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鉄九郎の青?裸々な日常 第144号

鶴瓶さん邦寿さんと
2007年11月1日〜30日

京都南座・大阪松竹座「鶴瓶のらくだ」公演

11月1日(木)
11月になって&松山へいろんなものが値上げになったり、テコ入れが行われたりと、 騒々しい11月1日ですが、 ワタクシは稽古日でございました。 しかも10月分の最後の稽古日だったのです。 「今日だけ東京にいます」って感じ。

11月2日(金)松山
ジャジャーン! 松山へ出発です。 四国です。 一昨日徳島から帰ってきたとこです。またもや羽田空港です。
ここんとこやたらに羽田空港来ています。 近所のコンビニより羽田のJALショップに寄ってる回数のほうが多いです。邦さんと伝の会事務局の中山さんと伊藤さんと一緒。 なんだか慰安旅行みたいだ。
松山到着。デンキチと合流。これで、伝の会事務局が集合したことになる。チェックインをしてお時間になり、食事の時間です。しかし、人々が想像するような食事時間ではありません。伝の会事務局が一同に集まることは年に一度あるかないかの出来事なので、皆それぞれに帳面やらスケジュール帳を出し、大会議が始まるのです。「会議は食事してから」というのは当てはまりません。飲みながら食べながらです。だってその方がアイデアでるし。でも今夜はこの大会議が終わったら寝れるのです。明日の朝早いので、今夜はグッスリ眠るつもりでいます。・・・・いや、つもりでいました。
食事と飲みが終わりほどよく酔った邦さんが 「さ、ラーメン食べに行くぞ」と言い出します。いま、締めの何かを食べたとこじゃん。皆さんブーブー言いますが、邦さんの妙な説得力におされ、行く店が決まりゾロゾロ夜の街に出ていきます。
邦「いやぁ、久しぶりだなぁ松山ラーメン」
10/17に来たばっかやん。その時来たラーメン屋さんと同じとこやん。 食べたあとはホテル近くのコンビニに寄って帰ります。
さ、ねられるぞ。
・・・・・・と思っていました。
邦「じゃ、アツシの部屋でな」
見るとビールをぶら下げています。えーーーーっ、しょうがないなーーー。結局皆で僕の部屋に集合です。僕の部屋にはマッサージ機が置いてありました。 当たり前のようにそこに座り飲み始める邦寿師匠。買ってきたビールがなくなると冷蔵庫からジャンジャン出します。結局、2時は回っていました。皆が帰ったあと、空き缶やらおつまみを片付け、お風呂に入り就寝。
ま、楽しいんだけど。

11月3日(土)松山リハーサルと鶴瓶さん
朝食べないはずが、なんだか朝食の場所にいました。邦さん食べてます。今日は明日の、伝の会が案内する「古きよき芝居舞踊・長唄・黒御簾音楽の世界」のリハーサルをするのです。今ごろ、羽田に出演者のみなさんが集まっているころです。東京から18人、大阪から3人やってくるのです。
僕らは一足先に会場の松山市民会館に行きます。舞台のチェックのためです。 後は、皆が到着するのを会場で待てばいいのかなぁ。
・・・・そんなに甘くはないのです。明日の公演のために前宣伝として無料ライヴをしにいくのです。いつもお世話になっている杉原楽器店の店先の舞台で、30分ライヴを二度することになっています。天気がよくてよかったよーー。たくさんのお客様に聴いてもらい、また市民会館に戻ってきました。舞踊・長唄・囃子の皆様が到着しております。
ささ、下ざらい開始開始。ライヴ2回やってきて、これから「二人椀久」と「勧進帳」弾くんかいっ! どこまで元気や!楽しく終わりプログラム1の「黒御簾音楽」の稽古もし、プログラム3の「愛媛大学落語研究会有志による 寄席囃子演奏」のリハーサルも無事終了、はーーー、よかったよかった。
ホテル帰って食事です。その時僕の携帯電話が。
「鶴瓶のらくだ」公演のプロデューサーからです。本日、「鶴瓶のらくだ」は同じ松山内の内子座で公演をしたのです。終演後、一緒に飲もうという話になっていたのです。
K「鉄九郎さーん、お疲れさまでーす。こっちも無事に終わりました。師匠(鶴瓶さん)は、もうZホテルに来てるんです。でも一本取材があるからということで9時すぎから食事しようってことになってまーす。鉄九郎さんに電話しますからね、来てくださいね」Zホテルは、僕がいるTホテルの斜め前のホテル。また、えらい近いとこにいまんなぁ。
ちょっと待てよ。今僕は疲れているぞ。ちょいと仮眠をしよう。部屋にもどり、一時間ばかり仮眠をとっていると、
K「鉄九郎さーーん。いま店に入りましたーーー。Uが迎えにいきますからーロビーにでてくださーーーい」よろよろとベッドから這い出て、支度して降りていきます。
鶴「おお、こっちやこっちやーー、イヤー、明日本番なのによう来てくれたなぁ」
テ「はす向かいのホテルなんですよぉ」
鶴「ほんまか!不思議やなぁ、旅先やでぇ。聞いてや、今日の『らくだ』が良かったんやぁ」
テ「いま、ここに来る道々聞きましたよぉ、イヤー、聞きたかったですぅ。な、タッキー(ウチの舞台監督であり「らくだツアー」にも参加している滝沢くんのこと)な、リハーサル途中にして行けばよかったなぁ(笑)」
滝「鉄さん、また、そんなこと言って(笑)」
鶴「アカン、リハーサルはきっちりしとかな、あの人が怒るよぉ」
「あの人」とは? 「鶴瓶のらくだ」の演出を担当されている、小松純也(フジテレビ)その人なのですっ!!
小「そうやでー、リハーサルはキッチリやらなアカンっ!」
テ「小松さんも上機嫌だなぁ(笑)」
テ「あ、来た来た、邦さーーん」
邦「遅くなりました」
テ「鶴瓶さん、この人が僕の相方の邦さんです。CDのこっち側の人」
鶴「ああ、初めまして。あのね、今回、こっちにお世話になってましてね」
邦「お会いできて光栄です」
テ「握手してくれるかもしれませんよ」
鶴「ああ、はいはい」
握手握手
テ「ほら、師匠、こっち側の人」
鶴「えっ」
テ「CDのこっちの人がこの人です」
鶴「おお、ほんまや」
テ「ちなみにこっち側は僕ですよ」
鶴「わかっとるがな(笑)」
とにかくドンチャン騒ぎです。
邦さんを鶴瓶さんに松山で紹介できたらと思っていたのでした。良かった良かった。打ち上げのあと、街をふらつきます。師匠帽子かぶらないとあきまへんでー。人々がワーッとなるからーーーっ。
鶴「ええねん、ウハハハ。。ほな、テッチャンまたな。明日がんばってや」
テ「ありがとうございます。邦さんも大喜びです」
部屋に帰ると、途中ではぐれてた邦さんとタッキーから電話。
邦「じゃ、アツシの部屋で」
テ「またかいな」
で、事務局も呼んで、結局昨夜と同じパターン。

11月4日(日)伝の会が案内する「古きよき芝居舞踊・長唄・黒御簾音楽の世界」
結局、寝不足の当日。ボーッとして朝食を食べ、楽屋入り。かるーくリハーサルをやり、楽屋でカップヌードルを食べる(目がさめてきたんでしょうな)。花が届いたとの連絡が来る。花って?ロビーに行って見ると鶴瓶さんからの花と「らくだ」のスタッフさんからの花が。わっっっ!! な、なんやっ! 感謝感謝。
開場したというので着替えてくつろいでいると、
「テツサーン、し、師匠がーー」
とタッキーの声。
なぬっっ!
テ「えっっっ??」
鶴「えへへ、ちゃんとチケット買うたで、見せてもらうわ」
坊ちゃん団子をお土産に鶴瓶師匠ご夫妻の登場でした。

はい、目が覚めました。
きっちり覚めました。

さて、本番本番。
オープニングは「鬼撥」を立奏。あいさつして「黒御簾音楽の世界」の紹介と演奏を。それが終わって、舞台転換している間、花道に出て、「よくわかる長唄」をしゃべり、舞台転換できたとこで「勧進帳」の演奏。
ここで中入り・・・いや、休憩。
鶴瓶さんが楽屋にいらして、、
鶴「おもろいしゃべりやなぁ(笑)漫才や(笑)。テッチャン、ヘンでっせー(笑)」
と、言い残し帰っていかれました。
休憩後は 愛媛大学の落研の皆による「出囃子集」。デンキチの生徒たちですな。僕は三年くらいのつきあいですが、みんな上手になったなぁ。合間合間で伝の会が解説をする。終わると、舞台転換の間、花道に出て「よくわかる二人椀久」を。そして花柳翫一さんと七々扇左惠さんの日舞「二人椀久」をワタクシが弾かせていただいたのですが、まぁ、弾いてて気持ちの良いことったら。いかようにも踊れるのですなぁ。ウマイ方というのはスゴイですなぁ。
無事終演。ホッとしたわ。うーーーん、ビールが飲みたーーい。別れを告げ飛行場へ。とにかくレストランに入り乾杯。機内では、いつものように熟睡。気がついたら羽田。ふいーーっ、終わったぞ。
また、こういう企画できたらいいなぁ。

11月5日(月) 京都・大阪
昨夜松山から帰ってきたのに、今朝は新幹線に乗って京都に行きました。いやいや、さすがに東京〜京都の間、一度も目を覚まさなかったのであります。これはスゴイ。名古屋でとまったはずなのに・・・。いやいや、品川だって新横浜だってとまったはずなのに・・・。飛行機よりも席がゆったりしているのでよく寝られるのでしょうねぇ。
京都は何のために来たかともうしますと、お稽古です。月に一度だった京都のお稽古が二、三回になりました。 お弟子さんのやる気でしょうか、うれしいことです。鶴瓶さんに昨日のお礼のお電話をしました。留守電に入れておいたのですが、折り返してくださって、
鶴「すまんすまん、飛行機に乗ってたんで出られなかったんですわ。おもろかったでぇ。あん人(邦さん)良いですよぉ、丁寧で。よろしく言っておいてくださいね」
うれしいですね。
邦さんヨカッタね。
夕方終わったので大阪に向かいます。 デンキチと打ち合わせです。なんでやねんっ!昨日まで一緒だったやないか!ま、デンキチ夫婦に「お疲れさん」も言わないといけませんからね。ほんとにがんばってくれました。さて、今夜はぐーーーーっすり眠るぞーーー。

11月6日(火) 大阪
よく寝ましたわ。スカッとしました。今日はどこに行くかというと、マリバトンスクールへ行くのです。今月、会があって、伝の会とバトントワリングが競演するのです。それの稽古に行くのです。「四天王寺前夕陽が丘」駅だっかいな。どっかから谷町線に乗って。前回はデンキチがついてきてくれたんですが、今日は一人で行きます。私鉄と違って地下鉄って全国似ている感じはありますね。一人でボーっと乗ってると「ハテ、今、何処の土地の地下鉄に乗ってるんやろ???」となりますな。駅に着いたら、思い出すやろとテクテク歩きだしました。
後ろから「松永せんせーーー」と声がします。ワタクシ、通りすぎていたのですね。ちょくちょくあります。基本的には方向音痴ですから。この三年で、少し克服したに過ぎませんから、エヘン。
朝日放送で取り上げてくださるそうで、今日の練習はレポーターの人やらカメラやらがわんさと来ています。僕のインタビューまで撮ってくださいました。この模様は8日の朝に流れたそうです。
とにかく、稲垣正司さんと高見亜梨彩さんのバトンがスゴイ!バトンがビュンビュン飛んで行っては戻ってくるし。・・・・スゴイ幼稚な感想やな、しかし。
最初はね、バトンと伝の会の二挺の三味線がどう合うのだろ?と誰もが思っていたのですがね。まさに「異色のコラボレーション」って感じで。それがね、「えっ?二挺三味線以外になんかバトンの音楽ありましたっけ?」ってな具合にバッチリなんですよ。もう、僕らの曲にピッタシ。というのも、彼らが超一流だからなのですね。聞き込んで聞き込んで作り上げてきたからなのですね。いやいやお見事です。
帰りの新幹線に乗りシートを思いっきり倒しました。明日は何だっけな。明日になってから考えよ。って、毎日そんなこと思ってる。とにかく、今日が心置きなく終わったのだ。こんな毎日だったらいいなぁ。などと思いながら眠りにつくのであったとさ。

11月7日(水) 桂都丸独演会
夕方までお弟子さんのお稽古をして、いざ内幸町へ。都丸さんの会にゲストで伝の会が出演させてもらうのです。昨年の7/30に師匠に初めてお目にかかり、それ以来親しくさせていただいていました。東京の会にゲストで呼んでくださって感謝感謝です。

11月8日(木)フォークな日
ジャンジャカジャンジャカーーー♪ 20数年前からの付き合いがある、劇団鳥獣戯画の公演「春でもないのに」に、イカノンデが出演したのだ。
イカノンデとは・・・ (ヒント デンノカイ クニトシ テツクロウ)
ニックとロックという男性二人組のフォークグループなのです。ニックはボーカルと、時にはタンバリンを担当する。ロックはボーカルと生ギター。(アコギというんだろ)いいのだ。僕らの世代は生ギターなのだ!
午後1時に下北沢スズナリ劇場に入る。生ギター抱えて電車に乗るなんて、かるーく27年振り。ちょっと恥ずかしいぜ。オッサンの若作りみたいで・・・。生ギター抱えて下北沢歩くのもかるーく30年振り。高校の頃、ライヴハウスかなんかに生ギター抱えて行ったことがあったなぁ。まさか、30年たってこの街をこんな姿であるくとは・・。
「春でもないのに」というお芝居のあらすじは
吉沢孝は、そこそこにいいといわれている会社に就職し、結婚もして、子供も生まれ高校生になり、今では課長という役職にも就き、安定した生活を送っていた。そんな時、会社にかかってきた一本の電話。それは高校時代の友人、山田一平からの電話だった・・・
というもの。だいたい僕と同じ世代の話。かかる曲も当時のフォークソングばっかり。ほとんどのレコード持ってる。(CDじゃないのか)レコードです! 出演時間は3分。ちょいとおしゃべりして一曲やるのです。曲は、もちろん「イカノンデのテーマ」(誰もしらないだろーが)
場当たり(舞台上での位置や段取り確認)をやってリハーサルをやる予定になってますが、場当たりをやったあと、僕と邦さん、いや、ロックとニックは近くのカラオケボックスに行って、練習しました。(カラオケかい)違うがな!生ギター持って行って、練習したんだよっ!そしてリハーサル。
よっしゃ大丈夫。
いよいよ本番。
出番は最後のクライマックスシーンのちょいと手前(ややこしいわ)弦を切ってしまうという力の入りように、やりとげた感のあるイカノンデでした。

11月9日(金)
朝早い。久しぶりに生ギターを弾いたので、勘所(三味線ではポジションのことをカンドコロといいます)、いや、ポジション押さえた左指が痛い。ワンワン言ってる。。。えっちらおっちらと東府中にやってきました。
若松小学校。5年生と6年生に、イカノンデ、いや、伝の会を楽しんでもらうのです。前回来た時が今年の二月二日。忘れもしない、この日にインフルエンザになったときです。
T先生「前回の時、あのあとインフルエンザになって大変だったんですよね」
テ「そうそう、よく乗り切ったなぁと」
T「邦寿先生が感染したのですってね」
邦「みごとに」
5年生と6年生。
2ステージを無事に終えましてね、給食食べてね、ワタシは池袋の楽器屋さんに向かいました。かるーく27年振りに行ったI楽器店。その頃の面影は外観だけです。そりゃそうだな。一度家に帰って、稽古場にゴロンとなったら寝てました。そりゃそうだぜ、眠くてしょうがないんだから。
そして、夜は再び下北沢へ。イカノンデです。今夜は昨日よりもうまくやるぞーーっ。うろ覚えの歌詞を手に書いて、いざっ!

11月10日(土)
雨がポツポツ振る中、日本橋劇場へ。日舞「関の扉 上下」のお手伝い。ダッシュで帰ってお弟子さんのお稽古開始。今夜はとにかく早く寝ようと、23時に就寝。

11月11日(日)東海村
曇り空の朝、東海村に出発。 昨夜11時から七時間寝たら、頭スッキリ体調バッチリ。車も調子がいいぞーー。
コミュニティーセンターで伝の会。今日の2ステージで、東海村内のコミュニティーセンター六ヶ所でライヴをしたことになる。いやいやお疲れ様ーーーっ。

11月12日(月)
さて、今日はお稽古日でした。「てんの会(編集部注:邦寿・鉄九郎のお弟子さんたちの合同おさらい会の名称。でんの会になるまでにはまだちょっと足りないという意味で、てんの会と命名されました)」のプログラムがほぼ出来上がりましたね。昨夜から今日にかけて、デザイナーの鉄六(編集部注:鉄九郎の弟子で、デザイナーさんでもあります)とたくさんやりとりしましたからね。今回も楽しいプログラムができあがりそうです。しかし、いつも思うが、なーんにもないとこから作るのってのはスゴイなぁと。頭ん中どうなってんのかなぁと。

11月13日(火)浜松の出稽古
ジャーン快晴だぜ。浜松に降り立ったぜ。ま、東京も快晴でしたけどね。浜松の空というのも良いものでゲス。まずはお昼ご飯を食べ、ゴルフ練習場へ連れていってもらいます。お弟子さんであるUさん(通称=社長)にレッスンを受けるのです。練習場のロビーに行くと社長がいません。「?」していると、受付のオジサンが
受「Uさんかい?」
テ「はい」
受「あ、左行ったところだよ」
テ「あ、ありがとうございます」
受「今、ド素人が来るから伝えてくれって言われてたんだ」
テ「はははははは」
ド素人って。ま、そうだけど。しかし、師匠だ師匠だと言ったって、カゲじゃなんて言われてるかわかんないぞーー
一時間半のゴルフ練習のあと、三味線の稽古場として利用させて頂いている料亭美笠へ。ちょういと昼寝が出来るかなぁ、と思ってたんですが、お弟子さんがすぐにいらしたのでお稽古はじめーーー。七時すぎまでお稽古してお食事。ワイワイやって、アルコールでフラフラになったところでお時間となります。浜松駅に連れてきてもらい、最終の新幹線に放り込まれます^^ 。気がつくと東京駅に着いています。浜松の一日は大抵こんな感じ。

11月14日(水)
今日も快晴。雲ひとつない空。気持ちが良いですねぇ。しかも暖かい。Tシャツだけで過ごせました。
お稽古日です。なんですか、有楽町線が何かの原因でとまってしまったらしく、お弟子さんたち来るのに難儀したそうです。ご苦労様でした。

11月15日(木)稽古と「歓喜の歌」試写会
今日もお稽古日。今日も快晴。気持ちが良い朝です。この日は、丸一日お稽古という訳ではないのです。17時に終了しました。
一路、シブコーに。シブコーだぜシブコー。渋谷公会堂よーーーっ。最初に行ったのは、13歳か14歳の時にたくろうを観に行ったのよーー。
たくろう=よしだたくろう
です。
よしだたくろう以外にたくろう無し。といいきる、世代なのか大ファンなのか。そして紅白歌のベストテンはちょくちょく見にいきましたぁ。月曜の八時からね。
♪赤っ、真っ赤な太陽にーーー
白っ、ぽっかり白い雲ーーーー♪
とにかく、僕の青春は渋谷公会堂で数々のライヴ(いや、コンサート)を観に行ったことに尽きるといってもいい、いや、いいーーー。そのシブコーが、渋谷C.C.Lemonホールと名前が変わってからは初めて行くのです。ああ、公演通りが懐かしい。ま、パルコまでは「志の輔らくご」のお仕事でもちょこちょこ来てるけど。二千人の人たちが渋谷C.C.Lemonホールに吸い込まれて行きます。
今夜は「歓喜の歌」の試写会なのらーーーっ。「歓喜の歌」とは志の輔さんの落語が原作のシネカノンの映画です。2月に全国ロードショーっす。楽しかったです。不思議な気持ちでもありましたけど。笑って泣いての1時間50余分でした。あ、舞台挨拶もありましたよ。新聞テレビでジャンジャンやるでしょーー。志の輔さんもいましたよーー。明日は沖縄いくのに(関係ないやな)。原作者だし。九月にエキストラに行ったことを思い出しますねぇ。楽しい経験でした。いやいや、公開が楽しみだーーーっ。
その前に、一月の志の輔パルコは一ヶ月「歓喜の歌」をやるんですよね。それも楽しみですね。

11月16日(金)玉村町立南小学校
11時30分までに玉村町文化センターに行けば良いので、わりにゆっくりの出発となった。家から100キロ。関越を通っていく。群馬県ですね。文化センターの控室で紋付袴姿に着替えると玉村町立南小学校に連れてきてもらいました。ここの六年生に伝の会をということなのです。3クラスあるのだそうで、1クラスずつ3ステージ。45分を休憩5分で3つやるのです。
小学校で伝の会をやるときにいつも伝えたいことは、長唄って、お三味線って楽しいじゃんって思ってもらいたいってことです。当たり前だけど。彼ら彼女らが大人になって社会に出たとき、なんかの機会にお三味線の音を耳にしたとき、「小学校の時、聞いたような気がする。楽しそうなおじさんたちだった。あんな人たちがやってるんだから、堅苦しい音楽じゃないんだから耳を傾けて見ようかなぁ」と思う一瞬のためのような気がする。小学校での伝の会は、伝の会にとってのライフワークなのです。今日もみんな良い子どもたちでした。

11月17日(土)
今朝は寒いな。最近、急に寒くなった。昨日の群馬も寒かった。寒いと身体が動きにくくなる。寒いと猫が寄ってくる。猫たちよ、今、掃除機かけたばかりなんだから、稽古場に入ってくんなよ。ま、入ってきても毛がつくから座布団には座るなよ。ん・・・座ってもいいけど、寝るなよ。・・・・・寝るなっ! これからお弟子さんが来るのに。ああ、寒い。
夕方の新幹線で静岡に行きます。明日、伝の会が進行役を務める音楽祭があって。静岡はちょっと暖かいかなぁ。静岡も寒い!ガタガタ

11月18日(日)静岡「史上初!大御所御前演奏会 駿府のまち音楽祭」 浜松「三浦和人ライヴ」
「史上初!大御所御前演奏会 駿府のまち音楽祭」です。僕らの出番は第三部。お笛の藤舎理生さんと小鼓&締太鼓の藤舎朱音さんと一緒です。弾いて喋って45分という楽しい時間でした。無事終了して打ち上げ会場まで行ったのですが、伝の会はチト浜松に行かねばならないので、打ち上げ出席せずに静岡を後にいたしました。ダーーーーー。
実は、浜松で三浦和人さんのライヴをやっているのです。7月30日に「細坪くんと三浦くん」に呼んでいただいてから仲良くさせていただいているのです。ま、あれ以来会ってないけど・・・。それで、打ち上げに参加するつもりでライヴを観に行くことに決めていたら、昨夜電話がかかってきて「アンコールで『百年の恋』をやるから一緒に弾こうよ」って言われたのです。とんでもなーーい、そんな弾けるわけないじゃないですかと思いながら、「はい」と答えてしまっていたのでした。
三浦さんのライヴは18時から開演しているのです。僕らの到着時間は20時くらいになりそう。間に合わないじゃん。いそげーーーーっ!!
ライヴ会場に着いたのが、アンコールに行く前の曲。間に合ったぜーーっ。そしてアンコールで紹介され舞台へ。もちろん、僕ら洋服でっせーー。ここで会うのが七月以来ですからね。「わーーーはははははは」ってな感じ。三浦さんとギターの関さん。おなつかしやーーーっ。
ひとしきりおしゃべりして、いよいよ「百年の恋」に。関さんと一緒にリード弾かせてもらっちゃいました、感激。そして打ち上げ、いやいや、久々の再会にヤンヤヤンヤ。

11月19日(月) 京都
昨夜は飲んだあとにちゃんと仕事をしました。今、二月の本公演のチラシを制作しているとこなのです。追い込みです。時間がありません。就寝は3時すぎでした。
一夜明けて、京都にきました。午前11時。京都駅ついたら寒いったらありゃしない。なーにー、この寒さーーー。あわててタクシーに乗ります。
テ「急に寒くなりましたか?」
運「はい、この二、三日でグッと」
テ「今年はちゃんと紅葉しますね、月末に」
運「はい、今年は大丈夫ですよ。今、三割四割くらいですけどね」
夜遅くに帰京&帰宅。

11月20日(火)日差し
帰京した翌日は荷物がドッと届く。一緒に旅してた荷物です。僕だけ一足先に帰ってきてて、遅れて彼らが帰ってくるみたいな。バッグが「ただいま」と言っているような気がするものです。
ま、現実はそんな悠長なことも考えていられず、お弟子さんの稽古してるときに、宅急便が届き、稽古を中断してハンコを押し、稽古場に荷物を運び、お稽古が再開となるわけで。

11月21日(水)志の輔らくご 新宿明治安田生命ホール 今年の最後
一夜明けて、今日は快晴、ドン。日差しがとても気持ちがいい。しばらく当たっていると暑くなる。あたりまえか。
これからお弟子さんのお稽古して、夜は志の輔らくご。
「志の輔らくご 21世紀は21日の会」、略して「安田の会」。今年は今夜で最後ですな。ヒロさんの音頭で手締めだぞ。ギリギリまで稽古をし、鉄駒・鉄六を引きつれダッシュで新宿へーー。今年最後の安田の会だーーーっ。すっかりタバコをやめた(松元)ヒロさんと、全然やめられない(橘)蓮二さん(落語の著書もある写真家)と僕で楽屋にいると、なぜだかホッとする。
そのうち、ガッテンの収録を終えて到着した志の輔さんも加わる。

いつもの顔。
一ヶ月ぶり。
でもこの一ヶ月も長かった。
みんなが違うジャンルで、みんながみんな一生懸命仕事していて。
でも一ヶ月に一度この空間に一緒にいる。
こんなスゴイ人たちと一緒に空気が吸えることがうれしい。

いつものとおりに始まった安田の会。「歓喜の歌」の話や沖縄の話やゴルフの話や・・・。もちろん落語もたっぷりと。最後は高座にヒロさんと一緒に呼んでもらい挨拶。志の輔さんの高座に二つ座布団が置かれてヒロさんと一緒に座らせてもらう。何度か上がらせていただいたことあるけど、それはそれは尊い感じです。だって、志の輔さんが、今まで笑わせたり泣かせたりしていた、まさにその場所に、志の輔さんの汗を感じながら座らせてもらうんですもの。下手から志の輔さん・僕・ヒロさんと並ぶわけです。
志「なんか一言」
って言われたって言葉なんか出てきやしない。
ただただ志の輔さんがまぶしくて。
お楽しみは年に一度のヒロさんの手締めです。安田の会ではいっさい喋らない芸をやっているヒロさんの生の声が唯一聞ける一瞬です。そんなこんなで、今年の安田の会も終了いたしました。来年も志の輔さんとヒロさんに混じって鉄九郎社中もこっそりといさせていただきます。
ずーーっと続くといいなぁ。。

11月22日(木)所澤神明社
「と、とっころざわ、べぃべーーーー!!」 と、昔、(忌野)清志郎が叫んでいた。本日は所沢にいきました。神社で伝の会なのです。
車で出発して午後三時に到着したのですが、着いた途端に「寒っ」なんでこんなに寒いのらーー。こりゃ大変だぞーーー。神殿でやるのに、暖房も床暖房もないぞーー。スタッフの方がお客様用にと、たくさんのホッカイロを用意していました。僕らもわけてもらって、とにかく足の裏に貼る。足さえ暖かきゃそこそこ幸せ。でも、そんなんじゃ効かないくらい冷え込んでいる。神事の後、ライヴ開始。
ノリの良いお客様でよかったです。お互い寒い同志という連帯感が生まれていたのかも知れません。こういうときのライヴは「良い」ものです。気持ちの良いライヴでした。だって音はバツグンにいいしね。
家帰って、湯舟に入ったら、足元がジーーーンとしてました。しばらくの間。結構長い間。「えっ」というくらい長い間。
こんな寒い中に来てくださって、めいっぱいの拍手をしてくださったお客様に感謝感謝の日でした。

11月23日(金)屋形船と南座
いやー、良い天気の中、伝の会屋形船が行われました。知らなかった皆様、次回来てください。昼から飲んで三味線弾いて、ベロベロで面白かったです。終わって新幹線に飛び乗って京都は南座へ。私がかかわる「鶴瓶のらくだ」の南座公演が始まったのだ。なんとか終演までに到着。
鶴「あ、来たな」
テ「はい、間に合いました」
無事終了して打ち上げ。
わーい。この人今年の紅白の司会者やー

11月24日(土)南座〜大阪
南座に出勤しました。屋上からの鴨川。良い朝です。
南座の「鶴瓶のらくだ」の幕が無事にあいた。あとは鉄九郎社中の皆様に任せておけば大丈夫なので、僕は京都駅に向かった。
邦さんと合流して、新大阪のメルパルクホールに来ましたでー。バトンとの競演やー。

11月25日(日)大阪
昨夜は公演終了後、食事に行き、ホテルにチェックインしたら疲れがドッとでた。0時に就寝。たっぷり寝た、朝。窓からは観覧車が見える。今日も、マリバトンスクールの公演です。

11月26日(月)伝の会80分
「伝の会80分」をワッハ上方でやって、松竹座に来た。「鶴瓶のらくだ」にやっと出演するのだ。邦さんも連れてきましたで。舞台に出てもらうのら。

11月27日(火)松竹座
本日、「鶴瓶のらくだ」松竹座昼夜公演。鶴瓶さん絶好調!

11月28日(水)東京・保谷第一小学校 〜 大阪・松竹座
薄曇り。東京、寒いぞ。昨夜遅くに帰京して、今朝は東京都西東京市にやってきた。五年生に伝の会を。
大阪へとんぼ返りで千秋楽の松竹座に戻ってきたぞー。盛り上がってるー。はやく、みんなのテンションに追い付かないとー。

11月30日(金)
11月30日の最終の飛行機で羽田空港に到着。

22日の所沢のライヴから始まって
屋形船に乗ったと思ったら
南座にいて、
新大阪のメルパルクに行き、
ワッハ上方で伝の会をやり、
松竹座の「鶴瓶のらくだ」に出演して
東京の保谷の小学校で伝の会をやり、
松竹座に戻り、千秋楽をむかえ、
京都と大阪でちょっとした仕事をしての帰りでした。

今までの人生の中で、こんなにめまぐるしい一週間はなかったです。幸せなことです。
羽田に着いたからと言って、その幸せな時間は終わりということではなかったのです。品川のホテルの26階で打ち合わせが入っていました。「志の輔パルコ」です。来年もお手伝いができるとなってうれしい限りです。そんな発注を受け帰宅。

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