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鉄九郎の青?裸々な日常 第143号

戸隠にて名物のお蕎麦を東音阪本剛二郎さんと
2007年9月1日〜30日

志の輔さんの国立大劇場公演に参加

9月1日(土) チームてつくろ屋形船
♪セプテンバーー
↑竹内まりやを歌ったら、僕と一緒。
スタイリ・スティックスでも一緒。
前に「すみれ」をつけて一風堂もありますね。
そんなとこが僕の世代です。
「一風堂」と見てラーメン屋さんが浮かんだ人は、僕より絶対に若い。
浅草橋から屋形船に乗りました。お弟子さんたちと。昔、初めて伝の会が屋形船をやったとき、田中屋さんだったことを思い出しました、現場にきたら。なぜ?だって田中屋さんの向かいの鈴木屋さんの屋形船だったから。田中屋さんの前を通ったときに、十年近く前の記憶が蘇ったのです。
「伝の会ちょんまげ倶楽部限定屋形船ライヴ」を。この道で、みんなで写真撮ったことも。いやいや、ここだったのかぁぁぁ。などと、郷愁の思いを感じながら、鈴木屋さんの屋形船に。ウチのお弟子さんの中の「福利厚生部長」さんと「福利厚生課長」さんが段どってくれているので、なーーんも心配ない。いやいや、ただ、楽しんでいればいいの。18人で貸切はとても贅沢でした。こりゃあいいやって感じ。
今まで何度か屋形船乗りましたが、ぜーんぶホスト役だったからね。三味線弾いたりお話したりね。それも楽しいのですが、これはいい。やっぱりお客になるべきものなのだなぁ、とつくづく感じましたね。

9月2日(日) 映画「歓喜の歌」エキストラ
朝早いよーー。ま、車で拾ってもらったのですが。熊谷に行きました。妻沼というところです。「つまぬま」ではないのです「めぬま」と読むのです。
ジャジャーーン。
映画「歓喜の歌」のエキストラーーーー。
応募していたのです。
あっはははは。
志の輔さんの「歓喜の歌」が映画化されるのです。
来年のお正月第二弾としてロードショーされるんですよ。
映画化が決まってからというものは、スケジュールを開けて待っていたのですが、そのうちクランクインしちゃって。仕方ないので、自分でエキストラに応募して、アハハハハ。・・・・・・・・嘘ですよ。ホントに、コイツ待ってたのかと思われたらイカンですからね。
志の輔ファンの皆様に連れて行っていただきました。現地に行くと、やっぱり志の輔ファンの方たちに会って。「どれだけファンなんだよーー、ワシら」状態ですね。場面は、みたま公民館で、二つのママさんコーラスが合同でコンサートをするという、あの名場面です。なんか、志の輔さんの噺で頭の中で映像化しているものが現実に目の前にセットとして出来上がっていました。カンドーーー。
僕らエキストラは、そのコンサートのお客。さて、数々のシーンを撮りましたが、ワタシが映ってる可能性があるのは、たったワンシーンです。しかもカットされる可能性だってあるしね。いやいや、でも楽しかった。一日長かったけど、時間かかったけど楽しかったわ。映画の撮影にこういう形で関わったのは初めてのことで。なんか気楽でイイ。お客さんって感じで、えへへ。
つまり、1日と2日は、二つのイベントあったんだけど、両方とも「お客さん」でした。

9月3日(月) 
12月に「てんの会」というお浚い会がありますからね、そろそろ照準を合わせていかねばならないとこですね。

9月4日(火) 
ちょいと打ち合わせがあり、新宿に行く。身体が痛いのです。腿の裏とか二の腕とか。筋肉痛でしょうか。実は昨日の朝から運動を始めたのです。昨今では、「体操」ではなく「運動」というのだそうで。呼び方も変わるもんですな。
さて、今は、志の輔さんの国立大劇場のこと考えてます。
決まりません。
どっしよっかなーー?
という状態。
確かめなきゃいけないことも山ほどあって。
うーーーむ。
ま、明日明日、明日考えよーーっと。

9月5日(水)  浜松
最近、お弟子さんになったKさん(50代後半・男性)は、自分の会社が稽古場化していて、稽古のあと会社に戻り、従業員に、習ってきたことを教えている。部下が弟子化しているという感じ。それが実に微笑ましい。そして、弟子化している部下の飲み込みが早い。僕も、いつのまにか、毎晩のように、Kさんの会社で飲むようになった。そばではKさんの部下が三味線の稽古をしている。自然に僕もアドバイスする。面白い空間が出来てきた。この会社の前途は明るい。

9月6日(木)  浜松
今日も稽古日。

9月7日(金)  京都 南光さん落語会
昨夜の台風で、新幹線のダイヤが乱れてます。ま、乱れるのはいいんですけど、乱れると込みあいますな。それがしんどいのですね。けれども、なんとか京都に来ました。良い天気の京都。お稽古です。数人お稽古したところで、ドドドッと人が動きだす「お師匠さん、いきまっせー」おおおっ!なんだ?なんだ?
あ、そうか!桂南光さんの独演会に行くって約束してたんだー。わー、楽しみーどこに行くんだろー?
着いた先は、お弟子さんのYさん宅。
なにっ?
これ、家?
ファッションビル?
へっ?
ここで桂南光独演会?
え?
でっかいけど個人宅じゃん、なんだかすごいなぁ、40人くらいのお客様。ノリノリの南光さん。個人宅でやるのは初めてだそうな。僕、一番前で観る聞く感じる。志の輔さんのスタジオフォーのライヴ観てる人たちは、こんな感じなのかぁ、お宝じゃん。
南光さんの世界に引き込まれ、ニ席終わったらガクッと疲れた。この方スゴイ!
終演後の食事会のとき、いろいろ話してくださり、「関東で心許してるのは志の輔さんだけよ」なんてことおっしゃる。俺も南光師匠主催の「宇宙意志の会」に、即入会!出会いってスゴイなぁ。

9月8日(土)
獅童事務所の稽古。今日、仕事でアメリカに旅立という獅童くん。9/14の誕生日は、アメリカで迎えるということで、事務所で寄せ書きを。この寄せ書きに、ちゃんと父母も参加しているあたりがステキ。35歳になる獅童くん。 いや、中村獅童丈。
ええ?35かよーー。初めて会った時は、11歳くらいだったなぁ。思えば長いぞーーー。35かーーー。ま、俺が47なんだものなぁぁぁ。一回りっていうのは大きいなぁ。自分が35の時のことを考えると、みんな立派だなぁ。ワタシなんか、やっと一人で新幹線に乗れるようになった頃やし・・・。(ま、それもどうかと思うが・・・)
来年、また獅童くんは、いろいろ活躍することになります。あ、まだ、今年が終わったわけではないですな。現時点でさまざまに活躍してますね。
稽古のあと、浅草へ。ちょいと、ここんとこ通ってます。合羽橋に行きましたね。合羽橋というと、 最近、海外からの方たちのお土産に包丁が流行っていると。昨日、南光さんに聞きました。よっ、痛快エブリディーーー!
嘘です。他のテレビでやってたのを見たのです。うむうむ、たしかに、合羽橋に海外の旅行者の方、多かったです。旅行者でなくても合羽橋はおもしろいですよね。赤提灯とかそば屋の暖簾とかサンプル品とか、「営業中」とか・・・・・なんでも欲しくなります。よく、食べ物屋さんのお店の前に出ているメニュー立てってあるじゃないですか。本日のランチメニューとか書いてあるやつ。お店の前に立ってるやつ。普通のやつから黒板のようなものからキャンバス立てのようなものまで色色るじゃないですか。むしょうにアレが欲しくなりましてね。買ってどうするんだってことですけどね。
家の前に
 本日のお稽古  
 13時より「吉原雀」
 14時より「三曲糸の調」
 15〜16時 休憩
とか、書くんですかね。
なんの役にたつんだってことですけどね。なんか欲しくなりますなぁ。買いませんでしたよ。そんな頭を働かせていたら、欲しくなったものがあります。それは屏風。低い二枚屏風。あの、文七元結の家に置いてあるやつ。 長屋の家とかにあったやつ。すっごく欲しい。稽古場に置きたい。仕切りになったり、目隠しになったり。すっごく便利な気がする。んなこと考えた一日でした。

9月9日(日) 
午前中、志の輔さんと電話。富山から帰ってきたばかりだという。あさってからの国立大劇場のこと。ワタクシ、かなりのプレッシャーを感じております。そういえば、このプレッシャーって、昨年末のパルコの作品を作ってるときと同じだなぁ、と思い出しました。胃が痛くなるというか、どうしてよいのやらと落ち込んでしまうやら・・・・。そんな今日はお稽古日。外は猛烈に暑かったそうな。僕は、ずーっと家にいました。ま、お稽古日なんだからね。

9月10日(月) 
いよいよ、明日、志の輔さんの国立大劇場ですが、それに合わせて伝の会本公演のチラシも出来上がりました。ホントは違うのです。いろいろあって、今の時期になってしまったのです。お手元に届いている方もボチボチいることと思います。そして、明日、国立大に行く方は、必ずもらうことになっています。もらったら、電話して予約しちゃってください。10月13日の土曜日の夕方ですから。

9月11日(火) 「志の輔らくご ひとり大劇場」初日
この二日間というか三日間というか、頭の中は、ひとり大劇場のことばかり。ゼンジツの10日には、使用しようと思っていたお三味線が破ける。ギゃー、もう一挺も破けたばかりでまだ張ってないしーー。どーするーー?お三味線ないやーーん。誰かに借りなきゃーー。わー、不吉だーーーっ。
そして11日。志の輔さんの夢を見ていたらしい。
志「そういうことじゃないでしょっ!!」
という声で目が覚めた。うーーー、うなされていたようだ・・・。オイオイ、大丈夫なのか?随分弱ってないか、俺。デンキチ(編集部注:上方を中心に活躍する寄席囃子の三味線弾きさんにして伝の会公演のプロデューサーでもあり、伝の会HPの管理人でもあつデンキチさん)が無理して送ってくれたお三味線が無事到着。お弟子さんが迎えに来てくれて、いざ国立劇場へ。雨の降る気配はあったが、大丈夫とばかりに傘を持たずに家を出る。麹町駅に降り立ち外に出たら、ものすごい雷雨。傘さしてたってびしょ濡れになるくらい。傘を買い、国立に向かう。不吉だーーーっ!!大丈夫なのかーーーっ!!
結果を言います。
大丈夫でした。
あはっ。
僕の仕事は万事オッケー。
そしてそして、志の輔さんのスゴイところを、またもや、まざまざと見せられ、そして魅せられ、1500人のお客さんもスタッフも感動のうちに終演したのでした。
志「テッチャン、行くぞ」
テ「いいんですか、ついてって」
志「大声で話さなきゃな(笑)」
カンパーイ
いつものように、志の輔さんの頭の中で出来上がっている舞台を、舞台監督を始め、照明さん音響さん、そして多くのスタッフたちで手探りで作り上げて行く舞台。常に、「これでいいのか?これでいいのか?」との迷いと戦いながら。終演した瞬間に、「ああ、志の輔さんはこういう舞台にしたかったんだ」と皆が気がつく。妙な言い回しだけど、いつもそう。しかも、バルコや本多と違って、初めてやる国立大劇場。なんのパターンも出来ていないとこでの作業。どんだけみんなが大変だったかーー。
志「俺だって大変だったんだぞー、三席目が、お客さんにそっぽ向かれたらそれっきりなんだからぁ。だから、わざわざ、『前の二席で充分ですよね』って言ったら、お客さんたち、そうでもない反応だったし(笑)」
なーんだ。志の輔さんも手探りだったんだ。ま、そりゃそうか。
とにかく、みんなで乾杯しちゃえば、つらさも悪夢も忘れてしまう。 良かった良かった。

  今夜も1500人が 志の輔らくごに酔う

9月12日(水) 「志の輔らくご ひとり大劇場」中日
師弟ってなんだろ?師匠は弟子にとって絶対なんだと思う。ここが親子と違うところだ。親子の場合、子に従うときが来る。子が親を導くこともある。けれども、師弟は違う。師は絶対だと思う。たとえば、気をつかうのは、弟子であって師匠ではない。どんな理不尽なことでも。それを痛切に感じた日であった。ま、そんな日があっても良い良い。
志の輔らくご国立大劇場二日目。
昨日は「いきおい」
今日は「おちつき」
な公演だったように思う。
どっちも良い。
明日はどうなるだろ?
今夜も飲みに連れてってもらう。
今、帰宅。

9月13日(木) 「志の輔らくご ひとり大劇場」千秋楽
怒涛の三日間だった。志の輔さんはじめ、全スタッフの集中的と気合いが、この三日間に集結したようだった。 初日から大成功で、うれしくて毎晩飲んだが、志の輔さんも僕らも、頭の半分は「明日はどうやったらよいだろ」がしめていた。ライヴってそういうものだと言ってしまえばそうなのだが、今回、たった一人で1600人のお客様を楽しませるという偉業に出た志の輔さんに、きっちりついていき、高めて行くことは、いかに才能あるスタッフにとっても計り知れないものがあったはずだ。しかも、国立大劇場なのである。この小屋で、この空間で、何が生まれるのか?何を現実化するのか?初日には、誰にもわからなかった。お客様の、すっごい拍手に、志の輔さんは 「落語家になってから最上の拍手だった。良かったと思った」と語っていた。志の輔さんも手探りだったのだ。一番怖かったのは志の輔さんだったのだ。自分が最上のものとして、お客様に提示したものを、お客様がそっぽをむく可能性があるとドキドキしていたのだ。
この話を聞いて、はじめて自分の苦労はたいしたことないとわかった。一席目と二席目の間に三分間の演奏をまかされた。どんな個々息でやったらよいのかが決定したのが、初日の開く二日前。え?そういうことなら、曲を変えなきゃなぁと。お客様が喜んでくれて、しかも三味線・笛・太鼓のそれぞれが引き立って、練習が当日の本番前一時間で出来る曲・・・。・・・・そんな曲あるかーーーい!
そして11日。
志の輔さんの夢を見ていたらしい。
志「そういうことじゃないでしょっ!!」
という声で目が覚めた。
わーーーん、どうしよーーー。
国立に行きたくないよーーん。
でも着いちゃった。
土砂降りの中。
そして、最初に聞いた言葉は、
「志の輔師匠、二席やるか三席やるかは、まだわかりません」
ま、そういうことにはすっかり慣れているのでいいのですが、演奏する三分の後に「中の舞」を弾くか「梅は咲いたか」を弾くかではずいぶんと違うのです。僕は、昨日、三分の演奏の後に「中の舞」を弾くということを前提で曲をこしらえたのです。それが「梅咲き」になっちゃうとなぁぁぁぁ。アタシャ、爪を噛み噛み考えたのです。子供の頃、爪を噛むクセがあると指摘されたことがありました。でもまさか、こんなオッサンになっても噛んでいたとは・・・。ま、ある決断をして、初日二日目とやりました。
そして千秋楽。お笛と太鼓のメンバーが変わったのです。さ、このメンバーでは何を演奏しよっかなぁ?と、二日目の晩から考え始めました。そして無事に終演。さーて、打ち上げだーーい。志の輔さんもゴキゲン。
志「だからさぁ・・・・・な」
テ「だって一週間前に・・・・・なんですもーん」
志「はははは、それを言うなってーー」
テ「あれっ、志の輔さんビールじゃなくて焼酎の水割りにしたんじゃなかったですか?」
志「うん。俺のビールはお前が飲んでる」
テ「あっ!」
志「なに?」
テ「このTシャツに書いて欲しいんですよ」
志「なにを?」
テ「なにをって、サインでしょ」
志「えー?」
志「うーんと」
テ「立川志の輔ですよ」
志「わかってるよー」
志「お前、まさか着るんじゃないだろーな」
テ「着るでしょー、せっかく書いてもらったんだからーー」
志「おいおいーー」
な、感じで深夜まで、赤坂で騒ぐ。打ち上げは今夜だけだったが、初日・二日目と志の輔さんと、やっぱり赤坂で飲んでいた。三日続けて、赤坂から深夜のタクシー。舞台監督のN氏と「俺たちがんばったよな」と肩抱き合いながら、お互いをたたえて。。
志の輔さん、さて、次は、どんなドキドキを与えてくれるのだろ?楽しみでもあり、恐ろしくもあり・・・・。

9月15日(土) 
「赤坂で呑む四日間」の次の日は稽古日だった。妻が仙台に一泊で出かけたので、娘と留守番もかねて。いやぁ、身体がボワンボワンな感じのまま。でも、お稽古は好きなんですよ。お弟子さんたちと会ってるのは一番リラックスできる瞬間なのかも知れない。
稽古の途中、ちょいと時間が出来、お腹が減って二階に上がると、娘がスープを作ってくれていた。ま、「くれていた」のではなく、自分がお腹空いたので作ったんだが。ご相伴にあずかりましたね。小学五年生。最近、料理をするようになってきた。今年の初めまでは、お湯も沸かせなかったのに。今じゃ、ご飯炊いて、チャーハン作ったりしている。成長というものはおもしろいものである。
チャーハン。
よく父が作っていた。土日の昼は、前夜の残ったご飯で。いろいろ工夫がされていて、なかなかのものだった。「お腹減った」と言いさえすれば、チャーハンが出てきた。友達でもお弟子さんでも、父のチャーハンを食べた人は結構いると思う。そんなマメな人だったから、自分の連れ合いと母が亡くなってからも、なに不自由なく一人暮らしができていたのだろう。別に料理人ではなかったが、台所に立つ父の姿はよく覚えている。ま、七年前までいたんだからな。僕もチャーハンを作る。僕の場合は、とにかく、中華ナベを振るのが好きなのだ。シャカシャカパッと作るのが好き。娘が「お腹すいた」と言えば、シャカシャカパッとチャーハンをこしらえていた。それを今じゃ娘は自分で作るのだから恐ろしい。
稽古が終わり、「なんか食べに行こうよ」と言ったら、「ごはん買って帰ってこようよ、あたしはチャーハン作って食べるから」と言う。なんだか妙な娘だ。じゃ、ということで出かける。長崎ちゃんぽんが食べたい僕は、娘を連れて店に入る。娘は隣に座ってしゃべってるだけ。
テ「ほんとに食べないの?」
娘「うん」
融通が利かないと言うか、口がきれいなのか、黙々としゃべっている。(へんな言い回し)お店を出ると、お弁当屋さんによってご飯を買って帰宅。サッサとチャーハンを作り始めた。
テ「ちょっと振ってやろーか?」
娘「ううん、いい。自分でやるから」
テ「ま、そうだよな」
娘「アタシにはまだフライパンが重いから振れないね」
テ「まぁな、中学に行くころにゃ振れるだろ」
娘「やっぱり振って」
テ「待ってました」
自分で作って食べるってことが楽しくてしょうがないらしい。ま、気をつかって父親に振らせてげなくちゃいけないから、大変だろうが。

9月16日(日) 
チャーハンの翌日、目が覚めるまで寝た。うーー、寝たよ、寝たおし、寝ましたね。機嫌よく目が覚めたが、娘がリビングと自分の部屋を片付けていないことに激怒し、片付けを命じる。なんで片付けられないのだ。片付けって初めてしまうとドンドン気持ちよくなるのに。「負のエネルギーが無くなって良いのだぞ」 と言ったって語ったって聞かない。「片付けたら出かけるからな」と楽しみを目の前にぶら下げて片付けさせる。
娘「どこ行くの?どっか連れてってくれるんでしょ?」
テ「ああ、まだ考え中だ。まずはお墓参りしてからだぞ」
地下鉄に乗る。
テ「後楽園かナンジャタウンか」
娘「えーーっ」
目がランランとしてくる。
テ「どっちにする?」
娘「あはは、どっちかなぁぁぁ」
テ「おいおい、興奮するな、鼻血だすんじゃないぞ」
娘「後楽園だったら、乗り物も乗せてくれるの?」
テ「一つや二つはな」
娘「うーーん」
テ「東京タワーはどうだ?」
娘「あ、東京タワー行きたい。え、でも後楽園も、ゲームセンターも」
テ「おいっ、東京タワーと後楽園は同列にしてもいいけど、ゲームセンターは同列にはなんないだろ?ゲームセンターでいいのか?ならいいぞ、簡単だ」
娘「いやいやそじゃなくて」
テ「東京タワーにしよう」
娘「うん」
テ「まず、お墓参りだぞ」
テ「ご住職のとこ行ってくるから、お水汲んでおいてくれ」
娘「はい」
娘「どうやって汲んだらいいかわからなくて、水がはねちゃったよ」
テ「えっ?何度も来てるだろ?汲んだことないのか?いけませんねぇ」
娘「こうすればいいの?」
テ「そうだよ。それ以外にどういう方法があるんだ。いっぱい汲んでおけよ」
娘「桶だけに」
テ「・・・・・」
娘「悔しいんでしょ」
テ「桶とお花持っていくから、お線香持てよ」
娘「ゴホゴホッ」
テ「お前、与太郎か!目の前にお線香かざしてどうすんだよ」
娘「なんか、そういう持ち方かなと思って」
テ「崇め奉るみたいなか?」
娘「うん」
テ「ま、気持ちはあってるけどよ。先歩けよ。そこを左だ。違うそっちは右だ。お箸持つほうだ」
娘「左利きでも?」
テ「お前が左利きだから、お箸持つほうだと言ったんだ。ちゃーんと考えて言ってるよ。だけど、小五にまでなってお箸持つほうとか言われてんじゃねぇ」
娘「ちょっとアレッて思ったの」
テ「右に行け、二つ目を左だ。通りすぎるな、覚えておけ。掃除するからよく見ておけよ。あ、そこに名前が書いてあるだろ?どこ見てんだよ、墓石だよ」
娘「宝石?」
テ「おかしいだろ、ここに宝石があったら」
娘「キラーン、なんか書いてあるぅ〜」
テ「・・・・・お墓の横にだ」
娘「読めないよ」
テ「ホラ、○○院▲▲居士、これがお祖父ちゃんだ。お前の曾お祖父ちゃんだ。これが、お前のおばあちゃんだ、俺のお母さんだぞ。で、これがお前の曾おばあちゃんだ」
娘「あ、知ってる知ってる」
テ「覚えてるだろ。94歳のお祖母ちゃんと2歳のお前と、よくおしゃべりしてたよ。ちょいと、お祖母ちゃんボケが入ってて、お前は赤ん坊で同じことばっか話してたから、よく話が合ってたよ、感心してたんだ。92歳の年の差を乗り越えて仲良くしてたからな」
娘「これは?」
テ「お前のお祖父ちゃんだ。俺の父さんだよ。忘れたとは言わせないぞ」
娘「大丈夫大丈夫」
テ「ちょうど、あと二人書けるくらい余白があるだろ。俺とカミサンがここに来る」
娘「へんなこと言わないでよーー。それにアタシは?」
テ「お前は嫁に行くだろ。ここに誰が入ってるかよく覚えておけよ。皆、お前と血が繋がってんだから」
娘「まだ用事があるんでしょ?」
テ「えっ?もうないよ。お墓参りしたらスーッとした。東京タワーに行こうぜ」
娘「やったー」
テ「♪タワータワー、東京タワーにのぼったわーー」
娘「その歌やめてくれる」
テ「もうダメだろ。一回、口をついて出ちゃったらずーっと歌うだろ」
娘「耳に残るんだよね」 テ「この歌うたってるスタンダップコミックの寒空はだかさんもな『耳に残って心に残らない、一億人の鼻歌』って言ってるぜ、はははは」
娘「・・・・・」
テ「タカシっ、笑っていいんだぞ」
娘「タカシじゃないよ!」
ものすごい人で、展望台に行くのはあきらめました。
娘「どこに行くの?」
テ「バカッ、蝋人形館に決まってるだろ」
娘「その前になんか食べようよ」
テ「だから、さっきお墓の近所で食べようって行ったのにぃ。蝋人形館混んでたらどーすんだよ」
娘「東京タワーで食べたいんだよぉ」
テ「なんでだよ、大したレストランがあるわけじゃないだろ」
娘「そうじゃなくてさぁ、東京タワーで食べたってのが、なんか贅沢なんだよ」
テ「・・・・なるほど」
娘「ギネスのも見るんでしょ?」
テ「当たり前だろ。この二つを見に来たんだ。とにく蝋人形館は、俺が子供ん時に父さんと行った思い出の場所だぞ。母さんもいたのかな?」
娘「どっちでもいいじゃない」
テ「よかぁないでしょ。とにかく40年ぶりに行くんだからな」
娘「えっ、七歳の時に来たの?」
テ「えっ?いやっ、もっと大きかったかな?お前くらいかなぁ」
娘「どっちでもいいでしょ」
テ「ま、そうだな」
娘「あ、これはどっちでもいいんだ」
カミサンが仙台から帰ってくるので東京駅まで行く。途中、娘の切符が自動改札で引っかかった。駅員さんが、「これで行ってください」と差し出した切符は、細長い路線図も欠いてるもの。懐かしいねぇ、こんなのあったねぇ。娘はビックリしている。
娘「おとさなくていいね。だけど自動改札に入るのかなぁ」
テ「バカッ、自動改札には入らないだぉ。駅員さんのいるとこを通んだよ」
娘「そうだよね。こんなに長いの入れて出てきてもシッポの方は、まだ入ってないよね」
テ「そんなに長いことないだろ、あははは」
娘「あはははは」
テ「持ってるとこ写真に撮っておこ」
テ「ちっちゃい手だなぁ」
娘「そっちじゃないでしょっ!」

9月18日(火) 
午後から僕の部屋の片付けを。パソコンがある納戸というか、そんなスペースを模様替え。使わないものも随分増えたし。プリンタをちゃんと置きたいので、そのスペースを確保する。タオルで鉢巻してえっちらおっちら片付けてる俺を、影から見ている、ブースカ。小学校の時にお小遣いで買った逸品。ものすごく高価だった記憶がある。

9月19日(水) 温知会
うーむ。見つからない。事務所からもらってるはずの、CD-Rが見つからない。CD-RとかCDとかDVDなどは、だいたい同じとこに縞ってるはずなのに無い。どうしたものだ。あるはずのところにあるべきものが無い。こうなるとどうしようもない。部屋じゅうひっくり返すのかなぁ。うーーむ。なんか、40歳も後半になり、こんなことがしょっちゅうおきてる気がする。実際、しょっちゅうあるのだろう。譜面が無かったり、ボールペンが無かったり、名刺入れが無かったり・・・・・。うーーむ。どうしたら良いのだうか?
昨夜CD-Rを探し続けたが、部屋が整理されるばかりで結局見つからず、朝を迎えました。 ちゃんと寝ましたけど。
イイノホールに向かいます。温知会当日です。喜三郎師とウチの家元・忠五郎師の「秋の色種」のお手伝いをさせてもらいます。実は、志の輔さんの国立劇場の前夜に破けていた私のメイン三味線が昨日出来上がってきたので、今日持って参りました。
どんな具合なんだろ?
どんな音がするだろ?
カワの張りはどうだろ?
その時々でハリの具合やらカワの薄さが違いますからね、いろいろ思いますね。しかも今日のように、たくさんの師匠が出演している場所だと比べることができますからね。比較できることは良いことです。
温知会、次回は3月25日。
家「アツシ、○○の▲▲あざやかか?」
テ「あざやかってほどじゃないですけど、ウチのは知ってます」
家「じゃ、次回、それ頼むな」
テ「はい」
家「でも◇◇になりそうなんだなぁ、そしたらアツシ上調子弾けよ。な、それでいいな」
テ「はい」
○○と◇◇の中には曲名が入ります。まだはっきり決まってないので、伏せました。この会話でわかったことは、次回の温知会にも僕は出演するってことですね。

9月20日(木) 
むかーーしから、獅童くんの家から梅干をいただいている。これがバツグンにウマイ。と言っても、僕は梅干を食べないのでわからないのだが、家族がメチャメチャファンなのである。今年は梅酒を持たされた。「運命が上昇気流に乗る」と書いてある。こういうの獅童母は上手なのである。いいねいいねーー。梅酒もあんまり飲んだことないが、これからは飲むぞーーーっ。

9月21日(金)  戸隠そばまつり
志の輔さんに戸隠に連れてきてもらったお箸とそば猪口を持って、そば屋をまわる。「ここで最後にしような」と座り込む志の輔さん。四軒食べました。

9月22日(土)  戸隠そば寄席 志の輔らくご
今朝は志の輔さんかせゴルフに行っちゃったんで、残ったみんなで奥社まで歩きました。片道二キロ。12時30分に、今日の僕の相方の阪本剛二郎くん到着。さっそく、おそばを宿に戻り、二人でリハーサル。
実は、今日の独演会で、なんか弾いてくれと言われている。ホントは鉄六と鉄駒を連れてくる予定だったが、師匠の僕が今日空いているのに、弟子のヤツラが仕事だという。さて困った。じゃ、誰?邦さんもいないし。そこに剛二郎くんが都合をつけてくれ、本日、戸隠に来てくれたのである。三味線と着物を持って。なにがなんだかわからない状態で。30分の間に三曲考え、「あとは現場見てから」という、いつものアタシのやり方に付き合ってもらい、会場の、そば博物館「とんくるりん」へ。
志のぽんさん、志の春さんとやって、志の輔さんが高座へ。一席やって降りてくるのかと思ったら二席目に入った。おおおおおーー汗びっしょりになって降りてきた志の輔さん。
テ「おつかれさまでした」
志「ああ、」
テ「二席やっちゃうんですねぇ、すごかったですねぇ、会場ゆらしますねぇ、もー、サービス精神旺盛なんだからーー」
志「舞台暑いぞーー」
テ「はい、10分くらいしたら降りてきますから」
志「よろしくな」
休憩後、剛二郎くんと高座へ。
「なーんだ、志の輔さんじゃないじゃん、三味線ジャン」
と思われたくないっしょ。ガンバルわな、そりゃ。長唄背負って張り切りました。その後、志の輔さんがもう一席やって終演。またまた汗びっしょりになって楽屋に戻ってきた志の輔さん。僕はもう喉がカラカラ。
テ「さ、さ、早くビールに行きましょ」
志「はいはい、飲もうな」
テ「良い体験させていただきました」
志「お客さん喜んでたじゃん。ったくサービス精神旺盛なんだから」
会場の外で三人で乾杯。
いやいや、このビールのうまかったこと。
志「何時だ?」
テ「五時です」
志「今日の宴会六時半からだったな。もう、その頃にゃベロベだな」
テ「はははは」
会場を後にするお客様のすぐそばで飲んでいるので、お客様みんながびっくりしてる。そりゃそうだわな。今、着物着て落語やってた人が、もう外で飲んでるんだもの。
旅館にもどり宴会。今回は、志の輔さんのお友達がたくさんいらしている。東京や富山から。そして、本日仕切ってくださった戸隠の方たちも。総勢50人の宴会。みーんな志の輔さんのことが大好き。そりゃ、ヤンヤヤンヤですな。おそばも打ってくださいました。僕が切ったおそばが出てきた。ふっとーーーい。なんて不器用なのーーー。違いますよ。もう、この時点では、アタシ酔っ払ってますからね。そのうちに、東京で仕事終わった鉄六と鉄駒がやってきた。志の輔さんの顔見るだけのために来るなんざ、大したものだ。まぁ、せっかく来たんだからなんか弾けということになり、弾かせる。

9月23日(日)  長野〜京都〜大阪
俺の目ざましと誰かの目ざましが同時になった。目ざましのステレオ。メロディが違って渋谷のセンター街にいるみたいだ。一瞬、どこにいるのかわからなかった。隣には見知らぬ小僧・・・いや、よく見りゃ、テメェがはるばる呼んだ剛二郎くんなのだが。二人で朝風呂へ。ガラッ、ザブーン、サッ、ガラッ!!早っ!そのまま朝食会場へ。全員が揃ってはる。あ、いや、当然ながらいらっしゃらない志の輔殿。雑談しながらご飯を少々。部屋に帰って支度をし、ロビーに来ると志の輔さんいた。
テ「おはよーございます」
志「お゛ぅ、酔ったまま寝ちゃって風邪ひいた感じだ」
ありゃ。
志の輔さんと浜さん(「師匠噺」書いた人ね。好評発売中!)と剛二郎くんと僕とで長野駅へ。
テ「このまま紀伊国屋ホール(紀伊國屋RAKUGO LIVE「三人集」のゲストなのだ)行きですか?」
志「うーーん」
東京駅でみんなバラバラに。
アタシャそのまま東海道新幹線に乗って京都に。
そして大阪へ。
今、関西方面で大きな仕事が二つ三つ同時進行している。打ち合わせとか稽古とか・・・・。いっぺんに現実が襲ってきた。東京からの電話やメールもチェックする。いや、戸隠にいたときもしてますけどね。 戸隠は戸隠でメチャメチャなスケジュールだったから、なかなか連絡とれなくて。10月に迫ってきている本公演のこと、CDのこと、そして「つるべのらくだ」のこと。
鶴瓶さんが、古典落語の「らくだ」という噺をひっさげての全国八ヶ所公演「鶴瓶のらくだ」。今初めて書きますが、関わるのですアタシ。いや、とっくに関わっているのです。毎日のように連絡とりあって、ゴニョゴニョやってます。

9月24日(祝) 
のお昼頃、大阪で地下鉄に乗る寸前、携帯が鳴りました。「志の輔さん」と出ている。おっ、こりゃこりゃ、こっちからお礼の電話をしなけりゃいけないのに。
テ「どうもありがとうございました」
志「ありがとね」
テ「お風邪ですね」
志「うん、ひいちゃったねぇ」
テ「お大事にしてください」
志「うん、お弟子さんたちにもよろしく言ってね」
ホームで聞いたこの声で戸隠に、ビューーーンと引き戻されちゃった感覚。今、頭の中でいろんなことが同時進行しているのに、またもや戸隠に。うん、もう一度行こう。雪が振る前に、お蕎麦食べに行ってこよ。
地下鉄に乗ったら現実に戻った。いろんな人に会い、インターネットカフェを探しちゃあ、事務所とやり取りをする三日間。俺って、優秀な営業マンのようだ。
ちがーーう。
優秀な営業マンなら、もっとスマートにやるはずだ。

9月25日遅くに帰宅。
同時進行のものはすこーしずつ同時進行している。

9月26日27日とお稽古日。
その合間合間に電話とメール。同時進行が少しずつ速度を上げてきた。そして、さっき、CDジャケのデザインがやっと完成。事務所のYががんばった。ホッとするゆっくり寝ろや。アタシャ、ビール一杯飲ましてもらうよ。  

9月28日(金)  伽羅(雌猫)言 14 オオサカ
出かけるの?
しばらく、鼻の頭見せなかったのに、また出かけるの?
何日って言うの?
日の感覚がわかんないのよね。どっからどこまでが一日なのかが。
ご主人たちはよくわかるわね。
どこ行くのよ
オーサカ?
オオサカ?
さっき、ていうか、何日か前?、オオサカから帰ってきたんじゃないの?
近いの?オオサカ
向こうの横丁くらい?
あはははは、向こうの横丁。
囲いができたんでしょ?
あはははは。
コバナシって言うんでしょ。どう書くの?
万歳って書く?
これじゃ、テバナシか、あっははははは。
んまい?
ねぇ、んまい?
猫としてどーよ?
イキな感じ?
粋って書くんでしょ
反対は帰り?
あはは、違うことは知ってんのよ、ガッテンしてんのよ。
もう行くの?
玄関まで行ってあげよっか?
いいわよ、たまには。
あ、玄関には与太郎(宇太・雄猫)がいるわよ、きっと。
うん、そういうのはわかるわよ。
音とか匂いとかで。
じゃアタシはここで。
ねぇ、缶詰め買ってきてね。
猫に見送られ大阪へやってきた。11月の仕事のことで。夜は浜松に移動するつもりだったが、結局無理で大阪泊まり。今から浜松に向かう。早く新幹線こないかな、眠くて眠くて。

9月29日(土)  志の輔らくご 名古屋
浜松の稽古のあと、名古屋に向かう。志の輔さんが独演会やってるから。通りがかろうと思って。名古屋、雨。ありゃー、傘持ってないし。地下鉄で栄へ。しかも、会場方面とは全く違うとこに出ちゃった。ありゃー。25分うろうろしてやっと到着。志の輔さん一席目に入るとこ。一席目終わり、楽屋に走って行く。
志「ん、どうしたんだよ」
テ「えへへ」
志「ま、もう、お前がどこに現れようと驚かないけど。あ、浜松にいたんだろ。稽古してきたんだろ。このヤロー」
とにかく、お疲れぎみの志の輔さんが笑ってくれた。
鳥取・半田とやって、今日名古屋の昼夜。
戸隠から休んでない師匠。
ニ席目は客席で堪能させてもらった。志の輔さんの高座を客席で見るって、あまり機会がない。圧倒される。スッゴク元気もらった。
志「え?帰るの?」
テ「はい、22時10分で」
志「うーん、俺も帰るかなぁ?」
テ「23時45分に着きますよ」
志「いや、やめる」
テ「それがいいですよ、今夜はゆっくり休んでください」
志「打ち上げ30分くらい出られるじゃん」
テ「じゃ、おともいたします」
志「戸隠もうれしかったけど、国立(ひとり大劇場)ありがとうな」
テ「いや、力及ばずすみませんでした」
志「いや、半年も前から、ああやるって決まってて頼んだんじゃないんだもの、よくあれだけやってくれたよ」
ジーーーン
ウルッ
おーい、鉄九郎社中のみなさーん、良かったなぁぁ。
あと映像作ったコミックカットさーん、師匠大満足ですよー。
時間まで、いろんな話が出来た。
志「どうしても帰るのか、来てくれてありがとう」
三度も握手してくれた。
やっと国立大と戸隠が終わったんだ、しかも心地よく。
テ「じゃ、また明日」
志「うん」
待っていたタクシーに駆け込み名古屋駅最終の新幹線に飛び乗った。

9月30日(日) 越中座
座長のようなものの志の輔さんを長に富山出身の方々の会、越中座。東京公演は昨年に続き二回目。今年も出囃子弾いてと頼まれてました。うれしいですねぇ。富山弁の志の輔さんを聞けるのは富山の落語会と、この公演だけだし。今回も大成功!!いやいや楽しかったなぁ。はははは。故郷ってステキだなぁと思わせていただいた日でした。

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