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鉄九郎の青?裸々な日常 第14号


1999年8月18日〜9月13日
18日
 お稽古日。あー東京は暑い。すっごく暑い。むしむしするー。などと言ってはい けない。一日中、冷房のきいた部屋に入られるのだから。
19日
 今日もお稽古日。合間に「ちょんまげin屋形船」の葉書・ファックスの整理とか する。午後9時、お稽古終了。高橋智久宅へ、徳島から運んでもらったミッキーマウス やらすだちをとりに行くが、すっかりごちそうになって帰ってくる。あーおいしかった 。
20日
 「ふらいぱんフェスティバル」のチケットが今一つ売れていないので急遽宣伝 の葉書を作ろうということになり、今夜、邦さん来宅。25日からの宣伝葉書を今からつ くるなんて時間との戦いだぜ。バタバタしていると小野木さんが来宅。明日の「地唄ボ ンバーライヴ」録画のためにビデオカメラを取りにきた。ついでに6月19日「廻り舞 台ライヴ」のビデオを持ってきてくれる。二人が帰ったあと一人でニコニコしながら、 そのビデオを見る。午後11時すぎ、何年かぶりに「野方ホープ」へラーメンを食べに。
21日
 獅童くん宅のお稽古日。午後5時より「ふらいぱんフェスティバル」の稽古のた めアトリエりんごへ。久々に「三年目」(落語好きはご存知の噺)をやろうということになり稽古。演出の遠藤氏 よりアドバイスをもらう。今年から豊島園の花火大会が八月に二回になり(昨年までは 八月毎土曜日)今日がその最終日。家族で伯母のマンションに集まり花火見学を。僕が 到着したときには終わっていた。残念。小野木さん宅へ700枚の葉書を届け帰宅。あ ー忙しかった。
22日
 ヒロキ(忠次郎)が昨年から浴衣会をしている。今年は僕の弟子が出るので「つ いでに娘さんも唄いませんか」と言われ、「そいじゃあ」ということになり、思わぬと ころで娘の初舞台の日となった。無事に唄えたのでホッとする。打ち上げは溜池の「バ サラ」へ。バカ親な僕はMDに録音し、家に帰りニコニコして聞こうと思ったら録音さ れてなかった。すっごくがっかり。
23日
 9月14日〜24日のロシア行きの下ざらい。平和台のスタジオでやる。なんと ご近所。ロシア行きの注意もいろいろあって、いやが応にも盛り上がってきた。 夜、邦さんと下北沢「劇」小劇場へ行く。総ざらい。小道具(太鼓・リン・三味線立て )を持って行くのを忘れる。
24日
 下北沢「劇」小劇場で「ふらいぱんフェスティバル」の舞台稽古。ちっちゃいが なかなかいい小屋だなー。遠藤さんの適切で親切なアドバイスがとてもうれしい。
25日
 初日。きょうから10回公演のうち伝の会は8回参加させていただく。ふらいぱ んのあおたいずみさん、安藤美和子さん、山崎勢津子さんは伝の会もちょくちょく観に きて下さっていて、(だからというわけではないが)とても良い人たちだ。「丹下おじ さんのわんばく劇場」の丹下進さんは名古屋を本拠地にしている人形遣いの方でいろい ろ楽しい話を聞かせてくれる。演出の遠藤吉博さん、舞台監督の鷲頭秀行さん、照明の 手嶋栄一さん等々、なんだか初めてお会いする方々とは思えない位の親密感を勝手に感 じてしまう人達だ。初日も無事に終わり、乾杯をしているときに話をしていたら、結構 みんな家が近くだということが分かり、不思議な気持ちになった。
26日
 楽屋で丹下さんといろいろな話をする。お客さんに子供が多いとやりやすい丹下 さんとお客さんに年配が多いとやりやすい伝の会の組み合わせというのはおもしろい。 丹下さんは子供が少ないとちょっとやりづらいなー、と入っているがそんなことはない 。ちゃちなことをやっているわけではない。本物を見せているのだ。子供にうけるもの は絶対に大人も楽しめるはずですよ。現に僕はとてもおもしろいと思います。

僕らはス テージをやるときに、決して子供に合わせようとは思わずにやろうと思ってます。大人 よりもごまかせないのは子供です。「これは子供にはむづかしいかな」と思うことは子 供に対して失礼なことだと思うようにしてます。先入観を持って観る大人を相手にずー っとやってきていると、自分の中にも先入観ができてしまうのです。それがとても怖い です。「三年目」は多少飽きてしまう子供がいることは承知ですが、演奏になると子供 たちは食い入るように観ています。リズムをとる子供がいたりしてこっちもうれしいし 、決して騒がないことが、子供ってすごいな、と思います。子供は何かをつかむのです 。すぐ忘れるけれども。
27日
 家の子供や友人たちが子供連れで見に来た。他にも子供たちが結構多い日だ。最初は生意気を言う子供たちも、しだいに聞き入ってくれることがうれしい。
28日
 夜、本当は明日やるはずの打ち上げに参加する。
29日
 千秋楽。過ぎてしまえばあっと言う間。「三年目」も随分とおもしろくできあがった。やはり何度も回数を重ねてやることの大きさを感じる。ふらいぱんと丹下さんと 一緒に巡演でもできると楽しいな。安藤美和子さんがホウキとシャモジで三味線を弾く まねをしているときに僕らが後ろから出ていって、撥で安藤さんの頭をこずくのだが、 8回やるうちに随分とはげしくなった(かわいそうに)。
夜、娘たちの誕生日会と銘打 って同い年の子供を持つ5家族で食事会をする。高円寺の中華料理屋さんだったのだが 、車を止めた途端にものすごい豪雨が。しばらく待ってみたが、全然収まらず仕方なく 歩き始める。傘をさして歩き始めるが一瞬にして肩から下が、ずぶ濡れになった。「え っ、俺傘さしてなかったかな」と錯覚するほどすごい雨だった。
30日
 9月4日の屋形船が、申し込み多数のため急遽、午後1時30分と5時30分の 二回出航することになり、「ふらいぱん」をやっている間に出席者全員にどっちに乗り ますかと連絡をとっていた。巧い具合に割り振りができ、待ち合わせ場所やら入金方法 やらの通知をする。原稿作ってコピーとって、住所打って、シールにして封筒に貼って 、午後1時30分の人と5時30分の人用のコピーを分けて封筒に入れ切手を貼って投 函する。昼過ぎから始め終わったら、まだ夕方だった。確実に事務仕事の腕前が上がっ てきている自分にすこし驚いた。これで間違いがなければ、俺って凄い。
31日
 お稽古日。 まだまだ暑い日が続いている。これが残暑だといわんばかりに。まあ、でも寒いよりは 暑い方が好きかな。今年の夏は随分と遊んだな。こんなのは初めてのことなので、いつ もこの調子でお気楽にくらしているとは思わないでくださいね。
9月1日
 有楽町駅前の東京国際フォーラムで芸術見本市というのが開かれた。 各劇団とかプロダクションがそれぞれブースを作って「うちはこんなことをしてますよ」と全国の劇場とか団体にアピールをするイベント。 我が古典空間もブースを出しているが、今回は木下(伸市)さんと パフォーマンスをやることになった。伝の会が「衣替闇連弾」、木下さんが 「津軽じょんから節」そして二組で「古興典」を演奏。いい汗をかいた。CD制作以来 の「古興典」だったが、やる度に良い感じ。
2日
 お稽古日。
3日
 一家で、奈緒ちゃんに豊島園へ連れていってもらう。えーと、十何年ぶりだな。ち ょっと気温が低いのでプールはやめて遊園地で遊ぶ。智ちゃんと合流して赤羽の「美味 香」へ。高橋武久ご夫妻もいらして、賑々しく夕食を。ほんと、うまい。食べ過ぎて苦 しい。
4日
 「ちょんまげIN屋形船」 。朝から曇り空。今にも振りそうだなと思っていたら少 し振ってきた。国立のお客様から「どしゃぶりなんですが、中止ですか」と問い合わせ が入る。屋形船に雨天中止は無いけれど、お客様が来るのがたいへんだな、などと思い ながら浅草橋「船宿田中屋」さんへ出掛ける。雲は多いが雨は降ってない。

乗船するお 客様は昼の部(午後1時30分出航)32人、夜の部(午後5時30分出航)46人。 とにかく船酔いが心配な僕が今日、二回も船にのるんですよ、アータ。酔い止め薬をも らい、早目に服用。

午後1時、浅草橋駅へ邦さんとお客様のお迎えに。午後1時20分 、田中屋さん前にて全員で記念写真をとる。ちょっと遅刻した人のために出航を待って もらったが、1時40分、なんとか無事出航。

いやー、いいもんですな、などと佃の合 方を弾いていると、まー、コップが割れたほどの、すっごい揺れが、あーもうだめか( 僕が)、と思うがなんとか持ちこたえる。持ちこたえてしまってからはなんだかノッて きた。三味線弾いて唄って、飲んで、ちょっと食べて、お客さん一人一人としゃべって ると小船で佃煮を売りに来た。いいもんだね、誰か買ったのかな。お客さんと写真を取 り出したらもうヘンに盛り上がっちゃって、2時間30分はアッという間だった。

4時過ぎ下船。お客様を見送る。「夜もがんばってください」「とってもたのしかった です。」「夜は揺れないといいですね」「夜はきっとゆれますよ」オイオイ。ホッとし たらお腹がすいた。邦さんと立食い(そば)を探すが見つからず。そんなことしてる間 にお客様を出迎える時間になる。今度は驚くほどスッと集まった。

5時30分出航。す でに一回乗っているので、色々段取りも分かってきた。前半飲まされてフラフラしたが 、水飲んで持ちこたえる。だいたい昼の部が良い感じだと夜の部というのは、今一つ盛 り上がらないのが定説だが、さにあらず、盛り上がるわ盛り上がるわで、またまたアッ という間の2時間30分。

やー良かった良かった。無事だった。お客様を見送りホッと してさあ帰ろうかとなったら、邦さんが携帯(電話)と財布がないと騒ぎだす。どうや ら夜の部の記念写真のときに、どっかへポンと置いてしまい、そのまま乗船したらしい 。えーっ、ということになり、皆で(船宿の人も)探しまわる。まあまあ取り敢えず交 番に紛失届けをだしに行ったらということになった。あーあ、気の毒だなこりゃ。交番 に行った邦さんから電話がきた。エッあったのー、ほんと、財布も、いやー良かったね 。聞けばこの辺は浮浪者の方たちもとても多く、まずは出てこないらしいのだが、たま たま通りかかった人が見つけてくれたということ。良かった良かった。屋形船に乗った ことなど忘れてしまっていた我々もホッとため息をつく。まあそんなこんなで、楽しい 一日でした。参加して下さったちょんまげ倶楽部の会員の皆様、どうもどうもありがと うございました。小野木さんが、伝の会はほんとに良いお客様がついてくれてる、と感 動してましたぜ。
5日
 獅童くんとこのお稽古日。帰宅して夜、氷川台の氷川神社のお祭りに行く。娘はお 囃子を聞くと両手を上げて阿波踊りを踊っている。
6日
 「歌舞伎ワークショップ」ロシア公演の下ざらいのため京橋の新橋演舞場別館「ス タジオアルファ」へ。
7日
 お稽古日。
8日
 師匠(鉄十郎師)のお浚い会「親遊会」が10月30日に三越劇場で行われる。そのプログラムをつくるための打ち合わせをする。
9日
 お稽古日。
10日
 ロシア行きの手荷物はスーツケースと三味線とバッグ。昨今は便利になって、空港止めで送ってしまえば、スーツケースをゴロゴロ転がしていかなくても良くなった( 随分前からそうか)。羽田に送ろうと思っていたが、どうせなら国際線に乗り換える富 山空港に送ってしまおう。日通航空に聞いてみたら、10日か11日くらいに持ってき てくださいというので、今日は朝から荷造りを。と思っていたら、師匠からプログラム の変更が入り、ワープロを打つ。板橋の新河岸の日通航空にスーツケースを持っていく 。帰りに高島平で「浪花ラーメン」という看板にフラッときて「麒麟座」というラーメ ン屋に。
12日
 10月11日に邦さんの仕事で日舞のお浚い会があり、その下ざらいのため池袋 の東京芸術劇へ。下ざらいの前に、以前録音した福原清彦さんのCD用の写真を撮る。 録音したのはいつだったかなー。録音した曲は「越後獅子」。勝彦さんと邦さんの長男 の大ちゃんが唄って邦さんと僕が弾いた。肥後(福原清彦)さんのことだ。きっとおも しろい出来に仕上がったにちがてない。はやく聴きたいな。古典空間から福原清彦さんのホームページ を作って紹介もするらしい。そちらもお楽しみに。
13日
 伝の会では、ミュージシャンとして(カッコつけてるんじゃなくて)ボランティ ア活動にも積極的に取り組んでいっている。老人ホーム、各施設、学校など。今日は稲 城市第六小学校で生徒や先生たちに長唄三味線を観て聴いていただいた。(参照)こういうもの をやるとき、「鑑賞」になってしまうことだけは避けてもらうようにしている。音を楽 しむ「音楽」という如く、子供たちに楽しんでもらいたい。もちろん邦楽を好きになっ てもらいたいと思うけれど、好きにならなくても「嫌い」にだけはなってもらいたくな いし、「つまらないもの」という印象は持ってもらいたくないと思う。その対象である 子供たちの前でのライヴは良い緊張感を与えてくれた。
さて次回はいよいよ、青?裸々な日々ロシア編をお送りいたします。


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