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鉄九郎の青?裸々な日常 第140号

2007年6月1日〜30日

22時間の那覇・足立で外国人の聴衆100人・メンテナンスな一日・小米朝独演会・松山で伝の会・佐用で伝の会・志の輔独演会

6月1日(金) 沖縄〜足立区の中学校
コルコヴァードで打ち上げ中。どうも耳の調子が良くないので、思うように会話ができない。おしゃべりな僕は、会話が出来ないとシンドイ(誰でもそうか^^;)。お腹も減ったので、餃子をとりましたね、野菜炒めと。沖縄滞在中に食べた最後の食べ物が「餃子と野菜炒め」。うーむ、ワタシらしい。「沖縄まで行って何を食ってるんだー」と、皆様に一喝が聞こえてくるような^^;
「えっ、これからなのにぃ、もう帰るのぉ」という声に送られ店を後に。タクシーでホテルまで。また、お腹減っちゃったけど、寝ましょうな。ただいま、午前二時すぎ。シャワー浴びて、ベッドに横になった瞬間に目覚ましがなった。え?ま、よくあることであるが、一瞬の間に数時間経っている。ただいま六時ちょい前。シャワー浴びて、支度始める。ロビーのソファにどっかと座った。窓の外に晴れやかな空が見える。昨年の11月にもこの窓から空を見たよなぁ・・・などと思ってるとこへ、エレベーターが開いて邦さん登場。タクシーで那覇空港へ。
サヨナラ、22時間の那覇。
客室乗務員さんと目が合った。「なんかお飲みになりますか?」おっ、もう飛んでいるのか!!隣の邦さんは寝ている。なんか飲んだ形跡がある。・・・・・・やけにおかしい。時計を見ると、もうすぐ羽田に着く時間だ。コーヒーをもらったら椅子ももどしてシートベルトをする時間になった。
非常口のとこの席なので、客室乗務員さんは目の前にこっち向いて座っている。砂糖入れてかき回したりすしていらなくなったマドラーやらビニールなどを、シートベルトをしたままの客室乗務員さんが思いっきり手をのばして、僕の手の中から奪っていく。・・・・・ものすごくおかしい。
もう、最後は笑いが止まらない。横の邦さんがなんかしたらしく、客室乗務員さんはお腹抱えて笑っている。・・・・・とにかくおかしい。
邦さんと別れて、荷物が出てくるのを待つ。こんなに長い間待たされるんだっけなぁ。モノレールで浜松町へ。ここから、山手線。さて、いつもの迷い場所だ。有楽町に行くにはどっちに乗ったら良いのだろうか?池袋方面でよいのだったろうか?反対だったかなぁ?方向音痴なのです。で、いつもわかんないので、早く来た方に乗るのです。今日はアッてました(こんなことしてるからいつまでたってもどっちに乗っていいかがわからない)。
家に帰る。コーヒーを飲む。ひと寝入りする。娘に起こされる。
テ「よっ」
娘「お帰り」
テ「お前いつ帰ってきたんだ?」
娘「パパが寝てる間だよ」
・・・・そりゃそうだな。
久しぶりに西台の大勝軒に行く。やっぱりここだな。。。五時になったら、邦さんが来た。
「て・つ・く・ろーーくーーーーん!!」
・・・・・・うそですよ。玄関先で、僕の名なんかよびませんよ。空港で別れたときと同じアロハ来ている。一瞬、那覇か!と思った。
邦さんの車で、足立区の中学校へ。外国の人たちが勉強しているのです。そこの人たちに日本の音楽を聞かせて体験までさせてしまおうっていう楽しそうなことをしに。在日の人たち、外国の人たち、総勢100人近い生徒たち。老若男女がたくさん、音楽室にワーーッといる。司会をしている校長先生が、「今日、先生方(伝の会のことよ)は沖縄から戻ったばかりです」の言葉に、シーーンとする人たちとザワっとする人たちといる。当たり前か。とにかく、演奏して、お三味線体験させて、また演奏してと、やりました。
すごーく前向きな人たち。演奏中はシッカリ聴く。演奏が終わると口々に感想を言い合う。普通の先生方ならそれでよいのだろーが、アタシャ、しゃべりたいんですからね。どんだけ生徒を注意したか。
「いいですかみなさん、演奏中は多少のおしゃべりはかまいません。ただーーーし、僕らが話し始めたら、こっちに意識を集中するよーーーに!!」「今、僕がおもしろいことを言おうとしていまーーーす!!」
最後はみんなで記念写真。この写真が欲しい。他の国から来て、昼間働いて、夜、日本の勉強している人たち。みーんなステキな顔をしていた。素直な笑顔を見せてくれた。どこかで彼ら彼女らと会うことがあるだろうか?きっとすれ違ってもわからないだろう。でも今夜、紋付袴姿のよくしゃべるおっちゃんたちの三味線は覚えていてくれたらいいなぁ。そんなに長い時間でなくていいから。帰りも邦さんに送ってもらった。
邦「じゃあな」
テ「うん、じゃ、また、どこかで」
邦「どこかでだな」
テ「ありがとう」
邦「うん」
海ぶどうをおつまみにビール飲む。わっ!なんやこれっ!めっちゃウマイやん。そうや、ワシ、今朝まで沖縄にいたんや。。。

6月2日(土)
今までのダンボールハウスがついに崩壊。新しいハウスを作ることにした。器用そうに見えて(見えない見えない)実は不器用なワタシがせっせかせっせかと家族のためでも伝の会のためでも弟子のためでもない、二匹の猫たちのために組み立てた(実はすごく簡単)。どーでぃ、こんな簡単な仕事に汗びっしょりかいたんだぜ。どーでぃ、こんなにキラキラしてるじゃぁねぇか。ほらっ、そこのお前っ、冷蔵庫の横で寝てるオマエっ!おまえだよっ、目があってるじゃねぇか。ホラホラ、ご主人様がこさえてやったぞ。ピッカピカだぞ。どーでぃ、早く乗ってみてぇだろ?横んなってみなよ。あれっ、もう一匹はぁ、どーしたっ?なに?玄関に行ってるんじゃないのってか。ったくぅ、せっかく、ご主人様がこさえたんだからさぁ。「おっ、できましたね」くらいニコニコして言やぁ、いいものを、んーーー。ま、いないやつのことを言ってもしょうがねぇや。
ホラッ、オマエっ!・・・・・
あ、いや、伽羅っ!・・・・・
んーーー・・・・・伽羅さんっ。
伽羅ちゃん。
ニャーーッ。
出来たよ。新しいおうちが。
・・・・・・ねぇったらぁ。
おーーーい。
目をつむるんじゃありませんっ!
目が合ってんだから、聞こえてんでしょ?
さっき、宇太の居場所おせーてくれたじゃん。
なに?
小声でしゃべんなよ。
え?
うん・・うん・・・水?あるよ。・・ん?・・・ごはん入ってるよ・・・・・うん・・・ブラシ・・・しよっか・・ベランダ行く?・・・・ああ、いいよ、もう出かけたいけど・・・・いや、大丈夫・・・・・ねぇ、ブラシしたらさ、あすこにあがってみてよ・・・・・ダンボールハウス・・・・・気持ちいいって・・・・新品だよ・・・・・うん・・・いや、それは単品だよ。新品、おニューってことよ。なんでお前、そんなに漢字に興味があんの?あ、お前ってのは良くないね、伽羅さん。うん、つい、お前って言っちゃうんだよ。・・・・ん?・・・いや、怒ってないよ。だから、チラッとさ、俺が出かける前にさ・・・・・えっ?うん、出かけます、これから。うん、遅いですよ。うん。そう。だからさ・・・・え?・・・うん・・・・うん・・ほぉ・・・え・・・あ、うん・・・うん・・・ほほぉ・・・・だって・・・・そういう・・・・え、あ、うん・・・・ほほぉ・・・うん・・・ほう・・・・うん・・・うん・・・・ほほほぉ・・うん・・・ほほぉ・・・・うん。イテっ!聞いてるってぇ、
こういうのあるんだよ、志の輔さんに。うん「落語」。落ちるっていう字に語学っていう・・・うん。それで「らくご」って読むの。うん・・・・すごいね、オマエ・・あ、いや、伽羅、めちゃめちゃ漢字に興味あるんだね。いや、ダンボールは漢字で書けないなぁ。
落語、そう、志の輔、そう。落語が志の輔じゃないんだよ。志の輔さんが落語をやってるの。そう、座布団。そうそう、よく知ってるね。着物、うん、そうそう、俺も着てるでしょ。そうそう、色が違うよね。うん、僕のは黒だよね、そう。
ね、もう、行ってもいい?
いや、出かけないとさ、うん・・・・あ、うん。
わ、わかった、いやいや、気が向いたら、こさえておいたから。
乗ってみてね。
気持ちいいと思うよ。
うん、トイレもきれいにしといた。
ん?
あ、もう一度確認しとく。
うんうん、はい・・・はい・・・え、ですからね、その・・・・はい、もう時間が・・・・ん?・・・そうなの、ヒゲそるよちゃんと、これから、うん、洗面所で。あ、はい。いやいや、開けてくれなくてもいいよ。洗面所の場所知ってるし、しかし器用だね、開けるね、伽羅さん。だいじょぶ、一人で出来るし。一応、俺が主人だし。
うん、聞いとくから、ダンボールっていう漢字。
だいじょぶ、あと着替えるだけだから。
うん、浴衣もった。
だいじょぶ、ほんと、だいじょぶ。
ありがと。
うん、行ってくる。
は、はい。
そんなに飲まないようにします。
はい、ありがとーございます。
あ、宇太さんも、見送りに。
はい、あの宇太さん、ダンボールハウスこさえて・・・あ、はい。お姉さまのほうから、その件につきましてはお話があるそうです。ええ、伽羅さんのことです。
はい、留守番、あ、いや、お留守番よろしくお願いいたします。はい、うすーくクーラーいれてあります。二階は暑いですものね。あはっ、ダンボールハウス、一階に下ろしますか?あ、そういうことは、はい、しないほうが良いのですね。了解です。はい、じゃ、行ってきまーーす。ありがとうございました。

6月3日(日)
昨日今日とお稽古日でした。元気にやっております。
そんな中、 「風邪ではないか?」との声が聞かれるようになりました。「いやいや、風邪じゃないっすヨ、黄砂と疲れですよ、ははは」と言っているのですが、非常に風邪に良く似た症状なのは確かです。前回の診察時に王先生も「風邪っぽい」などとおっしゃっていました。風邪ではなーーい。「断固として風邪などひいていない」といい続けているオイラでございます。かるーく頭痛もしてますが・・・・・。ま、こんなで、なんとかやっております。

6月4日(月)
22日から寝違え状態の首、今日二度目の王先生の針治療。楽になるぞーーっ、と意気込んで出かける。
テ「おはよーございます」
王「おはよぉございます」
テ「先生だめだ。また、ドンドン痛くなってる。ひどい寝違えみたいな感じ」
王「どっち側?」
テ「右の首から肩からずーっと」
王「心配ない、すぐ治るよ」
テ「俺の首どうしちゃったんだろ?」
王「首が痛い原因のひとつは『冷え』ね、テツクロさん風邪ぎみよ、首が冷えたよ」
テ「えっ?やっぱ風邪?耳もよく聞こえないんだけど」
王「これどお?(針ささる)」
テ「ゲッ!イツーっ、よく聞こえます」
王「肩動かしてみて」
テ「(ブルンブルン)よく回ります」
王「首のここの骨がゆがんでるね(針さす)」
テ「ギャッギャッギャッギャッギャッ」
王「うん、三番目と四番目、四番目と五番目の骨がゆがんでる」
テ「な、なおりますかぁ?」
王「治るよ。この針さしたよ」
テ「わっ、太っ!」
王「これ、韓国の針ね、これで治るよ」
テ「なんか効いてきた」
王「顔色よくなったよ」
テ「ギャッて騒いだから、血が上ったんじゃないの?」
その後の治療で、肩はかなり回復。
耳も聞こえるようになった。
恐るべし東洋医学。
午後はかかりつけの小田歯科へ。
小「来たっていうことはテツクロさん(ニヤっ)」
テ「うれしそうですね(笑)」
小「うれしかないですけど(笑)抜きますね」
テ「はい、親知らずやってください。とにかく邪魔でしょうがない」
小「痛くはないの?」
テ「うん」
小「ラッキーね(口の中の写真撮る)ホラっ、こんなんなってるの」
テ「えっ?よくわかんないなぁ。半分しかないの?」
小「あ、そうですか」
テ「いやいや(笑)『そうですか』じゃなくてさ、どうなってんのよ」
小「(笑)横から生えてんのよ。で、半分はぼろぼろになっちゃってんの」
テ「へぇ」
小「一気には抜けないので段階を踏みながらやりますね、所要時間は30分」
テ「へい、よろしく」
小「麻酔しまーす」
小「(キーーーン)・・・ね、こんな感じでやりますから」
テ「え(笑)こんな感じって(笑)」
小「うふふふ、そうよね、わかんないわよね(笑)」
テ「はははははは」
看「落ち着いてください」
小「ま、ボチボチやりますからって意味よ(笑)」
テ「ボチボチって(笑)」
看「(笑)」
小「(キーーーーン)」
テ「痛いっすよ」
小「麻酔足すわね、(注射)じゃ五分待ってね」
テ「喋れなふなってきら」
看「麻酔でね(笑)」
小「どういう風にするか聞きたい?」
テ「あはははは、飲み屋の会話か」
看「あはははは」
小「(笑)いまね、この親知らずをこうして抜いていくの。で、この神経にあたったのね」
テ「この神経、めちゃめちゃオープンじゃないですか、痛いわけだ」
小「今までラッキーだったのよね、痛くなかったんでしょ」
テ「そんなギリギリのとこで生活してたんだなぁ」
小「じゃあ、続きやりますね」
キーーーン、ギリッ、ガシッ。キーーーン、ガッ、ウシッ、キーーン、ガリッ、ヒッシ、ムンッ。。。
小「抜けた!」
テ「えっ、抜けたんですか?」
小「うん、ただ、まだ待っててね、今この状況を見たら、テツクロさん失神してしまうから、このへん片付けるからね(笑)」
看「(笑)」
とにかく無事に親知らずが抜けた。今まで三本の親知らずを抜いたので、これが最後だな。最後に残った親知らずは、なかなかのツワモノだった。左下の頬っぺたがめっちゃ腫れている。
小「絶対、麻酔が切れたら痛くなるから、今、痛み止めのんでおいて」
麻酔の効いた口で、ヒッシに痛み止めを飲み帰宅。麻酔が切れてくると痛い。じわじわ痛い。ふーーーーーっ。今日はなーんもする気にならんわ。軽ーく昼寝。
メンテナンスな一日だったなぁ。

6月6日(水)
今日も王先生の針治療に。
テ「センセー、たとえばね、『親知らず』って知ってます?」
王「ダイジョブよ、知ってるよ」
テ「昨日、親知らず抜いたんですけど」
王「顔はれてるね」
テ「そうなんですよ。痛いっていうか、なんていうか、痛いのかなぁ」
王「すぐ治るよ(針さす)」
テ「ワッ」
王「どお?まだ痛い?」
テ「針が痛い」
王「針じゃないよ(笑)、親知らずよ」
テ「痛くないれすぅ」
王「あと、もう一箇所はここね(針さす)」
テ「ぐわ゛っ」
王「これ効くよとっても」
テ「な、なんともないれすぅ」
王「なんともないでしょ、よかったよ、すぐ治るよ」
テ「はい」
王「さすが王先生」
テ「さすが王先生」
王「はい、診察始めましょ」
おそるべし、親知らずの痛さも取ってもらい、「さすが王先生」と唱和させられ、今日も治療に入りました。首は除々によくなっているはずです。
午後は歯医者さんへ。
小「元気じゃなさそうね」
テ「むずむずするもの」
小「抜糸するからね、口開けてください」
テ「あっ」
小「あんまりあかないわよね、(抜糸)はい、これで消毒しますからね(消毒)はい、おしまいです」
テ「んがっ」
小「麻酔とか治療で筋肉が固くなってるの、だんだん治ってくるから大丈夫ですよ。しゃべるの困る?」
テ「でも、随分楽になってきました」
小「これで、公演しにいくんでしょ。終わったらまたきて下さいね。腫れなかったね、ラッキーね」
そんなこんなで、昨日に比べれば随分と楽になったのです。
明日から仕事に復帰です。

6月7日(木)
三日間連続の針治療で、かなり回復したのだ。ドラクエみたいだ。俺は鎧は着ているのか?裸でこん棒振り回してるんかな?ま、そんなはずはないのだ。町に着いたら、その町で売ってる最強のものを手に入れるまでは、他の町にはいかない、石橋をたたいても渡らないという性格なんだから。この町の最強のものがこん棒だとしても皮の服くらい買っておかねば・・・なんの話をしているのだ。 とにかく仕事に復帰する。なんにもしない二日間だった。親知らずと首のおかげで、なんにもしないでいられた。退屈ではなかった。なんでだろ?
打ち合わせのため新宿に向かう。夜には浜松に入る。毎日乗ってる山手線。あれ、冷房入ってたっけな?首を冷やさないようにしなきゃ。なにか巻くのかな?夏なのに?

6月8日(金)  浜松 小米朝独演会
昨日から来ている浜松、午後四時、邦さんと合流してクリエート浜松へ。僕らが先に着いた。ちょいとしたら、小米朝さん、吉弥さん、ひろばさん到着。小米朝さんとは、2月4日の繁昌亭以来。今日は独演会のゲストに伝の会を呼んでくれたのだ。楽しい時間だった。ゲストっていいなぁ。

6月9日(土)  伝の会松山編
雷雨の浜松を7時に出て、曇りの大阪から飛行機に乗って、ピーカンの松山に着いたーっ! 邦さん、バッチリ二日酔い。

6月10日(日) 伝の会佐用編
松山のホテルで目がさめた。八時の飛行機に乗り、伊丹空港へ。松山滞在時間20時間であったそうな。そこからレンタカーで、一路、佐用にむかう。110キロくらい。邦さんグーグー寝てる。ときどき、自分のイビキで目が覚めるらしく、キョトンとしている。
さよう文化情報センター着。きれいな会館だ。写真取り忘れちゃったけど、舞台の両脇に竹とかお花とかで、おしゃれに演出くれている。そういうのってうれしい。がぜんやる気になるものだ。
終演後、車で新大阪へ向かう。高速道路で、11キロの渋滞にあっちゃった。トロトロ運転はシンドイ。眠くもなってきた。
テ「デンキチーっ、運転かわれー」
デ「かんべんしてくださーい」
邦「お、かわってやるよ」
邦さん、むっくり起きだし(また寝てた)、交代してくれる。ああ、助かった。眠いのらーっと思った瞬間寝てしまった。
太ももをガッとつかまれた。ギャッ!!
邦「おい、起きろ」
スゴイ起こし方だ。でも、バッチリ目が覚めた。
邦「着いたぞ」
事務局の前に車はいた。
僕とデンキチで、荷物を運び、再び車に戻り、新大阪を目指す。渋滞で時間を食ったらしく、もう、車を返す時間になった。新大阪駅のトヨタレンタリース着。返却15分前、セーーフ。新大阪駅で、とにかく乾杯。松山も佐用も、事故もなく無事に終わった。デンキチに見送られながら、邦さんと新幹線に。楽しかった。

6月11日(月)
昨夜、予定より随分早い「のぞみ」に乗ったつもりだったが、「ひかり」だった。しかも、浜松に止まるという。あ、いつも、浜松からの帰りに乗る、浜松最終新幹線だったんだ。ということで、いつもの時間に東京駅着。
テ「えっと、じゃ、またどっかで」
邦「おお、どっかでな」
テ「あ、神戸だ」
邦「次は神戸か、うん、じゃあな」
邦さんと別れ自宅に帰ると、やっぱりいつもの深夜。明けて翌朝。娘も学校休みなのでゆっくり寝た。よく寝た感じ。
午後に浅草公会堂で舞踊会の下ざらい。2時から始まるというから、1時ちょいすぎに楽屋入りすればよい。じゃ、余裕を持って12時になったら家を出ようと思っていたら、12時すぎちゃった。 途中で、おそば食べようとも思っているので急ぐ。
山手線で上野に行って乗り換えようと決めた。池袋で山手線に乗り換える。しばらくして、フト気がつくと新宿だった。・・・・・・えっ?上野に向かったはずなのに、なんで新宿?・・・・・とりあえずホームに下りた。やっぱり新宿だった。どうやら、間違えて反対方向に乗っちゃったらしい。よくあるのである。などと言ってる場合でない。もう、一時になる。中央線で神田に出て、銀座線で浅草へ。神田で乗り換えのため歩いていると、みんな傘を持っている。注意して見ると、雨ざんざん降っている。おいおい、傘もってねーぞ。ヤバイぞーー。 などと、心の片隅で思いながら、地下鉄に。
13時35分、浅草駅着。わーーーん、遅刻だぁ。もう、みんな着替えて三味線つくって(=組み立てて)しまっただろう。「てつくろ、遅いなぁ」などと言われてるかもしれない。遅刻は厳禁。幸い、地上に出たら雨がやんでいた。ツイてるぜ。人をかき分けかき分け、公会堂をめざす。楽屋に着く。誰もいない。・・・・・・
2時からということで、みんな集まったらしいが、3時から始まるということになったらしい。長唄の皆さん、食堂でお茶飲んでた。
ホッとした。汗かいたわ。お腹減ったわ。ゆっくりご飯も食べられるじゃん。でも、走ってカッカしてるから、親知らずのあとが、ジーンジーンとしている。ま、いいや、間に合ったんだから。

6月12日(火)
デンキチと会うと、ミニ色紙を渡される。たいてい、その場で書いて出来上がり。「お客様に差し上げるのです」と言う。デンキチらしい発想だ。伝の会を好きな人が、なんかちょっとしたものもらったらうれしいものね。最初の頃、「なに書いたらいいの?」と聞いていたが、書き始めたら、いろいろ書けるものだ。なかでも「駅まで送っていく」なんか、結構気に入ってたりする。

6月13日(水)
今発売の週刊文春の喬さま(=落語家・柳家喬太郎)のページ「川柳のらりくらり」に、伝の会のこと触れてくれてます。なんて良い人なんだ。

6月14日(木)  京都〜浜松
「おはよう玄関で寝てたのか?ああ、今から出かけるから早いんだよ。2階より、1階の方が寝やすいのか? お腹がひんやりするから?ん?ああ、親知らずな、昨日からやっと抜いた方で噛めるようになったよ。首も大丈夫みたいだ。宇太が気にしなくても大丈夫だよ、ははは。・・・いい奴だな、お前。3日くらい留守にするからな、頼むぞ。男はお前だけなんだからな。」
と、宇太と話して出発、10時すぎに京都駅に着。新幹線はこんでいた。おまけに、大雨。雨かよ。ま、いいか。琵琶湖の水、大事だからな。タクシーの運転手さんが言うには、今日梅雨入りしたそうな。11時すぎより稽古開始。16時終了。お、今日はやけに早く終わったぞ。さあ、これから僕はどうするでしょう?
答えは、すぐ下。
新幹線に乗ってます。浜松に向かってます。夜の8時半から、お稽古をするためです。お稽古の掛け持ちか!
師匠業は楽しいなぁの巻

6月15日(金)  浜松
わりかたゆっくり起きる。午前中に美容院に行く。最近、めっきり東京で髪を切ることがなくなった。渋谷まで行ってる余裕がないのだ。 「髪の毛は 行く先々の 土地でカット」
午後からはお稽古。浜松のお稽古場がだんだんにぎわってきた。いろんな方が入門してくるようになった。ひとえに尚雅堂(=浜松の楽器店さん)のおかげだ。終わると全員で食事。なにせ料亭でやっているのだから都合がいい。今夜は泊まりといこともあり、いつもより余計にお酒をすすめられる。明日が早いのがチト気にはなるが、こっちもうれしいので、ついつい進む。

6月16日(土)  伝の会 神戸編
10時には神戸元町の風月堂ホールに到着。神戸も夏。

6月17日(日)  神戸〜浅草
神戸のホテルで目覚める。6時前。あ、二日酔いじゃない!やったーー!!楽だぞーーっ。
神戸空港へ。「こじんまりした新しいステキな空港ですよ」と言われていて、楽しみに行ったが、まさしく「こじんまりした新しいステキな空港でした」好き。日本の空港じゃないみたい、良い意味で。
目が覚めたら羽田に着いていた。一度、自宅に戻り、支度をして浅草へ。スゴイ人出だ。そっか、日曜日か。浅草公会堂で仕事。

6月18日(月)
「♪あっあっ、あんぱんまーん、にゃーにゃにゃーにゃー・・・」
「♪あっあっ、アンパンマーン、やさしいきみわ、いっけ、みんなのゆめまぁもるたーめー」
「やさしいきみわの後はなんて言ってるの?」
「いっけ。『行け』っていうこと」
「あ、そっか」
「♪いっけ」
「ユッケの親戚かと思ったよ」
「♪ユッケ、焼肉をたーべるためー・・・・・しょせんパンだよ」

6月19日(火)
朝から掃除を始める。パブリックスペースを掃除するとスッキリな気分になる。汗かいたとこでシャワーあびて、娘の小学校の授業参観へ。「なんの授業が見てもらいたい?」と聞くと、「中休みの縄跳び」と答えた。

6月20日(水)
カメラマンであるKさんが、あるテーマで写真を撮っていて、そのセッティングを僕がした。今日はその撮影日。良い時間をすごした。
その後、事務所で打ち合わせ。CDのことや10月の紀尾井ホールの本公演のことetc・・。事務所のある代々木上原駅は以前住んでいたところ。この駅は懐かしい駅でもある。千代田線に乗って乃木坂駅へ。代々木上原に住む前は乃木坂駅を使うとこに住んでいた。いやいや、何年ふりに乃木坂駅に降り立ったことであろうか?青山墓地側の改札を使っていたのだ。いやいや、懐かしい懐かしい。事務所から一緒に来た邦さん。
邦「おい、アツシ、めずらしくタッタと歩いてるけど、こっちでいいのか?」
テ「うんいいの、こっから行くと近いんだよ。ホラ、あそこがDOZだよ」
邦「ほんとだ、六本木からより近いなぁこれは」
なぜ、二人でDOZに向かっているかというと、今夜、弟子のスクハジ(=松永鉄駒と鉄六のユニット名「スクイーズ☆ハジキーズ」の略)のライヴが行われるからだ。僕は、開演前に顔だしてやろーという冷やかしだが、邦さんはしっかり見てやろーという親心。幸せなヤツラである。
6時を回ったところで、あたしゃ再び乃木坂から電車乗って中野駅へ。中野ゼロホールで志の輔独演会なのだ。志の輔さんと随分会ってない気がする。先月の21日以来か・・・そんなに時が経ってるわけじゃないのにな。メンソーレ君が「道具屋」やってるときに到着。まっすぐ志の輔さんの楽屋へ。
テ「こんばんわ」
志「おお、どーしたの」
テ「志の輔さんのお顔を見に(いつものセリフ)」
志「久しぶりだなぁ」
テ「なんですかねぇ」
志「あ、近いんだっけ家」
テ「ま、練馬ですから意外に近いですね」
志「風邪ひいちゃってサ」
テ「えっ?シンドイですか?」
志「昨日さぁ、食欲がないんで、おかしいなぁって思ってたのよ」
テ「熱は?」
志「うん、あるんじゃない、ボーっとしてるもん」
テ「1300人の皆様が待ってますからね。そんなこと言ってられませんね」
志「うるせーよ」
テ「お願いします」
志「おーっ!」
一席目終了。
テ「あははははは、『千両みかん』久しぶりに聞きました」
志「うん、一年ぶりくらいかな」
テ「あはははは、おっかしーですねぇ、ひゃはははは」
志「ははは、いやもう、ちょっと調子が悪いと、登場人物にがんばってもらっちゃうんだよね」
テ「お客さんは、今日も志の輔絶好調って思いますね」
志「はははは」
テ「はははは、しかしあの番頭さんが、今、前にすわってると思うと、あははははは」
志「しかし、デカイね、このホールは」
テ「やってて違和感はないんですか?」
志「やってると大丈夫。笑いとかでね、こんなに広いとは思わない」
テ「ああ、そういうもんなんですねぇ」
出囃子の千秋さんに久しぶりに会った、うれしかった。もう一席やって無事に終演。楽屋でビールで乾杯。顔見に来た僕もお付き合いさせていただく。ま、一人で飲むのも、なんでしょうからね。
志「舞台に出ちゃえば大丈夫」
テ「そうなんでしょうね、調子悪いなんてなくなっちゃうんでしょうねぇ」
志「今はもう元気だもの。しかし、俺は、よく風邪ひくなぁ」
テ「大事にしてくださいよ、ではまた21日に」
志「おお、明後日な、たのむな」
師匠は風邪でも、師匠を見に聞きにくるお客様は元気をもらい、僕もそのおこぼれにあずかって、やっぱり元気をもらう。元気をもらうから、元気をあげられる。よっしゃ、また明日からガンバロっと!!

6月21日(木)  志の輔らくご21世紀は21日 新宿明治安田生命ホール
ゆっくり寝ました。風邪も治った。新宿へ。さきについてた鉄六が駅まで迎えにきてくれる。
志の輔さん登場。
テ「本日もよろしくお願いいたします。」
志「よろしく、あっ、こないだ(19日)ありがとね」
おっ、元気そうやん。
志の輔さんもヒロさんも絶好調で幕となる。
打ち上げです。
テ「中野(19日)のときに、『へっつい幽霊』おやりになったじゃないですか」
志「うん」
テ「最後に中腰の幽霊がフーッて倒れるところがあるじゃないですか、あれの大ファンな方がいてね、お家でもやってみたんですって」
志「うん」
テ「それでわかったことは、腹筋と背筋をものすごく使うことだって。テニスで鍛え上げた志の輔さんならではですねって、おっしゃってました」
志「えぇ!はははは、自分家でやってみるかよー(笑)どんなファンなんだ(笑)」
テ「ええ、志の輔さんの大ファン。あとね、ゼロホール1300人の大ホール。二階の一番後ろで聞いてた人がいたんですよ」
志「うん」
テ「すっごくよく聞こえましたって」
志「ほんとか!」
テ「ええ」
志「(目の前に座ってる19日の主催者のTさんを横目でみながら)あんまり、アイツを喜ばしちゃいけないぞ(笑)」
テ「はははは、それからね、最前列で親子でご覧になってた方がいらしてね、『最前列でも、ってヘンですけど、よい音でした』って」
志「あ、そうなの、うれしいね」
テ「ええ、良かったですね」
志「だからサ、お前、どういうネットワークなんだって。お前のファンだろ。俺のファンじゃないだろ(笑)」
テ「なにをおっしゃる、ワタシは志の輔ファンの生の声を」
志「はははは、うるさいよっ。ったく(笑)」
テ「みなさーん、ちゃんと伝えましたよーーっ」
志「だから、うるさいっての」
テ「一昨日(19日)楽屋にお邪魔させていただいて、師匠といろいろおしゃべりしてたら、昨日の朝起きたら、喉が痛いんですよ」
H「師匠の風邪がうつったってこと?」
テ「きついですよぉ、志の輔菌は」
志「はははは、お前、ネットやってて風邪ひいたんだろっ!」
帰りはヒロさんと山手線。

6月22日(金)
午後からお稽古なので、午前中はのーんびり。昨日も今日も午前中のーんびりだと、身体が鈍る感じがする。おお、なんという貧乏性なのだっ!

6月23日(金)  高田馬場ぎやまん寄席
帰宅したのは遅かった。弟子になってる、江戸賀あい子さんの主催する「高田馬場ぎやまん寄席」があった。落語の一之輔さんと僕の弟子のスクハジ達とともに出演させてもらった。あい子さんの歌う「浜節」を弾いた。休業中の弟子の鉄平が顔を見せた。一之輔くんと同級生でもある。お客さんも、お弟子さんが多かった。いつのまにか、いろんなお弟子さんが増えた。たのもしいぞ、お弟子さんたち。

6月24日(土)  橘蓮二写真集「高座」出版記念の会
地下鉄のホーム。僕の前を歩いてる男の人の後ろ姿に、古い記憶の蓋があく。小中学校の同級生だ。賢いヤツだった。奥さんと一緒に乗った同級生は、僕の隣に座った。僕には気が付かないようだ。彼の声や鼻をならす癖は、あの頃と変わってないようだ。 どんな人生を送ってきたのかちょっと興味がわいた。47歳かぁ。30数年ぶりに見ても変わらないんだから、彼は幸せな人生を送っているんだろう。
俺は・・・
間違いなく幸せだな。
降り立ったのは麹町駅。国立劇場に向かうのだ。今日は蓮ニさんの会。厳密には、蓮ニさんのスゴイ写真集が出ることになって、志の輔さんが「じゃあ、写真集付きの落語 会をやろっか」と言ったのがきっかげでやる落語会。行く途中に出会った、昇太さんとこのNさんと某アナウンサーのYさんと正面に向かって歩いていると、着物来たOさんの姿が。米朝事務所のOさんと僕は、実は27年の付き合い。Oさんのお父さまは長唄唄方の名人で、ウチの師匠の先輩。そんな関係から、アタシャ内弟子の頃からOさんを知っている。年が五つ上の彼女は、僕にとっての姉的存在だ。なんやかや、相談したりしてる。今日は着物姿のOさん。みんなに冷やかされている。
「きゃー、お着物着るのですねぇ」
「ステキーー、初めてみましたぁ」
O「昔は着物ばっかしだったんだよね、それを知ってるのはアッチャンだけだね」
僕のことを「アッチャン」と呼んでくれる頼もしい方である。
実は、ひとつの会を通しで客席で聞かせてもらうのは初めて。しかも国立劇場。あたしらの仕事場でっせ。客席入ってビックリした。舞台がカッコイイ、国立らしくないぞ、ちょっとだけ。
楽屋にあいさつへ。ん?見たような名札の部屋が。あっ、パルコの舞台監督のMさんだ。そっかぁ、Mさんたちが仕込んだんだな、あの舞台、納得。
素晴らしい会だった。泣いて笑って。最後に蓮ニさんが高座に上がってごあいさつ。 ジーンときちゃった。心の中で「俺を泣かすな、アンタが泣けー」と思った。
いざ、打ち上げへ。
蓮「絶対来てね、僕の好きな人たち、みーーんな集めたから」
その言葉どおり、みーーーんな来ていた。
「舞台の袖から客席を見ていると全部見えるじゃないですか。どこに誰がいるとか。それが舞台に上がっちゃうと光がワーーッとでなーんにも見えないんですねぇ。しかも暑いのなんのって、みなさんよく、あんな場所で30分も40分も出来まかねぇ」とは、初めて高座に上がった蓮ニさんの素直な感想。
「そうだよーっ、暑いよー。汗もかくよな、だから、暑いんだもの。ま、暑いだけじゃない汗もいっぱいかくけどよ(笑)」とは、談春さんの言葉。
O「アッチャンがいつもお世話になっています」
志「おお、鉄九郎はイイヤツですよ、いい男、しゃべんなきゃ(笑)」
テ「あ、そうそう師匠」
志「なんだよ」
テ「ファンの方が、今日の『フーーッ』っての、サイコーでしたとお伝えくださいと(笑)」
志「また、それかよっ!(笑)。ね、コイツ、こんなことばっか言ってんですよぉ」
O「ふふふふ」
テ「いや、僕はただ、純粋なファンの方のご意見を伝達しているだけで」
志「なにが伝達だよっ、そうやって弟子を勧誘してんだろ。もう大変ですよ、コイツんとこと弟子増えちゃって増えちゃって」
テ「そんなことないでしょーに」
O「昔から、そういう調子のよさってのはあったわね」
テ「なにをおっしゃる」
志「そうでしょ(笑)。あ、○○さんのことありがとうございました。楽しみにしています、来年二月」
O「あ、よろしくお願いいたします。それから大銀座のときに○○と▲▲が××しますから、またいろいろと。それに○○のこともよろしくお願いいたします。」
志「ああ、そうそう、よろしくお願いいたします。もうね楽しみにしてるんです、○○さんにお会いするのもね。」
O「はい」
志「(ボソっと)ああ、そうそう、こうやってひとつひとつ仕事が決まっていくんだね」
テ「ああ、なるほどね、勉強になるなぁ」
志「うるさいよっ!!」

6月25日(月)
伯母が亡くなりましてね。父の姉なんですけど。ま、覚悟はしていたのです。覚悟していただけに生前どうしても会いにいけなかった。

6月26日(火)
一つ年下のシローという従兄弟がいる。仲いいですな、お互い一人っ子ですからね。 子供ん時なんか取っ組み合って遊んでましたね。シローちゃんのお母さんが、父のお姉さんなんですね。長男・次男・シローちゃんのお母さん・僕の父・四男という五人兄弟。全員が電電公社。その親も電電公社。電話一筋の一家ですな。で、みんな仲がイイ。一説には、みんな同じ会社で同じくらいの地位だったから、収入もみんなわかってたんで喧嘩の材料がないのだ、などと言ってました。ま、わかったようなわからないような話です。 そんな感じなんです、わが一族は。なんだか、すぐ誉めあっちゃうような、ラテンの血でも入ってんのかよと思うような。
でね、シローちゃんのお母さんが亡くなったんです。で、昨日がお通夜で今日が告別式だった。厳かに行われた式次第。無事に済んで、お清めの前の喪主(シロー)の挨拶になりました。ま、みんなちょっとホッとはするけどね。こともあろうに、伯父さんたち拍手しちゃうんだ。ラテン系だぞ、わが一族!「よっ、シローうまく喋った、さすが甥」なんて言いそうだぞ。そこで思い出したのが、僕の父が亡くなったときの喪主(僕)の挨拶。終了後、一番喜んだのは、死んだ父だったろうって話。プカプカ宙に浮きながら、「アッチャンは挨拶うまくなったねぇ、ホロッとするなぁ」なんて、涙ながして喜んでたんだろーって。どれだけ身内贔屓なんだっ。

6月27日(水)
21日にこさえた猫の新しいダンボールハウス。あの日、志の輔らくごの打ち上げを終え、ごきげんで帰宅した私が描いていたのは、二匹してダンボールハウスの頂上に乗って、ニッと笑う姿でした。
けれども、現実は違っていました。
知らん顔なんです。知らん顔し・ら・ん・か・お・・・・。 なんで?
乗ったっていいんじゃない?
ご主人が作ったのよ。キミたちのために。
けれども、知らん顔。
近寄りもしないの。
なんでよ。
なんで乗んないのよっ。
伽「ニャー」
ニャーじゃないよ、乗ってご覧よ。
伽「ニャー」
う゜ーーーーー、ぐや゛じーーーっ。イライラしていると、あいつらの言葉がわかんなーーーい!
でね、
乗らないの。
翌日も、その翌日も。
三日後くらいには、一番下で寝ていた伽羅を見たことがある。くらいの目撃談は聞いたが。上にポコッと乗せても、「ニャーニャー」言って、すぐ降りちゃうし。
家の人からは、「姉歯物件だからだ」とか言われるし。なに言ってやんだーい、とか思ったけど、あんまり乗らないからさぁ、やっぱ立て付けかなぁとか思っちゃうし。 邦さんにでも作ってもらえばよかったかなぁ、まで考えるようになってたんですが、お待たせいたしました。
ついに、伽羅が乗っている姿を目撃いたしました。はっはっはっーー、どーでぃ、乗ってるじゃねぇか。あのやろう、五日間も待たせやがったぜぃ。はっはっはーー、乗ってみてわかったろ?姉歯でも、東○インでもねぇんだぜぃっ。はっはっはーー。でも、なんか空気が。こっちを向けってんだ。なんで向こうむいてんだよっ!緊張感ただよってるぞーーっ、その背中ーーーっ!!

6月28日(木)
今日は朝から出かけた。帰りの電車、ウツラウツラして目が覚めたら、降りる一つ手前の駅。おお、あぶねぇ。で、また気がつくと駅についてる。ん?ゲッ、降りる駅だった。電車は走り出す。しょうがねぇなぁ。次の駅で降り、反対ホームに行き電車を待つ。なかなか来ないのなんのって。やっと来て、乗り込む。空いてる。座る。目を閉じる。ウツラ・・・ おっ、やべっ。こんなことを繰り返してたら、家に帰る前に年くっちゃうぞ。しっかり降りる。どーでぃ、ちゃんと下車しなきゃいけない駅で下車したぜ。アンタはエライ!!
ここで誉められるのとダンボールハウス作って誉められるのと同じくらい恥ずかしい。
さてと、無事に帰宅。ちゃんと帰宅できたじゃねぇか、年もとらずに。
今夜、人が集まるので、掃除掃除。片付け片付け。あとは、掃除機かけるだけとなったときに、ムショウにお腹が減ってきた。うっ、ヤバイ。ここで倒れるわけには行かない。倒れはしないけど。
ちょいとご飯食べてくるよ。宇太にいい残して出かける。時間もないので、ササッとね。某チェーン店に。ハンバーグに目玉焼きがのっかってんのがあったから、そのチケットを買う(買ったつもり)出てきたものは、ハンバーグに黒酢のいろんなものがかかってきたもの。こっちも気がつかないから食べ始める。ん?すっぱいじゃん。ハンバーグなのに酸っぱいじゃん。おかしいじゃん。え?
壁を見ると、新製品「黒酢かけハンバーグ」のポスターが。間違ったのか、俺?店員?俺だろーな。酸っぱいのが苦手なのです。嫌いじゃないのよ。苦手なの。に・が・て。ああ、食べるさ。お腹減ってるし、時間もないし。酸っぱいなぁ、しかし。なんでハンバーグに酸っぱいものかけるんだよなぁ。デミグラでいいじゃん。ハンバーグでいろんなことしないでいいんじゃない。・・・・・ま、酸っぱいのが苦手な僕も僕だけど。

6月29日(金)  志の輔らくご巣鴨の会
獅童事務所の稽古を終え、帰宅する。志の輔さんに電話
テ「今日の巣鴨のゲストはどなたがいらっしゃいますか?」
志「いや、こないんだ。だから二席目の前に、またテッチャンやってよ」
テ「ありがとうございます。でも今日は僕ダメなんで、鉄駒・鉄六にやらせますのでよろしくお願いいたします」
志「あ、わかったわかった」
さて、仙台行く支度しよっかなぁ、待てよ、どうせ仙台へ出発するのは4時なんだから、巣鴨にちょいと顔出せるなぁ。えーい、行っちゃおうっと。スタジオフォーで待ってると、志の輔さん、いつものスタイル(iPodを聞きながら、下向き加減にノロノロ歩く。誰も近づけんバリアをはってるように、顔は不機嫌)で登場。
志「なにぃ、今日ダメなんじゃないの?」
テ「夕方でかけるんで、ちょっと寄りました」
志「どこ行くの?」
テ「仙台です。伝の会なんです、明日」
志「へぇ、で、今日先乗り、明日昼公演か」
テ「はい、年に一度はなんとかやりたいなと」
志「うんうん、どこでやるの?チラシだけ巻いてお客さん集めてるの?」
テ「チケット売ってくださる方もいらっしゃって、不安なんですけどね、どれだけの方がいらっしゃるかが・・・。志の輔さんは仙台ないですねぇ」
志「うん、前はやってたんだけどね・・・・」
風邪もグズグズしているらしく、「この一週間は、なんだかツラーイ」と言っていた。 なんか食べなくちゃといいながら、アンパンをムシャムシャ食べながら、いろいろ話してくれた。
やっぱり来て良かった。
とまあ、いろいろ話しているうちに、着替える時間となり、着替え終わった志の輔さんは、背中越しの僕に「じゃ、テッチャン!」と言って高座に旅立って行った。なんか「旅立つ」みたいな感じに見えた。
さてと、明日の仙台、とにかくがんばろっと。という気持ちになれて、僕も東北に旅立つのであった。  つづく

6月30日(土)  伝の会仙台編
9時に141内のエルパーク仙台に行く。仕切ってくれてるTAMさんと舞台監督の今野さんと打ち合わせと舞台作り。10時すぎ、邦さん到着。11時すぎ、勝彦くん到着。
開演5分前。「席がたりなくて」という声が聞こえる。 ん? そんなに来てくれたのか! ホッとした。
13時開演。このホールは12年くらい前に、初めて仙台で伝の会をやった記念すべきホール。
九「なつかしい?」
邦「なにが?」
九「このホール」
邦・九「・・・・・・」
記憶とは忘却するものである。
神戸と同様、長唄をやる。
「吉原雀」。
長唄やると、空気が変わる。
長唄の神様がいる。
長唄ばかりやっているとそれに気づかない。
長唄をやらないと、まったくそんなこと思わない。
良いお客様に恵まれ、楽しいライヴが出来たように思った。そば屋で打ち上げ。そのあと、飲む飲む飲む・・・・・。

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