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鉄九郎の青?裸々な日常 第28号


2000年8月21日〜31日

8月21日
 5:00a.m.起床。新宿発6:33a.m.の成田エクスプレスに邦さんと共に乗車。7:58a.m.成田空港着。KLM(オランダ航空)のカウンターでチェックイン。いよいよ旅立つのかという実感がわいてくる。9月21日帰国予定でイ夕リア、ドイツ、デンマークとまわる。一ヵ月だねちょうど。何をしにいくのか、僕は今ひとつよくわかっていない。とにかく三味線は持ってるし、邦さんの言うとおりにしてればいいんだろう。なにしろ今回の仕事って、僕は初参加なんだもん。みんなはどんなことをするかとかを体験していて、ちょこちょこ僕に話してくれるのだけれど、僕の中では「なんかいかなきゃわかんないや」という気持ちでいっぱい。
 そうそう、メンバーは、花柳翫一氏、七々扇左恵さん、花柳笹公さん、マークそれに邦さんと僕という一行。15日に出発だったが、邦さんと僕は仕事の都合で今日出発ということになった。ロシアに続きまたもや二人の珍直中。しかも今日の旅は、成田からアムステルダム/アムステルダムからフランクフルト/フランクフルトからボローニャと2度の乗りかえがある。邦さんとたった2人で無事ボローニャまでたどりつけるか?まあなんとかなるっしょ。両替して、ラーメンたべて、携帯電話の留守電の応答メッセージを変更して、酔いどめ薬とスリッパを買って、いざ出国。
 離陸する前から熟睡し、目がさめたら邦さん食事がおわってた。「お前の分は断っておいたから」んなアホな。僕の分もきっちりもらいケビンコスナーの映画をみてまた熟睡。12時間弱乗ったらしい。日本時間で10:30p.m.。7時間マイナスだからアムステルダムは3:30p.m.着というところ。次は6:30p.m.発。ま、一杯やりながらまとうか。ビール(もちろんハイネケン)とホットドック。そういやなんかすごくおなかが減ってる。邦さんはなぜ食べないのかなと思ったら、もう一食でたらしい、しかもカップヌードル付で。寝てると損だね。したたか酔ったとこで搭乗。あっという間の1時間半でフランクフルト到着。
 ここで僕らを待っていた現地の人が次に乗るルフトハンザの搭乗口まで連れていってくれた。只今9:00p.m.。日本時間で4:00a.m.思考回路がボーツとしてきた。二時間くらいでボローニャに着いた。迎えの車でテアトルムンディの稽古場へ。稽古場といっても日比谷公園みたいなところに建物を背景にしたステージが出来て居て、それはまあ、立派なもの。そこで創作劇を作っていて、日本チームもメインで参加している。出演者はデンマーク、インド、バリ、ブラジル、日本から来て居て、そのほとんどは前回と同じ出演者なので、邦さんの顔なじみの人ばかり。明日からぼくらも参加する「EGO FAUST」という創作劇をつくっている。リハーサル終了後にたくさんの人を紹介される。翫一さん、左恵さん、笹公さん、マークと合流し、宿舎に帰る。宿はボローニャ大学の所有する「Villa Guastavillani」というところ、山の上にある。すっごくきれいでモダンなところだ。シャワー浴びてビール飲んで就寝2:00a.m.

22日
 6:30a.m.起床。バスでリハーサル場所まで行き8:30a.m.より「EGO FAUST」の稽古が始まる。11:30a.m.終了。またバスで山の上のヴィラに戻る。ヴィラの中には電話もない。自然の空気に包まれながら昼寝。5:00p.m.から日本チーム単独の出し物である「溶けぬ雪」の稽古をする。夕食のあと8:00p.m.より「EGO FAUST」の稽古。終わったのが12:00a.m.ちょっと前。ウィラに帰ってシャワー浴びて、ビール飲んで寝る。・・・こんな生活がずっと続くらしい。

23日
 起床9:00a.m.。なんか今日はたっぷり寝た気がした。石造りの邦さんとのツイン部屋は、天井が高く小さな話し声も響く程だ。そこに毎夜(昼寝もするからしょっちゅう)邦さんの大イビキがこだましている。昨日も昼に翫一さんが訪ねようとノックをしようと思ったら、大イビキが聞こえたというのだから、良く響いているのだろう(その後、向いの部屋の中に居ても聴くことができたとの情報が入った)。隣に寝ているてつくろさんにとってもさぞかし寝苦しいと思われるかも知れないが、長年のつきあいからか、一向に気にならない。気にならないどころか、かえって安心して寝られるのだ。慣れとは恐ろしいものである。
 9:30a.m.朝食。コーンフレークと果物。皆一同でバイキング形式の食亊。「アツシの食べれるものは全然ないからナ」と邦さんに言われていたので、食亊に対する期待は何も持ってないので「なんだ、食べられるものもあるじゃん」程度。
 12:00p.m.より日本チームの創作舞踊「溶けぬ雪」をビィラ内のホールで公演。夜は「EGO FAUST」の稽古。しかも2回。終わったら2:30a.m.ビィラに帰ってタ食。「あったまご料理だ」と一瞬喜んだが、やっぱり食べられなかった。おやすみを言う前に邦さんのイビキが聞こえた。

24日
 8:00a.m.起床。9:30a.m.より「EGO FAUST」の稽古。12:00p.m.にはヴィラに帰ってきた。午後は昼寝。どうやら日中は日差しが強く気温も30度を越すところから、稽古は午前と夜ということになるらしい。
 21:30p.m.舞台稽古開始。バリ・インドの民族衣装、日本の着物等、全員がきちっと衣装をつけての舞台は壮観だ。ヴィラに戻り、明日は午前の稽古がないので食事のあとテラスに出6人でワインを飲む。3:00a.m.すぎたので寝る。

25日
 「五目ごはんを食わしてやるよ」と邦さんが騒いで目が覚めた。ボーッとした中で五目ごはんを食べた。「ウマーイ!」嫌いな椎茸も残さず食べた。余韻にひたってうつらうつらしていると、全員参加のミーティングが始まってると起された。出来上がった作品への思いや今後の予定をバルバ(演出家)から伝えられた。
 今日は少し町をブラブラしてみようと、早めに劇場に行く。劇場のある公園から1km歩くと市の真ん中に行けるという。邦さんと石畳の町を歩く。ボローニャは12,3世紀に黄金時代を迎えた町で特にこのあたりは中世風の雰囲気が感じられる。しばらく歩くとボローニャの斜塔というのがあった。ふたつならんだ塔は12世紀に貴族がたてたもので、100m近いアシネッリの塔に5,000リラで上ることが出来る。どうするとしばらくただずんでみたが、まあ上ってみるかということで登ってみる。最上階まで498段のかいだんは、狭くて木の急階段でかなり怖い。半分も行かないうちに足がガクガクしだした。あとから上ってくる人に「ゴーアヘッド」と道をゆずり先に行ってる邦さんに「まだあんのー」と悲鳴をあげせながら最上階まで到着した。5分くらいは目の前真っ白、ひざは大笑い。口も聞けずに座りこむ。やっと落ち着いて下をのぞくとすいこまれそうな恐怖が襲う。家の瓦が濃い赤色で統一されていてとてもきれいだ。見渡す限り赤いのだ。もう閉める時間だという案内に従い階段を降りた。とにかくどっかに腰掛けて冷たいものが飲みたい。都合よくマクドナルドを発見(スヌーピーの縫いぐるみではなくファービーの縫いぐるみだ)。ボローニャのシンボルと地球の歩き方に書いてある、海神ネプチューンの噴水を見て帰り道となる。途中で、頼まれていたサンドイッチやコーラを買い劇場に戻る。久々に歩いたので足がだるい。
 翫一さんたちは開演四時間前から支度をしだす。化粧をして衣装を着せあって。暑さとの戦いのような毎日だ。のんきにしているぼくらが申し訳ない気がする。邦さんと僕はとくにのんきだからな。8:00p.m.よりサウンドチェックと歌の練習。そうそう歌も歌ってるんですよ、何語かよくわかんないけれど、しかも僕なんかちゃんと覚えて無いけれど。9:30p.m.開演。やっぱ本番がいいよな。超満員のお客の前でやるこの緊張感。終演後主催者の軽いハ°ーティがあって帰宅。休足時間はって寝る。

26日
 演出家のバルバに日本チームはランチに誘われた。「VECCHIA BOLOGNA」という有名なイタリア料理に行く。イカエビのサラダ、パスタ、ステーキはみんなとてもおいしかった。帰りぎわにバルバが「イタリアに来てはじめて胃にたまる食亊をしたでしょう」と言っていた。9:30p.m.開演。終演後イタリアレストランで食事。今日は二食とも外食をとった。この一週間ですっかり粗食になれてしまった身体にはちょっとヘビーだったように思う。人間粗食が一番なのだ。しかしさすがイタリアのイタリア料理、何を食べてもおいしい。

27日
 昨夜行ったレストランにバッグを忘れてしまい、それが届くのを待っていたことと手紙を出す段取りをして夕方まで過ごした。昨夜から少し涼しくなった。風もあるし夜も少しは寝やすかったようだ。湿気がちょっと出てきて洗濯物の乾きが遅くなった。ほんとにここで「暮らしてる」っていう感じだな。昼食はおちゃづけ(邦さんの)を食べた。
 7:30p.m.会場入り、サウンドチェックをし9:00p.m.開場。しばらくすると雷が鳴って雨が降りだした。野外ステージだから雨が降ったらダメだけど、まあちょっと様子を見てるうちに雨が上がった。バルドがやってきて「ステージの整備と取り込んでいた機材のセッティングに一時間はかかる。クニトシ、テツクロー、ユアーラッキー、ビコーズ、伝の会をここで出来るからだ」ハイハイなんでもやりまっせ。ブラジル、ドイツ、日本という順番でそれぞれ20分ずつやろうということになりブラジルが演奏しはじめたら、またもや雷雨が。雨もはげしくお客さんも逃げ回る始末。ついに公演中止となりました。片付けをしてビラにもどって「ピザパーティ」。「ピ ザパーティ」という名称のパーティではなくてデリバソーのピザ(オーダーは前もってとってあり僕はアンチョビのピザ)を食べながらの打ち上げ。疲れもあり早々に就寝。

28日
 ドイツに送る荷物をパッケージすると後はオフ。とにかく街にでようということになりタクシーを呼び街に降りる。随分と涼しくなったものだ。長袖を着ている人が多い。二時間くらいぶらぶらして帰り、夕食を食べに再び日本チーム一同で下界へ。吟味の結果8:00p.m.よりオープンの「アリス」というイタリア料理店に入る。ここが良心的でおいしい店だった。

29日
 4:00a.m.起床。昨日バルバを始め舞台関係の人は先乗りしているので今日は30〜40人の移動というところか。バスでボローニャ空港へ。さまざまな人種の人が和気藹々と移動するさまに、まわりの観光客はさぞ不思議な目で見ていることだろう。6:30a.m.の飛行機でフランクフルトへ。一時間の乗り換えでハノーハーへ。僕は酔いどめ薬のせいもあってぐっすり。二つの飛行機の離着陸もしらないし、二つ目の飛行機にいたっては隣に誰が座ったかも知らない始末。ほんっとよく眠れる。邦さんがよく「アツシは腹がたつほどよく眠るからメシの時もおこさねえんだ」と言っている。そんな状態なので何時間乗ったのかは定かではないが12:00p.m.くらいに着いてたので両機とも1〜2時間だろう。
 空港に着いてトランクを待っていると笹公さんのトランクがついぞ出て来なかった。僕も12年前の海外巡業で経験しているがいやなもんだ。本人が一番つらいだろうが仲間としてもイヤな気になる。両機ともにルフトハンザだし、フランクフルトからの国内機に移る時に積み忘れだろうということで、きっと出てくると言われても、もしものことを考えると安心はできないよな。いつ届くかもわかんないし。バスに乗って一時間(また死んだように寝てた)位で宿舎のHausNeuland(ハウスノーランド)に着いた。奇麗な療養所のようなところ。学習センターとして使っているらしい。広いツインのシングルユースでトイレもシャワーも部屋についている。やったーいい感じじゃん。気にいった。海外にくると部屋が広いのが好いよね。良かった日本のビジネスホテルに慣れてて。夕方、会場のStadHalle(スタッドホール)へ行き、先に着いている荷物をほどき楽屋をつくり、ランスルー。12:00a.m.すぎに帰ってベッドに倒れ込む。

30日
 まったく寝た気がしないうちに目覚ましがなった。ここBielefeldで「International Theaterfestival 360°」というのが「THEATER LAB0R」という劇団が主催しているそうな。そこにテアトルムンディ(TheatrumMundi)が招待されて公演をするということだそうだ。そしてテアトルムンディというのはオーディンシアター(OdinTheater)というデンマークを拠点にしている劇団プラス我々のようなゲスト(日本・ブラジル・インド・バリ等)を迎えたチーム名で今回の演目が「EGO FAUST」なんだそうだ。なんかだんだんわかってきた(遅いっちゅうの)。
 午前中にStadHalle(スタッドホール)へ行き2:00p.m.より「EGO FAUST」の稽古。MovenPick(モーべンピック)で夕食のあと再び「EGO FAUST」の稽古。10:30p.m.「THEATER LAB0R(劇団)」の「Odyssey」という芝居を観る。うまく説明できないが、50人のキャパの小劇場で演じられる芝居は僕にとってとても貴重な楽しい体験だった。

31日
 11:00a.m.出発楽屋入り。日本のパフォーマンスをやるTOR6(トルゼクス)の舞台を見にいく(車で6、7分)。StadHalle(スタッドホール)に戻り邦さんと街を探索。Stad HaIIeは「ハノーハー中央駅」のすぐそばにある。大きな店やデパート、映画館もある。ドイツに来たんだからソーセージを食べようと駅前のスタンドで3.50マルク(170円位)のビッグソーセージ&パンを食べる。こんなんでもうまーい。楽屋にかえると翫一さんが僕の紋付をアイロンかけてくれていた。昼食は日本チームでモーべンピックで。6:30p.m.サウンドチェックで8:00p.m.「EGO FAUST」開演。夕食もモーべンピック。12:00a.m.に店を出て12:45a.m.部屋に戻りシャワー浴びて倒れるように就寝。

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