーニャーニャニャ、ニャーニャーニャニャニャ」
テ「ほほぅ・・・ん?・・・え、・・あっそう。うーーん・・うん・まぁ・・・うん・・・えっ・・・あ、うん・・」
志の輔さんがよくやるヤツ。
伽羅が「聞いてないでしょ!」
と言ったらスゴイのになぁ。ともかく女の人の話はちゃんと聞かなきゃいけないと、今までの経験でわかっているので、伽羅の話しもちゃんと聞いてやる。
伽「ニャーニャーニャニャ、ニャーニャーニャニャニャニャッ・・ニャッ!」
話し終えると水をくれと言う(これはわかる)。ときどき伽羅が話してる間に宇太が割り込む。この先は日本語訳にする。
伽「またお稽古場に入ったのよ。カバンのぞきこんだらさぁ、アメみたいなのがあったわよ。あれっ、アメでしょ?ね、アメっていうのよね、前にさぁ・・・」
宇「あのっ」
伽「・・・てあったじゃない?なかった?あったわよね、ね、どっちなの?聞いてる?あたしはずっと家にいるんだからさ、わかるのよ・・・」
宇「ごはんくださいな」
伽「ね、お風呂っていうんでしょ、あそこでなにしてんの?」
宇「ごはん」
伽「うるさい!弟のくせに、ごはんごはんって・・あらっ、弟ということとごはんって関係ないわね。ね、おかしいわよね?どう思う?」
宇「ねーちゃ・・」
伽「うるさい!おとーと。今アタシが話してるのわかるでしょ。わからないの?黙って待ってなさいよ。ご主人はアタシの話しが聞きたいのよ。そうでしょ?そうなのよ!だっていつもうれしそうに聞いてるじゃない。そうよね?・・・・聞いてるの?ね、聞いてるわよね、聞いてるじゃない。おとーとのくせにうるさいの、礼儀って知ってる?れ・い・ぎっ、猫が話してるときは待つのよ、お腹へってるの?気のせいよっ、だってアンタそんなに太ってんじゃない、いいえ、太ってますとも。そう思わない?・・・違うの、今のはご主人に聞いたの!アンタじゃないわよ、アンタは自分が太ってることにも気がついてないんでしょ。そうよきっと。わかってないのよ、おだまり。わかった?・・・・今のはアンタに言ったのよ。なんで自分に言われたことか違うかがわかんないの?なに、顔洗い始めてんのよ。今の話しの流れでどーして顔なのよぉ、洗うのよぉ。おかしいわよ、笑うとこじゃないわよ。まったく図体ばっかりでっかくなっちゃって、顔丸くなりすぎよ。顔が丸くて目が丸いでしょ、たぬきよアンタ。え?たぬきがわかんないの?そりゃあ、アタシだってしらないけど、ここのお弟子さんが言ってたじゃない、たぬきみたいだって。だからアンタはたぬきなのよ。ええそーよ、たぬきに決まってんの、アタシはそう思うもの、誰が何と言ったってたぬきなのよ、アタシは可愛いんだもの、キレイとも言うのよ、アタシはキレイ、さとう珠緒みたいだっていわれてんのよ。だから知らないわよさとう珠緒がなんなのかは!ただね、言えることは、アタシが『たまお』でアンタは『たぬき』ってこと、言葉はちょっとしか違わないけど意味はうーーーん違うのよ。そうよねご主人?・・・ほらっ、今みたいに言えば自分が聞かれたんじゃないってわかるでしょ。まったくめんどくさいたぬきねぇ。ご主人、アタシかわいいんでしょ?だってみんな言うもの。アタシ初めて会う人のヒザの上にのってひっくりかえったりするの好きだもん。みんな喜んでるわよ。そーよ、うれしいのよ。アタシはみんなが喜んでくれることが好き。アンタはごはんのことばっかしね。ね、ごしゅじーーーん!・・ほらっ、ご主人ずーっとアタシから離れないでしょ。アンタのそばは暑苦しいのよ、アタシがいいの。 ねぇご主人ーーーっ。・・・・・あーあ、喉がかわいたわ、ねぇ、お水入れ替えてくださる?」
たぶんこんな感じなのであろう。今夜もニャーニャー言ってるうちに夜がふけていくのだ。

4月3日(月)歌舞伎座
獅童くん宅のお稽古のあと、自宅でのお稽古して、歌舞伎座へ。

4月4日(火)
今年始めて20℃を越えた東京だそうで、なるほど暖かく過ごせた日でした。昨日は歌舞伎座のあと、家元が「ちょっと行こう」と誘ってくれ、たいそう飲んだり食べたりしました。今日はお稽古日。午後、ポカッと時間が空いたので南池袋の大勝軒にフラッと行きました。あ、なんか休日っぽくて良いなぁぁ。

4月5日(水)誕生日
起きたら雨だった。
5時33分に生まれたと聞いている。寝てる間にひとつ年をとった。誕生日って半分以上は親のためにあると思ってる。自分に子どもが生まれてそう思った。父や母がいたころは、「今日の朝だったのよねぇ、前日に・・・」と、いろいろ聞いたような気がする。父も母もいなくなったので、僕の出生時のことを知る人はいない。淋しいと言えばこれが一番淋しい。けど、親が居ればいたで「いつまでもガキあつかいすんじゃねーよ」とかは言ってんだろうが・・・。その変わり、家族やらお弟子たちがいる。「師匠師匠」と行ってもらうだけでもうれしい。心から幸せだと思う。生活が大変なくらいで(これが一番大事やん)、あとは思うとおりさせてもらっている(スタッフは苦労してるかなぁ)。
本日、喬太郎さんとの創作が中止になり、時間が出来た。久しぶりにのんびりした午後だ。猫たちも、寒いのか、おとなしい。明日の準備はあとにしよう。

4月6日(木)函館
函館についた。(杵屋)勝彦くんと勝十朗くんと一緒。稽古のあと「函太郎」という、いかにも函館だぜという名の回転寿司へ。馬鹿においしい。とにかくうまい、満足して就寝。

4月7日(金)函館
今回函館にきたのは、9日の舞踊会の演奏のため。今日はツボ合わせ、リハーサルの前のリハーサルって感じのものです。15番弾くのですよ!15曲ですよ。最近では舞踊会で15番は多い方だ。今日から勝吉治くんやお囃子さんも参加。

4月8日(土)函館
下ざらい、リハーサルね、昨夜「阿さ利」で、めっちゃおいしいすき焼食べたから元気。でも乾燥したホテルのせいか喉痛い。今夜はお刺身。

4月9日(日)函館
本番、勝彦の唄に惚れてる僕は楽しんで弾く。踊りの地方(じかた)は、とても難しいが、リハーサルを二回やってるので、すっかり踊る方への情がわいた。ガンバレガンバレと思いながら弾く。勝彦くんも感情こめたがら丁寧に唄う。ただアタクシ咳がとまらない。10時開演19時すぎ無事に本番終わる。4日でのべ50数曲、よく弾いた。打ち上げのときから不調になり、終了後すぐ就寝。

4月10日(月)函館〜浜松
はやく寝たせいか、快適にめがさめた7時。みんなで8時すぎの飛行機に乗って羽田で解散。楽しかったわ。今僕は品川から新幹線に乗って浜松にむかってる。夕方から稽古。

4月11日(火)伝の会大阪編
雨だ。結構降ってて寒い。浜松から新幹線。東京から乗ってる邦さんと合流。新大阪の駅に降り立ったら、暖かい。やけに暖かい。南国(?)ってな感じ。じきに暑くなった。熱あんのかなぁ?と思ったが、健康体の邦さんも暑いと言っている。大阪、暑くて雨。 ワッハ上方でスタッフとも合流し、舞台作って昼公演。前回よりもお客さまが少なかったことでなかなかコアなライヴとなった。不思議なものだわ。夜の部はワッハ上方亭。すごく気に入ってる所。しゃべって弾いてがピッタリです。昼夜とも雨の中を来ていただいたお客さまありがとうございました。京都に続き雨づいてる伝の会です。

4月12日(水)
夜、帰宅。
一週間くらいいなかったのかな?
家ついてホッとした。

4月13日(木)歌舞伎座
朝なんとか起きて、また寝た。つかれーーーーーって感じでボーーーッとしてる。腕が痛いし、咳もとまらない。昼過ぎに弟子の鉄駒と鉄六が来た。二人の稽古をつけながら 似顔絵を描いたら、良く描けた。
夜は歌舞伎座へ。勝彦くんに会ったら、「あっ、にいさん、こないだ大変だったのよ。全然声でなくなっちゃって」勝彦くんは12日、函館の帰りも歌舞伎座に出ていたのだ。そりゃあ4日で50番以上もタテで唄ってりゃあな。出なくなるよなぁ、喉の疲れだってピークは越えちゃうものなぁ。唄の人は大変です。でも今夜は良い声で唄っていました。

4月14日(金)歌舞伎座
22日に「べらぼうにぶらぼう」というライヴをします。喬太郎VS伝の会です。その伝の会の部分のリハーサルをしました。伝の会二人でもやるのですが、あと二人三味線弾きを加え、四人のおっさんたちで圧倒的な演奏を繰り広げてしまうというのです。東音塚原勝利くんと松永和寿三郎くんの二人。昨年の今ごろ、南青山マンダラでやったメンバーです。あのとき、自分たちもびっくりするほどの迫力と大好評にどこかで出来ないかと温めていたのでした。
朝10時、我が家に邦さん、カツトシ、ワスがやって来て、稽古しました。午前中からバトルな稽古だった。夜は、歌舞伎座。帰宅して、久しぶりに家で食事。家族でお鍋。食事をし始めると、猫たちも食事をしはじめる。

4月15日(土)歌舞伎座
新しいお弟子さんが来ている。お弟子さんになるかならないかの初めていらっしゃる時は、駅まで迎えにいく。二度目からは一人で来てもらうシステムになっている。稽古場というか僕の自宅は駅から割りに簡単な道のりなのだが、4人に一人くらいは、たどり着けない。今度のお弟子さんはちゃんと来られた。
僕のところに来る方は、「三味線やってみよっかなぁ」とメールでいただき、やりとりをして「じゃ」ってなことで始める方がほとんど。伝の会を観てくださってる方が多いので僕の顔を知ってくださっている。でも、僕の方はわからない。 駅の改札で立っている僕をみつけてもらうのだ。
これがなかなかスリルがある。このシステムにして8〜9年、多くのお弟子さんを迎えに行った。駅を出てすぐの横断歩道の信号で立ち止まる。その時いつも思うのは、「これから始まるのだ」ということ。
この人はすぐやめちゃうかも知れないし、ずーっといるかもしれない。どっちにしても、三味線や長唄にちょっとでも興味を持ってくれたのだから「こんなはずじゃなかったわ」とは思ってもらいたくない。初めて降りる駅まで来た、その原動力は「自分で興味を持ったものが自分の期待通りか否か」ってことだと思う。その思いを裏切りたくない。
稽古場からの帰り道、この横断歩道を渡り駅に降りる時には「来て良かった、自分の考えはあってたんだ」と思ってもらいたい。そのことを毎回迎えに行きながら思う。今日で二回目の人は、「あたしやっぱり、お三味線やってみる」と言って帰って行った。ということは、前回僕が迎えに行った時の帰りの横断歩道は「あってたんだ」と思って渡ってくれたんだと思う。うれしい限り。明日も新しい人が来る。また、改札で僕を見つけてもらうのだ。

4月16日(日)
実は、昨日の続き。お弟子さんの稽古のあと、歌舞伎座へ行き、三味線を弾き、「一杯飲みに行かないか?」の誘いを断り、ダッシュで自宅に向かう。あんまりお腹が減ったので、コンビニでお弁当買って帰宅すると、玄関で、やはりコンビニの袋を下げた邦さんと会う。邦さんは四谷怪談公演のシアターコクーンからバイクで到着。二人でお弁当食べながら、喬太郎さんが来るのを待つ。
ほどなく、浅草演芸場の高座を終えた喬太郎さんがやってくる、午後10時近く。22日の「べらぼうにぶらぼう」の稽古を始める。三人でやるコーナー「さくら劇場」のネタづくりと稽古。やっぱり三人揃わないと、ネタが出来ない。自分で言うのもなんだが、今、めっちゃ忙しい三人の時間を合わせるのがとにかく大変。なんとかメドをつけて解散、喬太郎さんを車で送って行く。
喬「にいさんすみません。その辺で良いですよ」
テ「コンビニのとこあたりで?」
喬「はい、そのコンビニのとこでなにか買っていきますから。あ、牛乳買ってブラブラ歩きますから、すいません」
テ「はい」
喬「あ、具体的に買う物いっちゃって、すみません」
テ「アハハハハ。だけどそんなにペコペコしないでくださいよ」
喬「あ、すみません。なんかもう癖になっちゃって、すみません。アハハハ」
テ「アハハハハ」
喬「師匠にも言われるんですよ『お前、そんなにペコペコしなくても』って、アハハハ」
と、ペコペコしながら降りて行った。

4月17日(月)
毎年五月は国立劇場で前進座公演がある。前進座歌舞伎ですね。僕が最初に黒御簾音楽(=歌舞伎芝居の進行に合わせた音楽のこと。長唄演奏と似ているようで、かなり違う。)を教わったのは前進座歌舞伎なのです。来月は「謎帯一寸徳衛」と「魚屋宗五郎」をやります。僕もお手伝いに行くわけで、今日はその打ち合わせに行きました。「謎帯〜」は初めてと言っても良い作品なのです。徳兵衛というと「夏祭浪花鑑」を思い浮かべますが、団七も出てくるし、通じるところはたくさんあります。「夏祭〜」は勘九郎丈でコクーンから中村座と長いことお手伝いさせていただいた演目です。すみずみまで知ってる感じ。だから取っつきやすいですね。
「魚屋〜」はご存じの方も多いと思います。禁酒をやぶってお酒飲むやつ(すっごく簡単に言うと)です。松竹でもいろんな方がおやりになります。ただ、前進座としても十八番の演目で、黒御簾音楽の方も練りに練って作り上げてある作品なのでなかなかのものなのです。それを初役でワタクシ目が舞台師(タテ三味線のことです)をやらせてもらうのです。
う゛ーーっ、今から胃がいたーーーい。
やっと「矢の根」が終わったのにーーーっ。
そのあとも函館で大変だったのにーーーっ。
宗五郎の梅之助丈と息をピターーーッと合わさねば出来ないのです。ずっとワキ三味線で百回はやった演目なんだけど、ワキとタテでは天と地ほどの違いがあるのです。目が「点」で、胃から「血」が・・・・などとくだらないことを言ってる場合ではない。五月はヒト月、それにかかりっきりになりますのじゃーーっ。

4月18日(火)ナショナル劇場50周年パーティ
「有名著名人がたくさん来るパーティなんですよ。バシッと決めてください」と、いつにもまして鼻息を荒くしてウチ(古典空間)の社長が騒ぎます。伝の会とお囃子さん二人を引き連れオークラへ。ドカーーンと歌舞伎音楽の凄さを聞かせるのだが、あちらからのリクエストがある。ナショナル劇場のテーマ(あかるーいナショナール・・・っていうやつ、知らない人はいないですよね)と水戸黄門(そう、水戸黄門と聞いて出てくる音楽ですよ、じーんせい楽ありゃーって)を入れてくださいということ。面白いのでやってみた。水戸黄門弾いたら、目の前でしっかり聞いている里見浩太郎さんが口ずさんでいた。

4月19日(水)
11時過ぎから21時までお弟子さんのお稽古。なんだか一日中お稽古って久しぶり。来月はお稽古日とれそうにない。25年の師匠業の中で初めての「お稽古一か月お休み」となるか!

4月20日(木)歌舞伎座と志の輔らくごスタジオフォー
(だいたひかるさんのネタ風に読んで下さい。)
どぉでもいいですよん。 歌舞伎座と落語会を掛け持ちする長唄さんはあんまり(全然)いないと思う。
どぉでも・・・・。
朝早く出かける。雨風のスゴイことったらない。全国的にかな?電車は止まるし傘はさせないし。うまい具合に僕の乗った電車は止まらなかったので、無事に用事をすませ午後3時に帰宅。ホッとしてコーヒー飲んでるともう出かける時間だ。いざ、歌舞伎座へ。
「アツシ、久しぶりだな」と家元が言う。
「アツシさんお久しぶりですねぇ」後輩たちが言う。
「テツクロさん来てたんですか?」
一か月やってるのに、時々しか来ないから、こんなことも言われる。
「アニキィ、うわさでは聞いてたけど、今月来てたんだぁ、あははは、あにきぃ、飲みにいきましょーよ」大道具の友だちに言われる。
「師匠ーーっ、風で電車がーーっ、五時半に着かないかもしれませーーーん」鉄六から電話も入っている。
バタバタしているうちに時間となり、舞台へ。20回目の藤十郎丈、梅玉丈の「時雨西行」。僕は7回目かな?などと思いながら始まる。無事終演。
ダッシュで庚申塚へ。7時からスタジオフォーで志の輔らくごが始まっている。僕が歌舞伎座の楽屋を出たのが7時18分。間に合わないジャン!そのために、鉄六に弾いてもらっている。僕が着き次第交代することになっている。到着すると志の輔さんの一席目の途中だった。中入り後に、(寒空)はだかさんが出るっていうので、なに弾こうかということになっている。鉄六もなかなか機転がきいてて、「ミッキーマウス」弾こうかと言ってる。あ、それも良いなぁ・・・・でも鉄六に弾かすより僕が弾きたーーい(わがままな師匠である)。はだかさんのキャラと一番遠いものってなにかなぁ?と考えたら「水戸黄門」が出てきた。こんいだ弾いたばっかしだし。ハハハハ。
最後は志の輔さんの「死神」。そう言えば一か月ぶりの師匠の落語を聞く。なんだかホッとする。なんだか懐かしい。すごく良い。うれしい。この一か月長かったなぁ。いろんなことしたなぁ。と、笑いながらいろんな思いが頭をよぎった。良い夜だった。

4月21日(金)歌舞伎座と志の輔らくご明治安田生命ホール
さて、いよいよ明日に迫った「べらぶら」。本日は「さくら劇場」のネタ合わせ・リハーサル・総ざらい・・・、ま、言い方はいくもあるけど、つまり我が家に喬太郎さん、邦さんが集まっての稽古です。実際「さくら劇場」を通してやってみました。
はぁ、疲れました。まだネタも変わるだろうし、本番でどうなるか?ってとこもあるし、楽しみでもあり、不安でもありです。三人でクタクタになり、解散。
さてと、歌舞伎座に行くかな。そして「志の輔らくご」だな。今日は大好きな噺家さん二人に会えるってことだな。

4月22日(土)喬太郎VS伝の会べらぼうにぶらほう
9時ちょいにスペースゼロへ。舞台監督の滝沢くんはじめ大道具の方たち、邦さんのお兄さんはじめセット作りの方たち、半澤さんはじめ音響の方たち、山口くんはじめ照明の方たち、そして古典空間のみんな。みんなが働いている。僕らのライヴのために多大なる力を貸してくれている。
さっきまで、新宿で飲んでいた感じの僕は、まだ頭も回転せず、ただ、その風景を搬入口からボーッと見ていた。見ている間に、うれしくなってきた。「今日のライヴは成功するな」と確信が持てた。とにかく、舞台面は大丈夫、あとは内容。
伝の会と落語家の柳家喬太郎さんで、手探りで作り上げている「さくら劇場」。まだ三人の中ではキチッとまとまっていない。顔を合わせ、いろいろ話し合う。
12時にリハーサルが始まる。「さくら劇場」のオープニングの通行人の人たちの練習。これが決まらないといけないような気がして、何度もやる。 そして通してやってみる。ホントは、場当たりくらいの時間しかないけど、三人の中では自然と通してやってみる方向になっている。この場で作り上げるのだ。このセットとお客さまが入っているであろう客席を見ながら、三人が頭の中で整理してぶつけ合う。
その後、伝の会プラス2(塚原勝利・松永和寿三郎)のリハ。サウンドチェックのみ。開場時間を過ぎてしまった。お客さまに申し訳ない。10分押しで開演。伝の会、上手下手に別れて登場。思えば6年振りのスペースゼロ。6年前の開演の時も上手でスタンバっていた。懐かしいやら幼かったやら・・・。
伝の会プラス2のステージが終わった瞬間、下手から六ショーゴさんに「あれ、あの声をーーーー」と唄ってもらう。その間に邦さんとカツトシがショーゴさんとこまで移動して弾き始める。長唄「まかしょ」が始まる。「まかしょ」は喬太郎さんの出囃子の曲(喬さまファンへのサービスもかねる)。舞台が出来上がったとこで、出囃子担当のテツクロが引き取って弾き始める。良いアイデアだと思った。どんな風にお客さまにうつっただろうか?
喬さま「寝床」のあと休憩。いよいよ「さくら劇場」。どんなだったかは早くビデオが見たい。とにかくお客さまがよくぞ着いて来てくれた。良いお客さまだった。ノッてくれたので、気にせず三人が思いきりできた。打ち上げでも喬さまと話した。「あのお客さまじゃなかったらできなかっただろう」って。セットも照明もいろいろと工夫をしていただいたそうだ。「きれいでした」とのお言葉もいただいた。全てはスタッフの心意気。僕らは見られないのですよね、ビデオでしか。早くビデオが見たい。たくさんのお客さまに来ていただきました。ありがとうございました。ではまた次回!!!!

4月23日(日)伝の会Bar絃京都来洛座
8時にスペースゼロへ、車を取りに。昨日飲んじゃったので車置いて帰ってきたのだ。ウーーーシンドイ。思えば、20日21日と志の輔さんたちと打ち上げし、昨日も打ち上げをしている。さすがに昨日終わって少しはホッとしているので、ドッと疲れも出ている感じ。
車で帰宅して新幹線に飛び乗る。京都に向かうのだ。今晩、祇園の来洛座というバーで伝の会のライヴをするのだ。アッという間に京都着(ぐっすり)。
まずは出町柳の思文閣美術館へ。「京繍長艸の仕事展」を見に行く。日本刺繍のひとつである京繍。日頃からとてもお世話になっている京繍伝統工芸士の長艸敏明先生と純恵先生の展覧会。チラッと今までもお作品を見せていただいたりしているが、ズラーーっと展示されている約100点。刺繍なのに動いて見える。映像のようだ。お作品の前に立つと離れられなくなる。
頭の中がいっぺんにスーーーッとした。今夜のライヴのための素晴らしいエネルギーをもらい、いざ来洛座へ。邦さんと会う。邦さんも二日酔いな感じ、アハハハハ。ライヴは午後8時から90分。その後お客さまたちと飲み始め、気がつくと、とんでもない時間となる。目出度く今夜で、打ち上げ4連チャン

4月24日(月)京都
昨夜は何時に寝たのであろうか?深夜も深夜のチェックインであったような・・・。来洛座のマスターが同い年ということもあって、話しがたいそう盛り上がった。折り紙で儲ける話になったことは覚えている。身体が重い。9時すぎになんとか起床。
邦さんは朝早い新幹線で帰ったに違いない。まだ、となりの部屋で寝ていたら大変なことになる。コクーン歌舞伎の千秋楽だもの。直接コクーン入りだって言ってたし。ちゃんと行ったよな、大人だものな。確かめるのはよそう。。。
タクシーに乗って西陣へ。長艸さんのギャラリー「貴了館」へ。月に一度のお弟子さんのお稽古が、今年からここで行われている。初めてお三味線に触る方がほとんど。お蔭さまで楽しんでくれている。夕方終了。京都駅から新幹線に乗る。
気がついたら東京駅だった。行きも帰りも、アッという間に着く。20日からの大きな流れが終わった。全てが無事に終わって良かった。大きな事故もなく、みんながにこやかに終われて良かった。

4月25日(火)
とにかくラーメンが食べたい。というより「食べなきゃ」って気になる。好きな系統のラーメンが東京にしかないので。そんなことを思うというのは、帰京した証拠。
身体は重いが昼からお稽古日。お弟子さんたちの顔を見て、話して、笑って。 あ、お稽古もして。お稽古日は楽しい。遠くから来る方もいるし、会社で疲れたところを帰りに寄ってくる人もいる。稽古が良い気分転換になるように。僕の気持ちも豊かになるような気がする。

4月26日(水)
オフ。寝たらもったいないので、銀行行ったり片づけしたりして過ごした(なんと貧乏性な)。多動症。
娘が学校から帰ってくる。学校であったことをいろいろ話す、ひとしきり終わると
テ「お腹は?」
娘「だいじょうぶ」
テ「今日はお習字とグリムスクールに行くんだろ?今2時45分だ。グリムの時間は5時10分だから、お前には今、二つのコースが用意されている。」
娘「え?」
テ「まず、今、お習字行ってしまえば、3時50分にお家に帰ってこられる。そして、一時間宿題したりボーッとして5時10分にグリムに行く。これを単発コースと言う」
娘「タンパツ?」
テ「もうひとつは、今から一時間宿題したりボーッとしたりして、お習字行って、終わったらお家へ帰らずにグリムに行く。これを連チャンコースと言う」
娘「レンチャン?」
テ「どっちにする?」
娘「じゃ、つなげちゃおっかな」
テ「連チャンだな」
娘「だからレンチャンって何?」
テ「じゃ、今から宿題を20分でやれ、ヨーーーイ」
娘「あ、待って待って、一時間あるんじゃないの?」
テ「バカだなぁ、一時間もだらだら宿題しないの。20分で片づけて、キャッチボールやるんだろ?」
娘「えっ?」
テ「早くやってボールもって下に降りてこいよ、じゃ、あとでな」
わけもわからず娘も慌てて行動し始める。
まぁ、仕方がない。そんなオヤジを持ってしまったのだから。仕事も山ほどある。期限が迫っているものも笑っちゃうくらいある。もうどこから手をつけて良いやらって感じ。今思うこと、なんで4月は30日までしかないのだということ。すっごくオンなオフの日でした。

4月28日(金)徳島伝の会
あたたかいぞーーー。
楽しみにしている徳島の伝の会だぞーーーっ。
Tシャツ一枚で準備して開演。昼夜ライヴ、よく弾いたぞーー。
お客さんも喜んでくれたぞーーーっ。
打ち上げがまた楽しいぞーーっ。
たくさん飲んだぞーーっ。

4月29日(土)徳島
いやいや、昨晩はよく騒いだ騒いだ。徳島で伝の会をやって14年くらいかな。東京以外の土地では一番長い間やっている。仕切ってくださる方々に感謝感謝です。

4月30日(日)
今日で今月はおしまいですな。今月最後の日は稽古日になっております。今月も忙しかったなぁ。いやいや、ここんとこよく動いてます。正直疲れてたりしますね。でもそんなこと考える暇がないくらいに、次から次へといろんなことをしている気がします。うれしい限りです。では、また来月。来月は、これまたタイヘンなオオゴトが待っているのです。ぐわんばるぞーーーーーっっっっっっ!!!!

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