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鉄九郎の青?裸々な日常 第25号


2000年6月4日〜26日

6月4日(日)
 お稽古日。

5日(月)
 今日はオフ。久々に事務仕事をする。それに今、ちょんまげタイムズ(ちょんまげ倶楽部会報紙)を作ってもらっている。ずい分長い期間出せないでいた。僕らのスタッフと古典空間にご苦労をかけて、やっと今月中には発行出きそうである。

6日(火) お稽古日。

7日(水)「幼稚園−1」
 朝8:00a.m.に子供と起きる。僕も寝起きが良いが娘も寝起きが良いのでたすかる。幼稚園に連れて行く。今年四つになる子供たちが集っている。友だちはできたろうか?いじわるはしないだろうか?憎まれはしないだろうか?そんな思いをよそに、子供は初めての団体生活をうまくやっているようだ。親はつまらないことを心配する。彼女には彼女の世界が始まったのだ。好きな子や嫌いな子、やさしい子やいじわるな子に出会い、いたわったり傷つけたりしながら自分の居場所を決めていく。泣かしたり泣かされたりしながら成長していく。人の痛みを知るには自分も痛い目に会わなければならないんだろう。その中からやさしさが芽生えてくるいんだろう。親はちょっと淋しいようなうれしいような気持ちになる。別れぎわに「パパと離れるのがつらくなっちゃった」と泣きだす。毎度のことですっかり慣れた先生は、娘をスッと抱き「じゃあお預かりしまーす」と娘の手を持ちバイバイさせる。早く泣かなくならないものかと、また親は心配をする。そのうち泣かなくなったら、今度は「前は別れぎわを惜しんでパパ、パパーと泣いたのになぁ」と寂しい気持ちを味わうのだろう。

8日(木)「幼稚園−2」
 今の幼稚園は3年保育が多くなったが、僕らのころは2年保育だった。したがって娘の年にはまだ、苦手な団体生活を知らなかたのだ。4月生まれの僕は5才で田柄幼稚園(娘も通っている)年少みどり組に入園した。とにかく楽しかった。人の面倒をよくみていた。リーダーだった。同級性の誰よりもいろんなことが出来た(4月生まれだから)。(それに甘えて「自分は優れてる」と思ってしまった僕の挫折は中学生になってからおとずれる)。友だちがいた。何でもできる僕が、兄貴のように慕っていた横塚吉昭という友だちがいた。よっちゃんはおおらかで責任感が強く、一本筋の通った子だった。今思うと邦さんとそっ<りだ。年少のアツシくんの邦さんであるよっちゃんとの付き合いは小学校に入っても続いた。いっつも一緒だった。僕がわがままを言い、よっちゃんが解決してくれた。高松(練馬区)に引っ越し、クラスも変わると、だんだん疎遠になったが、親同志のつきあいはあったから、母はときどきよっちゃん家のお寿司(幸寿司というお寿司屋さん)を食べにいってた。そんなとき母は僕に「今、よっちゃんとこに来てるよ」と電話をくれた。僕がこの世界に入ってからしばらくしてからのことである。久しぶりに聞くよっちゃんの声は4つのときのまんまだった。今や共通する話題もないまま、「元気でな、遊びに行くよ」と電話をきった。あれから何年、いや十何年たったろうか。幼稚園に送り迎えするたびに、いつも心のどこかでよっちゃんのことが気にかかっていた。4月、岡山に行く前日、よっちゃんの訃報を聞く。ガンで窶れた姿を友人に見せたくないと、誰にも知らせず、家族に看取られて。入院先で偶然会った恩師には、「あっちゃんか、懐かしいなあ」と語ったという。後楽園の、かがり火をボーッと見ながら、自分の無念さを感じた。けど、よっちゃんの無念さに比べたらちっぽけなもんだろうな。君と初めて出会った田柄幼稚園に、僕は今朝も娘を送る。

9日(金) お稽古日。

10日(土) 佐門会。

11日(日) 獅童くん宅のお稽古日。

12日(月)
 すっかり梅雨に入ったようだ。6:00p.m.「さらしなの里」(編集部注:このお蕎麦屋さんには稽古にも利用できる和室がある。)で伝の会の下浚いをする。

13日(火)
 お江戸日本橋亭ライヴ。やはり雨。ワキ唄の太郎(巳津也)ちゃんが、とても具合が悪いので昼の部は休演してもらい、急遽17日の弥佑くんに来てもらう。夜の部は太郎ちゃん、必死であい勤めました。唄方は身体が楽器だから大変だぁな。弥佑くんも太郎ちゃんもありがとう。あっもちろん勝彦大先生も。

14日(水) お稽古日。

15日(木)
 僕は仕事がら、色々な所へ行かせてもらうが、なかなか家族を旅行に連れていくということができない。というわけで、バカーンスー。一泊ではあるが温泉に行ことということになった。愛弟子がバイトする箱根湯本の「天成園」を予約してもらう。ロマンスカーの一番前(展望席)に乗りたいという子供のときからの願いをかなえるため、これもまたお弟子さんにチケットの手配をしてもうい、良い天気に恵まれ出発。箱根湯本につき軽食のあと「箱根おもちゃ博物館」へ。いやいや、これがなかなか懐かしく、子供そっちのけで楽しんでしまった。「天成園」へつくなり温泉ざんまい。大サービスのタ食をいただき、また温泉へ。飲んで飲んで、さめたところでひとっ風呂。倒れるように寝る。

16日(金)
 朝も早から温泉はいって、再びロマンスカーの展望席に乗車。さすがにどっと疲れがでて、景色もそこそこに眠ってしまう。誰かに起こされ目がさめる。車内掃除のおねえさんが「新宿に着きましたよ」と言っていた。ありゃ、車内には我ら家族のみとなっていた。カッコワリー、酔っ払いのオッサンみたいじゃ。「良く寝てサッパリしたね」と言うわりに歩こうとしない娘を抱きながら昼食とって帰宅。

17日(土)
 お江戸日本橋亭ライヴ。勝彦くんと弥佑くん。50分の鏡獅子を皆さん熱心に聴いて下さった。

18日(日)
 父の日にあわせて幼稚園の参観日。獅童くん宅のお稽古日。

19日(月) お稽古日。

20日(火)
 志の輔らくご番外編「平成邦楽亭」。志の輔師に色々な話をきくことができ実りのある一日だった。

21日(水) お稽古日。

22日(木)
 お弟子さんに西台のつけそば「大勝軒」を教わって行ったら、今ではすっかりハマッてしまった。今夜は焼肉のおいしいとこがあると、東武練馬の「京城苑」に連れて行ってもらう。うーんおいしい。

23日(金) お稽古日。

24日(土)
 トモちゃん奈緒ちゃん(高橋智久夫妻)と奈緒ちゃんの母ときわ(和佐比路)さんに会う。娘は大好きな人たちに会って大はしゃぎ。帰りの車に乗り「バイバーイ」と手を振り終わると倒れるように就寝。

25日(日) お稽古日。久々に高円寺のとんかつ「とん喜」に。

26日(月)
 寒いです、この2日間。昨日なんかTシャツ一杖じゃいられなかった。今朝も寒い。しまい込んだトレーナーを出した。11:30a.m.くらいの新幹線に乗るつもりで家を出る。1:30p.m.くらいに新大阪に着いた。あれっ、あついなァ、なんだなんだ、卜レーナー着て歩いてる人なんかいないぞ。Tシャツでよかったんだあ。ヒーッあつーい。大阪富士屋ホテル527にチェックイン。5:00.p.m.国立文楽劇場にて「鳴神」の舞台稽古(6月27月~7月16日まで前進座公演の長唄として大阪に滞在する)。長唄メンバーは、唄/佐之隆さん六昶ご(にんべんに吾という字)さん、三味線/邦さんと僕。4人で飲みに行く。

国立文楽劇場楽屋にて、ザウルスを操る邦さんの図


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