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鉄九郎の青?裸々な日常 第134号

左端が僕(鉄九郎)、くす玉の赤い紐を手にしているのが、にぎわい座館長の玉置宏さんと、立川志の輔さん
2006年12月1日〜31日

志の輔ボタン

12月1日(金)
鉄九郎と弟子の一団を、いつのころか「チームてつくろ」と言うようになり、今日までお稽古に励んでおります。年に一度くらい集まって飲もうということもありまして、 本日めでたく「チームてつくろ忘年会」が新大久保の韓国料理屋さんで開かれました。ま、そんなたいそうなことではないのですが、自分が「長」で飲んだり食べたりするのは実に楽しい。一番エライんだもーーん。弟子は子供ですな。例え年上のお弟子さんでも。この家族とともにがんばっていくんだーって思ってる次第です。簡単ではございますが、今夜はこのへんで。

12月2日(土) 明治安田生命ホール
毎月21日に明治安田生命ホールに通いはじめて、早や二年。本日は志の輔さんの出囃子を弾くためでなくここに行きました。長唄演奏会です。前進座の音楽責任者でもある杵屋佐之忠師のリサイタルでした。ホールの人たちは、僕の顔見て「あれっ」ってな顔してから「ああ、鉄九郎さんって長唄の人ですよね」と必ず言いました。なんだかうれしいことです。佐之忠師は歌舞伎の黒御簾音楽の師匠であり、今年五月の「魚屋宗五郎」の舞台を僕にうつしてくださった師匠です。20余年のお付き合いの中で、今夜初めて師匠と二挺の三味線で演奏させていただきました。終わって「ありがとうございました。」を言いにいったら、「アッちゃんと初めて二人で弾いたわね」と笑っていました。あたたかい一日でした。

12月3日(日)
朝、とっくに学校を休むことにしてしまった娘は、びくともしないで寝ている。僕も寝ていたが、稽古があるのらぁ。やっとこさっとこ獅童事務所へ。お弟子さんのお稽古して、すっとんで帰ってきて、自宅でお弟子さんのお稽古。
お稽古も大事だが、そろそろいろんなことの締め切りが近づいている。志の輔さんに書いてわたさなきゃいけない台本も今日は作らなきゃいけませんよぉ。他にも、似たような創作物がいくつかありますよぉ。なんとか今日中には仕上げなければーーっ。おまけに、24日の「伝の会ちょんまげ忘年会ライヴ(ファンクラブの集いのようなもの)」でやるイカノンデ(二人組のフォークデュオのようなもの)の曲も今日あたりにはこしらえて、旅先のニック(邦さんのようなもの)に送らなくてはいけませんよぉ。どーするどーする。ワ゛ーーーーーーっっっっ!!!!

12月4日(月) ディズニーランド
大学からの唯一と言って良い親友のK氏。年に一度か二年に一度くらい、家族ぐるみで会っている。テレビの仕事をしている彼と僕は、一見職場が近い感じもするが、かかわりはまったくない。ただの親友である。彼の家族三人と僕んとこの三人とでディズニーランドに行った。8時開門から22時までたっぷりと。アトラクションも行きたいところは全てクリアし、パレードもアトラクションに並びながら見たり。ラッキーに事が運ぶ。いや、二人とも、そう事を運びたいタイプなのだ。きっちり仕切りたい二人と家族。子供などはあとから走ってついてくるという図。カントリーベアの演奏聞き、最後のアトラクション、ビッグサンダーマウンテンに行く瞬間、真上に花火が上がった。火の粉が落ちてきそうなでっかく近い花火を初めて体験した。夜空を見上げながら「今日はラッキーだったな」「全てがうまくいったな」「価値あるな」と二人のオッサンは労をねぎらいあうのだった。なによりの休暇だ。

12月5日(火)
なかなか起きられなくて、でも、お稽古日だからとなんとか起きたら、寒くて寒くて。風邪だったらお弟子さんにうつしちゃったら悪いし、こりゃダメかなな?とも思ったんだけど、寒いだけなので、お稽古して。病院に行ったら「まだ、風邪ひいてませんねぇ、ひきそうなって感じなんでしょうねぇ。まあ、あったかくして寝ることですな」と。一応薬もらって帰宅。なんだか元気が出てきた。その後も稽古。夜来るお弟子さんが、何人か休みだったので、七時くらいに稽古終了。調子が悪くてと妻に伝えると「えっ?Kちゃんたちも風邪らしいって。ただ、ウチの家族はなんでもないから、私の風邪がうつったんじゃないよねって言ってたとこ」Kちゃん一家とディズニーランドに行く前日、妻は風邪で倒れていたのだった。おまえの風邪だーーーーっっ!!!とにかく食事して、寝る。ベッドに入りながら考えた。そういやぁ、最近、「寝た」っていうほど寝てなかったなぁ。風邪というより、疲労かなぁ・・・。

12月6日(水)
よく寝たという感じです。ほんとに寝がたんなかったのかなぁ。ボーッとしてるんだけど薬のせいかなぁ。学校から帰った娘は友達と習字に行く日でした。習字から帰ってくると
娘「パパぁ、『元気』はいまひとつだったんだけど、『な子』はうまく書けたんだよ」と、得意そうに見せた。
テ「・・・」
娘「感想ないんかよっ」
テ「いやっ、ジッと見てただけさ。『な』がいいねぇ」
娘「でしょ、『子』もなかなかだよね」
テ「うん」
娘「『子』がイガイにうまいことをしらなかったのよ」
・・・・・・どこまで、自分のこと好きなんだっ!!

12月7日(木)
元気になった。昨日一昨日と静かにしていたのが良かったのだろう。予定をキャンセルしてしまったのが残念ですが・・・。 朝から活動しました。銀行行ったり、部屋の片付けしたり。そしてお稽古へとササッと行くところだった。
ただ、イカノンデの新曲が出来ないのである。邦(ニック)さんの歌詞にどうしても曲がつかない。難しいーーーっ。けども、掃除のあと、ふと、つぶやいてみるとなかなか行けそうなフレーズが出てきた・・・・ふふふ、やっぱり掃除だな。お弟子さん待たせて作曲終了。ははは、ついにできたぞ、くらーい曲が、あっはっははは。稽古と稽古の合間に録音して、邦さんに送る準備。すると志の輔さんからの電話。お弟子さん待たせてしばし話し込む。本日は二回お弟子さんを待たせてしまった。
そろそろクリスマスが近づいているようで、例年の如く、娘がサンタさんへの手紙を書いた、描いた。三つの頃より絵の上達が止まっているらしい。おかしくてたまらない。「よろしくお願いいたします。」 の下には、鉛筆で(青色です)と書いてある。
テ「なぜえんぴつ?」
娘「だってあとで気がついたんだもの」
理由になってるのか?

12月8日(金)
二十歳から地元を離れ、もう戻るまいと思ったのだが、なんやかやで四十歳を目前にした頃、地元に戻って腰をすえている。数ヶ月前幼馴染からの電話に驚いたが、縁あって、彼女の息子(高校一年)が習いに来ている。今夜は暮れのご挨拶ということで、久しぶりに母親も一緒に来たのだ。
「16日に忘年会があるよ」
「えっ?」
「六年一組の」
「えっ?」
「ていうか、本当は六年一組じゃないんだけど」
「えっ?」
「半分くらいが六年一組で、半分は同級生」
「はっ?」
「でも、アッちゃんいない日だね。浜松って書いてある」
「んっ?」
「まぁ、また来年もあるからね」
こっちが「?」を出している間に話は完結した様子。母になるとスゴイなぁ。
よくよく話を聞いてみると、僕らの幼馴染というか同級生は、かなりの数、地元にいて自営業をやっているらしく、毎年のように忘年会をやっているとな。へぇ、あいたいものですなぁ。といっても、こっちは彼らや彼女らのことは覚えていても、向こうは覚えてないだろーなぁ。そしたら寂しいなぁ。なにせ僕は、みんなと34年も会っていないのだ。げっ、34年って!!
母「大丈夫じゃないのぅ」
高一「いやぁ、覚えていでしょぉ。ツライなぁ」
母「だって、アッちゃん地元の子だよ」
高一「俺なんか、小四の時のダチで忘れちゃてるのいるぜ」
母「アンタはおかしいのよ」
高一「○○ほどじゃないよ」
母「そうね、あの子はね」
高一「こないだ○○が××を△△したって」
母「あの子ならやりかねないわ」
高一「恐ろしいだろ」
母「でも、しょうがないんじゃない」
高一「まぁしょうがないか」
母「アンタ、今、なに教わってんの?」
高一「チンチリレン」
母「・・・・・」
テ「・・・あ、出番ですね、やっと・・・譜面が苦手なんで音で少しずつ覚えてもらってるよ」
母「アンタ、家の三味線持ってくれば良かったじゃない。絃がベロベロになっちゃってんだから」
高一「がんばって巻いてみたんだけどね」
母「・・・・・」
テ「・・・あ、ここで、出番ね。・・・・三味線持ってきなよ、近所なんだから、ちゃんとしてあげるから」
母「じゃ、アタシ帰るからね」
高一「ああ」
テ「えっ?」
母「お姉ちゃんが帰ってくるころだし、じゃ」
テ「あ、忘年会、みんなによろしく言ってね。俺のこと認識させておいてよ」
愛すべき母子である。

12月9日(土) 志の輔らくご 庚申塚スタジオフォー
雨、寒い。。鉄六と待ち合わせてスタジオフォーへ。スタジオフォーでの出囃子を弾くのは久しぶりだ。一緒に弾く相手は、杵屋寿さん。11/30の「テツクロ主任ごった煮ライヴ」に出演してくれた「カワシマ夫妻」の「妻」の方。今度、仕事のお手伝いをしてもらうことになっているので、一度一緒に弾いてみよっかということで、本日初の「テツクロ・寿」のペアだ。
志「えっ!川島さんの奥さんって三味線弾くのぉ」
驚きの師匠。
志「てっちゃんとこは弾かないだろ?」
テ「ええ、文筆業とかコピーとか書いてましたけど」
志「ええっ?!」
本日は昼夜公演という初の試み。「情熱大陸」のカメラも相変わらず追っかけてます。「情熱大陸」用に喋ってることを間近に聞けるだけで、うれしいですな。昼の部の高座で、僕のことを話してくれ、ついでに言葉のキャッチボール(高座の師匠と)までやったりしたことで、なんだか盛り上がり
志「夜、二人で10分くらいやってみない?」
と開演20分前に言われる。そりゃ、断りませんわな。
かわいそうなのは寿さんですな。初めて僕との共演なのに、夜はいきなり高座かよーっみたいな。ま、そんなのもアリということで。
テ「じゃ、一曲やってきます」
志「その前に15分くらいは、挨拶とかしゃべるんだろー」
ヘンな背中の押され方をしながら高座へ。
テ「志の輔の六番弟子のテツクロです」
寿「志の輔の七番弟子の寿です」
ウマイねぇ、寿くん、スゴイ!アドリブ効くなぁ、大したもんだなぁ。 で、なんやかや弾いておしまい、あー、楽しかった。
志「よく弾くもんだなぁ、あざやかだねぇ、別に笑わさなくてもいいんだよぉ」
終演後
志「しかし、久しぶりに長い一日だったな」
テ「そうですね、久しぶりですね、一日ずーっとここにいましたものね」
そうなのです。丸一日一緒にいたのにーーーっ。パルコの打ち合わせが何一つできなかったのです。これは一大事なのです。
志「うーん、ごめん」
いや、そう言われちゃうと・・・。やっぱりマメに電話で喋るっきゃないかなぁ。師匠も落語作りに必死になってる。僕も巻き込んでもらって、二席の責任がある。このニ席。どうしよ?時間は刻一刻と迫ってきている。とにかく、志の輔さんと話す意外に方法はない。話ていると何かが出てくる。志の輔さんは何か思いつくと電話をくれる。僕の方からも、そうしなきゃいけないなぁ?さまざまなことが、頭に浮かんでは消え、浮かんでは消え。そのうち形が出来てくるだろうか?
志の輔さん、話しながらなにかの拍子にポコッと何かがひらめくのを待っている。今日の高座。昼夜を通して見てくださる、たった四人のために四席違う噺をしたと言っていたが、そうすることで、パルコの何かがひらめいたり浮かんだりのボタンを押している。「情熱大陸」のカメラに向かって喋ってるときも、「情熱大陸」の感覚になることで、脳を刺激している。打ち上げの時も、いつにもましてたくさんの方とお話されていた。ボタンを押している。あらゆる感覚のボタンを押して、フト出てきた言葉や考えで噺が出来たり、つながったり・・・・。 シンドイ作業、でも好きなんでしょうな、その作業が。よくここまで追い詰めることが出来るなぁと。それで、必ず結果を出すんだからなぁ。負けていられないぞっ!僕も打ち上げでいろんな人たちとお話させてもらう。グラスを持ちながらの移動。すれ違い際に、師匠が
志「お前は元気だなぁ」
アナタ様のマネをしているだけざんす。

12月10日(日)
日大芸術学部の歌舞伎・舞踊研究会の外公演が24日にある。
クリスマスイヴに?
どうして?
イヴに歌舞伎?
いいけど。
学生たちが?
イヴだぜ?
いいのかい?
歌舞伎やってる場合じゃないんじゃ?
などなど、いろいろな疑問はわきますが、とにかくイヴにやるんだそうです。黒御簾音楽担当のテツクロさん。もう12年もお付き合いしております。いやぁ、月日の流れるのは早い。今日はその公演のリハーサル。江古田の日芸へ。唄を六ショーゴさんと佐喜くんにお願いしました。三味線は、鉄駒と鉄六にやらせてあげます。というのは、当日、僕は伝の会のライヴがあるので弾きに来られないのです。でも今夜は弾きました。演目は忠臣蔵「七段目」です。終了後、さすがに疲れて帰宅。

12月11日(月) 京都〜名古屋
朝はやーくに起きて、新幹線に乗ります。11時から京都のお稽古。いつもお昼はおうどんを取ってくださるのです。そこのお店のメニューが豊富なこと豊富なこと。毎回10分くらい悩みます。今日は「きつねとじうどん」にしました。おいしかったなぁ。朝、新幹線乗る前に天ぷらそば食べてます。本日二食目の麺。
お稽古が終わると名古屋に行きました。まっすぐ帰らないとこがアタシらしい。アートピアホールで「志の輔らくご」です。まっすぐ志の輔さんの楽屋へ。
志「・・・・・(座ったらとゼスチャー)」
テ「こんにちは」
志「さてと」
この一言で会談が始まります。
志「うんうんうん・・」
テ「ペラペラペラ」
志「あ、いやいや、つまりですね・ペラペラ・うん・ペラペラ・・そうなの・ペラペラ・・で、なにが言いたいかといいますと・ペラペラペラ」
テ「ハハハハハ・ペラペラ・・はい、ここでこうしましょう」
志「えっ?・ペラ・・あ、そうかぁ・ペ・うん・ペラ・・じゃ・ペラペラ」
テ「ああ、なるほど」
志「そうなんですよ」
テ「ペラペ・・とはなりませんか?」
志「うーん、それはわかんないなぁ・・・うん、そうじゃなくてね・・・・ペラペラペラ」
テ「アハハハハ」
志「な」
テ「アッハハハハハ、みんなに聞かせたい」
志「じゃ」
テ「じゃ、あとは・・・・で、・・・・ということですね」
志「そう、つまり、てっつぁんに言っておきたいことは・・ペラペラペラ」
テ「はい」
志「ペラペラ・・の時は・・・ペラペラ」
テ「はい、大丈夫です、じゃ・・・と・・・は書いてお渡しします」
志「はい」
なんか頭の中がスッキリした。決まったって感じ。スタートの。やっと同じスタートラインに乗れたみたいな。
あとは、雑談。僕は笑ってばかり。もったいないよ、一人で聞いてちゃ。高座に向かうとき、カメラが! えっ、「情熱大陸」、名古屋まで来ている。もうしょっちゅう会うので、すっかり仲良し。あーあ、お腹が減ったなぁ。志の輔さんが高座に上がってしまうと、Sさんと打ち合わせ。天むすくれる。良かったぁ。むしゃむしゃ食べる。あっという間の二時間半。わかせにわかせた志の輔さん。スッゲーなぁ。みんなは打ち上げに。
テ「じゃ僕は帰りますので、なんかあったらお電話ください」
志「えっ?そうなの?」
テ「はい。ありがとうございました。お話できて良かったです、来て良かったです」
志「うん、じゃ」
歩きはじめたら、後ろから大声で
志「てっつぁーん、気をつけて帰れよーーーっ」
ジーーーーン
この一言でやられてしまうのだよ、この人に。
ボーッとタクシーに乗ってると
運転手「出張ですか?」
テ「ええ、ま、そうですね」
運「東京から?」
テ「ええ、京都行って、名古屋に来ました」
運「なにっ?今日?」
テ「はい」
運「で、帰るんですか?東京に?」
テ「はい」
運「タフですねぇ」
いや、もっとタフな人と今まで一緒だったんです。
最終の新幹線に乗るべくホームに着いたら、また、お腹減った。俺のお腹どうなってんだ? おなじみ、ホームのきしめんを食す。本日の麺、三食目。新幹線の中で、ずーっとパルコのこと考える。明日は台本作るかな。昨日、日芸で、ある人に頼んだ資料も明日届くだろう。うーん、お腹減ったなぁ 。

12月12日(火)
昨日の勢いで台本を作ってしまおうと、鼻息を荒くしていたが、考えながら散歩したり、資料を読んでいるうちに、手がつけられなくなってしまった。
娘が寝るという。
娘「ヒック、しゃっくりがでちゃってさぁ」
テ「おお、寝ちゃえば止まるよ」
娘「ああ、眠い・・ヒック」
テ「昼も出てなかったか?」
娘「今日三回目」
テ「寝れば止まるよ」
娘「うん」
テ「このかけ布団で寒くないか?」
娘「ヒック、大丈夫」
テ「おやすみ」
娘「おやすみなさい」
・・・・・・・
娘「ヒック・・・しゃっくりが出て寝られないよ」
テ「大丈夫だよ」
娘「ウトウトっとするとヒックってなるよ」
テ「あははははは、ウトウトってのがいいねぇ、その年で。おもしろい」
娘「フフ、おやすみなさい。ヒック」
それを最後にしゃっくりが出なかった。寝息をたてる娘。おお、初めてしゃっくりが止まる瞬間を見たな。いやいや、貴重な一日だった。 ・・・・って、仕事せんかーーーい!!

12月13日(水)
朝起きて、掃除をして、コーヒー飲みながら、テレビを見ていた。「はなまるマーケット」で湯たんぽのことをやっていた。ほほぅ、湯たんぽなぁ。稽古場は一階なので、足元が寒い。床暖房が欲しい。 ま、ほんとはそんなに寒くはないのだろうが、年とともに寒がりになってきているのだ。昨年は「一人用こたつ」を買ってみた。(昨年12/13の日記)ダメだった。暖かくないのだ。 湯たんぽかぁ。コードないから、どこでも持ち運べるぞ。はて、どこで売ってるんだろ? 外出のついでにライフによってみる。あったあった。へへぇ、うれしいね、どうも。
湯たさん、アンタを買いにきやしたよ。テレビ見てね、買いにきたって寸法でさぁ。おばちゃんでしょ、アタシ。あっはっはー、湯たさん。
えっ、アアタ、立つのかい?こりゃまたぁ、すごいねぇ。立つ湯たんぽ。いいねぇ、おっ、ちゃんと包む袋もついてんじゃないの。えっ?柄がいろいろありますって?。ほほぅ、悩むね、どうも。似たり寄ったりの柄だけど、なんか、コレっていう柄にしたいじゃあないか。え?うん、そうね、これですかね。「コレ」って感じじゃないよ、「コレですかね」って感じだよ。え? いいじゃないの、不満? 不満じゃないよね、買うんだもの。 買いますよ。買わねぇってんじゃないんだから、テレビ見て。
えへへ、今日び、テレビ見てすぐに買いにくる客なんぞいる? います。 いるのかい?
ほほぅ、じゃ、ここにある湯たんぽのみなさんは、もっとわかりやすいとこに移動しなきゃいけませんよ。 そうでしょ。 「はなまるマーケット」だよ。 は・な・ま・る。 6チャンだよ6チャン。 奥様たちは見てるって、オイラだって見てるんだから。 ちょうどだよ。えっ?なにがちょうどてす? ちょうどでしょうよ。「芋たこなんきん」終わったら、ちょうど八時半ってぇことよ。タシピツだろ? ぴったしってことだよ。 アナタも見てるんですか? やだねぇ、男だと思って、その時間仕事に行ってると思ったのかよ、だんじゃねぇよ、こちとら、自由業でぇ。子供をガッコに出さなきゃいけねぇんで、七時半に起きてっけど、あとはずっと家にいるんでぇ。はっはっはー。だったら「芋たこなんきん」見るだろーよ。見るさ、見るとも。泣いたよ、先週だったかいつだったか、戦時中の話。泣かなきゃ嘘だよ。おらぁ、ビデオ録ってて、午後に見たからまだいいけど、朝出勤前に見たら、てぇへんだぜ。出勤できねぇや。えっ? よっぽど好きですねぇ?ああ、好きだともさ、あれっくれぇだ、きっちり見てんのはな。
え? 980円? 安いね、どうも。 湯たさん、980円なん? へぇ、いいねぇ、手が届くねぇ。 二つ三つ買おうか? あっはっはー、そんなにゃぁいらねぇわな。 じゃ、これ千円。 えっ?レジに。 あっ、そうだったな、レジで払わなきゃいけねぇやな。 じや、この湯たさんを身請けすっからよ、他の湯たさんたちもすぐ身請けされるぜ、そりゃそうよ、はなまるだからよ。あっはっはー。ねーちゃんこれ、身請けするぜ。
と、湯たんぽ買ってきて、さっそく使ってます。身体ポッカポカ。いいぞーっ 湯たさんっ。

12月14日(木)
台本を書き上げました。志の輔パルコでやる一席(中村仲蔵)の台本。やっと書き上げ、ホッとする。 鉄六の稽古のあと、下北沢へ。
昨日の電話
志「二人で話したいですよね」
テ「はい、こっちもお話したくて」
志「明日は何やってんの?」
テ「夜、下北沢に万里さんのやってる『絹』見にいきます」
志「あ、僕は夕方『情熱大陸』のロケで下北沢歩くのよ、じゃ、そのあとに」
ということで、六時に下北沢のとあるお店へ。雨降ってきた。パルコのスタッフも来て、大々的な打ち合わせとなる。合間合間に、演目の打ち合わせを志の輔さんとする。ととにかく前に進んでいるのはまちがいないのだが、問題も出てくる。ま、それは後日ということで、解散。
リバティでの「絹」へ。松元ヒロさんが出るので、見に行くのだ。また泣いてしまった。
終演後、ウチの事務所の子と打ち合わせをしていると、ヒロさんから電話。
ヒ「えっ、今夜見に来てたんですってね、ぜーんぜん気がつかなかった。今どこ?」
えっ、打ち上げの場所決まってないのか。結局合流。積もる話もたくさんある。
今帰宅。明日は、気がついたら新幹線の中だぞーーーっ。

12月15日(金) 浜松 伝の会
午前さまで帰宅して、まだ暗いうちに家を出た。新幹線で浜松へ。三島あたりで志の輔さんから電話。「浜松なんだって?いつ帰ってくんの?」昨日話す時間がたりなかったことの確認。浜松のお弟子さんの「本社社屋新築記念式典」に出席のため。伝の会のライヴがある。巡業先の九州から邦さんもやってきた。11月に東京を離れイヴまで巡業、ご苦労様です。久々に一緒に弾く。やっぱ気持ちいいね。

12月16日(土) 浜松〜豊田〜浜松
昨日は早く寝た。気持ちのいい朝。豊田に来た。お世話になってるHさんの主催の長唄の会。 弾きにではなく、会いに。夕方までに浜松に帰って、お弟子さんの稽古だ。

12月17日(日) 浜松〜大阪〜神戸
うーーむ。昨夜は浜松の「忘年会付きお稽古」だった。いや、「お稽古付き忘年会」だな。おいしい料理を頂戴して、もう一軒「飲みに」。いや「歌いに」だったな。お弟子さんたちカラオケしたかったのだということに気がついた。立派な「歌謡ショー」であった。素晴らしい60代70代のおじ様おば様たちであった。来年もよろしくっ。 ということで、今朝はぐっすり。起きたくないぞって感じでした。ま、それでもなんとか起き上がり、一路大阪へ。
打ち合わせをして、夕方には神戸へ。三ノ宮の「大関」へ。駅から五分くらいのとこで、絶対に自力では行けないと思っていたのだが、なんと、たどり着けたのだ。スゴイ、方向音痴がなおりつつあるのか!! 和三千紘師匠の忘年会に出席。スゴイ、忘年会のために、神戸に来ているオレ。ここのお弟子さんたちは明るい、とにかく明るい。師匠も明るい。みんな明るい。ホテルに帰ったら、午前三時をとっくに回っていた。。。部屋が二階なのに、なぜか九階に行ってしまう。あれっ?

12月18日(月) 神戸〜方南町〜恵比寿
七時起床。目の前の新神戸駅まで、フラフラしながら歩く。まだ酔っている。席に座る・・・・・・気がつくと品川だった。新宿に出て、方南町へ。獅童事務所のお稽古日。よい天気だなぁ。暖かいなぁ。「今年もいろいろありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。」となり、今年の獅童事務所のお稽古はおしまい。
山手線に乗って、こんどは恵比寿へ。「オフィスほたるいか」へ。志の輔さんの事務所です。あれっ?ドアの様子がヘンだぞ? ・・・・九階にいた。事務所は10階なのだ。なぜに? 最近初めて寄せていただいてからというもの、しょっちゅう出入りするようになった。「お帰りなさい」と迎えてくれるようになった。いろいろな打ち合わせを。その最中に志の輔さんから電話。
テ「風邪ですって?」
志「うん、そうとうスゴイ状態なんだ」
さすがに、スッゲー状態の声。声じゃないんだなもう。なんか水の中で話してるような声。受話器からうつりそうだよ。
藤木勇人さんがやってきた。沖縄の伝の会にいらしていただいた以来。きゃーーーっ、勇人さーーーん。藤木さんが帰ったあとも、もくもくと仕事を。事務所を出たら、すっかり夕方。
帰宅。なんか久々に帰ってきた感じだなぁ。お弟子のナホちゃんが函館からカニを送ってくれたという。今夜の便で到着する。親子三人で宅急便を待ちながら、ジーッとしている。ピンポーン着いたぞーっ、カニーーーーっ。ひゃっほー。タイミングよく、くわっちゃんが遊びに来る。カニカニカニカニーーーーっ バンザーーーイっ!!!

12月19日(火) 越中座
もたもたしていたら出発の時間になった。いざ、新富町へ。 四年前、志の輔さんの座長(のようなもの)で、富山出身の芸人さんたちで立ち上げた「越中座」。あっという間にチケットが売り切れるという人気の会。それをそっくり東京は銀座に持ってきての会です。ご覧になる方(一般売りはされてなかったような)も舞台上のスタッフまでもが、富山の方ばかり。日ごろより、志の輔さんの富山弁の落語をなんとか聞けないものかと思っておりました。ウワサによると、地元富山では、富山弁で落語をなさるそうな。こりゃ、富山の会に追っかけるしかないだろうと心に決めていましたところ、本日の「越中座」で、出囃子を弾かないかという話が飛び込んで参りました。やれうれしやとこの日を心待ちにしていたのでした。
出演は
アレマー玉井さん
桂米福さん
仲八郎さん
志の輔さん
-- 中入り --
伊藤敏博さんと高原兄さん
三遊亭良楽さん
ブラック嶋田さん
柳家さん生さん
楽しかったです。伊藤敏博さんと高原兄さんなどは、バッチリ聴いている世代ですし、「サヨナラ模様」「完全無欠のロックンローラー」です。さん生師匠は、日大の先輩なのですね。さて、とにかく志の輔さんの高座に注目があつまります。「梅は咲いたか」で送りださせていただいたあと、その場で正座してジッと聞かせていただきました。マクラだって「親の顔」だって、いやっていうほど聞いてるけど、おかしいのなんのって。志の輔さんが富山弁を話したら、違和感を持つなぁと、漠然と思ってましたが、なぁに、おもしろいおもしろい、わーーーっ、この人、富山のおしゃべりな人なんだって感じ。
テ「ほんと、聞きたかったんですよぉ、師匠の富山弁」
志「ん、ふふ」
テ「あれ、標準語から富山弁になおしたりして、ヘンになったりしないんですか?」
志「ぜーんぜんならない。なーんでも喋れるよ」
テ「へぇ、ディアファミリーでも?」
志「うん、ディアファミリーだってしかばねだって」
テ「へーーーえ」
志「もともと、頭の中は富山弁なのよ」
テ「えっっ?」
志「富山弁で落語作ってんだよ」
テ「えっ、そうなんですか?で、それを標準語にしてるんですか?」
志「そう」
テ「ははぁぁぁぁ、登場人物のホンワカさが独特なのは」
志「そういうこともあるかもね」
テ「わーーー」
「親の顔」のお父さんや先生や子供が、いつも聞く標準語のより生き生きとしてたというか、キャラがはっきりしてたような。ま、恋こがれて聴いた富山弁だったので、そう思ったのかもしれませんけど。
志「てっちゃんも上がれよ」の一言で、最後は舞台に上がらせていただき、皆様と手締めを。
楽しかったです。

12月20日(水)
てつくろ門弟の中から、選ばれし二人の勇者が、本日、稽古場の大掃除にきてくれました。 ワタシは、昨夜も遅く帰ってきたので、眠くて眠くてしょうがなく、ボーッとしておりましたが、勇者たちは、稽古場をピッカピカにしてくれました。。。 ああ、気持ちの良いものだ。帰宅した娘は、さっそく稽古場で宿題を始めた。きれいで気持ちが良いのだろう。 猫たちもよってくる。猫は入るなーーーっ!! 学校から娘が帰ってきた。
娘「『元気な子』ほめられたよ」
テ「おお、良かったな」
娘「でもね、『子』がね。自信ついちゃって、うっかりしちゃったね。でもね、『子』以外は良いですって言われたよ」
先日「子」が良く書けたと喜んでいたのに。それで自信持って気をぬいてしまうところが情けない。。

12月21日(木)
眠い眠いとやっと起きて、お稽古です。今日の玄関は、お弟子さんも来れば宅急便もちょこちょこ届く。「いいないいなぁ」と言っていた、電波時計が届く。ミニアコースティックギターも届く。お弟子さんが暖か器具を二つくれた。なんか、いろんなものが届いた今日。ついでに、電気の集金もやってきた。ステキな年賀状が出来た。気に入っている。ずーっとお稽古日の出来事。ファックスが調子悪いらしい。何も届かない。ピロピロピーの音だけで。これは困ります。
来年は長唄協会80周年。その記念イベントに子供たちでの演奏があり、娘も出演する。23日の初の練習までに、八曲(短い曲です)覚えなきゃいけないのに、なーんも覚えていない。叱る。お弟子さんのお稽古の合間に。 わーーーい、忙しいっちゅーに。ま、楽しいけど。

12月22日(金)
大泉学園の東映撮影所に向かった。午前10時。「立川志の輔」という楽屋に入る。僕の方が先についた。マスクした志の輔さん登場。
テ「おはようございます」
志「悪かったね、朝早くから」
テ「大丈夫ですか?風邪」
志「どうしていなくなってくれないのかねぇ」
志の春さんがティッシュケースを差し出す。
テ「おっ、鼻セレブですね」
志「ん?」
テ「いいですよね、それ」
志「うん、やさしいよな」
テ「いろんなティッシュありますよね、ハハハ、『買い物ぶぎ』ですね」
志「鼻用なんだよな(ニコッ)」
テ「アッハッハハハ」
本日は午後から某スポンサーのCM撮り。それまでの間、パルコのネタをみっちり話し会おうっていう次第。
志「うーん、だから・・・・・・っていうことだなぁ」
テ「それについてはですね、僕の考えですけどね」
志「ああ、それが聞きたい」
テ「・・・・で・・・・して・・・の・・・を」
志「いや、わかんない」
テ「・・・・・・・♪」
志「へぇ、そんなのあるの」
テ「で、やっぱり、・・・・・なんだから・・・・・・」
志「うん、あってますよ。その考えはあってる。うーん。ということは、・・・・・・だなぁ」
テ「・・・・・・・・・・・・で、・・・・・・」
志「うーん、そうかぁ。イヤ、今の話でわかったことは、・・・・なので、そうだよね、てっつぁんの言ったことは、そうなんですよ。だから、・・・・・・ってなるなぁ」
テ「ほほぅ」
てな、話しあいが延々と続き、クリアになった。ま、話すたびにクリアになるんだけど。そりゃあ、いい加減にクリアになってもらわないと。もう間近に迫っている。ただ、志の輔さんの中で、噺が、だんだん出来てくる度に、アイデアも変わっていくのですな。でも、もう、そんなには変化できませんぜ。26日に稽古日も決まったことだし、もう、今日決めたとおりに、ことを進めていきましょ。
家に帰って14時ちょっと前。きっちり14時からお弟子さんのお稽古が始まる。終わったら、22時をまわっていた。
ふーーーーーっっっ。
カミさんも今日は忙しかったらしく、一食も食べていないという。娘は寝ちゃったので、二人でラーメン食べに。
もう、これから仕事しようって気にはなれないなぁ。曲作んなきゃいけないのになぁ。三つ。作るのは良いのだけど、譜面書いて、録音して、みんなに渡さなきゃいけないんだよなぁ。渡してる時間もなきゃ、録音したり譜面書く時間もないぞーーっ。うーーーーーー、どーするどーするっ!!

12月23日(祝)
長唄協会80周年のパーティに、子供たちだけで曲をやるというものに参加表明をしているウチの娘は、チンタラしながらも、なんとか自主トレをしたらしい。今日は初の練習日。唄の子供たちと三味線の子供たちが集まり、指導の先生のもと稽古をする。合同稽古なんでホッとする。一人一人歌わされたら、ぜーーったい、ウチのはダメであろう。
稽古後は、お墓参りへ。母の祥月命日なのだ。丸15年が経った。もう15年かぁ。お弟子で母に会ったことのある人もいない。今年10歳の娘も母には会っていない。母を知ってるのは、僕のまわりでは妻だけ。不思議な気持ちだ。時が経つ。「娘が母に似ているのだ」という感覚から「母は僕の娘に似ていたんだ」という感覚に移行していくような。花を供えるための水を汲む娘は、あったことのない僕の母のことをどう思っているのだろう。
母のイメージとして残っているのは、さっぱりとした感覚だ。それでいて、ずっと気にしていてくれる人だった。親が子を思う気持ちは何処も同じだろうが。 娘に水を汲ませる。「ホラホラこぼすよー」「服をぬらすなよ」という感じではない。だけど心配は、してるみたいな。ドンくさくみえるが、娘は精一杯気を配りながら水を汲んでいるのだろう。これを黙って見ていられる大人にならなければ。母はそんな人だったような気がする。しんどかったろうなぁ。何かをグッとこらえることってシンドイ。言っちゃったほうが、自分がスキッとするし。自分がスキッとしたいだけなんだとわかっていてもね、黙ってらんない。知ってることを全部言わないと気がすまない。よくないねぇ。
志の輔さんも母のような人だと感じる時がある。グッとこらえかたが。言わないストレスってたくさんあるような。お墓に向かって手を合わせた。「それがテーマかな」
夜、お風呂入ろうと思ったら、志の輔さんから電話。家からなのだろう。おちついた声。すごい鼻声。そばには、鼻セレブがあるかな。
志「まだ外?」
テ「いえ、家にいます」
志「あ、そう。イヤ、電話しながら、いろいろまとめようと思ってさ。とりあえずパソコンに送ってみるよ」
数分したら「こんなところで 志の輔」というタイトルのメールが届いた。なんかすっごくうれしかった。このタイトル。
落語が好きなのは、母の影響が大きい。子供の頃、いろいろ聞きに連れていってくれた。歌舞伎も演芸も当たり前な下町の人だった。子供の頃から日舞が大好きで、神田の生まれで、四代目で、「はったおすよー」と、よく叱られた。歌舞伎でのタテの演奏も観てもらいたかったが、志の輔らくごに招待したかったかも。「てっちゃんのお母さんですか・・・ていうか、てっちゃん、本名なんていうの?・・・えっ?アツシ・・・アツシっていうの。もう、三味線がね、うまいんですよぉ。いや、充分ご存知でしょうけどね、ハハハ。だけど、しゃべるとね、ハハハ、いやいや、黙ってりゃいい男なんですけどね、ハハハ。へぇ、そうですかぁ、お母さん。へー・・・・いいお母さんがいるんじゃないのぉ、大事にしろよ」と、あの声で言ってもらいたかったかも。

12月24日(日)
年末になると、伝の会のファンクラブのようなものの、「ちょんまげクラブ」の忘年会ライヴがあります。11月に東京を離れ巡業していた邦さんが帰ってきました。日本橋亭に飛び込みです。よっ、元気そうでなにより。「邦さん、お帰りなさいライヴ」になりました。お客様の重大ニュースなどを聞きながら、ライヴは進んでいきます。今回は(1ドリンク イカノンデ付)と書いてあるので、当然イカノンデも出演いたしました。新曲をひっさげて。もっと曲を増やしたいなぁと思っております。忘年会ライヴということで、舞台上でも飲みながらやっているので、時間がたつうちに、ドンドン酔っ払っていきます。13時から15時すぎまで、楽しい時間でした。来てくださったお客様を送り出しながら「良いお年を」と言い合う。サイコーですね。
スタッフとお疲れ様会を神田でやり、邦さんと僕は、池袋に向かいました。日本大学芸術学部歌舞伎研究会の外公演をやっているのです。一応、長唄の責任者であるワタクシは、邦さんとともに現れたのです。打ち上げにももちろん出席。12年かかわっている日芸歌舞伎。また来年楽しみだ。

12月25日(月) 三越劇場
作曲ができないまま、今日を向かえ、やはり出来ないまま、お出かけの時間となる。三越劇場に「ごんぎつね」「つるのおんがえし」を観にいくのだ。ご贔屓の方が用意してくださった。妻は出先から直接行くというので、娘と二人で電車で向かう。そういえば、今日は終業式だった。「あゆみ」を持って帰ってきた。まーまーという成績。そういえば、今日はクリスマスだった。今年もサンタは無事にやってきた。娘はローラースケートなるものを。僕は、なぜか、水晶の印鑑を頂戴した。家族三人で並んで、お芝居を観たのは初めてだ。いい思い出になることだろう、僕の。なるほど、娘は芝居を観るのが好きだ。一生懸命観ている。へぇーーっ、なんか不思議な気分。そういえば、昨日の「ちょんまげ忘年会ライヴ」も横からずーっと見ていた。知らん顔されるよりうれしいですな。

12月26日(火)
大雨。 大変な雨でしたね。そんな中、志の輔パルコの稽古がいよいよ始まりました。僕の社中の皆さんと、志の輔さんとの顔合わせだったり稽古だったりです。
「中村仲蔵」に音を入れる。
昨年からの夢が、ついにパルコで実現いたします。わーーーっ、楽しみーーーっ。僕は、この実現をどれだけ楽しみにしていたことか。それだけに今日の稽古はワクワクしたし、ジーンとした。集めたメンバーは、志の輔さんを最大に引き立ててくれる。楽しみ。ただ、僕は、その舞台を観られない。2日から南座に行ってしまうから。僕が弾けない、観られない舞台。でもうれしい。お客様が楽しんでくれることが。もうひとつは、アイデアを出したら、そこから噺を志の輔さんが作った一席(七福神)。こっちも音楽がすっごく大事。その曲作りに、この数日、悩んでいたのです。なかなか良い曲が出来たんだけど、「ちょっと違う」ってことになっちゃいました。

12月27日(水)
昨夜から「七福神」の作曲のしなおしを。作っていくうちに、リズムがとても重要な曲になってきたので、いっそ、まきこんじゃえーっと思い、川島さん宅へ行く。たくさん手伝ってもらってなんとかこさえた。これで、気に入ってもらえなくても、僕らは楽しい曲作りが出来たと思える曲が出来た。スッキリした。やっぱり僕は、人を巻き込む派だ。
ヨッシャーと思い帰宅。娘とごはん食べ終わったら志の輔さんから電話が。「あっ、それで、昨日の曲は違うってことだったんだー」と合点がゆく。
テ「あ、そういう噺になってきてたんですか 」
志「うん、今初めて、てっちゃんに話たんだから、昨日の時点でわからなくて当たり前なんだよ、ごめん」
そっかぁ、志の輔さんの頭の中で、ドンドン落語が変化していく。今年の「狂言長屋」もそうだったけど。会うたびに噺が進化していっている。まさしく産みの苦しみ。
志「それを伝えたかったんですよぉ」
はい、了解いたしました。ガッテンしました。
明日の夜は、志の輔パルコの稽古二回目があります。今日作った曲を聴いてもらおっと。さて、志の輔パルコはとりあえず置いといて。 明日は、南座の稽古の初日なのだ。「魚屋宗五郎」なのだ。五月の日記で、いやっというほど書いたけど、またまた、とても重大な舞台師をやるのだ。頭を切り替えて、「魚屋」モードにしなくちゃー。徹夜で勉強かーーーーっっっっ。明日よ、ゆっくり来てくれーーーーっっっ!!!!

12月28日(木)
今年の五月、前進座の財産演目である「魚屋宗五郎」の舞台師(三味線の責任者みたいな)をやらせていただいた。中村梅之助丈が400回以上も演じている演目である。来年の一月は、京都南座で公演する。しかも、梅之助丈の息子さんの梅雀さんが初役で挑む。つまり、僕は、梅之助丈の「魚屋」を学び、梅雀さんの「魚屋」を作っていくという大役なのだ。その稽古が本日から始まった。ドキドキしますね。仲間に助けてもらいながら始動です。
急いで家に帰って、昨日作った曲の譜面を書く。昨日作っただけで、ちゃんと譜面を書いていなかったのです。唄の人にも三味線の人にも譜面渡さないといけないのでね。譜面書きって結構メンドウだったりすんですよね。書き終わった頃に、唄の三七郎くんが来る。はーい、練習練習。
終わったところで、車に乗って新宿のスタジオへ。お囃子さんたちや三味線の人たちも揃う。志の輔さんも到着。囃子方と合わせないといけないのよね。練習してから志の輔さんに聞かそうと思ったら
志「うんうん、いいですね。今のがそうなんでしょ」
ということになる。ヤッター。でも、ちゃんと聴いてください。録音もしたいし。この部分をこうするとこんな感じの曲になって、こうするとこんな感じになりますと2パターンの演奏を聴いてもらう。あとは、当日の舞台稽古で、セットなんかと合わせてみましょということになる。現場処理現場処理。その他に使う二曲(オープニングとエンディング)も決定。合計三曲作ったのですね。オッケーとなり、ホッとした。

12月29日(金)
昨日は、それからもスタジオで稽古をし、そのあとも打ち合わせをし、遅くに帰宅。今朝は八時すぎに起床。つらいわーっ、ゆっくり寝たいわーっ。家で仕事をして、十一時に事務所へ。仕事が長引き、食事の時間がなかった。雑誌のインタビュー。伝の会インタビューって久しぶりだなぁ。
終わって前進座に向かう。代々木上原から小田急線に乗って下北沢へ行き、井の頭線で吉祥寺に行けば良い。知ってはいるけど、そうやって行ったことがなかった。下北沢で、井の頭線のホームに行ったつもりで小田急線のナントカ快速に乗ってしまった。走ってる途中で気がついた。ゲッ!!!「えっ、これ井の頭線じゃない」と小声でつぶやいてみた。周りの人はうなずかなかったけど。次の駅で戻らなきゃ。ゲッ、新百合ヶ丘まで止まらないのかい。汗。。。。 新百合ヶ丘で、運良く、ナントカ快速に乗れたので、そんなに時間かかんなく下北沢に戻ってこれた。結局アタシャ、小一時間ナントカ快速に乗っていたのだ。あわてて、井の頭線へ。
吉祥寺駅に着いたのが、14時30分。15時から「魚屋」の稽古が始まる。グスッ。急いで行かなきゃ。ごはん食べようと思ったのになぁ。あわてて三味線つないで着替えて。さすがにお腹ペコペコで。でもいいか、食べてる時間もないし、しょうがないな。そんな時、先輩はやさしいのです。「オレのパン一個食べておけよ」と、差し出してくれたクリームパン。「いいんですか」と、涙声のテツクロ。「ちょっとだけどお腹にいれとけよ。なぁに、始まっちゃえば長い芝居じゃないんだから、すぐだよ。すぐゴハン食べられるから、パン食っておけよ」と先輩。「あ、あ、ありがとうございます」とバクバクっと食べて、いざ舞台へ。梅雀さん梅之助さんといろいろ話し、ヨッシということで、稽古はじめ。唄方、三味線方は昨日も今日も全員揃っているが、囃子方は今日全員参加している。みんなの調和を保つのも舞台師の役目。みなさんに助けていただき今日も無事に終わりました。

12月30日(土)
今年最後の西台の大勝軒へ
テ「はっきりいって、営業中」
娘「ボーッと言ったらなんになるのよ」
テ「はっきりいって!!」
娘「手ぇあげて言ったって違うって『はりきって営業中』」
娘「げんそつけめん」
テ「元素でどうすんだよ! こまかーい感じじゃん『元祖つけめん』」

12月31日(日) 横浜にぎわい座新年カウントダウン寄席
新年カウントダウン寄席 でっせー
伝の会今年最後のステージアンド来年最初のステージだぁ。

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