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鉄九郎の青?裸々な日常 第146号

2007年12月1日〜31日

モンゴル公演だーー/志の輔さんとカウントダウン


12月1日(土)玉村町
気がつくと12月1日。 玉村町での伝の会の日です。車で出発。11月16日に通った関越が見事に色づいています。寒いのなんのって。そんな凍える中を満員のお客様が来てくださいました。弾いてしゃべって、しゃべって弾いて。あいかわらずの伝の会でした。

12月2日(日)
今日明日は久しぶりの稽古日。いよいよ「てんの会(邦さんのお弟子さんとうちのお弟子さんたちの合同おさらい会)」に向けての最終コーナーを回ったお弟子さんたちがやってきます。ウカウカと寝てはいられません。まず稽古場を掃除しなきゃ。プログラムも出来ました。

12月4日(火)
わっっっ!
明日じゃんっ!
マンダラじゃん!
本日、川島家に伝の会が行って、リハーサルをしてまいりました。
バッチリ!
大丈夫!
ヨッ、川島佑介っ!
小鼓!
締太鼓!
良いですよぉ。
明日、午後7時から、
一部は伝の会のしゃべり・・・いやいや、しゃべりもしますが二挺三味線の技・技・技っ!・・・つまり弾くってことですな^^;
そして休憩。休憩の間には、軽音楽をチラッと聴いていただこうかなぁと思っています。
そして二部。伝の会&川島佑介でドーーンとお送りしますよーーー。
とにかく、 夜の7時くらいに南青山に通りかかってください。 通りかかったら、入ってください。 ひとつよろしくお願いをいたします。

12月5日(水) 伝の会 マンダラライヴ 
まぁ、良い天気でした。 朝の気持ちが良いことったらありゃしません。 思わず二度寝をしてしまいました。 ということで、ちょいと遅刻して南青山マンダラへ。
おお、銀杏がきれいだ
えっ?
ここ、いつぶり?
一年くらいかなぁ?
今年初めてかなぁ?
しかしまぁ、こことも長いお付き合いですわ。 10年はやってますかね。 もう何回目なのでしょうか? 昔は年に三度か四度やってましたね。 自分家みたいなとこです。 ここの優秀なスタッフとも気心が知れてますからね。 「休憩の時もやりまーす」と言ったら 「あ、イカノンデですね」 と返してきますからね。 今回はCD『第三幕』の発売記念ライヴで3DAYS。 CDでお世話になったパーカッションのお三方にお付き合い願います。 本日は川島佑介さん。 長唄囃子ですね。 CDの曲では「鬼ごっこ」に参加して下さっています。 お客様の前で、この三人で「鬼ごっこ」を演奏するのは初めてでした。 気持ちが良かったです。

12月6日(木) 西戸山小学校と日芸
良い天気で気分の良いお昼に高田馬場駅で下車しました。 なかなか、高田馬場で降りることはないぞ。 めずらしいぞ。
西戸山公園の方にプラプラと歩いて行くと西戸山小学校があります。 もう着くぞっというとこで、邦さんの車とバッタリ出会い、乗せてもらい登校。 ここの子どもたちに伝の会です。 まず校長室で給食でーす。 おいしそうだけど、僕にはちょっと量が多かった。 いただきまーーす。 邦さんは、残さず食べる良い大人です。 良い子どもたちでした。 楽しかった。
午後3時にここを出発。
邦「アツシ、どうする?」
テ「どうするって?日芸に行くにはまだ早いかね」
邦「床屋に行きたいんだよな」
テ「あ、いいねぇ、俺も連れてってよ、やってもらいたいよ」
邦「お前、決まったとこあるだろ」
テ「うん、でも全然そこに行ってる時間がないんだ」
邦「そうだよな、松山とか山形で切ってるもんな」 ということで、邦さんの行きつけの床屋さんでカットしてもらいました。 いやいや、伝の会が並んでカットされてるとこなんざおかしいですぜ。
スカッとして江古田へ。
新宿〜野方〜江古田、うーーん、動きに無駄がない、実に気持ちが良い。
16日に前進座でやる日本大学芸術学部歌舞伎舞踊研究会の発表会のリハーサル。 演目は「すし屋」。 義経千本桜ですな。
稽古が終わって午後9時すぎ。 ショーゴさんと鉄駒とブラブラ帰り道。 ショーゴさんの誕生日だから、お祝いしたいよな、 ということになり、中華屋さんでかんぱーーーい。 よっ、半世紀! よく生きた! 一人っ子! ショーゴさんって杵屋六昶ご(ニンベンに吾)さんのこと。 明日の「てんの会」にも出演してくださいます。 12時から20時すぎまで、お江戸日本橋亭でやってます。 入場無料のおさらい会です。 どなたでもいらっしゃってください。 邦さんも僕もずーーーっと弾いてますので。

12月7日(金)
明日が「てんの会」ということで、とりあえず今日はお稽古日にしておきました。 ま、前日だから、お弟子さんも来ないだろうと・・・。 そして、お稽古日にしておけば、自分の用もちょくちょくできるだろうと・・・。 チームてつくろをなめていました。 どうやら、明日の出演者が全員来た模様です。 みんな燃えてるなぁぁ。 いや、うれしいけど。 おかげでクタクタです。 自分の用事は、電話一本かける時間さえありませんでした。 いやいや、アラシが去った感じがいたします。 みんな、明日、事故も無く、弾けたら良い。 楽しんで弾けたらよい。
思えば、自分が師匠業などという大それた職業をするとは思ってもみなかった。 自分に習ってくれるお弟子さんが来るなんて考えてもみなかった。 でも、僕を通して長唄に触れてくださるお弟子さんたちが いつの間にか何人も出来ました。 これからも、僕のところへ来てくださる方たちもいることでしょう。 名取の鉄駒・鉄六・鉄平・鉄二・鉄華・鉄七のところへ弟子入りする人たちも出てくることでしょう。 楽しみだなぁ。 自分がそんなんになるなんて思わなかったなぁ。 世の中って不思議だなぁ。
不思議といえば。 20数年前、よく、大阪での仕事の時、邦さんと飲んで、帰りに立ち寄った道頓堀の金龍。 そこに、ウチの弟子を連れて行くなんて思ってもみなかった。
人生って不思議だなぁ。 「てんの会」は今年で9回目。 明日、初舞台を踏むお弟子さんも何人かいる。 このお弟子さんたちが、長唄を伝えていってくれる人になるかも知れない。
不思議だなぁ。
さてと、お風呂入ろうかなぁ。 問題がひとつある。 娘の稽古をしていないことだ。 明日、唄うのに。 ・・・ま、いいか。

12月8日(土)てんの会
手の調子が今ひとつである。 ここんとこ三味線弾きすぎたのであろう。 ああ、こんな年齢になったのだと痛感する。 ちょいと出発が遅れたので、途中で朝食をとるつもりだったのを止めて、まっすぐ日本橋亭へ。 良いお天気になって良かった。 準備をして、12時、いざ開演。 年に一度の、邦寿・鉄九郎の合同お浚い会。 略して「合さら」(ま、略さないけど)。 邦寿組とチームてつくろが交代交代で演奏していくプログラムになっているのです。 9年間こんな風にやっています。 お互いのお弟子さんの演奏を楽屋で聴いてるわけで。 「あの人うまくなったなぁ」とか思うわけですね。 良いことです。 みんなで上手になっていきますね。 今回、ウチのお弟子さん15人が参加、それぞれに課題を乗り越えたと思いました。 師匠としてうれしいことです。 終演は21時ちょいと前。 乾杯もせず撤収。 近くのお店で打ち上げ。 でも、僕は運転だから飲めない。 ヴーーーーーー。 でも、みんなの笑顔が見られたら良いのです・・・・と言い聞かせる。 ここで飲んでる全員が思っていることはただひとつ。 「終わってホッとした」

12月9日(日)浜松でハーフムーン
昼頃、浜松に着いた。 おさらい会の疲れっていうのは、他のそれとは違って、かなりずっしりくる。 ホッともするけどね。 で、いいバランスなんでしょうな。
新幹線に乗り、日差しが当たる方の席に座り、ポカポカしてるうちにだんだん回復してきた。 日光とは偉大なものである。
空は青い。
雲が浮かぶ。
木々はさまざまな色合いを見せている。
新幹線を降りると空気もおいしい気がする。
浜松のお稽古。
「綱館」を教えるので移動中の車で師匠鉄十郎の録音を聴く。 「鉄十郎師匠の『綱館』、良かったですね」
うん。
え?
良かった?
過去形・・・
・・・いないのか
親父さん
もう
いないんだ
不思議だ
俺は生きてる
お稽古が終わったら、急いで細坪さんのライヴに。 浜松のイベンターのエンボス主催の「唄鍋ライヴ」。 鍋食べてライヴ聴くっちゅう、細坪さん考案の面白い企画。 覗きにいくはずが出演することになっていた。 7月末にやった木馬亭の「恋のハーフムーン」という、オリジナル長唄もやるという。 え? 三浦さんのパートは? ・・・じゃ僕が歌います。 と、責任上言ってしまっている。 とにかく開演前に一度お稽古。 細坪さん、うまくなってる。さては練習してたなぁ。 鍋ライヴ開幕。 120人のお客様。 まずはドリンクを。 いつのまにか、エンボス側になってお手伝いさせてもらってる。 これが実に楽しい。 若い頃、飲み屋でバイトしたことを思い出す。 師匠、僕は生きています。いろんなことしてまっせ。

12月10日(月)
6時45分 エンボス集合。 さっきここから帰ったばかりなのにーーー。 一路、ゴルフ場に向かいます。 10月以来、 二度目のコースです。 場所も同じ。 一度目は志の輔さんと、二度目は細坪さんと。 めちゃめちゃうれしい。 まぁ、よく走った走った。 終わってシャワー浴びて、車に乗って熟睡。 そのまま、美笠でお稽古。 今日が浜松最後のお稽古日なので、お稽古&忘年会。 ま、浜松のお稽古はいつも宴会付だから呼び名が違うだけとも言えるが・・・。 美笠での宴会のあと、全員参加の二次会が用意されているところが違う。 大カラオケ大会となる。 オジサマ・オバサマたちは、よく歌う。 結構結構。 楽しいです。 0時すぎ終宴。 エンボスの社長が「ちょっと寄れよ」というので、凝りもせずエンボスへ。 エンボスの社長は、今朝のゴルフのあと、東京に用事があり往復している。クタクタだろうよ。 僕もいい加減クッタクタ。 この二人で飲むというんだからスゴイ。 さすがに2時すぎに解散。 ホテル入り、倒れるように寝る。

12月11日(火) 浜松から東京巣鴨の庚申塚
雨の浜松。 眠いぞ、起きたくないぞ・・・・・・ダメや、起きなければ。 雑用をして、10時すぎの新幹線に乗る。 静岡でひかりに乗り換える。 気がついたとき、僕の車両には他に誰もいなかった。 はて? なんだ? 夢でも見てるのかな? 確かにたくさん人が乗ってたはずなのに・・・。 キョロキョロしているとお掃除のお姉さんが乗ってきた。 うぇっ! 東京駅に着いて、お客さんが全て降りきったときに目が覚めたんだ。 おいおい、そんなに熟睡してたのかよーー。 丸の内線に乗っても、気がついたら池袋だった。 あれ? 大手町の次が池袋か? そんなこんなで帰宅。
稽古場の片付けが終わったところで、邦さん登場。 じきに吉見さんも到着。 13日のマンダラライヴのリハーサルを僕んちでやるのです。 吉見征樹さん。 一緒にライヴが出来るなんて楽しいったらありゃしない。 トントンとリハーサルが終わる。 終わると着物持って地下鉄に乗る。 相変わらず、電車は駅を飛ばす。 小竹向原の次が東池袋だった。
都電に乗り庚申塚へ。 志の輔らくごの日なのだ。 昼公演は15時から始まっている。 鉄六にまかせてあるのだ。 僕が着いてバトンタッチ。 志の輔らくごは力をくれる。 ソファでくつろぐ志の輔さん。 テーブルはさんで僕と鉄六が座ってる。 鉄六が自宅から志の輔さんの切り抜きを持ってきてくれた。 切り抜きを読み始める僕。 目の前には、この写真と同じ顔した人が座っている。
テ「ふむふむ」
志「六っ、それをこいつに渡すんじゃない」
六「志の輔師匠は、この切り抜きを師匠に見せなくていいって言ってたんですよ(笑)」
テ「なんでぇ、見たいじゃないですかぁ。わーー、この写真の人が目の前にいるーー(笑)」
志「うるさい!ほんっとにへんな師弟だなぁ」
テ「ファンですから」
志「おかしいよ」
テ「はははは」
志「六っ!テツクロだけには見せるな。他の誰に見せてもいいから(笑)」
テ「昨日ゴルフしたんですよ、浜松で。師匠とまわった以来ですよ」
志「浜松ではだろ。東京で行ってるんだろ」
テ「いや、東京では行ってないんです。だからあれ以来なんです」
志「ホント?どうだった?」
テ「こないだよりは全然ダメでした」
志「はははは。あーー、ゴルフやりたい。早くうまくなれよ」
夜の部も無事に終了。 絶好調、志の輔さん。 今年の庚申塚の会はこれでおしまい。 昼の部も夜の部も手締めで終わりました。 そしていつもの打ち上げ。 ここでも最後は手締め。 今年の志の輔さんの独演会は今日で最後だったそうです。 一年間、独演会、お疲れ様でした。

12月12日(水)
今日は稽古日。 さてと、誰が来るのかなぁ? スケジュール帳に「○時 ▲▲さん」って書いてあるのだ。 スケジュール帳見なくちゃ・・・捜せども捜せども見当たらない。 ん??? なぜ無い? どっかに忘れてきたか? あっっ! 昨夜、庚申塚の後に行ったおでん屋さんでスケジュール帳見ながらワイワイやったことを思い出した。 おでん屋さんに忘れてきたんだーー。 さーて、困ったぞーー。 何時に誰が来るのかわからないぞーー。 おでん屋さんに取りに行くったって、動けやしないし。 仕方がないので、お弟子さんたちに一斉メール。 「おでん屋さんにスケジュール帳を忘れました。本日お稽古に来る方、何時に予約入れてますか?」 お弟子さんたちから次々に返事がくる。 まるでチェーンメールのようだ。 結局空いてる時間はなく、稽古終了後、おでん屋さんの閉店間際に取りに行きましたとさ。

12月13日 (木)伝の会 マンダラライヴ 吉見征樹編
久しぶりに針治療の王先生のところへ。 てんの会以来、右手の奥の方に疲れがドーーンと居座っている。 なんとかしてもらいたいのだ。
「久しぶりねーー」と微笑んだ王先生、僕の症状を聞くと、
「はい、大丈夫よ」とチョチョイと針を右手とは関係のない、左手とか足とかに刺し
王「これでどぉ?」
テ「これでって先生、僕は右手の治療をしてもらいたいんで…あ、右手が軽い」
王「そうでしょ、これで大丈夫よ」
・・・さすが、王先生。 随分と楽になり帰宅。
支度してマンダラへ。 雨もやんだ、よかったよかった。 3DAYSの二日目、今晩はタブラの吉見さん。 僕が作った「三絃エキゾチカ」に参加してくれたお人。 とにかく初対面の時から気が合う。 楽しみなステージ。 マンダラの扉もクリスマスバージョンになっているのですな。 想像どおり、吉見さんとのステージは楽しかったです。 もっといろんな曲をやりたくなりました。 作ってもいいな。 来年、またゲストに迎えたい人です。 伝の会も吉見さんも車で来ていたので飲むことが出来なかったのが残念なこと。
吉「とにかく、どっか連れてってくださいよ、ツアーに。そしたら朝まで飲めるでしょ」
邦「うんうん」
酒飲み同級生の会話をしておりました。

12月14日(金)伝の会 マンダラライヴ Ajo編
午前中、ボーッとしていたらとっくに出発の時間になっていた。 あわてて出発。 マンダラに着いたら、Ajoの太鼓が運び込まれるとこだった。 セッティングを終えリハーサル。 Ajoとやる二曲は決まっているのだが、もう一曲、どんなことをしようかと悩む悩む。 いろいろやってみて「これなら」というものも決まり、リハーサル終了。 「はい、よろしくお願いしまーす」 と楽屋に帰ろうとしたらマンダラのスタッフたちが 「イカノンデはいいんですかーー?」 と言う。 マンダラスタッフたちに、やけに人気のイカノンデ。 休憩時間の余興のためにリハーサルをやってもいいと言ってくれている。 素人なイカノンデなのでキッチリリハーサルやる。 楽屋に帰るとAjoが 「イカノンデいいですねぇ」という。 そうなの、昨日の吉見さんもやけに気に入ってくれてるの。 まぁね、もしAjoの出番が一部だったら、その後にイカノンデで叩いてもらいたいけどね。 Ajoの出番は二部だからね、イカノンデの後に登場だからね、叩いてもらうわけにはいかないしねぇ。 「いや、かまいませんよ」 えっ! なんと乗り気な兄ちゃん。 だってAjoとして、まだお客様の前に出る前だよ 「大丈夫です、平気です」 よっしゃー、アンタ、イイやっちゃ。 ほな、イカノンデの最後の曲の時に太鼓叩いてやーー。 僕の名前がロックで邦さんがニックだから アジョはオジャだな。 と命名も決まり、休憩時間の余興イカノンデのステージは 初の三人編成になったのでしたーー。 ま、休憩の余興のことばかり書いてもいけませんが。 一部の伝の会だけの演奏もなかなか良かったですよ。 二部、Ajoとのセッションはやっぱりすごかった。 心地よい太鼓の音。 思いっきり弾く三味線のオジさんたち。 いやぁぁ、終演後、ガクッと来ましたねぇ。 迫力あるライヴだったと思います。 この3DAYSのどこかにご来場くださった方、 何度も来てくださったアナタ! そして行こうと思ったのになぁと気に掛けてくださった方、 皆様に感謝感謝でございます。 明日は目が覚めるまで寝ます。 そして新宿ブラックサンでライヴしてきます。 ありがとうございました。

12月15日(土)伝の会 新宿編
前回はいつだったか? 7月29日だったんだ。 その日に「次回はいつにします?」というので、12月15日と決めた。 あの時は、まだまだ先のことだと思っていた。 遠い未来だと思っていた。 でも、やってきた。 12月15日。 ま、来ないと困りますが。 でも、未来だった。
7月末からこの間に、「志の輔らくごひとり大劇場」や「鶴瓶のらくだ」をやったりするとは思わなかった。 ああ、人生って・・・。 などと、感慨深くしてる間もなく、いそいで日記を書き上げましょう。 これから出かけなくてはいけませんからね。
えっと、良い天気の中、ブラブラと新宿はブラックサンに来ました。 邦さんはもう入っていて、三味線の準備をしていました。 僕も支度をして、ちょっとだけ今日の演目を稽古します。 昨日までのマンダラとは全く違う演目をと考えていたので、意外に大変です。 たくさん弾きます。 ここの空間は、音がとても気持ちの良いとこなのです。 ですから、なるべくしゃべらないで曲・曲・曲と行きたいのですが、 「音が気持ち良い」ということは、「喋りも気持ちが良い」ということなので、結果、いつもと同じ伝の会になってしまうのです。 20人限定ライヴの開始です。 まぁ、楽しかったことったら。 いやいや、昨日までのマンダラも楽しかったですよ。 また、違った楽しさですね。

12月16日(日)日芸歌舞伎公演
明けて16日。 娘が友達と富士急ハイランドにスケートに行くというので、6時に起きました。
娘「まだ真っ暗じゃない」
テ「あと少ししたら太陽が昇るよ」
イベント好きな娘はいそいそと支度をはじめ、朝ごはんを食べる。
テ「ほら、明るくなってきたぞ」
娘「あ、ほんとだ。夕焼けみたいだね」
テ「ああ、なんかな、沈んでるのか昇ってるのかわからないな」
娘「今日は冷えるってさ」
テ「そうかい」
娘「スパッツはいたよ」
テ「二枚はいとけよ」
娘「そんなにはけないでしょ」
テ「はははは」
娘「おっと、7時だ。○○が迎えにくる」
テ「『おっと』ってお前、使わないぞ、きょーび」
娘「行ってくるね」
テ「ああ、気をつけてな」
娘が出かけた後、仕事をしようと思ったのだが、寝てしまった。 さっき起きて、支度して日記書いてる。 さてと、これから前進座に行きます。 日芸歌舞伎の昼夜公演です。 ではでは。
良いお天気になりました。 年に一度の日本大学芸術学部歌舞伎・舞踊研究会の公演です。 今回は外公演。 前進座劇場で昼夜二回「すし屋」をやります。 歌舞研に携わってもう何年たつんだろーか? 10年以上ですな。
11時に前進座に入る。 メンバーは邦さん、勝彦くん、六昶ゴさんと鉄駒。 邦さんとは四日連チャンで顔を合わせている。 お囃子は、「鶴瓶のらくだ」を手伝ってもらった太意三郎くんが仕切っている。 打ち上げは21時すぎから。 明日朝も早いので、乾杯して僕はお先に失礼いたしました。 学生たち、今年もがんばってました。 皆、立派な舞台でした。

12月17日(月)東京〜京都
朝の新幹線に乗ったら隣の隣の席に邦さんがいた。
邦「よっ」
テ「あらっ」
昨日の日芸歌舞伎の打ち上げ、僕は邦さんたちを残してすぐに失礼しちゃってた。
テ「遅かったですか?」
邦「2時よ」
テ「えっ!!酒くさっっ!」
邦さんは浜松の稽古らしい。 僕は京都の稽古へ。 浜松に着く。
邦「じゃな」
テ「いってらっしゃい」
邦「ここから勝彦くんが乗ってくるよ」
テ「えっ!」
邦「彼も京都のお稽古らしい」
ありゃ。
今年最後の京都のお稽古。 「良いお年を」といいながらホテルへ向かう。 とにかく、昼寝。 今夜は日帰りでないの。 夜、南座ご出演のE氏と飲む約束がしてある。 何年ぶりだろーか? ゆっくりといろいろな話をする。 大好きな先輩と話をするというのはうれしいものだ。 解散してホテルまで歩いてるとき、
邦さんの「勝彦くんも京都だよ」の言葉を思い出し電話。
勝「昨日(日芸歌舞伎)はどうも。兄さん、どこほっつきあるいてんの、いらっしゃいよー」
ありゃ、結構入ってるよお酒が。 プラプラと宮川町へ。 一杯飲んで帰るつもりが、清元のSさんが偶然いらっしゃる。 ゆっくりお話したことがないけれども、酔っているせいかいろいろと話をしてくれる。 先輩と話すのって楽しい。 そろそろ時間が気になり出すが、先輩が帰らないと帰れないしなぁ。 うーーん、明日は6時に起きるんだけどなぁぁぁ。 うーーーーん・・・。

12月18日(火)京都〜東京
結局、3時くらいにホテルに帰り、とにかく寝る。 6時起床。 京都の朝、まだ真っ暗。 チェックアウトしてタクシーで京都駅へ。 ありゃ、はやく着いちゃった。 僕が乗る新幹線にはまだ間があった。 眠いったらありゃしない。 ベンチでウツラウツラしながらもなんとか自分の乗る新幹線に乗り東京へ。
いかん、品川で降りるのだった。 そこから新宿に行って、地下鉄に乗って、獅童事務所へ。 今月初のお稽古。 数ヶ月休んじゃった。
お稽古終わって、家に帰って支度。 なんの? 明日からモンゴルに行くのです。 スーツケースに荷物つめなきゃ。 歯医者に電話。
テ「すみませーーん。奥歯が痛いのです。なんとかしてーーー」
歯医者の先生、時間ちょっとだけとってくれ、応急処置してくださった。
歯「ひとつだけお願い」
テ「はい」
歯「これ以上ほっとかないでね。帰ってきたらすぐに来てね」
テ「はーーい」
これでモンゴルの間、歯痛にはならないぞ、ホッ。
夕方、三味線と着物持って立川へ。 伝の会で営業。 とある忘年会で30分くらいやることになっていた。 また、邦さんと会う。 毎日ずーーっと会ってる。 家族よりも会ってる。 明日からも一緒。 ま、楽しいけど。

12月19日(水)成田
伝の会と新良幸人とサンデーご一行。 久しぶりの再会。
新「太ってるし」
て「サンデーよりになってきたよ」
サ「よーこそ」 伝の会と新良幸人&サンデーのモンゴルだーー その壱
6時のバスを予約してありますと言われ、はい、と言ったものの、 えっ、何時に家出るんやとハタと気づき、エライ時間にタクシーを呼び、 スーツケースと一緒に乗り込む。 池袋でバスに乗り換え成田まで。 考えてみたらなんて楽なんだ。 気がついたときには成田に着いていた。 幸人、サンデーと久しぶりの再会。 邦さんとは何日連続で会ってるんだろ? 外務省の皆様に見送られ、出国。
まずはソウルに行く。 朝ゴハン、もちろん食べてないので、機内食バンザーイ。
2時間半乗って仁川空港に着いた。 この空港久しぶりに来た。 乗り継ぎなので時間がありますでしょ、僕、また、お腹へっちゃったので二人に付き合ってもらって食事をしました。 お二人はビール 僕は「和風うどん」
3時間半乗ってウランバートルに着いた。 いやいや、よく寝たわい。 いよいよモンゴルに入国だーーい。 寒さが襲ってきたぞーーー。 そして、無事入国。 日本大使館のお迎えでーーす。 ようこそモンゴルへ、寒いぞウランバートル。 チャーターバスに乗って、空港からホテルに向かいます。 ジャーン 来たぞ来たぞ、マイナス20度!あははは、冷凍庫冷凍庫!キャッキャする7人のオッサンたち。 ウランバートルの第一印象は、ロシアみたい。 街並みが。 30分でジンギスカンホテルに着いた。小泉前首相も皇太子さまも、ついこないだお泊まりになったホテル。いいねいいね。 チェックインの後、大使ご夫妻とお食事会。 ホテル近くの「さくら」という日本レストラン、あはは、うれしいですよ。

12月20日(木)伝の会と新良幸人&サンデーのモンゴルだーー その弐
今回のお仕事は、国際交流基金のお仕事でしてね、 ま、海外のお仕事のほとんどは、ここのお仕事なんですが。 この一年、ここモンゴルでは日本とモンゴルの友好35周年のイベントがいろいろありました。 その最終プログラムが、僕らのライヴだったのですね。
昨夜は11時過ぎに寝た。 8時前に起きたから、結構たくさん寝たなぁ。 まだ、太陽がのぼっていない、真っ暗。 そんな中を朝食会場へ。 とにかく、朝は食べませんね、コーヒー飲んでみんなと喋るだけ。 部屋に戻ると、やっと太陽が顔を出してきた。 一日の始まりって感じですな。 8時過ぎないと太陽がでないんですって。 今日はワークショップがあるのでスタッフは支度のため会場に行った。 僕らは大使館の方に博物館に連れていってもらうことに。 途中の大広場でバスを降りてみた。 マイナス15度くらいかなぁ。 でも気持ち良かったです。 大きなツリーがありました。 みんなで記念写真を。 ワタクシ、コートを脱いでみました。 周りを歩いてる人たちはビックリしてました。
午後、国立音楽舞踊学校へ。ここでレクチャーデモンストレーション。 つまり、音楽の交流ですね。 僕らへの歓迎演奏会。 ステキでした。 そして僕らのミニライヴと質疑応答。 楽しい時間でした。 夜ごはんはモンゴル料理。ヒツジ・羊・ひつじ…みたいな、あはは。 おいしかった。 ビールですね、チンギスカンビールのマークがお馬さんでね。 なんか気に入ったので写真撮ってみた。 こうして今晩も更けていくのでした。

12月21日(金)伝の会と新良幸人&サンデーのモンゴルだーー その参
どんより曇った空。 雪が、以前降ったのでしょう、全然とけてないの。 さらに今日は雪が降るかもしれないそうな。 午前中に国立デパートに行き、お土産を物色。 次に楽器屋さんに回ってもらう。やっぱミュージシャンだからね、あはは。
午後に本日の公演場所、ドラマ劇場に。 それぞれがそれぞれに打ち合わせを 綿密なリハーサルのあと公演。 公演30分前に、さて着替えるかと着物の風呂敷を開けて驚いた。 紋付と長襦袢が入ってない。 部屋のクローゼットに掛けたまんまだったことを思いだした。 車で走ってくれた深井さん(大使館)。感謝感謝。 なんとか間に合い本番。 伝の会やって幸人やってジョイントという流れ。 楽しく終わると僕らの歓迎演奏会へ。 なかなか楽しかった。 打ち上げは、なんとゲルの中で。 そういう飲み屋さんがあって予約ができたのた。 三日間共にした仲間と別れるのはつらい。 写真撮り合ったり、演奏聴いたり。 また演奏がたまらなく良い。 午前何時になっても宴会は続いたのでしたーーーっ。

12月22日(土)伝の会と新良幸人&サンデーのモンゴルだーー その四
東京とウランバートルは時差が一時間ある。 腕時計はウランバートル時間にしてあるが、目覚ましは変更していない。 7時30分出発なので6時45分に目覚ましをセットした。 起床、まだ酔ってる。 3時間も寝ていないのだろう。 スーツケースに荷物をつめる。 外は真っ暗。 ウランバートルの朝が遅いのには慣れた。 はあ、支度できた。 腕時計を見る。 6時15分。 なに? あっ! 時差を忘れて目覚ましのセットしたんだ。 一時間早く起きちゃった。 そりゃ、酒が残ってるはずだわ。 そりゃ、真っ暗なはずだわ。 なんか、「芝浜」な気持ちだ。 うーん、 も一度寝るか。 うーん。 そうもいかないかぁ。 なんか損した気分だなぁ。 お腹も減ってないしなぁ。 なんとか7時になったので、朝食会場へコーヒーを飲みに行く。 7時30分、チェックアウト。 車に乗り込み、真っ暗な道を飛行場へと向かう。 チェックインしてあとは飛行機に乗るだけ。
いよいよ大使館の人たちとお別れです。 小山さんと深井さん、なんだか淋しい。 いっつもそう。 いろんな人たちと仕事をさせてもらうが必ず別れがある。 楽しい時間を共有した人たちの別れはあまりにも辛い。 国内でもそうだけど、海外だとなおのこと。 もう一生、会わないかも知れないのだもの。 いつまで経ってもこういうことには慣れないなぁ。 ぶっきらぼうに握手をして機内へと向かう。 北京までは二時間だった。 2002年に来た空港。 幸人もサンデーも一緒だった。 あれから五年も経ってるのかぁ。 北京からはJAL。 やっと日本の新聞やら雑誌が読める。 日本語に飢えている、日本の字に。 飛行機は空いていた。 うれしいったらありゃしない。 終わりよければ全て良し。 ま、始めから終わりまで事故もなく無事に公演できたし、病気の者も出なかった。 当たり前のようだが難しいことだ。 「いつものように始まっていつものように終わる」 これって、一番の奇跡なんだと思う。 今の世の中、どこで何が起こったっていいんだもの。 ありがたいことだ。 飛行機の窓から外を見た。 真っ青な空に月が浮かんでいた。

伝の会と新良幸人&サンデーのモンゴルだーー 番外
カッコ良くしめた「伝の会と新良幸人&サンデーのモンゴルだーー」日記。 あの後、家に帰ったのですが。 「ただいまーー」 と言うと、猫たちが二階からかけおりて迎えに出てきました。 テ「よぉ、元気だったか?ま、三日くらいだけどな、でもあれだぁな、海外に行ってたとなると、なんだか久しい感じじゃんなぁ」
伽「ニャー」
宇「ナー」
テ「はははは、よしよしよーーし」
伽「ニャニャニャーーー」
テ「ん?ちょっと待てよ、まだ話かけるなよ、帰ってきたばかりなんだから」
宇「ナーナー」
テ「なんだよ、うるさいぞーーー、コラーーーッ」 と、勢いよく階段を上りかけ、途中の踊り場で思いっきりこけた。
伽・宇「ニャーーー!」(後で聞いた話だが、このとき二匹の猫は驚いて跳んだそうだ)
イテーーーーッ!!
イターーーイ、イターーーーイ。イイイイターーーーイ
娘「あはははは、お帰り」
妻「あーら、おかえんなさい」
イイイイイイタタタタタターーーーーイイ
娘「おっ、いろんなバリエーションがあるな」
テ「そんなツッコミはいらないのだ、したたかヒザとか足とか打ったのだーー。イターーーイイイイ」
しかしつまづき方がうまかったのか、怪我にも打ち身にもならずに済んだ。 人生でつまづいてもかくの如くいきたいものだ。 って、キレイには終われないな。 逆にマヌケじゃん。

12月23日(日)伝の会の忘年会ライヴ
朝から部屋の片付けをして、お江戸日本橋亭へ。 雨降ってまんなぁ。 楽屋口で邦さんと会う。 先に到着していた制作の小野木さんが出てくる。 なんか、とても昨夜モンゴルから帰ってきた気がしない。 なんとも不思議な気持ちだ。 きっと、今日のライヴのことに頭が向いているからだろう。
今日は、年に一度の、伝の会のファンクラブのようなものの「ちょんまげ倶楽部」の会員さん対象の「忘年会ライヴ」なのだ。 このライヴはいいところは、まず乾杯から始まる。 伝の会も堂々と飲む。 お客様も飲む。 おつまみとかも用意してある。 差し入れもあったりする。 伝の会も話したいことはたくさんあるけれど、開場時間にお客様にもいろいろ書いてもらう。 「今年の重大ニュース」とか書いてもらった。 「邦さんに一言」とか「鉄九郎さんに一言」とか「リクエスト曲」とかも書いてもらう。 それにしたがって、しゃべったり弾いたり、飲んだりするライヴ。 ここで、おもいきって告白するが、 ワタシはこういうライヴが大好きだ。 大好きだーーーーーっ!! 5時間でも6時間でもやってられるーーーーっ!! ものすごく好きだーーーーっ! とにかく楽しい。 今年も楽しかった。 僕が楽しみにしていることが伝わってきたのか、 今年はお客さまがとても多かった。 いつもはこっそりひっそりとやっていたのだが・・・。 おおっぴらになっちゃったぞ。 このためだけに「ちょんまげ倶楽部」に入会している方もいるようだぞ。 気持ちは複雑だが、ま、いいか。 楽しい一日だったから。

12月24日(月)
学校も休みというので、とにかく目が覚めるまで寝た。 今日、僕の仕事はオフ。 やらなきゃいけないことはあるんですがね、とにかく、徒競走みたいな毎日がずーっと続いてましたからね、とにかく、一息つこうと。 でも、そう思った途端に風邪ぎみになった。 微熱がありそうななさそうな、ぼんやりしますな。 夜は知り合いのオバちゃんのとこへ行くことになっているので娘とケーキを買いにでかける。 一歩、家を出る。 なんだか、昨日までの景色とはまったく違って見える。 娘が、お腹が減って死にそーだーと言う。 たしかに、僕も。。
テ「ちょいとそばでも食ってくか?」
娘「うん」
テ「よっしゃ」
娘「ねぇ、アタシがおそばっていうのめずらしいでしょ」
テ「ああ、そうだよな。あんまり食べないもんな」
娘「ざるそばが食べたい」
テ「ヨッ、いいねぇ、やっぱお前は俺の子だってことだよ。今までがおかしかったんだ。だいたい俺の子がそばを嫌いなわけないんだから、ははは」
娘「たまたま、今日は食べたいだけだって」
テ「なにそばだ?」
娘「人の話聞いてないでしょ、ざるそばって言ったよ」
テ「ヨッ、めずらしーねー、ざるかい?つめてぇんだぞ、いいのかいっ」
娘「うん」
テ「だけどよぉ、ざるってぇのはどうかなぁ。もりだろ?」
娘「もりって言うの?」
テ「のりがかかってるかかかってないかだ」
娘「じゃ、もり」
テ「だろ。のりなんかかかってちゃいけませんよぉ、くいづらくっていけねぇや」
娘「なんで、そういう口調になるの?」
テ「そりゃあ、そばってなりゃあ、こーいう口調になるだろーよ」
娘「ネギがついててワサビがついてんのがいい」
テ「でぇじょぶだーよ。だけどワサビってのがなぁ、一味って・・・」
娘「好きに食べさせてよぉ、ね、とーちゃん」
テ「ヨッ、ガキっぽくなってきたな」
娘「とーちゃん、早くつれてっておくれよー」
テ「あいよ、ここだここ。前からはいろーと思ってたそば屋だ」
テ「ガラガラ」
娘「自動ドアだよ」
テ「いいんだよ。おばちゃん、もりとたぬきね」
店「はーーい。もり・たぬきー」
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
娘「とーちゃん、遅くないかい?」
テ「ちょいとばかりおせーなぁ」
娘「もー、死にそうだべ」
テ「あらっ、訛ってきちゃったね」
娘「ワス、いまたべねば、すんですまう」
テ「随分とズーズーしてきたなぁ」
娘「だいたいさぁ、そば屋なんてーのはさー、10分以内には持ってこないといけないんじゃないの?」
テ「おお、娘よ、よく言った。そうだよ、おめぇのいうとーりだ。やけにおせーよな。・・・こらこら、背伸びして覗くんじゃない」
娘「パパ」
テ「なんだよ、急にパパかよ、とーちゃんで統一しろよ」
娘「一人で作ってるよ」
テ「そりゃそうだろーよ。注文とったおばさんがホールに一人、中でこしらえる人が一人、それっくれぇの店舗じゃねーか」
娘「それっくらいの店舗にしちゃあ、テンポが遅くないかい?」
テ「おっ、おめぇ、ちょいと一緒しねぇうちに腕あげたなぁ」
娘「さっきのおばさんが作ってんだよ」
テ「え?・・・あ、ほんとだ」
娘「だからゆっくりなんだ」
テ「そんなことないだろーよ。一人で作ったってもう出来てくるころだぞ」
娘「あたしたちの注文、忘れちゃったんじゃないの?」
テ「忘れたって・・・バカっ、客は俺たちしきゃいねーじゃねーか」
娘「ははは」
テ「のんびりだなーーー」
娘「のんびりすぎだよ」
テ「おいっ、一人のわけねーだろーよ」
娘「なんで?」
テ「だって、さっき、調理場の方に『もり・たぬきー』って言ってたじゃないか」
娘「あ、誰かに言ったってことか」
テ「景気づけかなぁ」
娘「ケーキを漬けるの?」
テ「・・・・・・」
娘「あ、出来たよ」
店「お待ちどーさま」
テ「待ったよ、待ったよ。さー、娘よ食べなさい。はい、はじめっ!」
テ「うまいか?」
娘「まだ食べてない」
テ「どーだ?」
娘「オッケー」
テ「そっか、良かったな」
娘「ズルッズルッズルッ」
テ「おいおい、でーじょーぶか、あわてんなよ。残していいからな」
娘「残さない」
テ「おっ、どーして。食べきれないだろーよ」
娘「だって、こんなに待ったんだもの、全部食べないと気がすまない」
テ「おおっ、なんだなんだ、なんか妙な理屈だぞ、なんだか女っぽい理屈だなぁ、んなこと言わずにちょっと俺だって食べたいじゃない」
娘「一人で食べきる」
テ「おいおいっ!食べきったなぁ」
娘「おいしい」
テ「蕎麦湯まで飲むよーになったのかよ」
娘「さ、いこーか」
テ「おっおっ、速いね転換がぁ、ゆっくりさせねーな、俺といるみたいだぞ」
その晩、上原のおばちゃん家で遊び、家に戻ってきて、さあ寝るぞというときに
娘「パパ、サンタさんへの手紙は?」
テ「えっ?そのへんにあったろ?」
娘「ないんだよ」
テ「ありゃホントだ」
娘「ねぇ、どーすんの?」
テ「なにが?」
娘「なにがって、クリスマスだよ。サンタさんにお手紙置いておかなきゃいけないじゃないの」
テ「そーなのか?」
娘「毎年やってるよ」
テ「そうだったっけなぁ」
娘「そーだよ。書いておいておかなきゃ、なにが欲しいかがわからないじゃない」
テ「え?サンタさんには前もって知らせてないのか?」
娘「どーやって知らせんのさ」
テ「なんか、手紙出すとか」
娘「だって、毎年こうしてんだよ、ねーねー手紙」
テ「もう一度書け」
娘「今からじゃかけないよー、バカ画伯(自分のこと)が一生懸命、絵を描いたんだよ」
テ「あっっ!」
娘「なにっ?なんか思いついた顔してるよ」
テ「おお、そのとーりだー、安心しなさい。スキャンしてあるんだよーーー」
娘「なーに?」
テ「パソコンの中に入ってんだよ」
娘「紙が?」
テ「・・・・・・」
娘「違うのわかって言ったんだよ」
テ「ホラホラ、これだろ?」
娘「あったあったーー」
テ「去年のもあるぞ、もっとバカ画伯のが、そっちのがいいじゃん」
娘「だめだよー、お願いした品物が違うでしょーが」
テ「良かったな」
娘「ありがとー。だけどさぁ、便利な世の中になったねぇ」
テ「お前がいうな」

12月25日(火)
朝、娘が寝ながらバンザイをしたら、サンタさんのプレゼントに手がぶつかったらしい。 スゴイスゴイと大喜び。 「wii、アタシが帰ってきたら、ちゃんとつなぐからね。『あゆみ』持ってるからね」 と言い残して学校へそそくさと出かけて行った。 終業式か。
僕は獅童事務所のお稽古に。 そういえば、東映お正月映画「茶々 −天涯の貴妃(おんな)−」が22日に公開された。 獅童事務所から「あんたも行ってきなさい」と言われ、日帰り撮影してきた映画である。 公開日に浜松のお弟子さんたちがこぞって映画館に行き、目を皿のようにして僕の出演シーンを探したらしいが、ついに見つけられず、「金かえせーー」というメールが来ていた。 ありゃ、カットされてたんだねぇ。 「でも、クレジットには名前がちゃんと載ってましたよ」とも言う。 出てなくて名前だけは載らないだろうと思ったものの。 ま、僕も映画館に行く時間がないのでね。
浜松のお弟子さんたちって年齢が僕の保護者のような方たちばかり。 苦労人で人が良くて面倒見が良い人たち。 僕みたいな師匠のことを大事に思ってくれ、ピクニックのように映画館に行き、みんなであーだこーだとおしゃべりをし、食事をしたはず。 暇な人たちではないのに、僕がちょっと出た映画のことを知り、公開日にちゃんと予定をたてて行ってくれていた。 なんて心に余裕があるのだろう。 なんて楽しんでいるんだろう。 このメンバーで観にいきましたと写真が携帯に送られてきたとき、ジーンと来てしまった。 ・・・という話を獅童くんのお母さんにしよっかなぁ、なんて思ってはいたのですが、なにせ、ワタクシが口を挟むことが出来るようなお相手ではなく、ポンポンお話する方で、しかも27年の付き合いでもあるし、頭があがんないというか、ま、なんでしょ・・・。
母「いろんなとこに顔だしてるじゃん。忙しそうにしてて」
テ「いやいや、そんなことは・・・『茶々』も楽しかったで・・・」
母「ああ、そうそう日帰りさせちゃったね」
テ「いやいや、こっちの都合だし、お弟子さんたちがね・・・」
母「そうそう、またああいうのあったらね、やるの?」
テ「あ、はい、なんでもやりますよ、好きだ・・・」
母「また、スケジュール送っておきなさいよ」
テ「はい」
スタッフ「先生(僕のこと)、なんの人だかわからなくなりますね」
テ「いやいや、なんで・・・」
母「いいのよ、この人『よろづや』なんだから」 「萬屋」とオチがついたところで、本年の御礼もし、獅童事務所を後にして帰宅。
娘は友達とwiiをやっている。 僕はなんだかだるくって昼寝。 ちょっと寝て仕事をして、いや日記書いただけか、夜になった。 妻が留守なので、娘と食事。
テ「なに食べる?」
娘「野菜と納豆」
テ「えっ?健康的だねぇ」
娘「外食が多かったからさ、胃が疲れてるんだよね」
テ「お前、いくつだよ(笑)」
娘「子どもだって疲れるよ(笑)」
テ「ま、たしかに納豆食べたいな」
娘「パプリカのサラダ作るからさ」
テ「俺食べられないじゃない」
娘「サラダ菜とか入れればいいでしょ」
テ「ゆで卵も入れよう」
娘「子供か!」
食事の後、いよいよクリスマスプレゼントのwiiを。 とにかくアタシャ、ゴルフがしたくてたまらない。
娘「まず、パパを作らなきゃいけないんだよ」
テ「なんだよそれ?」
娘「顔作るの、Miiっていう似顔絵キャラだよ」
テ「はいはい」
テ「こんなんでどうだ?」
娘「そうそう(笑)」
遊んだ遊んだ。
映画『茶々』は、その後、別の方から 「ちゃんと映ってますよ」との連絡があり、「ちゃんと映ってたってよ」と浜松の方たちに連絡したら 「じゃ、お金かえしてもらわなくてもいいです。ランチぐらいで」と言われた。 なんかおかしいぞ。

12月26日(水)
眠い。 家族はまだ寝ている。 私は起きねばならぬ。 10時からお稽古が始まる。 稽古場の掃除やら片付けをせねば。 片付けと言えば、モンゴルから帰ってきて四日目。 まだ、その時のスーツケースがそのまま部屋に置いてある。 オイオイ、紋付も入れっぱなしだぞっ! あるまじき行為である。 紋付がかわいそーだーーっ。 身体はなんだかだるい。 24日25日とちょいとホッとしたからだろう。 首から上がボーッとしている。 シャキッとしない。 イカン イカンぞーーーっ!
今年最後の稽古日だ、はい、ビシッとしましょ。 ということで、10時からずーーーっとお弟子さんが次々と来てくれて、お稽古したりお話したり、お話したりお話したり・・・。 稽古しろーーっ。
「年末年始はどーしてるの?」
「お茶っ葉、入れ替えて」
「田舎に帰るの?」
「お父さんお母さん喜ぶね」
「みかん持ってきなさいね」
「いただいたお菓子みんなでわけよーね」
「お仕事はいつまでなの?」
「来年もよろしくね」
「ご主人によろしく言ってね」
お弟子さん一人一人、 おのおの、お三味線と出会って、 たまたま僕のところにお稽古に来て、 お三味線の楽しさを知ってもらって、 ますます好きになってもらって。 10数年通ってきてくれてる人から今年から通ってきてくれてる人たちまで。今日から入門した人もいる。 当たり前だけど、さまざまな人生があって、きっと師弟にならなければ、人生で出会うことなかった人たち。
27年前、20歳の時、師匠・鉄十郎の内弟子になったとき、 27年後の僕のもとにたくさんのお弟子さんがいるなんて思ってもみなかった。 しかも、その中から名取を出し、一緒に仕事をするようになるなんて。
正直、この世界に入って三年目くらいまでは、いつやめようかいつやめようかと思っていた。 長唄の世界、古典芸能の世界があまりにもつまらないと感じていたから。 でも、あまりにもつまらなかったのは僕の方だった。 なんにもわかろうとせず、物事を斜に構えて見ていた。 ツッパッてたといえばそれまでだが、世間知らずで自分勝手でわがままなガキだったに違いない。 45歳だった師匠・鉄十郎は、よくもまあ、そんなガキを育てようと思ったものだ。 親ってありがたい。 今、47歳の僕は、子(弟子)にどれだけのことをしてあげられるだろうか? どれだけ思ってあげられるだろうか? こっちは家の中で待ってるだけだが、お弟子さんはいろいろやりくりして、時間をかけて稽古場まで足を運んでくる。 当たり前のことだが、師匠業を長くやっているとそのお弟子さんの大変さをフト忘れてしまい、ふんぞり返って月謝をもらってしまう可能性がある。師匠業って恐ろしい職業だ。 お弟子さんに伝えるために自分の引き出しももっともっと増やさなくちゃ。それには、もっともっと自分もお稽古してもらいに通わなきゃ。
夜9時に稽古が終わった。 疲れたけれど、たくさんの長唄を弾いて唄ってたら、 亡くなった和佐次朗師匠に教わってたときに、気がつかなかったことに気がつかせてもらった。 そっかぁ、こう弾けばいいんだ。 どうですか? 違いますか? これでいいんですよね? 和佐次朗さん、こう弾いてたんでしょ? 左手をこうやるから、この音をここまで大きく出せたんでしょ? 鉄十郎師の「時雨西行」をお弟子さんに渡すためにダビングしながら聴いていたら、今まで聞こえなかった節回しが聞こえた。 オヤジさん、ここはこうやって唄ってたんですね。 これぐらいの息を吸って。 録音の時、ちゃんと聴いてなくてごめんなさい。 気がつかなくてすみませんでした。 師匠たちの教えは永遠だ。 長唄の世界に入ってよかった。 あの時、やめなくて良かった。 今年もこれで全稽古が終わった。 自宅・獅童事務所・京都・浜松。 来年はどんな人たちと出会うのかなぁ? あ、スーツケースの中の紋付出さなくちゃ。 師匠に怒られる。

12月27日(木)
娘にチャーハン作ったら、思いのほか上手にできた。 のんびり食べてたら歯医者の時間を忘れそうになる。 あわてて小田歯科へ出かける。 左下の奥歯が虫歯になっていて、最近時々痛かったので、モンゴル行きの前日に応急処置をしてもらっていた。
小「麻酔打ちますよ」
テ「はい」
小「いよいよこの歯で最後ね、今まで治したところ大丈夫なようだし、歯も磨けてます」
テ「お、良かった」
小「さてと、麻酔が効くかなぁ」
テ「え?」
小「なかなか効かないかったじゃないですか、こないだ、大変な治療だったわよ」
テ「あら、そういうの忘れちゃうんだなぁ」
小「今さ、治療する歯の遠回りなあたりに麻酔してるでしょ、普通はこれで効くのよ。それが効かなかったのよ」
テ「効かないのはやだなぁ」
小「あっ、今年の一月だ。京都とか行ってたときでしょ」 テ「あっ、そうそう、京都で痛くなったんだ」
小「忙しいのよね。でもこんなになるまでねぇ。もうちょっと早くきてくれると助かります」
テ「そんなにひどくなってんですか?」
小「だから麻酔も効かないのよ」
テ「へぇ。僕ね、痛くないんですよ」
小「え?」
テ「歯がね、痛いのをがまんしてるんじゃないんですよ。ちょっとでも痛かったらすぐ来るもの。肩こりと歯痛を感じないんですよ、困ったものだわ」
小「あらそうなの。よっぽどひどくならないと感じないのね、ふーん、血流がいいのかなぁ。肩こりも感じないの?」
テ「はい」
小「ほほぉ。そろそろ効いてきたかな」
治療
イタッ
小「はい、やめます。麻酔ね麻酔」
テ「やっぱり効かない」
小「お酒飲んだ?」
テ「ビール一杯」
小「一杯じゃ大丈夫ね」
テ「はあ」
小「で、肩こりはあるの」
テ「そうなんですよ」
小「来年も忙しいんでしょうね?」
テ「はい、うれしいことに」
小「この歯の次の治療には、すぐに来てくださいよ」
テ「はい」
小「もう、麻酔で治療する歯を酔っ払い状態にしましたからね、さ、やりましょ」
治療治療治療
小「はい、できた。また来年」
午後にはN病院へ行き、ちょいとした検査を。
フー、なんか病院な一日だったなぁ。
夜は、一家で吉祥寺に焼肉食べに。 とにかく、お気に入りの店なんだけど、最近はなかなか来られない。 ワーーッと食べて帰宅。 今日、娘は友達と目一杯遊んだりして疲れたんだろ、帰りの車から寝てしまい、とうとうお風呂に入らなかった。 うーーーん、焼肉の後は入ってくれないとなぁぁぁぁ、などと、主婦のようなことを思いながら就寝。

12月28日(金)
いよいよ今年もあと少しって感じですが。 モンゴルから帰ってきてから昨日までっていうのが今年最後の「ちょっとのんびりした日」で、今日からは2008年に向けて始動という感じになっている。 身体も気力もそうなっている。 どうなってんだろ? 長唄さんだからかな? 初芝居のために暮れから動きだすから。 とにかく、昨日までとは違って、どこか、アタクシ、ピリッとしている。
さて、2008年に向けての始動って具体的に申しますと、 1月3日初日の「志の輔らくご in PARCO」です。 来年もお手伝いすることになっています、松永鉄九郎社中。 前回のように前もって志の輔さんとお稽古をすることがないので、 ちょっとドキドキしています。 とにかく曲を考えなきゃいけません。 悩む悩む悩む・・・とにかく完成! ひとつ楽なことがある。 来年のパルコは、僕が全部出席できることだ。 正直、今年のパルコはしんどかった。 なぜって、僕が責任者でいながら居られないってことが。 始まってから、ここはこうしたほうが良いという微調整ができない。 もちろん、信頼のおける人たちにお願いしているのだから安心はしていても。 でも来年は微調整が出来る。 極端な話、志の輔さんの噺の内容によっては曲を変えることもできる。 23公演で成長してよりよくなっていく演奏を目指せる。 これは楽しみなのです。 志の輔さんとがっぷり組んだ生の演奏が出来る。 鉄九郎として初めての経験なのです。 あ、「ひとり国立劇場(3公演)」もそうだったか。 とにかく「志の輔らくごin PARCO」に携わって三回目になります。 ベターッといられる一ヶ月。 志の輔さんと一緒に走れる一ヶ月。 キャー、ファンで良かった! がんばるぞーーー、 オーーーーッ!!

12月29日(土)
寒さと雨のおかげでゆっくり眠れた。 「おかげで」? え? いつからアタシャ、そんなに寝られなくなったんだ。 確かに、最近目がさめるのが早い。 お昼まで寝られると思いホクホクしてベッドに入るが 「あー、よく寝た」と時計を見ると8時だったりする。
うーーん。
おかしい。
お昼には起きなくちゃと思いながら夕方まで寝られたのに。
やっぱり
あれ?
あのせい?
と・し?
トシ?
年?
年齢?
うーーん。
ま、いいか。
とにかく、11時まで寝ました。
うーむ中途半端だ。
なぜ12時までいかんのだ。
ま、いいか。
その代わり寝付きが良いのは子供ん時から変わらない。
これは幸せ
こ・れ・は・しあわせ。
なにも「・」入れることありませんが。
コトっと寝られる。
昔、鶴瓶さんが「ウチの奥さんは夜の9時になると、何処ででも寝てしまう」としょっちゅうテレビとかラジオで言ってらして、 この方はスゴイ人だ。 ああ、この方にお会いしたい。 と、学生の時に思っていた。 ひょんなことから今年、鶴瓶さんとお仕事することになり、しかも、奥様とお会いすることも飲むことも話すことも出来たわけで。 とにかく、鶴瓶さんとお会いできるだけで夢のようなことなのに、奥様にお会いできて感動いたしました。 学生の時から、35年くらい「どんな人なんだろ?」って思ってた人にお会いしたのですから。 でも、「9時に寝てしまうのでしたよね?」の質問をうっかり忘れてしまっていました。 他の疑問は質問できたのにーーーっ。 話がドンドンそれて行きますな。 なんか調子いいみたいです。
さてと、午後から鉄駒が来たりしましたね。 暮れのあいさつですね。 仕事の打ち合わせとね。 それから、体験入学の方が来はりましたね。 そうなのです。 伝の会のHPの僕の「お稽古」の欄に書いてありますが、 僕のところは「体験入学」が出来るのです。 ま、最近じゃ、どこのお稽古場でもありますけどね。 三回で何か弾けるぞーー、みたいな。 で、楽しかったら、お三味線に興味もったら、師匠が嫌いじゃなかったら、続けてみなせーな、みたいな。 いきなり習うっていうのも、わけわかんないし、ちょっと試してみよっかなぁという人にはうってつけですね。 ということで、最近では「体験入学」のことを「おためし」と呼んでいたりする。 その「おためし」の方が来た。 いつものように駅まで迎えに行き、声をかけてもらって稽古場まで案内する。
そして必ず聞くことがある。
「猫は大丈夫ですか?」
宇太と伽羅は、めちゃくちゃ人が大好きな猫たちである。
宇「ねーちゃん、新しい人がきたよーだ」
伽「ニャッ、行くわよ」
宇「あいよ」
などと会話をし、尻尾をふりそうな勢いで階段を駆け下りてくる。 猫の苦手な人は言ってもらわないと困る状態なのだ。 こいつらはドアを閉めても出てくる。 カギを締めても開けそうだ。 ウチのお弟子さんで猫が苦手な人が数人いる。 その方たちがいらっしゃるときは、確実に猫が出られないように、ドアにストッパーをかける。 このストッパーも甘くかけると出てきてしまう。 だって人が好きなんだもの。 めっちゃウェルカムなヤツラである。 今日いらしてくれた方は大の猫好きであった。 ホッとした。
夕方には家元のお宅にお邪魔した。 ちょいと用事がありましてな。
家「忙しいのか?」
テ「は、なんとか」
家「いいじゃないか、良かったな」
自分の子どもたちの仕事のことを考えてくれる。
家「正月は来るんだろ」
テ「はい」
まるで故郷の父と話しているようだ。 ま、親であることは変わりない。 家元も僕の父親だ。 父親の顔を見にいくのは照れくさいものだ。 父親も照れくさいのだろ。 お互い、目と目を合わせての会話ができない。 それが、よっぱらっちゃうと肩抱きあって話しちゃうんだから、 男って奴ァ、シャイでやんすな。
来年の僕の手ぬぐいと年賀状が届いた。 うれしいな。 いよいよ2008って感じ。 年賀状は今年同様、鉄六作。 僕らは、なにも毎年手ぬぐいを作ることもないのだが、今年から「毎年作るぞ」と決めてしまった。 作ったら楽しいし、そんなにお金がかかるもんじゃないとわかった。 なにしろ、染め元が僕のお弟子さんだし。 だから安いってことではないのですよ、中間マージンがかからないということです。 だってデザインを「はい」と渡せばいいんですから。 簡単簡単。 普通は手ぬぐい屋さんに頼みますものね、だからその分かかりますよね。 いやぁ、持つべきものはお弟子さんだなぁ・・・って、ヤな師匠だね、まったく。 そんなこんなで今日も終わります。 娘がフィギュアスケートを楽しみに見ている。 え? バラエティじゃなくてなんでフィギュア? 親父の方がよっぽど子どもである。

12月30日(日)
ゴロゴロゴロゴローーー
耳元の音で目が覚めた。
音のするほうに向いて見ると、横長の顔した宇太がジッと見ていた。 マジメな顔してジッと見られてもなぁ。
ニャーと鳴いた。
はいよ。
ニャー
はいはい。
ニャ
短いな。
はいはい、ご飯でしょ。
起き上がって階段を上りはじめると、宇太がタッタッターと抜いて行く。そして、二階の扉の向こうからニャーと鳴く。
はいはい。
ご飯の入っているパントリーの前で指でも差しそうな勢いで「ニャー」。
はいはい、わかってまんがな。
そこにご飯が入ってることは僕も知ってるよ。 第一、お前がそこにいたんじゃパントリーが開けられないじゃん。 毎朝の儀式が終わると、宇太はちょっとご飯を食べてどこかに行ってしまう。 これがわかんない。 ちゃんと食べろよ。 もっとわかんないことがある。 家にはもう一匹の猫、伽羅がいるはずなのに、全く姿を見せない。 どこにいるかもわからない。 ほんっっっっとに朝の遅い猫だ。 家族が揃って一段落したあたりで、どこからともなくアクビをしながら現れてくる。 なんちゅう居候や。 そして朝一番にいうセリフは「お水くださる?(ほんとはニャーだが)」 お前は二日酔いかっ! 「何時に帰ってきたんだ」とか言いたくなる。 「今日の仕事は休みか?」とも言いたくなる。 そう言ったとしたら、彼女はこう言う。 「朝から大きな声を出さないで、頭が痛いの(ほんとはニャーニャーだが)」 やっぱり二日酔いかっっ!
遅い午後に三七郎くんと鉄六が来た。 パルコの練習である。 まだ、全貌は見えてこない志の輔パルコだが、 鉄九郎社中は、ある程度固めておかなければならない。 なんとか終わり、二階に上がって行くと、 だるそうだった午前中とは打って変わって、元気な伽羅が 近寄ってきてニャーニャー話かける。 何言ってんのかわかんないけど、返事をしないといけないので「うんうん」とか「あ、そうなの」とか言うことにしている。 その様子を宇太はボーっと見ている。 アクビなんかしながら。

12月31日(月)にぎわい座カウントダウン寄席
横浜は、にぎわい座に来ています。 志の輔さんの恒例「カウントダウン寄席」に伝の会として出演のためです。 このまま年越しです。 うれしいです。 何やろっかなあ? 皆さんも、それぞれの年越しがあることと思います。 今年一年、お疲れさまでした。 楽しいことがあった人も悲しいことがあった人も、平等に年越しがあり、元旦がきます。 来年は、良い年になるように。 来年も良い年であるように。 願いは皆、同じです。
僕のページに来てくださった方、ありがとうございました。 来年もまた、相変わらずの日々を過ごしてまいります。 お見限りのないよう、よろしくお願いします。 皆さん、ありがとうございました。 ではでは

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