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鉄九郎の青?裸々な日常 第4号


1999年2月11日〜2月28日

11日 
午後みぞれがふりだし、雪になり少し積もった。いやあ、寒いな寒いな。久々に 家でゆっくりと夕食を食べる。

12日 
我が流派で年に一度懇親会を行っている。その通知用の葉書製作をする。カメラ マンの吉村さんから「お江戸日本橋亭ライヴ」の写真が送られて来た。

13日 
オフ。ほんとは三味線さらわなきゃいけないんだけどオフ。なんと言われようが (なんとも言われないだろうが)オフ。久しぶりに子供と二人で出掛ける、そして昼寝、昼寝だぜ。ここんとこ出来なかった昼寝だぜ、なんて幸せなんだろう。

14日 
上池袋図書館でボランティア。長唄1.2曲とパンフに書いてあり、どうしよう か、唄方頼んでないし。ということで、邦さんが「鳴神」(歌舞伎十八番)の大薩摩を僕が「宵はまち」を唄う。僕らが唄ったことは他言無用です、とお客さんにきつく言っておいたが、ここに書いたらなんにもならないな、こりゃ。帰って昼寝。

15日 
8日9日のお江戸日本橋亭ライヴのアンケートの集計が出来た。人それぞれにさ まざまな感想があるので、感謝したり反省したりです。「京都の一日」が去年と同じネ タだと思っている人がいたり、「しゃべりはいいからもっと演奏をして欲しい」とか、 「もっとしゃべって欲しい」とか、8日の昼の部の開演前に流した童謡について「あれ はどうかと思う」という意見があるかとおもえば「とてもなつかしく心が和んだ」とい う人あり。いやいや、そのひとつひとつが利にかなったご意見です。アンケート回収率 ナンバーワン(自称)を誇る伝の会。アンケート用紙にも書いてあるとおり、「より皆 様に楽しんでいただけるように」試行錯誤を繰り返してまいります。そしてライヴに来 て、いろいろなご意見・ご感想を書いて下さっている方々、これからもいっぱい、いっ ぱい、書いて下さい、ほんとにうれしいです。そしてこの場を借りて深く深く御礼を申 し上げます。

16日 
母方の叔父が今朝、亡くなる。大好きな叔父さんだった。合掌。 コラーレ(注:「平成の三味線ニスト&語りニストたち」富山ツアーの初日の会場)へ送る荷物(着物、太鼓、あいびき等)をまとめ佐川急便さんに来てもらう。

17日 
昨日亡くなった叔父に、お別れをしに大塚へ。夜、練馬駅近くの「珍龍」へ。こ このタンメンがむっちゃおいしい。

18日 
人形町に行く。いやあ久しぶり。三味線屋の「ばち英」にも10何年振りに行く 。

19日 
さあー、いよいよ「平成の三味線ニスト&語りニストたち」富山ツアーの始まり 。木下伸市さん、田中悠美子さん、国本武春さんと久々の再会だ。あと木下さんのサポ ートの松橋礼香(三味線)ちゃん、木津茂理(和太鼓)さん、悠美子さんのサポートの 菊地成孔(sax&CDJ)さん、国本さんのマネージャーの石渡雄二さん。同行スタッフは企画 者・全責任者の古典空間 小野木豊昭さん、このホームページも作ってくれてる田坂州代さん、舞台監督の窪田丈和さん、音響の佐藤洋輔(オープンロード)さん、照明の袰主正規(PAC)さんと吉田充(PAC)さん。東京発8時25分の上越新幹線で越後湯沢に行き、10分乗り換え時に立喰いそばを食べ、はくたか6号で魚津駅に11時34分に着く。コラーレの石川さんの迎えの中、ジャンボタクシーに分乗し、初日が行われる黒部市国際文化センターコラーレへ。 先乗りしていた高久照敏くん等と無事合流。このコラーレがまたすっごい建物で、とに かくデカくてカッコよくてという会場で、機会があったら皆も行ってみよう。各々の楽 屋に入りしばらくたつと、じょんからの三味線が聞こえてくる。
九「おいおい、木下くん、もう三味線弾いてるよ」
邦「流石練習熱心だな。」
九「ねぇ、悠美子ちゃんの笑い声も聞こえてこないか」
邦「じょんから三味線と悠美ちゃんの笑い声のセッションだな(笑)」
九「武春さんは何してんだろ」
邦「お茶でも飲みに行ったんだろ」
九「で、俺たちは弁当食ってんのか。四組四様だな、ふーん。あらっ、もう食べちゃっ たの。・・・オイオイなんだい、寝るのかよー、昼寝か」
邦「ああ、寝るとはなしに横になってみるか」
九「何いってんだよ、木下くんはも楽屋で浚ってるというのに、メシ食って寝ちゃうの か、なげかわしいね、どうも。俺は恥ずかしいよ。さあ仕事だ、仕事だ。グッズの整理 と釣銭を数えて、と。」
邦「アツシ、事務系もいいけどな、三味線くらい組み立てておけよ。」
九「ありゃっ」
とまあこんな感じで、たくさんのお客さんの中、無事初日も終わり、コラーレの人達と 「はまゆう」でおいしいお酒と魚と鍋等々をいただき、ロイヤルバリー黒部ホテルに帰 って就寝。3時

20日 
午前9時、電話のベルで目が覚める。なにごとかと思ったら、フロントからで「朝 食はもうお済みでしょうか」と言う。冗談じゃない、出発ギリギリまで寝るんだい、と 、朝食を断り寝ようとするが、なぜか今朝は目が覚めてしまい、フロントに電話して「 やっぱり食べます」だって、かつこワルー。黒部駅から特急雷鳥22号に乗って高岡駅、 タクシーで高岡ワシントンホテルへ。小腹が減ったので武春さんと石渡さんと邦さんと 一緒にラーメンを食べ、楽屋入りまでの小一時間をしっかり昼寝して高岡市民会館へ。 雪は降ったり止んだりで積もるほどはふってないが寒いのなんのって、そんな中、Tシ ャツ姿の邦さんってのは、凄いのかどっかおかしいのか。
 今夜のステージも大いに盛り上がる。伝の会の演目は昨日が《雪・からすの恩返し・衣 替闇連弾》で今日からは《松・甚五郎泣三味線・衣替闇連弾》となる。夜中に停電があ った。雪のせいでもなかろうに、暖房は消えてしまうし、こりゃ凍死してしまうのかと 思ったが2時間半ほど直ったそうだ(停電中に寝てしまったので)。

21日 
10時に迎えの車が来て一路クロスランドおやべへ、30分程で到着。ここもすごく かっこいい建物だ。おやべ市が見渡せる100メートルのタワーがあり、武春さんと石渡さ んと邦さんと一緒に会館の人に連れて行ってもらう。本番もいつものとおり盛り上がり 無事3日間の公演を終えることができた。もっていったCDも完売するというオマケ付き 。ホッと一息と言いたいが、小野木さんと伝の会はちょいと用があってまだ帰れす、高 岡駅で皆を送る。まあともあれお疲れさまでした。そして寒く雪の中ご来場下さったと ても多くのお客様に感謝感謝です。

22日 
夕方5時、池袋まで帰ってきた。わーあったかいな。ごはん食べて自宅に帰り子 供と昼寝。

23日 
10時起床。木撥を買いに中村橋「すみだ楽器」に行く。午後、お稽古日。

24日 
寒いな今日は、雨も降ってるし。と、グダグダ言ってもしょうがない。午後、師 匠(松永鉄十郎師)と松永会でやる「吾妻八景」の稽古の予定。地下鉄でグーグー寝ながら 六本木駅へ。ヒロキ(松永忠次郎くん)の新しく借りたという麻布十番の稽古場まで運動の つもりで歩いて行く。ヒロキの長女で8ヶ月になる富士子ちゃんにも初めてご体面をす る。以前は子供嫌いの鉄九郎だったが、自分に子供が出来た途端に全世界の子供が好き になった。変われば変わるものである。そうなんです。人間の好き嫌いとか考え方なん てのは、なんかの拍子にコロッと変わるもんなんですよね。

25日 
K小学校の6学年と1学年に長唄三味線を見せる聴かせる機会をということで伝の会として出掛ける。学校では何度かやらせてもらっているが、とりわけ小学校というのは、子供たちの反応が素直で興味深い、良い経験をさせてもらっている。

26日 
伝の会事務局の仕事でめっちゃ忙しかった。

27日 
ちょんまげライヴ。夜の部初のちょんまげライヴということで、再び結成式をす る(どんな結成式だったかどんなライヴだったかをご覧になった方が紹介してくれない でしょうか。だれかメールして下さい)。ご覧いただいた方々、心より御礼もうしあげ ます。

28日 
早いもので2月も終わりですな。風があったが、もう春は間近というような良い天 気。お稽古日でございます。伝の会のおかげでここのところ忙しくすごさせてもらってますが、今月はまさに伝の会一色でした。
次のこのコーナーは、3月18日頃更新します。

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