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鉄九郎の青?裸々な日常 第18号


2000年1月12日〜31日

27日(月)
お稽古日。

13日(木)
家の娘は3歳5ヶ月位になる。僕は、お勤めのお父さんたちとは違って年中家にいるので子供と接する時間がものすごく多い。そのため日々の成長がよくわかる。とりわけ言葉を覚えていく過程というものはおもしろい。3歳くらいまでは、言いたいのにうまく言えないという感じで、なにかを伝えようとすると他の話しになっちゃったり、ゾマホンのようなシャベリになったりしていたが、3歳を過ぎたころからいきなり進化し、形容詞や副詞なども立派に使いこなすようになった。
 いっぺんにいろんな言葉を覚えて話すのかと思っていたら、どうもそうではないらしい。ヒアリングはかなり以前から出来ていて、ただそれを真似して言えないだけらしいのだ。まあ、考えてみればそういうことか。僕らが他の言語を習うときとおんなじか。
 以前もこんなことがあった。子供がまだ喋るどころか、はいはいをしているころ、僕が「たまごっち」を何個も育てていた。子供も触ったりなめたりして遊んでいた。数年後(まあ一年か二年後)、子供と引きだしをゴチャゴチャしていたら電池の切れた「たまごっち」が出て来た。「これなんだか知ってる」と聞くと「たまごっちい」とはっきりと答えた。これにはびっくりした。なにがって、だって当時は片言も喋れないから「たまごっちい」なんていっぺんも言ったことがなかったのに、何年かしてたまごっちを見たときにはちゃんと言えるなんてすごい(もちろんその数年間はたまごっちを見てないの)。ということは、あのとき子供は「フフーン、アタシャ、イマワクチニダシテイエナイケレド、コノナメタリシテイルオモチャワ“タマゴッチ”ッテイウンダナ。ウン、ヨーシシッカリオボエトコ」などと思っていたのだ。おそるべし子供よ。
 お父さんお母さんが喧嘩ばっかりしてピリピリした家で育った子供は・・・とか、お母さんにいっぱい抱っこされた赤ちゃんの方が・・・とか、よく世間で言われているが、いや、なんか“げにまっこと、そう感じることがあることよ”
 子供ができてからというもの、子供に関する誘拐とか、虐待とか、はたまた殺人とかのニュースに昔以上に敏感になり、「なんでっ・・・」とやるせない気持ちになる。もともと子供という人種は苦手だったが、今では我が子のみならず、どこの子供や赤ん坊を見ても「すくすくと育ってくださいよ」と心に念ずるようになった。
 てつくろのタジソーロンでした


14日(金) 
お稽古日。

15日(土) 
お稽古日。

16日(日) 
獅童くん宅のお稽古日。

17日(月) 
今朝も雪が降った。途中から雨に変わって、なんだかんだで曇りになった。

18日(火)
 夜、久々にトモ(高橋智久)ちゃん奈緒ちゃんと赤羽の美味香へ。あー、よく食べた。おいしい中華だ。食後に高橋武久師の家に寄り、新年のごあいさつのつもりが、コーヒーをごちそうになってしまう。

19日(水)
国立小劇場で日舞の会の地方をする。柏伊三郎師のお仕事。

20日(木)
 立川志の輔さんの落語会が新宿安田生命ホールで行わる。開場6:00p.m./開演7:00p.m.。開場から開演までの一時間、ロビーで三味線なんぞの音がしていたらオモシロイのでは。という話があり、そりゃオモシロイ、ヤロウヤロウということになった。
 と言っても邦さんは大阪にいるし、一人で弾くのはどうもと思う。ハテサテ、誰に一緒に弾いてもらおうか?実はこういう仕事が結構むずかしいのです。臨機応変になんでも弾ける人なんて数えるほどしきゃいなのです。運よくマサキ(松永忠一郎)が空いてた。これで成功間違いナシ。色々アイデアを出してくれ多いに楽しめた。50〜60分弾きっぱなし。イヤーおもしろかった。

21日(金)
 10:30a.m.ANAのポケモンジェットで徳島へ。全国的に今日から急に寒くなったらしいが、徳島も寒い寒い。ときわさん(松永和佐比路)の迎えで本町のおかあさん(松永和佐和)宅へ。一足先に大阪から着いていた邦さんと合流。いやいや、久々にこのメンツがこの場所で顔を合わせましたな(邦さんとも今年初めて会った)。
 伝の会をはじめた頃、ときわさんに公演ビデオを送った。気に入ってくれたときわさんが、師匠である和佐次朗さんに「おもしろそうやから」と話してくれ、「よっしゃ、ほな徳島でやったろか」ということになり、和佐次朗さんをはじめ、和佐次朗さんのお弟子さんの協力のもとに「徳島伝の会」が開催されるようになった。
 プロテュースを和佐次朗さんがやることと、毎回和佐次朗さんが作曲・構成する演目があることで普段の伝の会とはちょっと趣が違い、邦さんと僕にとって、とても勉強になる公演だった。
 98年10月、「すまん、今回は演目が出来なかった」という和佐次朗さんに、「なら、ご出演していただきましょう」となり、「楠公」を共演させてもらった。和佐次朗さん、徳島伝の会への初出演だった。
 終演後、「この次はきっとおもろいもんつくるわ」「そうですよ、いつも間際になるから、今回みたいなことになるんですから。おもしろいもん作るという気になってるんなら、そうそう今からもう作りだしてくださいよ。」「うん」・・・そんな会話の二カ月後に居なくなっちゃうなんて誰が想像できただろうか。
 和佐次朗さんの居たこの稽古場に、邦さん、ときわさん、お母さん、僕と集まり、和佐次朗さんの作った(できたての)演目や長唄を稽古してもらったあの楽しかった時間を決して忘れることはできない。あの貴重な時間が、どれだけ今の伝の会の力と自信を作ったことか。
 和佐次朗さんが居なくなったと同時に「徳島伝の会」も終わったと思った。けれども、またこの稽古場に来ることが出来た。しかも「徳島伝の会」をやるために。この南国の地に例年にない寒さが漂っているようだが、邦さんと僕の心の中はやたらに暖かかった。
 師匠(松永鉄十郎師)らと、明日の『徳島伝の会』でやる「三曲糸の調」「楽しい三味線組曲」、明後日の『邦舞・邦楽の夕べ』でやる「七福神」「花見踊」などを浚う。夜、「割烹小笠原」で宴会。その後「Mr.Ben」へ。宿泊は徳島ワシントンホテル1003号室。

22日(土)
 『徳島伝の会』当日。11:00a.m.アミコ内シビックセンターホールへ。1:30p.m.開演。楽しみながらのライヴは進み3:30p.m.終演。ホテルへ帰り昼寝。夜、「牛楽」で焼き肉、「永島」で騒ぐ。

23日(日)
 1:00p.m.本町のお母さん宅で、僕らのリクエスト、納豆とシャケのご飯をいただく。あー、んまい。3:00p.m.『邦舞・邦楽の夕べ』に出演のため、鉄十郎師匠、ときわさん(松永和佐比路)、お母さん(松永和佐和)、和寿起さん、ハヤシさん(松永和佐瞳花)と徳島プリンスホテルへ。
 舞踊「七福神」の地方(ぢかた)を努めたあと20分の「伝の会コーナー」で「甚五郎泣三味線」「衣替闇連弾」、その後舞踊「花見踊」の地方をやりアンコールで(思いっきりテンションをあげて)「花笠音頭」をやる。
 ハァー良い汗かいたぜ。打ち上げをちゃんこ屋でして「登美」「Mr.Ben」で騒ぐ。ホテルへの帰り道、邦さんと歩きながら「今年も中身のの濃い徳島だったね」「ほんっとにな、10日間くらい居た感じたよ。ゲフッ・・・明日、大阪行きのバス揺れないといいなー、ゲフッ」
 徳島で伝の会を見て下さったみなさまに心より感謝致します。それから「徳島伝の会」を企画実行してくださった、ときわさんはじめ多くの皆様にあつく御礼を申し上げます。邦寿と鉄九郎はとってもとってもうれしかったです。

24日(月)
 徳島→羽田間のANAはガラガラで実に優雅だったぜ。家に着くなりお弟子さんのお稽古をする。エライッ。

25日(火) 
お稽古日。

26日(水)
 夕方、2月2日の長唄協会演奏会の練習のため、師匠(松永鉄十郎師)とともに杵屋佐武郎師匠のお宅へ伺い「浦島」を浚っていただく。

27日(木) 
お稽古日。

28日(金) 
お稽古日。

29日(土)
 今年最初の東京での伝の会は、ちょんまげ倶楽部限定のちょんまげライヴだ。
 今回、質問・疑問などを入場するときに受付に提出してもらうとうシステムを導入(んな、おおげさな)しているので楽しみだ。
 11:00a.m.日本橋亭へ。良い天気になった。今日から伝の会グッズにバックやら生写真やらバリエーションが増える。スタッフもキヤッキャいいながらディスプレイをしていた。リクエスト曲は何曲か伝の会事務局に届いているため、その中からきめたものを邦さんと浚う。
 2:00p.m.昼の部開演。
《スーツ姿の僕が一人で舞台に上がり邦さんが遅刻していることをお客様に詫びる。一人で大薩摩を弾くので誰か唄ってくだいとお客さんに呼びかける。挙手がないのでと、こちらから指名する。指名された中年女性が恥ずかしがりながら舞台へ上がる。舞台に上がった女性がだれあろう邦さんだと気づき、ぶったまげるお客さん(邦さんは開演前から客席に座っていたのだ)。》というちょんまげライヴならではの趣向があり、賑々しく進んで行く。
(NHKの人が取材に来ていたが楽しそうだった。2月2日、「スタジオパーク」の中のニュース解説で数秒程流れるらしい。)
 最近のライヴではあまり喋る時間がなかったので、ここで一気に発散した感じだ。6:00p.m.夜の部開演。終演後振り返ると、今日は喋ってばかりだと思ったが、三味線もふんだんに弾いた。結構疲れたもの。

30日(日)
 獅童くん宅のお稽古日。来月新橋演舞場で勘九郎さん藤山直美さんの「浅草パラダイス」があり、獅童くんはじめ、こちらの教え子(三人)も出演する。

31日(月)
 今日は風かあって寒い。明日からもう二月だし寒いのは当たり前か。今年のお正月は久々に東京にいたので、充実した一ト月を過ごすことができた。伝の会は今年もうれしいことに忙しく活動する。ガンバルぞー。そいじゃまた。


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