前へ 伝の会TOP 次へ 戻る

鉄九郎の青?裸々な日常 第19号


2000年2月1日〜3月5日

2月1日(火)
眠い眠い眠い。子供に起こされ一緒に遊ぶ。午後から自主稽古。三歳半の子供は妙な唄を唄う「あーらーだたいぞーでちゅ(はーらーだたいぞうです)」急に何を唄うんだコイツは。黒ヤギさんの唄がおもしろい「くろやみさんからおてまみついた、しろやみさんからおてまみついた、しーかたがないのでおーてまみついた、さっきのごようはごようがなあに」・・・手紙がつきっぱなしやナイカー。

2日(水)
長唄協会演奏会。年に一度今時分に国立大劇場で各流派が出演して長唄演奏会が開かれる。佐門会の「浦島」と我松永流の「蜘蛛拍子舞」に出演させていただく。

3日(木)
節分。豆まき。子供のころは父親が家の中を「鬼はー外、福はー内」と言いながら、豆まきをしたものだ。年の数だけ豆を食べるときに「早く年をとりたい」と思ったものだ。えっ、今年は四十個も食べるの?いやっそんなにはいらないっス。

4日(金)
6日の佐吉さんのお浚い会の下ざらい。日刊ホールへ。

5日(土)
良いお天気なので、ちょっと散歩に行く。その後お稽古日。

6日(日)
「五世佐吉七回忌・六世佐吉三回忌 長唄演奏会(会主/七世杵屋佐吉)」国立大劇場。二十年前、僕が鉄十郎師匠のとこに内弟子に入ったとき、そのお稽古場を借りてお稽古していたのが佐吉(当時・佐喜さん)さんで、僕もお稽古をしてもらっていた。仕事ももちろん、食事や飲みにもたくさん連れて行ってもらい、今でも家族ぐるみ のお付き合いをさせていただいている。師匠であり良い兄貴分というところだ。伝の会にも何度も観にきてくれたり、マンダラに一度出演してもらったこともある。僕が内弟子時代から知っている佐吉さんのお弟子さんたちとも会うことができ、楽しかった。終演後、邦さんと新宿の「老辺餃子館」へ。

7日(月)お稽古日。

8日(火)
僕は泳ぎが得意でない。というよりも運動が好きではない。でもそろそろ体力が落ちてきているし、地下鉄の階段を登っただけでハアーハアー言ってる己れに危機感も覚えている。というわけで昨年11月より、娘も妻もお世話になっている田柄スイミングスクールにうことになった。通うことになったんだが、時間がとれず今夜で2回目となった。子供用のプールでクロールの練習をする。バタ足の仕方、腕の使い方、息つぎの仕方と教わる。イチ・ニで左腕で水をかいて鼻から息をはき、サン・シで右手を使いながら息つぎをする。たったこれだけの動作が思うようにできない。息をはき忘れたりは当たり前で、水の中で息を吸っちゃって死にそうになる(カッコワル)。二の腕の裏の筋肉がすごく痛くなったころ授業終了。サウナ・露天風呂に入る元気もなくシャワー浴びてロッカーでへたり込む。チキショーがんばるぞー、外にでたら赤穂浪士の討ち入りさながらの雪がしんしんと降っていた。体はポッカポカで気持ちがいい。やっぱり運動しなくちゃいけませんね。

9日(水)お稽古日。

10日(木)
古典空間の小野木さんが千葉大で講義をしている。
「いっぺん三味線をちょっと弾いてくれませんか」とずっと言われていたのだが、なかなかスケジュールが取れなくて最終講義日の今日になってしまった。
三味線を弾いたというか、よくしゃべったというか、楽しい90分だった。お役にたつなら何時でも行きますよ。
その後、学食で古典空間と伝の会との打ち合わせをたっぷり四時間行う。

11日(金)
お稽古日。ちょっと風邪ぎみか、ここのところ喉が痛い。タブレットのビタミンをいっぱい飲んで、なんとか持ちこたえている。

12日(土)獅童くん宅のお稽古日。

13日(日)
毎年この時分に、松永流の新年会と言える「松永懇親会」が開かれる。今年は溜池の「バサラ」で昼食会が行われた。「家元とジャンケンコーナー」などで盛り上がる。夕方から伝の会の下ざらいをヒロキ(松永忠次郎)の稽古場で。
雑誌「VOICE」の取材を受ける。3月10日発売だそうです。買ってください。
せっかく取材のカメラの前でお稽古するのに、三味線ケースを広げたら三味線が破けていた。ガックシ。「吉原雀」「小鍛治」を師匠に唄ってもらう。
夜ごはんは環七の「まぐろラーメン」へ。

14日(月)
お稽古日。合間をぬって16日19日の伝の会のための事務的なことをする。ときどき思い出したように「吉原雀」を浚う。
 2月2日NHK総合テレビ「スタジオパークからこんにちは」でオンエアーの予定だった伝の会の紹介が国会中継で流れてしまい、9日に変更になり、それも国会中継で流れてしまった。明日の15日に(なんかすごいことが起きなければ)オンエアーするらしいとの連絡がはいる。いちいち連絡をしてくださる担当のNHK解説委員田村さん(ちょんまげライヴに取材にきてくれた)にかえって申し訳ないと思った。だって僕らなんかほんの数秒オンエアーされるだけなのに、ふつうそんなニュースが変更になったっていちいち連絡なんかしないと思うよ(実際今までそうだったし)。それをわざわざ「すみませんね」と連絡をくださるなんて恐縮します。たとえ短い時間でも愛情を持って取材してくれたんだなと感じだ。
 テレビと言えば、CSの伝統文化放送で1998年の「伝の会九周年&百回突破記念公演」を放送してもらってからというものちょくちょくいろいろな伝の会のライヴをやっているそうな。ここのところ「伝統文化放送で見てます」という声をよく聞くようになった。「えっ、どんなのやってました?」「ニャンニャン言ってましたよ」「佃の合方を弾いてましたよ」「ニコニコしてますね」「へー、そうなんですか・・・」とてんでカッコ悪い。はやくCSを見れるようにしないといかんね。伝の会も古典空間のみんなも、だーれもみられないんだから、ウワサばっかり。

15日(火)
邦さんと稽古。2:15p.m.になりNHK「スタジオパークからこんにちは」を見る。「あっ田村さんだ」「あっ邦さんの女装だ(笑)よくこれ流したなー(笑)」「すっかりいろもんだな(しみじみ)」「毎回女装してると思うよね」・・・なかなか丁寧に紹介してもらって、うれしかったです。 なにしろNHKだからね。全国に邦さんの女装が放送されたことにカンパーイ。
夜、クワッチャンが伝の会の新しいバージョンのTシャツを持ってきてくれる。(ライヴ会場で販売しています。一度直にお手にとって見てみて下さい。)

16日(水)
お江戸日本橋亭ライヴの日。
 寒いけれど良い天気になった。11:00a.m.会場へ入る。12:00p.m.すぎになるとお客様がならび始める。こんなに早くから来ていただかなくても大丈夫です。第一この寒空に表で待っていただくのは忍びない、けれども入ってもらうわけにもいかず、ただただ申し訳ないばかりで。もちろんとてもうれしいことなんですが。
 そうこうしているうちに師匠(鉄十郎)が楽屋入り。今回「小鍛治」「吉原雀」を独吟でたっぷりと唄ってもらう。これってすっごく大変なことだと思うが快く引き受けてくれた師匠ってすごいと思う。まっ、いつも伝の会は独吟で、なんの曲だってお唄の方は大変なんだろうけど。
 雑誌「Voice」のカメラも入り開演。久々の「三絃エキゾチカ」、「小鍛治」と演目はすすむ。てとてもノリの良い満席のお客様、「よくわかる長唄」も快調に飛ばせる。休憩後「吉原雀」、師匠とのトークも盛り上がる。なにがうれしいって師匠がノッて話してくれるのがうれしい。「ギッチョ」を演って終演。なんだか出来過ぎの初日だった(演奏はまちがえたけど)。ときどきこのようにすっごくノリの良いお客様の時がある。得てしてそういう日の、夜の部はスカされた雰囲気につつまれるもんだ。今夜もそうだった。シャベルことが全部スベッているような感じがする。昼の部の反応が良すぎたためなのだ。ただ今日の邦さんと僕はテンションが下がらなかった。そのうちお客様がついてきてくれた感があった。終わってみると腕がだるい。「吉原雀は大曲だ」と今更気が付いた。

17日(木)
小林洋治氏の写真展(銀座)へ行く。

18日(金)
お稽古日。明日使うクス玉の用意をする。自分の演奏会の前の日にクス玉の用意をするのは私ぐらいだろう。

19日(土)
伝の会の公演回数が今日で200回を越えた。クス玉割ったり、お客様全員におまんじゅうをプレゼントしたりと、ちょっとお祭り気分。師匠のトークもさえ良いライヴになった(と思う)。四回弾いた「吉原雀」、長唄っておもしろい。

20日(日)
7:45a.m.の新幹線で邦さんと僕は京都に向かった。昨年やらせていただいた「かぼちゃの種」でのライヴのため。朝ボーっとしながら支度したせいかやけに薄着で来てしまった。さすがに京都は寒い。1:30p.m.ライヴ開演。「三絃エキゾチカ」「甚五郎泣三味線」「二人椀久」他を演る。お客さんもノッてくれて大いに楽しめた。おいしい料理をいただき帰京(日帰りだぜ)。酔っ払ったー。

21日(月)お稽古日。

22日(火)
子供が生まれて三年半、家の中の荷物は増え続け片付けられない荷物たちがあちらこちらに山積みされている。なんとかしなくちゃと思いながら、忙しさにかまけて放置していたら、いよいよ大変な状態になってきた。そんでもって今日は「片付けの日」と決め、徹底的に片付ける。夜プール。

23日(水)
王子中学校へ。一年生の二時間目の授業で伝の会をする。その後邦さんと打ち合わせ。帰宅して昨日の片付けの続きをやり、リサイクルショップに売りに行く。

24日(木)
随分と部屋の中が片付いてきたがもう一息、がんばろ。

25日(金)
杵屋巳三緒(みさお)師匠が23日に亡くなった。
 平成元年、邦さんと僕が試行錯誤しながら始めた伝の会。キャパ100人位の小会場でシャベリながらやってみようと平成二年より始めた「月刊伝の会」。
 その平成二年の「月刊伝の会」の客席にひっそりと巳三緒師匠が座っていらした。終演後、素性を明かしたお師匠さんは、伝の会の姿勢をとても褒めてくださり、「こういうことをやらなきゃいけないのよ」と熱く語ってくれた。
 それからというもの毎回のライヴには必ずいらしていただき、応援をして下さった。まだ知名度も何もないあの頃(今もないですけど)自分たちの業界の中で、しかも他流派で、応援してくれる巳三緒師匠に僕たちはどれだけ励まされて来たことか。
 ご自分の「生前葬」と銘打った演奏会を僕らに手伝わせていただいたり、お浚い会にも呼んでいただいたり、当時伝の会の受付をやっていた妻とも親しくお付き合いいただいたりと公私ともにお世話になった。「お世話になった」と書くのはつらいことだ。「お世話になっている」といつまででも言っていたい。
 もうすぐ80歳には見えぬ若さとバイタリティーは大いに見習う所があった。伝の会のお客様の中でもお顔を見れば「ああこの方か」とお分かりになる方も多いと思う。このところ入退院を繰り返しているとは聞いていたが、「ちょんまげイン屋形船」にも元気に参加して下さった。2月16日・19日のお江戸日本橋亭ライヴに「何とか行きたい」とおっしゃっていたと聞きました。僕もお師匠さんに「吉原雀」を聴いていただきたかったです。
 お通夜では「生前葬」で演奏した「紀州道成寺」が。あれから十年近くたちました。お師匠さんが応援してくれた伝の会も200公演を突破しましたよ。お客さんもいっぱい来てくれるようになりましたよ。長い間ありがとうございました。合掌。

26日(土) 獅童くん宅のお稽古日。

27日(日))
お稽古日。我が家にいよいよスカイパーフェクトTVが入った。

28日(月)
良い天気だがちょっと風が強い。

29日(火)
お稽古日。えっ、ちょっと風邪ぎみだ。しんどい。

3月1日(水)
ちょんまげライヴ。質疑応答をメインにごった煮のライヴ。オモロかった 。

2日(木) お稽古日。

3日(金)
お稽古日。娘のためにおひなさまを飾ってあるが、昨年お内裏様を「弁慶って言うんだよ」と教えたら、今年になっても覚えていたらしく、「弁慶さんこんにちは」とか言っている。

5日(日)
獅童くん宅のお稽古日。久々に吉祥寺の「李朝苑(焼肉)」へ行く。ンマイ、やっぱりンマイ。


前へ 伝の会TOP 次へ 戻る