前へ 伝の会TOP 次へ 戻る

鉄九郎の青?裸々な日常 第39号


2001年1月24日〜31日

1月24日(水)
 毎朝、ギリギリに飛び起きて楽屋入りをしていたが、ちょっと早く起きてみた。ギリギリに起きても早く起きても眠いのは同じ。わかっちゃいるけど・・・というやつ。案の定眠い。暖房つけてボーッとする。暖房がなかなか利かない。7階の部屋なのに足下が暖まらない。京都の冬ってやつなのか。でもこのところ暖かいけどなぁ。ゆっくり顔を洗い歯も磨く。髪にジェルをつけてヒゲを剃る。トレーナーかぶってジーンズはいて出来上がり・・・ありゃっ、いそいでもいそがなくてもたいして時間はかわらない。男って簡単にできてんなぁ。
 えーっ、そこへいきますてぇとぉ、ご婦人の方ぁ大変なんでございましょうなぁ。まぁ、ご婦人になったことがありませんから具体的なこたぁ控えさせていただきますが・・・(今日は「・・・」が多いでゲス)
 さて、なにしよう。仕方ないから楽屋へ行くか。おいおい仕方がねぇからってぇのはいけませんよ、口が悪くていけませんねどうもぉ。
 ちょいと早く外に出ると気温もちょいと違う感じがする。料理屋さんの店先には、水がうってあったりする。ああいいもんだね、などと浮かれていると凍ってたりしてツルッとする。サングラスかけてコートのポケットに手をつっこんで、いかにも「かっこいいだろ」と時代錯誤の若くもない若者がころびそうになって腰をねじってうずくまってたりする。いやっ私じゃなくて・・・鴨川の鷺たちがボケーッと流されていたり、「というわけで」から若いカップルが手をつながずに出てきたり、「ヤマモト」のお兄ちゃんが外の水を使っていたり、向こうから洒落た格好してる奴が来たので「おいっこらっわれーっ!」と優しく声をかけたら、お稽古に行く途中のタケ(佐志郎)ちゃんだったり。ちょっと早いと楽しいものだ。当然楽屋にも早く着く。きっと三味線弾き三人の中では一番乗りだろうなと着到板を見ると「邦寿」のところに印が、うそーっと下駄箱みると靴がある。早いな邦さんっ。エレベーターで3階へ。いつもより静かな廊下。
 我らの楽屋の前まで来たとき、足が止まった。なんと邦さんが部屋の中のテーブルを拭いている。僕のように雑にではなく丁寧に。知ってるよ、邦さんが毎朝掃除してること。南座だけじゃないよ。国立だって文楽だってどこだって。昔から一番早く来て掃除してる。立三味線になったってそれは変わらない。洒落で「邦さんは掃除が好きだから」とか言ったりもしてる。邦さんも「そう、俺がやんなきゃ誰がやんだよ」とか言っている。ほんとは一番下っ端がするもの。僕の仕事。それをいつも邦さんがやっている。もうずーっと何年も。で、今朝、きっちりテーブル拭いてる後ろ姿を見たらジーンとした。心が痛んだ。すっごい人と仕事してんだなぁと思った。黙々と誰も見ていないところで続けていくことのすごさ。みんなが楽しく過ごせるように、仲良く明るくすごせるようにと願って拭いてるようだ。そんな後ろ姿がキラキラしてた。どうしよう?帰ろうかな?オイオイ帰っちゃいけないでしょ。けどどんな顔して入るのさ。いや、普通におはようっていきゃあいいっしょ。そうはいきませんよぉ、あたしゃ見ちゃったんですからキラキラを。んなこと言ったって、いつまでもそこにボーッと突っ立てるわけにゃあいかないでしょっ、この唐変木がっ。よっ、うまいこと言うねぇ。なにいってやんでぇ、ほれっはいんなさいよぉ!ドンッ
「あっ、おはよっ、掃き掃除まだでしょ、ほうきで俺がやるよ」
「おうっ・・・なんだよちょっと貸しなよ。下手だなぁ」
「へへっ、だって、四角い部屋をまあるく掃くっていうじゃんっ」
「だからダメなんだよ。どうしたんだよアツシはやいな」
「う、うん。なんかおなか減んない?朝メシ食べいこうか?」
「あっ、ワルイっ、ヤマモトでモーニング食べてきちゃった。アツシも行って来いよ、あそこなら一人で入れるだろ」
「う、うん。じゃ行ってくっかな」
「ああ、まだ早いし、いいよ、行っておいで」
「はい」
言われたとおりヤマモトに向かう。なんか俺、ろくでなしの亭主みたいだな。妙な気持ちでモーニング食べて楽屋に戻る。
「食ってきたか?」
「うん、おいしいね。でも邦さん、あの量で足りるの?」
「おなかいっぱいだよ、モーニングのハンバーグ定食とオムライス」
「んなもんあるかー!」
いつもの邦さんがそこにいた。

1月25日(木)
 今月は、同一演目を昼の部と夜の部と二回公演をしている。時々昼の部だけのときがあり、午後四時には楽屋を出られる。いつもは午後九時終演、真っ暗な四条河原町、5度とか3度とか、ときには0度とか温度を表示してるビルを見上げ「今夜も暗いねぇ」「ああ夜だからなぁ」などと、わけのわからない会話をする。しかーし、昼の部だけのときは午後四時。午後四時ー。午後四時!なんです。もういいの、その日は仕事しなくて。うれしいねー。ほんとはこんなに喜んじゃいけないのでしょうが、それだけ力入れて仕事していると思って下さいな。その分、開放感も大きいということ。だってだってまだ明るいんだぜ、外が。京都にも昼間はあったん だ!と叫びたくなる。
 さて、なにしよ?とりあえずホテルに帰ろうか?しかしこの「ホテルに帰る」というのが案外くせ者なのだ。というのは、ホテルにかえるとホッとする。ホッとするとよりホッとしたくなる。すると靴を脱ぐ、服を脱ぐ。大きな窓から穏やかな、もうすぐ日が沈むぞー的な日が差し込んでいて、目の前にはきれいにメイキングされたベッドが、枕の近くの毛布がめくりやすいように折ってある。「あーあ」なんか言ってベッドに倒れ込みたい衝動にかられる。この誘惑にあなたは勝てますか?僕は、自分では意志のしっかりしている人間だと思っている優柔不断な人間です。もちろんこの誘惑には勝てません。いや、勝てるどころか、部屋に入った途端に「負」の頭でいっぱいになる。実はそれ以前に、フロントでキーを受け取るとき「おかえりなさいませ。ごゆっくりお休みください」とでも言われた日にゃあ、すっかりその気になって、エレベーターで七階に行く間に、あくびのふたつみっつして、涙でウルウルしながら部屋に入り、ダウンきたままベッドに飛び込んでしまう、という非常に素直な人間だ。横になったら最後である。睡眠におちいってしまう確率は100%。それでも小一時間で目をさまし「あーすっきりした」と言える人ならまだしも、僕は深い眠りにはまっていく。目を覚ますし時計を見ると九時とか十時だ。一瞬この九時というのが、夜の九時か朝の九時かの判断がつきにくい。「あたりが暗いのだから夜の九時でしょ」と思えるときは軽傷の方で、重傷になると、「カーテンが閉まっていて天気が悪いから暗いのだ。これは朝の九時なのだ」と思考してしまっ た時である。
 さてここで新たな問題が持ち上がる。この朝九時は寝過ごして翌朝の九時なのか?はたまた逆戻りで今朝の九時なの?ということだ。翌朝の九時と思った場合「いやー寝過ぎた!せっかく四時からのたっぷりな時間を持っていながら、服も脱がずに寝てしもーたー」と騒ぐ。しかし午後九時だとわかると、エラク儲けた気がして妙にハイテンションな夜を過ごしたりする。まあこれはこれで楽しくていいことだ。けど、「今朝の九時かな?」と思うことがある。これはもうパニックの始まりです。
 毎日同じ時間割で同じメンバーで同じ仕事をしているのだから、普段から今日と昨日の区別がつきにくい。しかも日にちとか曜日など頭に入っていない。これではもうどうしようもない。「えっ!」と発した声が狭い部屋に響いたりする。「たしかに今日仕事したと思うけどなぁ、夢だったのかなぁ」すっかり「時をかけるオッサン」なのだ。少女ならどこかで持ち直すだろうが、オッサンだと持ち直すフダを持ってなかったりしてたちが悪い。
 なんの話かわかんなくなっちゃったけど、とにかく部屋に帰るのは「熟睡くん」に誘われてるみたいなものである。でもカバンとか部屋に置きたいしな・・・答えはひとつ。部屋に帰っても「熟睡くん」の誘惑を振り切ること。まずホテルに入ったら怖い顔をしてフロントのお姉さんのとこへ足早にいく。すると、「松永さん、なにかあったのかしら今日は怖そうな顔して」と彼女は思い「おかえりなさいませ・・・」とは言えず、黙ってキーを渡してくれる。第一関門突破。部屋は扉を開けると真正面にベッドが見えてしまう作りなので下を向いて部屋に入る。バッグをソファに放り投げる。あわてて部屋を出る。「ゆっくりしてけばー」と声が聞こえたようだ。エエイっ振りむかんぞー。エレベーターホールまで走り、はやくエレベーターが来ないかイライラする。フロントにつくと「よろしく」と言いながらキーをカウンターに投げる。ホテルを出ても振り向かず足早に四条河原町に向かう。
 やったー!誘惑に負けずに、みごとバッグを部屋に置いてきたぞ。小さなガッツポーズをとる。さて、まだ外は明るい。どこでも行けるぞ。どこのお店もやってるぞ。しかも手ぶらだ。洋服買いに行こうか、映画でもみようか、そろそろおみやげのあたりをつけに行こうか、本屋に行こうか、ははは、これが自由だ。ああしかし、足早で歩いたから汗びっしょりだなぁ、シャワー浴びたいな、部屋に戻って・・・いかんいかん、戻ってどうするン。なんのためにがんばったんだ。ここはひとつ我慢をしなければ。ま、歩いてるうちに汗もひくさ。風邪ひかないかな?なにを軟弱なことを言っておるのだ。風邪などひかぬと思えばひかないのだ。たとえひいたとしてもいいではないか、私は勝者なのだから。勲章のようなものよー、さーて買い物にいくぞー、いっぱい買うぞーフアッファッファッーガッハハハー・・・そのころ持ち金が全て入っている僕の「財布くん」は、部屋のソファに放り投げられたカバンの中で熟睡していた。

1月26日(金)
 つきあたりが八坂神社の四条通りは観光客も多い。その道もちょっと脇道に入ったりすると、住宅もあったりして普通の人が普通に買い物をしている。どこの街でもそうなんだけど、観光客にとっては、そこではそこの生活が普通にあるということを忘れがちである。僕も、いくら一ヶ月滞在しているとは言え、昼間歩くことは、ごくたまのことなのですっかり観光客気分でホケーッと口を開けてキョロキョロしながら歩いている。ちょっと長期滞在の観光客のようなものだ。もっとも観光してるのは南座だけだが・・・
 ランチを食べに行こうと、ある女将に教わったお店に行こうと地図を頼りに観光客していたら、普段着でかごをさげたご婦人に「鉄九郎さんじゃありませんか?」と声をかけられた。「不意をつかれた」という言葉があるが、その時僕の顔にはまさに「不意をつかれた」と殴り書きしてあったろう。「あっ、はいっ、てつくろーです」と必要以上に大声を出してしまった。しかも声裏返ってたりして。だらしのないこと山の如しである。聞けば17日の「かぼちゃん亭ライヴ」をご覧になったそうで、すっかり伝の会のファンになっていただいたそうで、「南座にいらっしゃると聞いていたので、すれちがっ たりするかなと思っていたんですわよ」と、のんびりとおっしゃった。こっちは慌てたのと照れくさいとで、まだ顔の殴り書きにも気づかず「あっそうっすか、へぇ、あっりがとぉございます。そうっすかそうっすか」とまるで中学生があやまってるようなことしか言えず、オロオロしてしまった。
 役者ならともかく、僕なんかが、まさか京都で、しかも一般の方に声をかけていただくなんて考えもしないことが起こるもんだなぁ。しかし間抜け面で歩いてちゃいけませんね。ちょっとは意識を持って歩こう。しかし今度は意識しすぎちゃって、怖い顔して両手両足一緒に出しながら歩いたんじゃあ、知ってる人からも声をかけづらくなってしまうのだ。

1月27日(土)
 娘と毎晩電話で話す。雪が降って雪だるまをつくったこと。テーブルの角にぶつけて「えーん」と泣いたこと。風邪ぐすりを一人で飲めるようになったこと。おはじきをひろって宝物にしたこと・・・。小さな身体で思いっきり声を張り上げて一生懸命話す。息切れして途中でハァハァしたりする。「そんなに気ィ入れてしゃべんなくても」というが「なにが?」と言うばかりで、テンションが下がるということはない。
 ひとしきり話すと妻にかわる。最後にまた出てきておやすみを言うことになっている。一ヶ月近くの電話での会話で娘も随分といろいろな単語や言い回しを覚えているんだなぁと感心する。彼女は確実に脳も身体も成長しているのだ。「おふろのなか(湯船)に、しとり(ひとり)で、だっこされなくてもはいれるんだよぉ」と言う。背が伸びた証拠である。「背が伸びて、今まで見えなかったとこが見えるようになるってどんな感じ?」と聞いてみた。「うーん、しょうねぇ、なんともいえじゅ、ああ、こおなってんだぁとかっておもうのよ」と言っていた。

1月28日(日)
 千秋楽ーーー。いやはや、過ぎてしまえばあっという間、でもないな。それなりに長かった。無事舞台が終わり、片づけをし、京都駅へ行き、バスに乗る。えっ、バス?なんで?そうなのだ、もうひと仕事なのだ。31日のライヴの打ち合わせと新年のあいさつを兼ね徳島に行くのだ。どうやっていったらいいかと思っていたら、なんとバスが出ているという。バスはちょっと苦手だが、3時間で着くというし、酔い止めを飲めばひと寝入りで着いてしまうのだからとチケット購入。満席だったら嫌だなぁ、と思っていたが、幸いなことに空いていてゆったりと寝ることができた。徳島に来る時って、夏とかの暖かい時にくることが多い。自然と南国というイメージが頭にある。冬にくると、いつも会う方々が長袖を着ていることに不思議になる。「寒い寒い」と言っていたり「雪がふったでぇ」とか言われると、なんか二枚の絵のまちがい探しの下の絵の中に入ったようだ。

1月29日(月)
 よく寝た。ときわ(松永和佐比路)さんが徳島空港に送ってくれ一路羽田に。「いやー、空いてていいなぁ」とぼんやり思いながらいつものように離陸前にウトウトし始め気づくと羽田についていた。耳が痛くてしょうがないが、寝てたんだからとあきらめる。東京は寒い。京都の気候に慣れたのか。慣れたのなら東京はあたたかく感じるはず。けれども寒い。ビルとかの風?なんで東京って寒いんだろ?
 歌舞伎座の近所の某所へ急ぐ。「長崎ぶらぶら節」でお雪役の宮沢りえちゃんの三味線のお稽古をする約束になっている。彼女はお三味線もお師匠さんについてちゃんと習い始め、稽古三味線も買って家でも稽古しているとのこと。なにより日舞も長唄も続けていきたいと思っているという。
 なにかをしなければいけないとき、それを「好き」になることがいちばんの上達の手段。それをきっちり心得ているりえちゃんのファンになった。この役は本人が弾ける弾けないに関わらず、三味線が身体の一部に見えなければいけない。そのアドバイスをするのが僕の役目。「こうするとウマく見えるよ」というとそのとおりにできるというのはすごい。「勘がいい」という俗な言い方では言えない何かがあるようだ。何人かの女優さんにこういう指導をしたことがあるが、時々ほんとに「スゴイ」と思う人に出会う。「りえちゃんは立派な三味線弾きになるなー」と言った。こう僕に思わせるだけの努力を彼女はカゲでしているのだ。
 僕は女優さんの指導にかかわらず、お弟子さんにも「まずカッコだよ」と教える。カッコ良い構えの人は、必ずうまくなると僕は思う。あとは長唄を好きになってもらう努力を僕がすれば良い。でもほんとは逆なのかも知れない。習う人の心のどこかで自分が思っている以上に長唄三味線が好きだからかっこ良い構えができるのかも。きっとそうだろうな。僕はステキな「習う人」に出会う事が多い。
 フランス料理を食べながらスタッフと打ち合わせをして、ぶらぶら新富町の駅まで歩きながら、そんなことを考えた。首都高速の上に見える空は暗くどんよりと曇っていた。地下鉄有楽町線に乗って帰る。自宅のある駅に着く。うん帰ってきたな。灰色になった雪が道路の隅に盛り上がっている。昨日京都にいて、今朝徳島にいて、さっき女優さんにあった自分が嘘のよう。ただ家に帰るという楽しみがあるだけ。小学校の角を曲がると我が家が見えた。家の前には雪だるまであったであろうと思われる雪のかたまりがふたつ重なって置いてあった。娘が「すっごい大きな雪だるまをつくったんだよ、目が甘栗で鼻がニンジンでキティちゃんのピンクのバケツをかぶってんだよ」と言っていたことを思い出した。

1月30日(火)
 朝、久々に幼稚園に娘を送りに行く。先生が「昨日は、あしたパパが帰ってくんだよーって3,4回行ってましたよ」「あっそうですか」と照れる父。「良かったねー、パパ帰ってきてー、いっぱい遊んでもらった?」「ううん」と首をふる娘。「おみやげ買ってきてもらった?」「ううん」と首をふる娘。「一緒にごはんたべた?」 「ううん」と首をふる娘。「あいやー、せんせーもういいっスから、ほんとに」
 有楽町駅についたら10時15分。えっ、10時30分ころの新幹線じゃなかったかな?ありゃっ、間に合うのかな?走んなきゃだめかな?ええいっ、とばかり走って山手線に飛び乗り東京駅へ。ここからがまたダッシュ、新幹線のホームへまっしぐらー。もう目の前真っ白。よっしゃー乗れた。「ハアハア、邦さんおはよハアハア」新横浜をすぎても息切れはおさまらず、ああ情けない運動不足かな。14時「新神戸」着。
 師匠に出演していただいて、神戸で伝の会をさせてもらう。会場は湊川公園駅近くの「たもん」という立派なそしておしゃれな家具屋さん。なかなかの雰囲気で、たくさんの人に来ていただいて楽しかったです。ライヴ終了後、ゆっくりする間もなく20時の新幹線に飛び乗る。飛び乗るとやることが待っていた。
 「とにかくさぁ、明日のちょんまげライヴのネタを考えなきゃいけないよ、邦さん」
 「うん、まっ、とにかく乾杯だ」
 「うん、今夜のライヴの成功を祝ってかんぱーい」
 「ゴクゴクっ」
 「ねっ、どうしよ?邦さんはさ、酒飲んだらいろんなアイデア出てくるじゃない。それで頼むよ、もう明日なんだよ、ここで決めなきゃいけないんだよ。ホラッ出てきた?」
 「そんなすぐに出てくっかよー。まだ500ミリ一本も飲んでないじゃないか」
 「なんだよー、もっと飲みなさいよ、ホレっ、味わあなくていいから、ホラっ、酔った?」
 「うるせーな、せかすなよー・・・ゲフっ」
 「おっ、きましたねっ、だんなっ」
 「あのさアツシこういうのはどうだい?・・・・」
 「よっ!いいでゲスっ、それからどうしましょ?・・うんっ、さすがっ、すごいねーっ、そんなことをねー、い やっお客がよろこびますよこりゃっ、で、曲はなにを弾いたらピッタリきますかねー・・」
 と、私の思惑どおり、乗って一時間もしないうちに明日のネタは出来上がる。どうせ邦さんは忘れてしまうのだからと、しっかり僕が覚えておく。酔ってネタを考えてる邦さんは「もう一人の邦さん」の場合が多いのです。
 ただ、誤解のないように書いときますが、このように間近になってあたふたとネタを作っていると思っていただいてはこまるのです。たぶん邦さんと僕は今月ずーっと、ちょんまげライヴのことを頭のどこかで考えていたはずなのです。気にかけていたんです。でなきゃ、こうスラスラとネタが生まれてくるわけがございません。そこのところをご理解いただいて・・
 僕はこのあとグースカ寝てしまい、東京駅で別れ際に「邦さん、じゃまた明日ね、11時に入るよ」と言うと「えっ、明日、なんかあんだっけ?」と言っていました。決して明日ちょんまげライヴがあることを知らないのではなく、うっかり忘れているのだと解釈してください。

1月31日(水)
 日本橋亭まで車を走らせる。なんか久々の運転。いつもの道をいつものように走っていると、鴨川を見ながら通った京都の日々が嘘のような気がする。良い天気だとテレビでは言っていた。空を見ると確かに青い空がみえるが、京都の空よりも薄い色だ。午前11時、日本橋亭到着。今日は「ちょんまげライヴ」。今年初めて古典空間のスタッフと会う。邦さんとは今世紀に入って顔を合わせなかったのは二日間だけ、でもその会わなかった二日間も電話で話している。仲のよろしいことで・・そういうこっちゃないがな!
 リハーサルをやり、おにぎりを食べ、いざ昼の部開演。テーマは「酒」「三味線」。おなじみのお客様の前で、弾いたりしゃべったりと相変わらずのライヴ。この「相変わらず」というのが良いのです。夜の部終演、午後九時。打ち上げの時、千葉大の子たちと2/17のライヴについて語りあう、語りあったかな?語りあったつもり・・まっ、親交は深まったと思う。嫌われてないかな?日付がかわった頃帰宅。


前へ 伝の会TOP 次へ 戻る