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鉄九郎の青?裸々な日常 第33号


2000年11月18日〜30日

11月18日(土)
 昨年の「練の会」のときよりもお弟子さんが増え演目も24番になった。邦さんと僕のとこの合同おさらい会「てんの会」というどこか軽いノリの会のつもりが、素敵なチラシができ、かっこいいプログラムができてお弟子さんたちも次第に盛り上がってきたところで本番の日となった。うれしいことに最近ではめずらしくぽかぽか陽気になった。邦さんのお弟子さんも僕のお弟子さんもみんな緊張しながらも明るい三味線を弾いていた。師匠業とはいいもんだなぁとしみじみ思った。「てんの会」にいらしていただいた160人ものお客さんに、あらためて御礼を申し上げます。

11月19日(日) 
獅童くん宅のお稽古日。今日は寒い。家に帰ると娘が「ご褒美買って」と言う。昨日「てんの会」に娘も出していただいて「供奴」を唄った。ちゃんと出来たのでご褒美として「トイザラス」ヘ行く。

11月20日(月) 
今日はちょっと買い物にでかける。帰宅するとなんか調子が良くない。風邪ぎみなのか過労なのか、なんか気持ちまでめいってしまう。ああ、明日から「三味線大集合」の稽古が始まる。こんなんではいけないと思いつつだらだら過ごす。

11月21日(火) 
午後2時より前進座稽古場で邦さんと打ち合わせとお稽古。午後4時にNHKの波多野さんがいらっしゃって24日生出演のNHKTV「いっと6けん」の打ち合わせ。

11月22日(水) 
26日の打ち合わせと下ざらいのため午後1時に佐吉師のお宅に行く。夜7時すぎより24日の打ち合わせのため勇希波つ帆師宅へ。本日も多忙。

11月23日(祝) 
午後1時より邦さんの稽古場で二人でお稽古をし、午後4時前進座へ。広也さん文美さんと「連獅子」の稽古。そのあと邦さんといろいろ打ち合わせをして、なんか見えた、もやもやしてたものが晴れたぞ。よーし、明日から三日間、テンションあげて行くぞー。

11月24日(金) 
ああ、はやく着きすぎた。スペースゼロの前で8:40に待ち合わせなのに8時前についてしまった。意外に道がすいていたのだ。車ん中で寝ようかな、とも思ったがエンジンとめると寒いこと寒いこと。小野木ちゃんに電話してみる「もすこししたらでまーす」だと、ちぇっ、どしよかなー。ぐだぐたしているあいだに時間はすぎたらしい。邦さんやら高久の顔が見えた。ささ、荷物をつみなおしてでかけましょーよ。
 9:20NHK着。「いつと6けん」というテレビ番組に生出演するのだ。生出演というのははじめてだなー、たのしそうだなー。メイク室につれていかれ着替えもすませ、リハーサルをする。波多野さんはなかなかやる気のある素敵な方で、うまくノセテもらう。リハーサルのあとみんなでディスカッションをしてなんとか時間内におさめられるようになった。本番も実に楽しかった。いつもの取材とかだと、ジャンジャンいいたいことを言って、あとでテキトーにしてもらってる。そのときの癖で、なんか言っちゃいけないことを言っちゃいそうでちょっとこわかった。僕らのコーナーが終わっても、当たり前だが番組は続いている。中継のときにそーっと片づけダッシュでNHKを後にする。ご丁寧に波多野さんも駐車場まで見送りにきてくれた。
 さて仕込みが始まったスペースゼロに着くと、電話が鳴りっぱなしだと言う「えっ、なんか言っちゃったかな。失礼だったかな」と心配したが、どうやら問い合わせの電話の応対が大変なんでという、うれしい悲鳴だった。あらそうっ、すっごいじゃんっ、うれしいねー。がんばんべーよ。
 リハーサル開始。時間内におさまり余裕の開場。本番もみなさんとてもノッテいただいて良い舞台ができました。岡本宮之助さん岡本千弥さん、勇希はつ帆師匠、地唄ボ ンバーみんなみんなありがとうございました。いっぱいのお客さんに良い舞台が観ていただけてうれしかったです。

11月25日(土)
 さあ今日は久々に木下伸市さんと田中悠美子ちゃんとの共演の日だ。タナカユミコワールドもさらに拍車がかかり、木下さんと茂戸藤さんのステージもさらに迫力と気迫がましたようだ。久々のセッションもモニターのトラブルという悪条件の中ではあったが、茂戸藤さんがよくがんばってくれた。ありがとうございました。

11月26日(日)
 天気がくずれると言っていたのに良いお天気をいただいた。さあて千秋楽だあ。「つかれてません」などとはいいませんクッタクタでごわす。リハーサルが押して押して、できないコーナーが出てしまった。今日は特に僕らは出っぱなしなので段取りがしんどいのだ。
 午後2時開演。今日もいっぱいのお客様だ。前進座の嵐 広也さんに出演してもらっての「演技と三味線」のコーナーをやり今村文美さんに加わっていただき、「連獅子」を踊っていただく。唄は勝彦(杵屋)くん独吟、鳴物は川島佑 介さんの締太鼓のみという、これ以上は考えられないくらいのシンプルなメンバー。しかし意外や意外、これがなかなかの好評を得た。
 休憩のあとは佐吉(杵屋)さんのコーナー。豪絃をつかった三絃主奏楽「まつり」と「みぞれ降る夜」。亀屋(三味線やさん)にもご出演いただき、「白龍」というめずらしい三味線を見せていただいた。そして古近江三味線の出番です。三百数十年前の音を堪能していただきました。
 そして最後はやっぱり川島さんとのセッション。もう何回やってんだろ。川島さんってやっぱ大好きだなー。すげーって思う。今日も川島さん出ずっぱり。伝の会のわがままを一手にひきうけてるって感じ。ほんとは文句いいたいかなー。あっ打ち上げでちゃんとお礼をいうのを忘れていた。あっ勝彦くんにもだ。すんません。どろどろにつかれてたんで。

11月27日(月)
 お稽古日。きのうの疲れもなんのその、一日も休まずお稽古をしてるなんざ、師匠業のかがみだね、あたしゃっ。

11月28日(火)
 今日から「二人椀久」のあたまにしまっせー。きりかえまっせー。伝の会事務局に着々とチケットの予約がきている。よーーーし。と、せっかく気合いいれたのに、私の大事な大事なザウルスが故障した。えーーーっ、どうしよー。僕関係のデータが全部あの中にー。んんんんいたしかたあるまい、とにかく「大至急なおしちくりぃっ」とシャープに持っていく。涙涙なのだ。

11月29日(水)
 お稽古日。さむーい。風もあるし。夜、邦さんが「椀久」さらいにきてくれる。

11月30日(木)
 午前10時すぎに「椀久」をさらいに勝彦くんが来てくれる。住宅街のお昼前、日本家屋の居間で一挺一枚の「二人椀久」。勝彦くんの澄んだ声に「椀久」の歌詞がのっかって僕の心に降ってくる。
 何十回も聞いてる歌詞なのに、今日は特別せつないよ。その声に惚れて勝手に身体が三味線弾いた。長唄っていいなあ。ただ音がしみて心乱れる暇がない。肩の力も抜けてくる。しんどいことも忘れてる。「いいもんだねぇ」と言いあった。長唄を仕事としての位置に座らせて、楽しむ気持ちをどこかへ追いやっていた。和佐次朗さんが死んじゃって、立ち直れてない僕の前に、今年もいろんなことが起こった。うれしいこと、うきうきすること、悲しいこと、とりかえしのつかないこと。いそがしさに甘えて、自分の心と人の心をおろそかにしていた。そんな余裕のない一年だった。
 伝の会はつぎつぎと仕事を増やし、いろいろなところに呼んでいただけるようになり、うれしさだけで、段取りだけに追われてはいなかっただろうか? 集まってくれたお客様の前に立つことへの感謝はしていただろうか?こんなことがあった。「三味線音楽大集合」の26日最終日、すべてを終えて袖に引っ込んだとき、前列の数人がアンコールの手拍子を力強くしてくれていた。思えば昨年 の「99夏特別編」のラストの鳴りやまない拍手のとき、段取りに追われて舞台にもどらなかった。あのとき楽屋にいる出演者たちと一緒に舞台に出てみんなにお礼を言いたかった。そんな後悔をもうしたくない。「俺の気持ちはわかってくれるだろ」なんてつっぱるのはよそう。今、みんなの前に出ていかなかったら、また後悔すると思った。もう後悔したくない。「またこんどね」などと言いたくない。あとの段取りが遅くなるからなどと引っ込むのはよそう。袖に引っ込んだ僕の頭にそんな思いが駆けめぐった。舞監の高久が「じゃBGMお願いします。」と連絡している。「ぼっちゃん(高久)、俺出るよ。邦さん出よう。」邦さんと僕が舞台にでていくと、400人が帰る中、前列の数人は待っていてくれた。淋しくはなかった。待っていてくれるのが何人だろうがかまわないのだ。だって待っててくれたのだもの。お礼を言わなきゃ。「自分なんかを」と引っ込むのはもうよそ う。待っていてくれた人を信じよう。彼らの拍手が勇気をくれた。フヌケの僕にゲキを入れてくれたんだ。
 勝彦くんとの「椀久」は僕をちょっとだけ前にむかせてくれた。「おれ長唄がすきなんだなぁ」とつくつぐ思った。和佐次朗さんに会いたいよ。その思いを会ってちゃんと言いたいよ。
 俺、あれからいろんなことあったよ。和佐次朗さんにも起こったようなこと。つらそうなときありましたもんね。そんなき和佐次朗さんはどうしてたのかがわかったような気がしたよ。和佐次朗さんの心境がちょっとわかったよ。あんなに三味線うまくてイイ音だしてても寂しがりやて甘ったれだったものね。まわりに誰かがいないとダメで、そんなダメな自分が好きで、でもつらいこといっぱいありましたね。生きるって大変ですね。好きなことを続けていくって、その好きなことが好きならば好きなほど淋しくなることもあるんですね。そばにいてそんなことにも気がつかずにすみませんでした。いっつも強い人だと思ってました。強い人だと思わせるのがツライときもあったんでしょ?満たされないときもあったんですね。みんなと同じ人間だものね。でもスゴイ人だと思ってたもの思いたかったもの、なんでも乗り越えられると思ってたもの。「自分でがんばってよ」としきゃ言えなかったよ。そんなつらさを知ってるからジーンと胸にささる三味線がひけたんですね。僕はそれに気づいていたけど「うそだぁ」とか思っていた。そんな格好良すぎない?としか思えなかった。ちがうんですね。シンドイことを三味線に乗せていかなきゃしょうがなかったんですね。そうやってひらきなおって腹をつくっていくか方法がないんですね。でも俺まだ半分「やだやだ」って思ってる。はいそうですかってわけにゃいかないよ。でも今度の「お江戸日本橋亭ライヴ」の「椀久」は楽しみだよ。20代のあのときに和佐次朗さんに稽古して もらいました。あれから十何年たって初めて弾かせてもらいます。わざわざ足を運んでくださるお客様の前でカッコつけずに弾けるような気がします。
 そんなこ濃ーい午前中がすぎ、王子中学校へ行く。「一年生に伝の会」です。給食も食べさせてもらいました。いいねー、中学生にもどりたいか?いやっ今がいいや。ここまでくる間にいろんな失敗したけど、そりゃ失敗しなきゃわかんないことだったんだろうから。今の自分も悪くないさ。


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