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鉄九郎の青?裸々な日常 第32号


2000年11月1日〜17日

11月1日(水)
 コペンハーゲンから帰国したのが9月の21日。それからこっち、やたらに忙しい。伝の会、舞台、お弟子さんのお稽古等。伝の会事務局の仕事や企画を考えたりもする。たとえば、何カ月も先の企画を考えたり構成したりしながら、明後日のおさらい会の出物を浚って、来週の伝の会のネタを考え、明日の踊りの会の出物の中であやしい(弾けそうにない)ものはないかと目を光らせ譜をチェックし、今日お弟子さんのお稽古をつける。気が狂いそおだあぁー、あああああああぁー・・・・
 ほかの長唄の人より忙しいなどとはいわない。いやっ、僕なんか誰よりも「暇な長唄人」だと思う。なのになのに・・自分の不器用さか?生活のペースがつくれないのか?原因なんてないんだろう。ただ、ひとつひとつの事柄が丁寧に出来なくなるのが怖い。自転車操業になってるんじゃないのかという不安。人に不親切になってるんじゃないかとか、わがままになってるんじゃないかとか・・・まあ深く考えたってしょうがないか。どれもこれもぜーんぶ大好きなことなわけで。だから、ひとつひとつ味わいながらじっくりやりたいって言うのが本音なわけで。前略おふくろさまっ・・・ああなつかしー・・・なんやねんっ。

11月2日(木) 午前中、邦さんと稽古。

11月3日(祝)
 「うーん、ねむーい、さむーい」若い女の子ならともかく、シジューのおっさんがそんなことを言ったってだーれもかまってはくれないのだ、さて、本日もてつくろを開店させるとするか。今日は何をする日だ?おおっ、日芸歌舞伎の日ではないか、10時すぎに日芸内の中講堂へ。11時から舞台稽古。終わるとお弁当がでている。だんだん目が覚めてきたぞいっ。2時本番。演目は「伊勢音頭」。日大は母校でもあるし、お手伝いをさせてもらえるのはなかなか楽しい。暗くなくっていいやなっ、ここの(歌舞伎研究会)子たちは。夜の打ち上げもちょこっと出席する。

11月4日(土)
 「アーサーッ」谷岡ヤスジの漫画のように、容赦なく朝はやってくる。ただいま6:00a.m.。眠い眠たいと感じてもいない。まったく寝た気がしないのだ。今ベッドに横になったと思ったら、チョンパラッ(浅葱幕が落ちて)で朝になっちゃった、キショーっ、目もつむってねーぞー・・などと言っている場合ではない。着物と三味線抱えて、8:00a.m.発の「のぞみ」に乗らなければいけないのだ。
 えっちらおっちら東京駅まで行って「のぞみ」に飛び込んだら隣の席の邦さんは元気に弁当たべていた。この人の弁当食べる姿は絵になるねーっ。おはようのあいさつもそこそこに就寝。なにせ大阪まで二時間半しきゃないのだ、急いで寝なきゃ。新大阪で「ひかり」に乗り換え。な、なんだこのなんとかスターという新幹線は指定席なのにグリーン車みたいだぞ、二列二列だし。車内放送もないのか、ふーん。チケットホルダーもついてるので車掌さんに起こされることもないんだ、へー。車掌さんがまわってきたのでチケットホルダーに切符入れて寝たふりしてみた。おーっ起こされない、当たり前か。
 ンなアホなことをしているうちに新神戸に着いた。鉄吉弥さんのお弟子さんの丸田さんが迎えにきていてくれた。家元(忠五郎師)とシン(杵屋新右衛門)さんとも合流して一路、和佐次朗師が眠る「須磨寺」へ。今日は和佐次朗さんの三回忌法要が行われるのだ。主に関西の和佐次朗さんのお弟子さんやら親しい方々が集まっている。もちろん師匠(鉄十郎師)も来ている。青空も広がるポカポカ陽気だ。ウーンどうしてるかなー和佐次朗さんっ。
 神戸に戻り、「摩耶クラブ」というところへ。今晩ここで伝の会をすることになっている。ここへ来て法要が無事すんだのでホッとしたのか、どうにも眠たい。眠くてしょうがない。なんとかせねばと気はあせるばかり。しかしうまくしたもんで本番間近になったらシャキっとしてきた。ディナーショーになっていて、食事の前に和佐次朗さんの縁の曲ということで関西のお弟子さんたちで「四季の流れ(和佐次朗師構成曲)」「勧進帳」「阿波の四季(和佐次朗師曲)」を演奏。ぼくも「勧進帳」を弾かせてもらう。食事のあと伝の会。一時間半たっぷりとやらせていただいた。もうヘトヘト。
 ホテルにチェックインして二次会の会場へ連れて行ってもらう。そういえば朝からろくに食べてない。急激におなかが減ってきた。おなかが減ってきたからといって中座できるはずもなく、二次会の場所に食べるものがあることを期待するが、そういうところじゃなかった。乾き物をちょっと食べ、「アツシうたえーっ」の声とともにクワタケイスケを唄う。それから三軒目(三宮をすでに遠く離れた所)のカフェバーでやっとのことカレーを食べる。ああほっとした「かえるでー」という声でタクシーに乗り込む。ホテルの部屋についたのが二時すぎ。あっ、いやあ意外にはやかったじゃない、寝よ寝よ。

11月5日(日)
 午後、帰京。7:00p.m.麹町のホテルで「長崎ぶらぶら節」(テレビ版の三味線指導)の打ち合わせ。

11月6日(月)
 6:30a.m.起床。うーんねむーい。今日はなんだっけ?えっと下浚いだ。10:00a.m.に始まるんだ、さあ急いで急いで、とあわてて家を出る。おやっ、人通りがめっぽう多いな?げっ、ウィークディの8:00p.m.って、ひょっとしてラッシュアワー?げっ、しまった。うーどうしよう。着物を入れた大きなバッグと三味線を抱えて満員電車に乗るのかぁ。つらいなぁ。お客さんは迷惑だろうなぁ。まあでも仕方がない。道路もラッシュに違いないし、ここはひとつ電車でいくべ。iモードで「浅草駅」へ行く最短時間と乗り継ぎを調べいざ出発。以前ほどではないにしろやっぱりラッシュだラッシュだ、お勤めの方は大変だわな。
 エッチラオッチラとなんとか浅草公会堂に到着。佐兵衛師のお仕事で、11日の日舞のおさらい会の下浚いだ。2:00p.m.になると長唄は中断され清元、常磐津、義太夫をすることに。三時間位時間ができた。眠くてしょうがない僕はカプセルホテルで昼寝をすることにする。
 カプセルホテルって行ったことがないんだけど、以前より興味津々で、一度は行ってみたいとこだったのだ。ドキドキしながらフロントへ行くと「ご休憩二時間1,500円です」という。やっすーい、そんなもんなんだ。まあ泊りも3,300円とか書いてあるから休憩は意外に高いのかもしれんが、1,500円で二時間ぐっすり眠れるんならお安いですよ、ほんとに。まずロッカーへ行って着替えてくださいと言う。へーっサウナみたいなんだ。それもそのはずで、時間の都合で行かなかったがサウナもあり、あたりまえだがお風呂もある。ホテルの寝間着(みたいなもの)に着替えるとワクワクしながら私のカプセルへ。あったあったカプセルが並んでる並んでる。いいねー、この狭い空間。子供の頃ダンボールとかに入って遊んだよね、あの安堵感ったらないよね、アレですよアレッ。カプセルの中はテレビと目覚まし時計とライトだけ、いいねー無駄がないねー。こりゃグッスリ眠れるぞと思いながら掛け布団を掛けた途端に寝入ってしまった・・・・遠くでジリジリ言ってる。なんだなんだ?おっ、ああ、カプセルホテルかここは。いやあよく寝たなー、ボーッとしてるよ、顔むくんでるなこりゃ。慌てて着替えてチェックアウト、二時間なんぞあっと言う間よ。浅草公会堂に帰る。義太夫さんが終わると残りり長唄をやる。9:00p.m.過ぎ終了。かーえろ帰ろ、地下鉄乗ってかーえろっと。

11月7日(火)
 ちょっと疲れている。忙しさと寝不足で、フラフラしている。今日なんとか睡眠を8時間とったが、まだ足りない。そうだ、一.二年まえに近所にオープンした「お風呂の王様」に娘を連れて行ってこよう。露天風呂やら薬の日替わり風呂やらとなかなか充実している。そんなに広くはないが、なにせ近所というのがありがたい。旅行気分になったのか娘が「あしたかえるの?」などと言っている。僕は長湯が苦手なので15分もウロウロしていたらシンドクなってきた。娘を見るとにこにこしてまだ入っていたそう。でもシンドイし、「もう出ようか」と言ってみたら「うんっ」となかなか聞き分けが良い。
 いいやつだなぁと思いながら脱衣所に戻ると「ちょっと気持ちが・・」と言う。えっ、椅子に座らせ「大丈夫?」と聞くとコックリと頷いた。ははあん、湯あたりしおったな、はしゃぎおって、俺の血が入っているんだからそうそうは長湯できないはずなんだぜオメエさんは。見る見る血の気がなくなってしろーくなってきた。おおっ、「あしたのジョー」の最後の場面のようだ。とにかく着替えさせて、水分をあたえようと食堂の自販機で「何にする?爽健美茶あるよ」爽健美茶が大好きな娘は「ソーケンビチャがあるの?ソーケンビチャにしゅるゅよぉ」と目を輝かせた。一口飲むと、元気になったらしく「はぁーもう大丈夫だよっ、どうなることかと思っちゃったぁ、あーよかった、ソーケンビチャがあって」別に爽健美茶のせいで元気になったわけでもなかろーに、まあいいか。食堂でミートソーススパゲッティを一人前食べあげていた。おいおい大丈夫かと今度は食べ過ぎの心配をしていると、「ここはシロク(広く)ていいねー、またあした来たいわねっ」・・・すっかりおばちゃんになっていた。夜、お稽古日。

11月8日(水)
 古典空間から僕らの写真入りのファックスが届いた。「邦楽を変えるキーパーソン」と題された伝の会の紹介記事だ。奈良部(和美)さんが書いている。ハハーン、そういえば5月のマンダラのとき楽屋で取材をされたなぁ。奈良部さんとはもう長いつきあいで、最初に取材をうけたのは「邦楽ジャーナル」のときだった。その後ちょくちょく伝の会も観にきてくださり、なんと「ちょんまげ倶楽部」の会員にもなっ てくださっている。ありがたいね。忙しい中、久々に僕らを取材してくれたのだった。この記事は音楽之友社から発行された「邦楽ディスクガイド」という本の中のもの。どんな本なのかはやく見たあぁい。

11月9日(木)
 しかし、寒くなったなあ。お稽古場は45年前に建てた、まさに日本家屋という感じの家で風情があって好きなんだけど、寒くなるとすきま風は入ってくる。いよいよ長い冬がくるんだなぁという感じの今日この頃でございますが、本日はお稽古日で、夜までビッチリやりました。

11月10日(金)
 つ、ついにダウン。どうにもシンドイ。子供を幼稚園に送って帰宅すると、そのままベッドへ。3:00p.m.ごろなんとか起きる。やんなきゃいけないこともあるんだけどグダグダして夕方ふたたび寝る。8:00p.m.起床。「起床」って言うのもなんかなぁという感じですが、起きなければいかんのです。
 これから仕事に行くのです。すっごい重役出勤っ。事務所に行く。小野木さん田坂さん森山さんがバッタバッタ働いてる。三人とも気が狂うほど忙しいのだ。んーっ「日本の三味線音楽大集合」も近いしね、他にもいろいろあるもんなぁ・・・。小野木さんと一緒に出発。向かった先は、恵比寿のとあるスタジオ。TOKYO-FMの「サタデー・ウエーティング・バー」に出演するのだ。ホストの入江たのしさんとしゃべったり三味線弾いたりと楽しんで録音をした。ああ目が覚めた。ってもう午前一時やんっ。

11月11日(土)
 9:40a.m.浅草公会堂に到着。日舞のおさらい会の当日(佐兵衛師のお仕事)。楽屋をはなれている時に、「伝の会をよく観にいっている◎◎です」と名乗るお客様からケーキが届けられていた。うれしいですが、お会いしてお礼を言えないのがつらいとこだ。

11月12日(日)
 毎晩「ショップチャンネル」を見ながら缶ビールを少々たしなむのが我が家の日課である。一口にビールと言ってもメーカーによってさまざまな味があり好みの別れるところだが、僕はサッポロとキリンが好きだ。しかしどんなにサッポロとキリンが好きだと言っても海外に行くと違ってくる。
 イタリア・ドイツ・デンマークの巡業でもそれぞれの国のポピュラーなビールがいちばん口にあった。気候とかに左右される飲みものなのだなぁ。水でもそうだね。ボルビックが大好きだけどドイツで飲んだボルビックは口にあわなかった。よほど日本のと味が違うのか環境が違うので僕の舌が変わっていたのかだ。各国でさまざまな水を買って飲んでみたが、それぞれの国で口に合う水を見つけられた。
 話はビールにもどるが、この数カ月はサッポロビールの「冬物語」を飲んでいる。味のこともあるが「冬物語」を飲んでいるもうひとつの理由がある。「ベア―マグ」が欲しいのだ。缶に当たりハズレのシールくじがついている。最初はそんなに欲しくはなかったのに、毎回くじをめくってる間にドンドン欲しくなってきた。オス熊とメス熊のコップがあって、オスが欲しいとかメスの方が良いとか言っていたのだが、あまりに当たらないので「どっちでもいいから当たれー」とかいいながらめくるようになった。娘も気になりだしたらしく、お風呂から上がると「はやくビールのみなよ」と言い出し、最近では「ペロンやらしてくだしゃい」と懇願しだし、ついにくじをするのは娘の仕事となった。ちょこちょこ買っていても全然あたらず、ケースで買ってきた。ケースで買うと一本や二本は当たっている気になるが、毎晩「はじゅれっ」「はじゅれってかいてあるよ」「はじゅれだぁ、さみしいね」と言う台詞になってきた。ああ当たらない。こんなに当たらないものなのか?単に運が悪いだけなのか?それとも当たりはごくごく少ししか存在しないのか?「せめて当たる確立が知りたーい」と騒ぐようになり、売ってる「冬物語」のシールくじを全部めくっちゃえーなどと物騒な会話が飛び交うようになってきた。風呂上がりのほっとしたひとときを手助けするはずのビールが飲む度にがっかりする飲み物に変化してしまった。なかなか深刻だぞこれはと思っていたが、ひとケースすべてがはずれで終わるころになると、もう当たる気はすっかりしくなり、「はじゅれー」の声にも「うん」と言うだけで感情も左右されなくなった。人間は慣れる動物である。こんな状況にすっかり慣れてしまった。今夜もいつものように冷蔵庫から誰かがビールを出しテーブルにおく。娘がだまってテーブルに来て置いてあるビールのシールくじをめくるという無言のままの流れ作業が行われていた。「ちょう(今日)もはず・・・あれっ、これなんてかいてあるのかなっ?」「んっ?どしたの?・・・・・・メスあたり?・・・あっ、メスあたりだぁ。あたたあたったー」「えっあたったのォー、しゅごおぉいー、やったー、ねむれないくらいうれしいよー」夜中の二時すぎにキャーキャー言ってる。明朝、幼稚園おきられんのかな?

11月13日(月)
 11:00a.m.世田谷通りのデニーズに邦さんといた。朝からオムライスを食べて来たという邦さんをしり目に僕はランチを食べる。コーヒー飲んで目を覚ます。吉田兄弟と伝の会の「三味線の魅力」と題されたライヴのため弦巻中学校に行くのだ。道が意外にすいていたのでデニーズでひと休みした。
 弦巻中学校では長唄三味線を選択授業であり、40数名が習っている。高橋みゆき先生の指導方法は、良い意味で三味線を楽器としてとらえ、音楽することのおもしろさを三味線を使ってうまく教えている。生徒たちも理屈ぬきでのびのびと弾いている。30時間たらずの団体稽古で「都鳥」の前弾きを本手・替手ともに完成しつつあった。600人を越える生徒・父兄・一般のお客さまの前で、まずはその生徒たちの「都鳥」前弾きを披露。僕と邦さんも一緒に弾かせてもらう。続いて、吉田兄弟の出番。35分の熱演のあと、吉田兄弟二人のたした年齢の倍になるという伝の会のおっさんたちの登場。やはり35分やって終演。花束もらって退場。はずかしー。記念写真をとり、先生方の話し合いに参加して帰宅。

11月14日(火)
 さて、今日から四日間は18日の「てんの会」にむけてのお稽古日。なんか 予備校の集中講義のようだ。その合間をぬって水野(医院)先生のところへインフルエンザの注射をうってもらいに行く。

11月15日(水) 寒い。お稽古の合間にお茶ばかり飲むようになった。

11月16日(木)
 お稽古日。しかし僕が、いっちょまえに人様に長唄三味線を教えるようになるなんて不思議に感じる。好きな舞台が出来るようになっただけでもめっけもんで、ボチボチやつてる僕のところに「教えてください」とやってくる人がいるなんて考えもしなかった。とにかく「人に教えることは自分にとってとても勉強になる」ということはわかるしそのとおりだと思っていたが、お弟子さんをとるというのは自分には向いていないし、第一「誰が僕んとこになんぞくるものかね」と思っていた。それが邦さんと一緒におさらい会をするようになるなんて。わかんないもんですな。しかもお稽古するのが楽しいのだ。いやっ、わかんないもんだねー。

11月17日(金)
 雨ふりはいやですな。暗い気持ちになるし、活動的でなくなるね。いやっ私なんぞがこんなことを言うものではない。たかだか家からお稽古場まで歩いて2、3分、満員電車に乗るわけでもない。雨だろうが雪だろうが槍がふろうが、全然楽じゃんか。そうなのだ。明るく稽古場に行かねばなるまいよ。
 お弟子さんのみなさんは、明日が本番という緊張感があり、みんないつもよりテンションが高い。一回浚って「はい、良いでしょ。おしまい」などと言おうものなら「な、なにをー、もっぺんやつてくださいよ、明日なんですよー、てんの会は」とつきとばされ、さらに「はいはい、てんの会が明日ということは僕も聞いてますよ」などと、軽ーくチャカしでも入れようものなら「師匠ーっ、おふざけはオヤメー」と蹴りのひとつでもくらいそうな勢い。ま、まあ結構なことですな。一生懸命になってもらって私ゃうれしいっすよ、はい。とにかく師匠としては、出演者の13人のお弟子さんと1人の娘は立派に出来上がったと思っている(これはおごりじゃなくて、ぎりぎり間に合ったという人はいないという意)。出演者も会場にいらしていただいた方も楽しんでもらえたら良いなというのが目標である。あした雨じゃないといいなー。


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