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鉄九郎の青?裸々な日常 第3号


1999年1月下旬-2月上旬
19日
かぼちゃ亭ライヴ。50人でいっぱいになるスペースに50人来て下さり、今年初の伝の会は盛り上がりました。

20日
昨夜のライヴでけっこう弾いたので、今日は腕が重い。普通の長唄を弾くのと黒御簾(くろみす)を弾くのとでは使う神経や力がまったく違うのです。
21日
もうあと数回で、この芝居も千秋楽を迎える。長いようで短いようで。毎年のように一月は京都に連れて来てもらい、いつものようにホテルと南座を往復し、「ヤマモト」で出前を取り、「もりた」で夕食を食べと。この現実が2〜3年続くと、これから一生、一月にはこのような生活を送るのかなと思ってしまうが、もちろんそんなことはなくて、いつかはここへも来なくなるのだなあと思うと、一日一日を大事に過ごさなくてはと思う。思うが慣れとは恐ろしいもので、ついつい一日一日をただ消化してしまってることに気づく。
22日
タケチャン(今藤佐志郎さん)と五条縄手通りの中華料理「北京亭」。
23日
「寿司清」と上七軒の「萬春」。
24日
いつもは日曜定休の「もりた」が今日は営業するという。というのも明日の千秋楽 で前進座ご一行が帰京してしまうためだという。ありがたいというかなんというか、とにかく行きますよ、はい。 行ったら矢之輔(藤川)さんも来ていて大いに盛り上がる。盛り上がるのはいいけれど翌日がつらいんだよなあ。
25日
やったあ、ついに迎えた千秋楽、朝早く起きて荷造り、すっかり「てつくろの部屋」と化した820号室をもとの状態に戻し、忘れ物の確認をしてチェックアウト。10時の「千秋楽の集い」に出席し、「ヤマモト」に行ってコーヒーを飲み、中村梅之助さんや嵐圭史さん河原崎国太郎さん等々の部屋に挨拶に行きます。もちろん唄方さん、鳴物さんへも。「千秋楽おめでとうございます。どうも長々ありがとうございました。」と、こんなやりとりがあちらこちらで聞かれます。無事公演が終わると、三味線をたたみ、着物をしまって一路京都駅へ。ホームの立ち食いそばを邦さんとかっこみ、16時16分の「ひかり」に乗り、起きたら東京駅、ここでみんなとお疲れさまを言い合い別れます。 決して仕事が嫌いなわけではないのですが、この時の解放感ったらないですね、サイコーです。ともあれ、今回も事故や病気で倒れることが無くて良かった、みんな元気に仕事が出来てホッとしました。
26日
チョン、パラ(チョンと柝が入って、パラっと浅黄幕ふり落し)で一夜明け、朝日カルチャースクールの特別講座のため、朝の9時には もう邦さんと埼京線に乗り大宮駅に向かう。「三味線の本手と替手」に絞って約一時間半の公演をする。流石にちょっと疲れ午後3時位に帰宅して昼寝。
27日
私用で朝7時前に起床して出掛ける。夜8時より家元(松永忠五郎師)宅で、打ち合わせ。
28日
東京に帰ってきてやっとゆっくり寝た。伝の会でもお馴染みの、鳴物の川島佑介さんが2月10日に結婚式を挙げることになり、邦さんと僕とで司会をすることになった。ほんとになんでもやる伝の会です。その打ち合わせを僕の稽古場でする。
29日
松永和佐次朗師の葬儀。大事な大事な芸の親である師匠が亡くなったというのが今だ実感出来ず、コメントなしです。合掌。
30日
というわけで、今年初のお稽古日。お弟子さんの元気な顔を見るとホッとする。
31日
日曜日ということで、我が家も日曜日。今年は暇だなあ。 土日休んで月〜金ブラブラという生活になりそうだ。
2月1日
さあ、心機一転するつもりで(そんなことはないか)美容院へ。もう7、8年(もっとかな)通っているfwd(フォワード)へ。北野君と伊藤君という素敵な若者がやっ ている店で表参道と青山通りの交差点からちょっと入ったとこにあって、感じは良いし腕 は良いしで云うこと無し。僕のなんでもないヘアースタイルは伊藤君の手腕から生まれる のです。美容院を変えたいなあと思いの方は是非電話して見て下さい。
fwd(フォワード)03−5467−2577
2日
8日、9日の「伝の会」の自主稽古。
3日
節分。邦さんと「伝の会」の稽古。長唄の稽古もさることながら、「京都の一日」 の稽古が一番疲れる。僕たちホントに三味線弾き?
4日
制作の「古典空間」代表の小野木さんと打ち合わせ、邦さんと三人で。今後の予定が盛りだく さんのため、話し合うことが多すぎて混乱しそうだ。古典空間のおかげで、ここ二、三年 の伝の会は実に目覚ましく発展した、伝の会はとても幸せ者だと思うこの頃です。このホ ームページだって田坂さんがいなければ、なんにもできないわけだし。伝の会の強さは、 他に類を見ない優秀なスタッフとのチームワークだと思っています。邦寿と鉄九郎のたっ た二人でやっていると思ったらおおまちがいなんだぜ。 夜は邦さんと稽古。「京都の一日」は今年もおもしろいぞよ。
5日
2才半になる娘は、10ケ月の頃からスイミングに通っていて、今日は母親に代わ って連れて行く。帰って昼寝をしたかったが、図書館へ調べものをしに。帰って昼寝をし たかったが、帰宅すると子供が娘の他に三人いたので、死ぬほど遊んでやる。みんなが帰 ったので昼寝がしたかったが、お弟子さんのお稽古をする。終わったので昼寝がしたかっ たが、外食しに行く。帰って昼寝がしたかったが、お風呂に入ってちゃんと寝ることにした。
6日
お稽古日。風が冷たい日だったが、みんな休まず来てくれた。
ホームページを見て下さった方だと思うが、CD「序幕」購入の郵便振替の通知が郵便局から届く。ホームページにCDの宣伝を載せてから結構な発注がある。
それで思い出したのだか以前、銀座の 山野楽器でプロモーションをする話をライヴでしゃべったら、それは何時なのかと山野楽 器に数件の問い合わせがあったそうだ。それに加え山野楽器では結構CDが売れているら しく(邦楽界にしてはすごく売れてるということ)「伝の会」の印象も良いものらしい、 ありがたい話だ。ちなみにプロモーションはCDの第二弾が出たときにやらせていただくことになっている。
7日
小野木さんが家にご不幸があり、8日9日のライヴの欠席が決まった。責任者の小 野木さんの欠席は大きく、みんなでお手伝いをしてくれる人を探す。今回はとくに「京都 の一日」のなかで出演する予定だっただけに結構深刻だ。そんな問題を抱えつつ夕方から 邦さんと稽古。帰りに「コジマ」に寄ってDAT他を購入。夜、田坂さんと電話で打ち合わせを。「京都 の一日で使うキエモノのもりそばをどうしましょうか」とか、とてもじゃないけど長唄の演奏会の打ち合わせではないな、こりゃ。
8日
お江戸日本橋亭ライヴ、ゲストは勝彦くん。ほんとにやりやすい人です、大好きで す。忙しいなか、小野木さんもちょっと顔をだしてスタッフと打ち合わせをしていました 。良いお天気にめぐまれ、整理券を配るほどのにぎわいで、感謝感謝。
4回公演になってからつくづく思うが、ライヴはほんっとに生き物で、その時々のお客さんの反応で、まっ たく違う4回になる。特に日本橋亭はお客さんが近く、反応を無視してできないからなおさらだ。ともあれ、お客さんの反応とアンケートを見たところによると、今日は成功と言 って良いのだろう。今日来て下さった皆様に心からお礼を言います(もちろん、今日だけ 特別そう思ったわけではなく、いつも思ってますよ)。
それからメールアドレスを持って るお客さんが多くなりましたね、ホームページも見てくれてる人も結構いるようですね。 質問やご意見ご感想などもメールで下さいね。アンケートに質問とかいっぱい書いてくれ ても、その人に電話をかけて答えるというのもどうかと思いますし。
あっそうだ、こうしましょう、ホームページを見て下さってる人で伝の会をご覧になった方、ご意見・ご感想・ご質問を募集致します。これぁイイや、そうしましょう。ねっ、これ読んだ方、今すぐメールくださいね。
9日
お江戸日本橋亭ライヴ、ゲストはナベさん(渡辺雅宏さん)。久しぶり、お江戸日本橋亭ライヴは初めてだそうな。
昼の部が終わったらまじめな顔をして「アっちゃん(鉄九郎のこと)、僕、京都の一日の出 前持ちやろうか。」という、ナベさんが「〜やろうか」というときは「〜やるよ、絶対、 やらせろよ」ということなので、お願いする。やんちゃなナベさんは、邦さんの食べるオ ニギリのなかに、甘いだんごを一切れ入れた。京都の一日を終えて汗かいて楽屋に帰ると 、ナベさんは正座して「安宅の松」を浚っていた。おそるべしこの変わり身。
とにかく無事に4回公演を終えることができた。お客さんの数も目標動員数を達成しました。来て下 さった方、ありがとうございました。きてくだされなかった方、次の機会にお待ちしてお ります。
10日
年に一度の「長唄協会演奏会」。お開きの合同演奏の「俄獅子」と松永の「紀州道 成寺」に出演する予定だったが、ダブルブッキングをしてしまい、「俄獅子」のみの出演 となる。11時30分に舞台稽古だったが、昨日の疲れがドット出て、しんどいのなんの って、どうしようかと思ったが、そこはそれ、本番はキチッとやりましたよ。来年は2月 2日だそうです。このあと六本木で師匠(鉄十郎師)と会って打ち合わせ。
3時すぎに乃木坂の乃木会館へ。なんと伝の会でもお馴染みの鳴物の川島佑介さんが結婚をするという 。その式場なのだ。
あのおじさんはもう、結婚なんぞはしないのかと思ったら、な、な、なんと年齢差18才という、もう犯罪に近いというか、うらやましいというかという結婚披露宴です。ましてや相手は、僕も内弟子の頃から、とてもお世話になっている杵屋寿介さんの娘の千寿子ちゃん。まあ、世の中驚くことがありますなあ。
しかも披露宴の司会を邦さんと二人でやってくれなどと言い出す始末。「〜こんな不吉な二人に司会をと言ったのですが、新郎新婦ともに冒険がしたいの、ということなので〜」とは実際邦さんが式の冒頭でのセリフだが、まさにその通り。まあ非常になごやかな内に無事つとめることができてホッとした。
二次会は防衛庁近くの「順徳」へ。川島さんから「乃木会館から三味線を忘れてると電話があったけど」と言われ、「そんな訳ないよ。何かのまちがいじゃない?」「よその結婚披露宴でだれか三味線弾いてたんじゃないの?」と答えた。が、よーく考えたら・・・忘れてた。とても恥ずかしい。反省反省。二次会終宴後、三味線取りに乃木会館へ戻り、邦さんを送ってから帰宅。午前1時。いやはやお疲れさまでした。
次のこのコーナーは、3月2日頃更新します。

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