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鉄九郎の青?裸々な日常 第133号

2006年11月1日〜31日

テツクロ主任上野広小路亭ライブ

11月1日(水)
「家族でのんびりとすることは?」と聞かれると、「グー」の音も出ない。僕自身が出不精というのもあるが、「家族を連れてどこかに」という機会が極端に少ない。ということで、家族で鬼怒川の温泉に来てみました。

11月2日(木) 読売GINZA 落語会
ゆっくり寝て、鬼怒川でちょっと遊んで帰宅。楽しかったわ。
夜、小米朝さんに会わねばと銀座へ。読売の人たちとも久々に会う。 「やぁ、テツクロさん」とか言われる。こっちも覚えている。 前回来たのは去年、打ち上げも盛り上がって、みなさんと仲良くなったのだった。 いやいや、うれしいですねぇ、覚えててくれるなんて。・・・・・去年どころか、半年前だった。半年ぶりかぁ、一年ぶりではなかったんだーっ。えっ、読売GINZA 落語会って、年に三回なんですか。で、小米朝さんまた出てるのですか。中入り後、小米朝さんと昇太さんの舞台を、じっくりと見せてもらっちゃいました。「打ち上げにもおいで」と、前回同様、楽しくすごさせていただいちゃったりして。さまざまな打ち合わせなど、万全にできました。

11月3日(祝) 松山
朝早ーい飛行機で松山に来ました。中学校の文化祭で三味線弾いて、午後から松山のお弟子さんに稽古をつけてます。休憩時間にフラッと入った、おうどん屋さん。帰りがけに、おばちゃんが「昆布持ってって」

11月4日(土) 松山
本日も臨時講習をしに、道後の会場へ。路面電車で出勤。
路面電車への思いをちょいと。。。
庚申塚にもちょくちょく行くようになり、都電に乗る機会がやたらに増えました。そして、松山の路面電車。 こどもの頃はあちこちに都電があって、何度か乗ったりしていました。トロリーバスとかも。そのうち車がたくさんになって、道をあけなきゃいけなくなって、都電とかなくなっちゃったんじゃないかなぁ?電車や地下鉄も発達してきたし。
でも便利ね、路面電車って。タクシーみたいですよね。そんなに遠くまでっていうと電車かなぁとは思うけど、お出かけやら買い物やらにはとっても便利。それに、なにが良いかって、駅が即乗り場だってこと。地下鉄なんか、「○駅から×駅まで、わずか13分」とか言ってるけど、入り口からホームまでに、へたすりゃ5〜6分かかったりする線もあるじゃん。で、出口までもそれくらいかかったりして。電車もそうですよね。改札ぬけて階段のぼって下りてって。それに比べて路面電車のスゴイこと。駅イコール乗車するとこ。この忙しい現代人にぴったしではありませんか! バスもそうかもしれないけど、バスはイライラしますよ。交通状態によって、すっごく遅れて二台同時にきちゃったりするし。・・・しないまでも、そんな気がする。その点、路面電車は確実なのら。すっごく時間が節約できる気がする。この「気がする」ってことが大事。
都内でもあちこちに都電あったら良いなぁ。もう、「車、車」って言ってる時代でもないっしょ。ましてや「マイカー」なんて死語でしょ。車持つことがステータスな時代は終わってんだし。ヒザが調子悪い人ってたくさんいますよね、年にかかわらず、僕らの年代でも。だから地下鉄とか、どこでもエレベーターが着いたりしてるんでしょ。いやいや、もちろん身体の不自由な方のためということが大きいですけど。
路面電車は大丈夫ですよ。車椅子の方がいても、みんなでヨッコラショってのせてげちゃいますもの。そんな気にさせる乗り物なんですね。和気藹々な。すっごくバリアフリー。それに、僕だけが思うことかもしれないですけど、路面電車が通ってるところって、町の人が元気な気がする。お年よりも、若いのも。たぶん、この気軽さが良いのだとおもう。明るくって広くて、人々がやさしくなれるって感じの。みーなが仲良くなれそうな空間がここにあるような。別に、わざわざおしゃべりしなくてもいいけど、なんかギスギスしなさそうな。電車なんだけど、ものすごい開放感があるんですね。松山の路面電車なんですけどね。ワンマンなんですよね。駅に着くと運転手さんが、振り返って、降りる人からお金もらうのね。
「はい、ありがとうございます。」
「はい、それでいいですよ」
「はい、ゆっくりでいいですよ」
「はい、はい・・」
とか言ってくれるのです。自然とそこに会話がありますわな。結構なことですわな。電車乗って運転手さんと会話はしないですものね。稽古のあと、「帰りも電車でいいですか?」と聞かれたとき「もちろん」と答えました。階段も上んなくて良いし、タクシーみたいに狭い空間にヨイッショと入る必要もない、バスみたいに揺れない。
これからは路面電車だ!! (なんのこっちゃ)お後がよろしいようで。

11月5日(日)
今日は、とにかく寝ました。午後まで寝ました。今から仕事です。自宅で仕事。明日、志の輔さんに会うので。それまでにやっておかなきゃならないことが山のようにあって。どこまで出来るやら・・・・。

11月8日(水) 三越落語会
志の輔さんと来年一月パルコ公演の打ち合わせのために、三越劇場に、かけつけました。で、出演者見てビックリ。志の輔さん、文都さん、談慶さん、談笑さん、笑志さん。やっほーっ、立川祭りじゃーい!なんて魅力的な。走って会場へ。志の輔さんの出囃子を弾いて、23ヶ月。気がつけば、今夜の出演者全員と顔なじみになっているボク。なんともったいない。なんとうれしいことか。
「鉄九郎さん、師匠が」
「はいはい」
長ーい打ち合わせして、
テ「じゃ、そういうことで」
志「うん、じゃ、ここまでテッチャンがやってくれるってことだよね」
テ「そうですね、師匠はこれしてあれしてくださいよ」
志「はーい」
テ「あ、それから沖縄(6日)の公演の時、チラシ配らせていただいてありがとうございました」
志「ああ、そうそう、14日だっけ、沖縄でお世話してくれる人がいたの?どこでやるの?いやぁ、伝の会もちょくちょく沖縄で出来るといいよな、いやいや、うれしいうれしい」
テ「ありがとうございます」
志「今夜サバ食いにいこ」
笑志さんの「元犬」。飛行機の中でやってたんだけど、最後まで聞けなかった。今夜はたっぷり聞けて良かった。 談笑さん、やっと観れたのです。ずーーっと、定例会に行こう行こうと、一年間スケジュールがあわなくて。本だけで読んでた本物を観られたーー。完璧にツボ。打ち上げは、昨年も連れていっていただいた「松輪」志の輔さん、談春さん(観にきてた)、談笑さん、談慶さん、笑志さんがズラーっとテーブルを囲んで、隣に、ボクと蓮ニさん(=カメラマンの橘蓮ニさん)が。おお、この光景、スッゲー。写真とりたーい。話もおもしろーい、兄弟弟子のみなさん。いいないいな、芸の血っていいなぁ。

11月9日(木)立川談笑銀座夜話
「じゃ、また明日ーっ」と、「松輪」の外で、談笑さん、蓮ニさん、Aさんらと別れ、家路に着き、寝て、起きて、仕事して、夕方、いそいそと、博品館へ。
ジャジャーーン、ついに、談笑さんの独演会を体験する日がきたのだーっ。いやいや、長かった長かった。この一年半、ずーっと観たくて観られなかったお方。打ち上げで、お話はしたりするが、生の高座を観られなかったお方。やっとのことで、この日が参ったのでござった。前座、志ら乃さん。おっ、そういえば、高座の志ら乃さんを観るのも 初めてであった。おもしろいっ!ドーンと来ますね。談笑さん、「粗忽長屋」。そうそう、長屋中が粗忽なんですよね、ね。「シャブ浜」わーーい、本に載ってたやつだー。うれしー、動いてるーーーっ。CD買う。今までも買う機会はあったのですが、買わないで我慢していた。だってサインが欲しいじゃない。並んで書いてもらいました。家から持っていった本にも。え?打ち上げに?はいはい、喜んで。主催者Tさん「テツクロさん、チケット買って、グッズ買ったんだか元とらなくちゃ、さー、行きましょう」恐るべし主催者Tさん。打ち上げ行って、ますます談笑ファンに。

11月11日(土) 徳島
四時半に起きて一便で徳島に来ました。日舞の下ざらい。10時から弾いて、ちょっと間あいたので、おそばを。鴨せいろ大盛頼んで、そのあと、おそばおかわりしました。

11月12日(日) 徳島市立文化センター
10時30分開演、19時終演だな。楽屋の窓からは良い天気の町が見える。

11月13日(月) 徳島〜沖縄
昨日の舞踊会も無事終わり、打ち上げして部屋に帰ったのが1時半。徳島を、朝の一便に乗って羽田空港に戻って、そこから一路、那覇空港へ。久々に会った邦さんは、色黒になっている。ただいま、前進座の巡業で離島をまわっているのだ。明日の伝の会の宣伝のためFM沖縄の生番組に出演する。夜は、邦さんが関わっている前進座の芝居を観る。そして役者さんたちと飲む。そして明日やるのライヴハウス「チューパンジャー」へ行く。そして飲む。

11月14日(火) 伝の会那覇編 Chu−Pan−Jah(チューパンジャー)
那覇の伝の会。うれしいですな。いやいや楽しかったです。そしてフラッと立ち寄ってくれた、お二方。藤木勇人さん、よなは徹ちゃん。客席の方が豪華なライヴでした。藤木さんは志の輔さんの沖縄公演のプロデュースもしている。こなだの「国立劇場おきなわ」の「志の輔らくご」の時も今回のチラシ折込させていただいたのです。徹ちゃんは「新良幸人プレゼンツ『ゐきがどぅし』」 で、知り合ったステキなヤツ。ライブの後、みんなで、『ゐきがどぅし』の時の下地勇くんのバックを勤め、僕らのアンコールにも参加してくれたパーカッションのノリーさんの店に行った。結局三時まで。飲んだしゃべった。

11月16日(木)
五日前くらいから首から方にかけて寝違えた感じがしていて、徳島でも沖縄でもそれは感じていて、昨日帰ってきたら、ゾクっともして、風邪ひくぞーとか思ってたんだけど、今朝はぱっちり目が覚めた。でも、寝違えみたいのは、だんぜんにスゴイ。首曲げられない。今日、王先生のとこに行く予定になっていた妻が代わってくれ、出かける。首が曲がんないから、C3POみたいな歩き方。笑うなーーっ、痛いのらーーっ。 首から血をぬいたり、メッチャメチャ治療される。痛がりの僕の悲鳴が奥沢の住宅街に響き渡る。
王「(今までの王先生の治療で)ゲンキになったんで、無理したね。お酒もたくさんのんだでしょ。カラダ冷えてるよ。カゼもひきかけてるよ。ジュウショーだ。キョウの治療はこのくらいにしましょ。ウナキたべなさい」
テ「ウナキ?」
王「ナガーいのよ」
テ「ああ、ウナギですね」
と呑気な会話をするも、一向によくならない。自宅帰って正午。お弟子さんのお稽古の合間にうな重を食べる。治療から六時間が過ぎた頃、元気になってきた。首も少しは楽になった。
その勢いで、よみうりホールへ。小米朝さんと打ち合わせ。志の輔さん、小米朝さん、鶴瓶さんの落語を楽しむ。明朝も王先生とこに行く約束。

11月18日(土) ことわざフォーラム 明治大学内
ことわざを研究しているという、なかなか興味深いチームがあって、そこの会のゲストに伝の会ということだった。邦さん巡業中のため、伝の会は出来ないのだと伝えると、じゃ、鉄九郎さんだけでもいいですよと。一人でやるのはちょっと寂しいので、弟子の鉄駒と鉄六を連れてやってみるかとなった。考えて見ると、弟子と三人でやることは初の試みで、どんな感じなんだろぅなぁと思いながらも、楽しい時間だった。こういうのも有りだなという。会場は明治大学だった。御茶ノ水だとばっかり思っていたら、「明大前」だと言う。へぇ、明大前にも明治大学ってあるのかぁ?と、おのぼりさんのようなことを思っていた。こないだ、ふと気がついた。「明大前」って明治大学前ってことなのね。。。

11月19日(日) 伽羅言 その6 「寒っ」
(編集部註:テツクロ宅には伽羅という雌猫と宇太という雄猫がいます。テツクロはどうやらその言葉が解読できるらしい???)
伽「ねぇ、寒いわよ・・・・・ねぇ、どうしたの? ご主人しかいないの? 女の人とちっちゃいのはどうしたよ。ご主人しかいないとこの家寒いのよ。なぜって、ご主人ちっとも二階にあがってこないでしょ。今日みたいに、雨ふったりして日が差さないと寒いのよ。わかる?『さむいのよ』ちょいとヒザ貸しなさいよ。よいしょっと。動かないでよ。ヒザっていうんでしょ、足っていうの? なんでもいいけどさ。なに?なによ、その指は? あっち向けっていうの? カシャッていうやつね。『シャシン』?・・・あら、いやだ、カタカナで言っちゃったわ。ヨタロー宇太みたい」
宇「ナァニ?」
伽「『ナァニ?』じゃないわよ。あんたいつからそこに居たの?ご主人のカゲにかくれてたの?」
宇「ン?」
伽「『ン?』じゃないわよ。生きてるの?見ようによってはちょっと怖いわよ。ま、いいけど。幸せそうにひっくりかえっちゃって、寒くないの?」
宇「サムイ?」
伽「あいかわらずカタカナね。やめろって言ったじゃない。いい加減に平がな覚えなさいって。ごはんばっか食べて、どんどんでかくなっちゃってさ。ご主人もちょっとでかくなったんじゃない?」
テ「あ」
伽「『あ』じゃないわよ。わかるのよ。乗り心地がよくなったわよ。前よりあったかくなったし。『こーねんきであつい』なんて言ってたじゃない。知ってんのよ。聞いてるのよぉ。そりゃあ、耳はいいんだもの。聞こえるわよ。『ふとったからあついんじゃないの』なんて誰かが言ってたわよ。誰かは覚えてないわよ。いいんじゃないの。暖かくなるって。アタシはいいわよ。寒いんですもの。宇太は寒くないのかしら。宇太も太ってるから寒くないのかしらね。口あけて舌だしてるものね。暑いのよきっと。へんなの。
宇「ゴロゴロゴロゴローー」
伽「うるさいわよ、宇太っ。ご主人も宇太にかまわないでよ。こいつのゴロゴロは大きいんだから、音が。騒音よ。むかむかするわ。シーーーッ」
宇「コロコロコローー」
伽「テンテンをとったってダメよ」
宇「コッッコロッッッロッッコッー」
伽「なによそれっ。アタシが笑うとでも思ってんの。ご主人たら、安いわねぇ。そんなんで笑わないのよ」
宇「ッッロッッロッロコッッッコーー」
伽「あはっ、どうやって発音してんのよ、このカタカナヤロー」
宇「ゴロゴロゴロゴロロロロロー」
伽「きゃはっ、細かいわねぇ」
宇「ゴロッロッロロロッゴコーノスリキレッ」
伽「あっははははーっ、ねぇ、ご主人聞いた?聞いたわよね。なんかジュゲムみたいなこと言ってたわよ、スゴイわね、宇太。きゃははは、『チョーキューメーノチョースケ』まで言える? きゃはははっ」
宇「・・・・・・・・ゴロ・・・」
伽「・・・・・・・・・なーんだ・・・・言えないのね。せっかく盛り上がってきたのに。こういうとこがイヤよね、ちょっとは傷つきなさいよ。絶対、傷ついてないわよ、しらーん顔して目つむっちゃうんだから。あ、そういえばさぁ、アタシたちって目をつむると笑ったような顔にならない?なるわよね。すっごく機嫌さそうよね、知ってた?あはははっ、アタシね、前から思ってたのよ。なに笑って寝てんだろって思ってたの、宇太を。でさ、起きたらキョトンとしてるじゃない。で、思ったのよ。ひょっとしたらアタシも寝顔は笑ってるんじゃないかって。へぇ、やっぱりそうなんだ。アタシもニコニコして寝てるの? 見たことある? きゃは。へぇ、そうなんだぁ、笑ってんだぁ。え、どこに行くの? 寝るの? ここで寝なさいよぉ、ソファで。下に行くのね。ま、いいわ、バカな弟のそばで寝るわ。こいつあったかいんですもの。ねぇ、宇太ーっ、ジュゲムやってよー。キンメーチクでもいいわよー。
(編集部註:ご興味のある方は落語「寿限無」「金明竹」を聴いてみてください)

11月20日(月)
昨日は午後7時には就寝した。よーくお風呂であったまって。で、午後11時に目が覚めた。お腹が減って目が覚めた。僕一人で留守番のため、ご飯も自分で作らなければならない。ご飯炊きました。夜中になっちゃいましたな。ご飯食べて、日記つけて寝ました。
今朝、元気に目覚め、お弟子さんのお稽古。午後チラッと日が差した。よっ、これであったかくなるかな? 二階の猫さんたちも喜んでいるだろうと、様子を見に行くと、ヨタロー宇太さんが気持ちよさそうに、ソファでひっくり返っていた。死んでるのかな?ニコニコしながら寝ているだけだった。昨日の伽羅さんの言ってることは正しかった。。。

11月21日(火) 志の輔らくご21世紀は21日
今年最後の明治安田の会。昼間、鉄駒・鉄六と稽古していると電話
志「あ、お稽古中すいません・・・風邪がひどくてさぁ・・・・でも、そんなこと言ってらんない、頭はクリアですよ・・・実はですねぇ・・・ 」
と、パルコ(2007年1月)の相談。なんだかんだと用意して明治安田生命ホールへ。18時すぎ志の輔さん楽屋入り。
立川メンソーレさんが「師匠が、呼んでます」
30分に渡り、志の輔さんと二人っきりで相談事。ああ、なんて幸せーーーっ。てな、ことは言ってらんない。アイデアだして、現実化しての繰り返し。自分の楽屋戻ったら、開演の時間だった。
今夜は今年最後の明治安田生命ホール。恒例の松元ヒロさんの手締めがあるのだ。ヒロさんも着替えずに待っている。志の輔さん、アンコールの話の時に、鉄九郎のことを話してくれる。「ヤツがやってくれるってことがうれしい」ってことを。袖で聞いてて、涙が止まらなかった。13日にスタジオフォーの独演会の時も話してくれたと聞いてはいたけど。志の輔ファンでいてよかった。出囃子弾いてきて良かった。ジーーーーン。舞台に志の輔さんとヒロさんと談春さんと並ばせていただいて、手締め。
今年が終わった。二年目の明治安田生命ホールが終わった。また、来年。
打ち上げでは、来年の構想をスタッフといろいろ考える。いろんなアイデアがでる。みーんな志の輔さんが好きなんだ。みんな自分事ととらえている。来年も、また、このスタッフとやっていける、楽しみだ。打ち上げ終わり、解散。さて、と思ったところへ「師匠が」えっ、まだ、仕事の話するのかい。さすが、志の輔さん。いつもの場所で話し合い。パルコのこと。一段落したので、今夜の話をふってみる。
志「藤原紀香のことがいいたいがための50分の前ふりだー」
あはははは、たったそのことのためにーーーっ(わかりづらくてすみません)。
今年一年が終わりました。また、来年です。
明治安田生命ホールの会、大好きです。
帰りは、いつものようにヒロさんに送ってもらったじょーー。
今は酔ってるじょー。だから、文がヘンでもなんとか読みきってくださーーい。

11月22日(水) 京都
11時から京都のお稽古。早朝の新幹線の中では、まだ酔っていた。今夜は神戸に行く予定がキャンセルになる。疲れぎみの身体なので、このキャンセルはありがたい。お風呂でよーく暖まってぐっすり寝る。

11月23日(祝) 浜松
今日の昼、浜松のべんがら横丁でラーメン。

11月24日(金) 浜松
朝から磐田へ。お弟子さんになってくださってる社長さんの新社屋へ。すすきがきれいだった。夕方から稽古。稽古のあとごちそうになる、なにせ稽古を料理屋でやってるもんで。知り合いの人たちも違う座敷にきてるという。行ったり来たりでドガチャカ。おなじみの最終の新幹線で帰宅。

11月25日(土) 松山
今朝また出かけてしまいました。松山に行きます。デンキチの会が明日あるのです。今日は下ざらい。忘れものないかなあ?三味線と着物は持ったからな。あとはなに忘れてもなんとかなるけどな。あ、マスク忘れたな。電車や飛行機乗るときはマスクをしなさいと言われてたのに。あ、会のプログラム忘れたな。俺、何弾くんだろ?ま、大丈夫大丈夫。飛行機のチケットは持ってるだろうな?

11月26日(日) 松山 寄席囃子と長唄を楽しむ会
デンキチの会の幕があく。一部は寄席囃子を楽しむ会。愛媛大学の落研に出囃子を教えているデンキチ。学生たちOBたちが華やかに演奏する。 良いものだなぁ。二部が長唄お浚い会。後半には伝の会まである。なんと贅沢な!

11月27日(月)
午前中の松山は雨が結構ふっていました。邦さんとデンキチと空港に行き、デンキチが大阪に帰り、邦さんが博多へ行き、僕は羽田に帰ってまいりました。五時に恵比寿の志の輔事務所(オフィスほたるいか)に行く予定になっていたので、午後二時半に松山を飛べば、余裕で間に合うと思っていたのですが、羽田から恵比寿の移動に妙に時間がかかり、ちょいと遅刻でした。志の輔さんとああだこうだと打ち合わせをして帰宅。明日の仕事のために稽古をしなくちゃいけないんだけど、明日早く起きて浚おうっと。

11月28日(火)
12月1日の演奏会の下ざらいが新富町であり、明日録音するNHK−FMの下ざらいが梅ヶ丘であった。いやぁ、疲れたなぁ。と思いながらも足は恵比寿に急ぐ。志の輔事務所でパルコの打ち合わせ。今夜は舞台監督、美術、音響等のメインスタッフの打ち合わせ。情熱大陸のカメラ付。メインスタッフとの打ち合わせのあと、志の輔さんと密談。カメラ付。密談にならんやん! カメラ退出後、密談。その後、昨夜と同じく志の輔さんがいなくなった事務所で事務所スタッフと打ち合わせ。様々決まってとりあえず安心。昨日今日とどっぷりパルコ公演につかった。まだ志の輔さんの頭の中にある完成形をさがしながら。まだまだ僕のすることはたくさんある。でも志の輔さんと歩けることがうれしいな

11月29日(水)
朝、お弟子さんのお稽古してから、NHKへ。(そういえば、志の輔さんもガッテンの収録日だなぁ)509スタジオはすごく大きいスタジオです。12月16日放送予定の「邦楽百番」の録音です。NHK−FMですね。芳村伊四郎師とウチの家元(松永忠五郎師)のコンビですね。曲目は「紀州道成寺」と「梅の栄」。なんだかフラフラするのです。電車でここに向かってるときから。お腹が減ってるのかなぁ、と思い、おそばも食べたのですが、今度はクラクラして。録音してる間、ずーっとクラクラしてました。緊張のせいかなぁ・・・・。自宅に帰り、夜の部のお稽古開始。なんだか、調子が悪い。こんなときにゃ、娘と二人で焼肉へ。

11月30日(木) テツクロ主任上野広小路亭ライブ
邦さんが芝居の巡業で数カ月不在のため「伝の会」のライブ活動はちょっと小休止。でも何もしないってのもどうかと思って、初めての試みのライブという訳です。
さて当日。昨日からのフラフラはなんとなくまだあるってな感じ。午後からお弟子さんたちが集まってきて、今日の練習と打ち合わせ。五人でゾロゾロと上野広小路亭へ。なにかの場を作りたいと企画した。通常、僕たち長唄が仕事を頼まれる場合、「○○やってください」「ハイ」の世界。自主公演でもない限り「これやってみよっかなぁ?」と舞台に出ることはない。そこで今回「あなたに15分あげますから、なにかやってください。ただし、お客さまを置いていかないようなものを」の提案に、みんな前向きに考えてくれました。たまにはこんなこともアリかも。
今夜の出演者
スクイーズ☆ハジキーズ[鉄駒・鉄六(三味線) ]
サンシチローズ[杵屋三七郎(唄)・阪本剛二郎・大澤佑(三味線)]
カワシマ夫妻[川島佑介(囃子)・杵屋寿(三味線)]
ROCK SHOW GO[杵屋六ショーゴ(ギター)・杵屋三美郎(サックス)・川島佑介(囃子)・松永鉄九郎(三味線)]
たぬきを演奏する会[杵屋三七郎(唄)・松永鉄九郎(三味線)・川島佑介(囃子)・松永鉄六(蔭三味線)]
たった四つのチームなのに終演時間をオーバー。最後の「たぬき」が演奏できないのでわ、と、おもわず不安になってしまった。とにかくやってみて良かった。反省点はたくさんあるものの、何かが見えたような。 たくさんの方たちが来てくださってうれしかったです。よくわかったことは、僕の友達はよくしゃべる。類は類を呼んだ。

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