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鉄九郎の青?裸々な日常 第13号


1999年8月1日〜8月17日
1日
 邦さんと稽古。7日の稽古の合間合間でふらいぱんフェスティバルのこととか屋形 船のこととか話すことがいっぱいで、今何やってんのかわかんなくなるぜ。
2日
 「廓丹前」稽古。屋形船のはがき制作。
3日
 10時、前進座の大稽古場へ。ロシア(9月14日〜24日の10日間、前進座の 西宮小夜子さんたちのお仕事で邦さん共々行って参ります)でやる「連獅子」のツボ合 せ(下ざらい=リハーサル/ツボ合せ=リハーサルの前にいっぺんやっとこーよという 感じのお稽古・歌舞伎なら総浚いということかな)。終わってそのまま伝の会の下ざら い。勝彦くんで「たぬき」、師匠が来て下さって「廓丹前」を鳴物さんも揃ってキッチ リやる。長唄が終わるとホッとする間もなく「世話・時代」の打ち合わせ。弾く気はな かったが、川島さんが「いっぺん通して見ようよ」とごもっともな意見を言い、それに 従わざるをえなくなった。邦さんと二人で(この日、トモとマサキは欠席)必死に弾く 。はーはー言って無事終了。
4日
 お稽古日。合間に自主稽古。
5日
 さらしなの里で、邦さん、トモ(高橋智久)ちゃん、マサキ(忠一郎)の三味線チ ームだけで下ざらい。午後6時ぐらいに帰宅する。途中伝の会事務局からの転送電話が ワッと入る。なんだなんだと思ったが、あっそうか、朝日新聞の夕刊に囲み記事が載っ たんだな。古典空間が制作をやるようになってから、数多い伝の会公演も毎回なんらか の形で大手新聞や雑誌に載るようになり、その効果は結構凄いものがある。特に単なる 公演情報として載るのではなく、記事として載るというのが凄いことだなとつくづく思 う。新聞・雑誌に載った場合、問い合わせ先は伝の会事務局になっていて、まあほとん ど僕が対応しているのだけれど、今日はおもしろいことが起こった。というのは昨日写 真入りで毎日新聞の夕刊に載ったらしく、もちろん問い合わせ先は伝の会事務局になっ ていたのだが、なんと伝の会事務局の電話が古典空間の番号になっていたらしく、朝の 8時30分から小野木さんは問い合わせの電話で四苦八苦したらしい。「けっこう大変 なんですね」と言っていた。いやー愉快愉快。7日に配る歌詞カードを昨日作ったのだ が、今日邦さんにチェックしてもらったら訂正箇所が見つかりあわてて打ち直し古典空 間に持って行く。あーこれでとりあえず、僕は事務仕事から解放された。さあ明日から 三味線さらうぞー。ってもう時間ないじゃん。
6日
 午後邦さんと稽古。忘れてることはないか、大丈夫か。夜、友人宅へ遊びにいき自 衛隊の花火をちらっと見る。久々に桜台の「茶平(ちゃぺい)」へ、あーおいしかった 。ダイエットして二カ月がたった。夜にこってりしたラーメンを食べたりすることが多 いのに、6〜7キログラム痩せた。太ってから買ったズボンが、なんか邦さんのズボン をはいちゃったような感じがする。ベルトの穴もふたつほど変わった。今ウエスト、ナ ンセンチ何だろう。
7日
 8時起床。すっきりと目が覚めた。スタッフは9時にスペースゼロに入って仕込み が始まるらしい。なるべく早くいこうと準備をする。行きの車で和佐次朗さんの「廓丹 前」を聴く。半沢さんはじめ音響の人達、袰主さんはじめ照明の人達そして古典空間ス タッフが動き回って入る。
正午すぎCDを見せてもらう(ジャケットだけ)。感慨無量 だね。ボチボチ出演者が揃いはじめる。森山さんが担当した「伝の会番外編」と名付け られた写真展もロビーにできあがる。邦さんが「すごいのができてるよ」というのでい そいそ見に行く。感激した。こうやって10年間が写真とチラシで飾られるのを見ると 、歴史を感じるなー。
13:30リハーサル開始。照明・音響との打ち合わせがメインとなる リハーサル。和佐次朗さんのスライドいいねー。「世話・時代」のスライド文字は無声 映画見たいでカッコイイ。きれいで良い小屋だな。
16:30リハーサル終了。すっごくお腹 が空いていた。お弁当をむさぼり食う。半沢さんがマイクを付けにきてくれる。今回は なんと頭に付ける。聞けばミュージカルなどではそうするようだ。胸元につけていると 首をふったりすると音量とかが変わってしまうのだそうだ。なるほどね。
開演15分前 、CDのジャケットがいっぱい届けられた。自分たちのCDにサインを頼まれる、うれ しいことですなー、しかしいっぱいあるな。廻りがなった。えっ、もう出番か、あわて て袴をつけ舞台袖へ。舞台にでる。大きな拍手。僕たちはピンスポでねらわれて入るた め、ほとんど客席が見えないが、立っているひとがいるようだ。えっ、そんなに入って るの?まさか、前売りは320〜330だったんじゃないの?「たぬき」のあとのトー クを客席ですることになっていて、客席にはいる扉も決まっていたのだが補助席で開け られないという。えっ、補助椅子も出てんの?「500は入って立ち見もでる」とほざ いていた邦さんだけが「うんうん」とうなずいている。そうなると立ち見の人達が気の 毒になってくる。
和佐次朗さんのスライドをどうしても写したかった。願いが叶って三 味線を持ってニコニコしている大きな和佐次朗さんの前で、多分1960年代に作曲し たであろうという「三絃と太鼓の二重奏曲」を演奏させてもらった。時間との戦いで少 し早口になった「よくわかる長唄」の後、休憩。楽屋に帰ってサインをするともう出番 。さーて、僕の「廓丹前」だ。初めての大曲。楽しみだなー。師匠に唄ってもらって幸 せだ。うーん良い曲だーなー。などと思いながら弾かせてもらった。前回「世話・時代 」を池袋でやったとき、精神的にちょっと粗かった思い出がある。だれも口に出しはし ないが、みんなもそう思っていたのかも知れない。こう書くとありきたりだけど、今回 は各々自分の限界に挑戦してたみたいだ。このメンバーとなら素の自分になれるという 感じ。弱いとこもみせられるってやつ。皆が皆を支えた演奏だった。全員の限界の速さ 、限界の技術、誰かがちょこっとでもスベッたらメチャメチャになってしまうくらいの 緊張感の持続。これが歴史だと思った。鳴り止まない拍手、この気持ち良さに浸りたか ったけど「段取り段取り」。サポートの全員を紹介したかった。アンケートにもあるだ ろうな、「◎◎さんをしゃべらしてー」。
受付のお見送り、随分と大勢の人だなーと感心する。考えてみると500人以上の人達 を見送るのは初めてだな。何十分もかかって見送りをして楽屋に戻ると師匠はじめ皆が 待っていてくれた。楽屋で乾杯をする。打ち上げの段取りは、なぜか邦さんが率先して やっているようだ。本番前に小野木さんと真面目な顔してコソコソ話てるときがあるが 、決まって打ち上げの段取りだ。 お客様が出演者全員の名前で作ってくれた小田原提灯をみんなうれしそうに持って帰っ た。今夜提灯をもらったみんなは、懲りずにまた伝の会に出演するんだよー。そのとき は小田原提灯を持ってくるんだよー。不備なところがいっぱいあったようだけど、出演 して下さった仲間たち、スタッフ、そして足を運んでくれたみなさん、心から感謝しま す。
9日
 お稽古日。
10日
 毎年、阿波踊りの時期になると徳島に連れていってもらってる。昨年は富街(ふ うがい)流し(徳島市富田町を門づけしてまわる)のために来徳したが、今年は鉄十郎 師匠が出演しないために僕の出番も無くなった。せっかく昨年からスケジュールをあけ ていたので、じゃあ家族旅行にしてしまえということになり、8日間のバカンスとなっ た。 12:45発〜13:55着。妻子を連れ徳島空港に降り立つと、トモちゃんと奈緒(高橋智久夫 妻)が迎えにきてくれていた(彼らは7日の伝の会出演後、車で大阪を経由して徳島入 りをしていた)。今回、僕たち一家がお世話になるお宅は、和佐次朗師匠のお弟子さん で僕もとても可愛がっていただいている、ときわ(芸名:和佐比路/本名:比松ときわ.比 松木材社長比松秀勝氏奥方で奈緒ちゃんのお母さんでもある)さん宅。まあ一家で気兼 ねなく過ごさせていただくことになっている、なんとずうずうしいことであろうか。
11日
 ときわさん、トモちゃん奈緒ちゃんが娘のために「そごう」に連れて行ってくれ る。「やぶそば」のうまいそばを食し(二歳の娘も一人前近く平らげた)、ディズニー ショップではしゃぎ、大きなミッキーマウスまで買ってもらいプリクラを撮る。夜は花 火をしてもらい、コテッと寝る。
12日
 奈緒ちゃんの友達が大阪からやってきた。僕と妻は娘を奈緒ちゃんたちに預けち ょこっとでかける。なんという親だ。「とくしま体験館」で合流。ここがなかなかおも しろかった。360度の全周映像の「遊ingシアター」やディズニーランドの「魅惑 のチキルーム」の小規模なやつみたいな「ウミガメシアター」、ハイテクロボットが操 る「人形浄瑠璃舞台」、もちろん阿波踊りも体験できるのだ。今夜が阿波踊りの初日。 紺屋町演舞場の桟敷の券があるというので見ることにする。20年近く来ている僕も桟 敷で見るのは初めてだ。なかなか感動するものだ。「たち吉」で夕食。
13日
 「永島」のママの誘いをうけ、何度かお世話になっている、フランス料理オーベ ックファン(Au Bec Fin)の連にパパ・トモちゃん・奈緒ちゃん・鉄九郎一家が入れて いただくことになった。「青柳」の前でシャンペンをあおりキャビアを食べと、その高 級感たらない。悠久連に囲まれいざ紺屋町演舞場へ出陣。二歳児を肩車した僕の回りに は、余程珍しいのかカメラマンが集まった。楽しいったらありゃしない。みんなで食事 をして、僕だけ師匠(鉄十郎師/やっぱり徳島に来ていた)に会いに「Mr.Ben」へ。
14日
 鉄十郎師が出演しないというだけで富街流しはやっているわけで、ちょっと見に 行こうかということになる。和三寿師匠を始めおかあさん(ときわさんの)などいつも のメンバー。富田街検番でしばし談笑。徳島ラーメン「いのたに」へ行く。 僕の娘が今日三歳の誕生日を迎えた。「牛楽」でおいして焼肉を食べ、いつもお世話に なっている「椀久(飲み屋さん)」カラオケをやってごらんということになったが、「 チューリップ」とか「お馬の親子」とかを歌っていた。師匠もたまたま居合わせ、一緒 に祝ってもらった。
15日
 鳴門海岸へ、泳ぎに行く。娘は初めての海だ。プールと同じだと思い、ザブッと もぐったら水がしょっぱかったのでビックリしたようだった。すいてるし水はきれいだ し、こりゃいいわ。帰って昼寝。夜は割烹「小笠原」へ。何度も来ているがおちついて 食べるのは初めてのような。おいしかった。阿波踊りの最終日なので外はたいへんに盛 り上がっている。いいねー徳島。
16日
 今回の最大の目的は今日だったたのです。2台の車で和佐次朗師匠のお墓参りに でかける。途中、淡路島で太郎(杵屋巳津也/お父さんの俳優・山口崇さんの実家に戻 っていた)ちゃん一家を乗せ、一路須磨へ。須磨寺という大きなお寺にひっそりと眠っ ていた。「アツシ、来たんか」「和佐次朗さん、遅くなっちゃってすみませんでした。 」「みんながチョクチョク来るから淋しないで」「まあ僕なんかが来るよりも、みんな が来てくれるんだからいいですよね。7日の伝の会では和佐次朗さんのスライドだした んですよ」「恥ずかしいことをするな」「まだ髪の毛もけっこうあったときの」「アホ ッ」「みんなまだ泣いてますよ。こんなにみんなに好かれてたとは思わなかったんじゃ ないですか?」「それはちょっとあるな」「和佐次朗さんがいなくなっちゃったから、 結局僕の目標は永遠に和佐次朗さんになっちゃいましたよ」「不満なんか?全然ちがう タイプのお前だから、似たらおもろいなと思ったんや。しかし下手やなー。」「また来 ます」「ちょっとはうまくなったら来い。ハハハ。」 暑い暑い須磨寺だった。
17日
 午前7時すぎにトモちゃんと奈緒ちゃんは車で東京へ向かった。楽しかったバカ ンスもおしまいだ。午後3時すぎの飛行機で帰京。僕らが家についた頃、トモちゃんた ちも家に着いたらしい。なんかラーメンがたべたくなって江古田の「太陽ラーメン」へ 。いつもの生活がはじまる。

ということで次のこのコーナーの更新は9月の中頃です。


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