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鉄九郎の青?裸々な日常 第43号


2001年3月19日〜4月2日

3月19日(月)
 娘と二人で電車に乗って出かける。電車とか楽しくてしょうがないようす、頭から湯気でも出てんじゃないかと見てしまう。表参道の美容院fwdへ、僕のカットのお供。

3月20日(祝)
  お彼岸。我が家の菩提寺は駒込の清林寺という浄土宗のお寺で祖父がお墓を求めている。祖父が亡くなり、母と一緒によくお参りに来た。母が亡くなり一人で来たり、父と来たり、妻と来たりしてる間に娘が生まれ、四人で来たりした。父が亡くなり去年の秋のお彼岸から妻と娘と三人で来ている。お寺さんとの付き合いも僕の代になった。妻の家系のお寺も浅草にある。もっとまめにお墓参りに来たいと思うがなかなか時間がとれない。今まではそれでも良かったものが、そうではいけないと思うようになってきた。こうやって代々受け継いでいくものなんだろう。そんなことをお墓の前でご先祖になってしまった祖父母と大叔母と父母に語りかけた。

3月21日(水)
  妻の実家の仙台へ行く。娘はこの日を指折り数えていた。三人で出かけるのがうれしいのだ、そして電車に乗るのが。リュックを背負ってピョコタンピョコタンと笑いながら一生懸命歩いている。ちょっと離れてその姿を見ると不気味さを感じる(かもしれない)。
 妻の実家の前には大きな公園がある。娘は、家についたらすぐにそこに連れていって欲しいという。「いいよ」と軽く言うと、目を丸くして「ほんとっ」と腹話術の人形が驚いた時の顔をした。そんなことでそんなに喜んでくれるなら安い(一銭もかかってないが)もんよ。それでいいの?それがなにより仙台に行ったときの楽しみなの?いいねいいね、今だけだね、こんなことですむのは。家に着いた足ですぐに、少し寒いが、公園に連れていってあげた。キヤッキャ言って遊んでいる。俺はこっちに来るとお父さんとお母さんに、とにかくおいしいものをたらふく食べさせてもらうのが楽しみなのになあ。なんか卑しいかしら。

3月24日(土)
  40歳ともなれば、冠婚葬祭もある程度経験している。お葬式は嫌なものだが結婚式というと、20代から30代前半は友人の結婚式、それ以降は後輩の結婚式に出席するようになってくる。
  今日はお弟子さんの結婚式に師匠として出席。「友人」「後輩」と来て「子供」という感覚だ。僕のお弟子さんは、みんな邦さんのことも師匠のように思ってくれている。邦さんもみんなのことを気にかけてくれている。ま、それは僕としても同じで、邦さんのお弟子さんのことを僕もとても気にかけているのです。身内意識はとても強いのだ。今日の挙式に邦さんが「俺も行くよ」と出席してくれた。結婚する本人もうれしかったろうが、僕もすっごくうれしかった。伝の会という身内ということもあるが、後輩のお弟子の結婚式に喜んで出席してくれるなんて。あんまりうれしかったんで披露宴のあとホテルのラウンジで7時間も飲んでしまった。

3月25日(日)
  家の車は、はや6〜7年乗っていて今年が車検だそうだ。そろそろくたびれてきた感もあり、買い替えの話が昨今持ち上がってきた。最初は渋っていた僕も、だんだんその気になってきた。トヨタのbBという車が良いということになり(妻の言いなり)、近くのネッツで見積もりを出してもらっていた。仙台に行っている間にいろいろ意見を聞いたりしてGOサインが出た。妻と娘の帰京を迎えに行き、その足でネッツへ行き契約する。あーあ買っちゃった。
  娘は複雑な顔をしている。「どうしたの?」と聞くと、今乗っている車とお別れするのが嫌なのだそうだ。「別れ」って嫌だよね。今にも泣きそうな顔をしている。「まだ新しい車がくるまでは今の車に乗るんだよ」と言っても寂しげな顔をしている。うーーむ。

3月26日(月)
  ガスが止められていた。稽古場でお湯をわかそうと思ったらガスがつかない。何度もガスレンジをカシッカシッとやってもつかない。ガスレンジがこわれたかと思った。ガ、ガス!ガスを止められたって。あんまり恥ずかしいので、来るお弟子さん来るお弟子さんに話した。「ガス止められちゃってさぁ、ははは」だいたいのお弟子さんに話終え、ガスがない不自由さも感じたので、東京ガスに電話をした。「じゃっ、今日はいらっしゃいますか?」えらい対応が早い。やるな、東京ガス!何週間ぶりで我が稽古場にガスが戻ってきた。お湯もガスでワッと沸かせるし、お湯が出て食器もあらいやすくなった。なんか、家の中がほんのり暖かくなった。・・・なんとことやんっ!!

3月27日(火)
  毎年この時期になると、我が流派の年に一度の演奏会「松永会」が開かれる。今年の松永会では「外記猿」を弾かせていただく。鉄十郎師匠の独吟で上調子は和寿三郎くんが弾いてくれることになってる。家元(忠五郎師)宅に、浚っていただきに。家元もこのところ、めっちゃくちゃ忙しいらしく、今朝10時からしか見てもらう時間がない。午前9時、満員(でもない)電車に乗って赤坂へ。
  昼過ぎに帰ってきて、今度は教える立場になり、お弟子さんのお稽古を夜までする。ウー、眠くてしょうがない。しかし今夜は、日舞の稽古に行かねばならぬ。江古田の左恵さんの稽古場に出掛ける。5分で汗びっしょりになり、眠気など吹っ飛んだ。帰り道、ボーッとしながら今日は中身の濃い一日だったなぁと思った。
  お稽古っていいもんだな。自分では気が付かないことや、「こうやるといいよ」ということを教えてもらうのって楽しいし、なんか儲かった気がする。きっと儲かってんだろうな。僕は、師匠の立場のとき、お弟子さんに儲かったと思わせてあげてるだろうか?生徒・先生・生徒の一日もいいもんだ。

3月28日(水)
 鉄十郎師宅で「外記猿」の稽古に行く。一家で行き稽古に来たんだか、遊びに来たんだかという状態となる。毎度のことだ。こういう弟子を持つと師匠も大変だ。

3月29日(木)
 「松永会」の下ざらいのために日刊工業新聞ホールへ。今日はまた道がエラく混んでいる。昔は裏道とかを通れば意外に空いていたもんだが、昨今は表通りが混んでりゃ裏通りも間違いなく混んでいる。道が狭い分だけ、かえって時間がかかったりするくらいだ。いつからこんなことになったんだろ?それともこんな状態なのは僕の家の方だけなのだろうか?
  いつだったか「裏道マップ」が流行ったことがあった。ビデオでも発売されていた。あれでみんなが覚えてしまったとは思えない。また、以前は道が空いている時間帯というのがあったが、今は、混んでる日は真夜中から明け方の数時間を除いてズーッと混んでる。どういうこと?先日だって朝の6時にもう渋滞してんだよ。どうして?僕の家は、都心に向かうために、そんな時間帯から渋滞するほど田舎じゃないと思うんだけれどなぁ・・・。

3月30日(金)
  子供が寝るとき、母親が子供に絵本を読んであげたりするCMやドラマを観たことがある。僕も娘の寝るときに「お話」をしてあげることがある。「ミッキーマウス、マクドナルドへ行く」「スヌーピー、ファミレスへ行く」などは定番として娘に知られている。娘の笑いのツボを押さえた話なので、キャッキャキャッキャ言ってる。これで寝れるのかなぁと思うとオチがきて「はいおしまい」と言うとパタッと寝る。最近、吉本新喜劇に夢中なこともあってギャグやらベタなお笑いが大好きになってきた。あんまり、その道を開発してもいけないと思い、今夜は「桃太郎」のお話をしてあげることにした。
  おばあさんが川上から流れて来た大きな桃をとろうとして川の中に入っていくと、
「おっと、おばあさんは足を滑らせてしまいました。おばあさんは流されてしまいます」
「エーッ」と、娘は目を丸くしている。
「この先は大きな滝になっています。おばあさん危うしぃ」
「きゃー」
「こまーしゃるっ」
「うーん、待ちきれないよぉ」
「山田さん、わたくし姿勢が良くなったと思いませんか?」
「せすじきょうせーべるとでしょ」
コマーシャルが終わり、桃が割れて桃太郎がおぼれているおばあさんを助け、家に帰り、三人で暮らし始め何年か立ったある日、桃太郎は鬼が島に鬼を退治に行くと言い出し、きびだんごを持たされ、おしいさんとおばあさんに別れを告げ旅立 ちです、つづく。
「はい、今日はここまで、おやすみ」と言うと娘は蒲団をかぶって泣いてしまった。
 こっちはびっくりしてしまい、どうしたの?どうしたの?と聞くと、どうやら桃太郎とおじいさんたちの別れが悲しいんだそうだ。おじいさんとおばあさんが可愛そうだと言う。
 あわてて、話の続きをした。
「旅に出た桃太郎は、きびだんごのあまりの美味しさに、おばあさんが恋しくなり、ある日、『ただいまぁ』と言って家に帰ってきました。『おじいさん、おばあさん、鬼が島には行かないでここにいるよ、三人で仲良く暮らそうね』桃太郎は家族のありがたさがわかったのです。めでたしめでたし」と話すと、娘はまた泣き出してしまった。
「ん、今度はどうしたんだい?」
「かんどーしたの」
「何に?」
「ももたろうしゃんが、かえってきたれしょ」
「おお、そうか、良かったな、感動巨編だったな、じゃおやすみ(ああシンド)」
「ぱぱあ、かんどうちょーへんってなんでしゅかっ?」
・・・パパは就寝していた。

3月31日(土)
  「松永会」が日刊工業ホールにて開催された。天気が悪い。いつもそうらしい。一人一人が会をやるといつも晴天に恵まれるのに、みんなで一緒の「松永会」は天気が悪い。ウチらしくも有りというとこかな。ご来場いただいたお客様に感謝です。ウチって明るいなと思った一日だった。

4月1日(日)
  「上方舞in江東区」に出演のため深川江戸資料館小劇場に行く。「巽八景(吉村桂充さんの舞)」を、三七郎さん邦さんとともに演奏する。邦さん、梅辻理恵さんとトークも。
  空き時間に資料館を見学する。火の見櫓、猪牙船、そして江戸深川、佐賀町の長屋。路地裏があったりして三七郎くんとキャッキャいいながら見る。長屋ってこんなんだったのかぁ。芝居でしか知らなかった空間。実際に再現してある長屋の 中に入って見ると、こんなスペースなのかと興味がものすっごくわいた。

4月2日(月)
  昼まで寝るが眠たい。ポカポカ陽気でさくらがきれい。今月の金毘羅歌舞伎に連れていっていただくことになった。初日からではなく、最後の一週間。昼の部の「藤娘」と夜の部の「二人道成寺」に出演させていただく。立唄は今藤尚之師、立三味線は松永忠五郎家元。夕方から歌舞伎座稽古場でお稽古があった。身の引き締まる思い。


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