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鉄九郎の青?裸々な日常 第45号


2001年4月15日〜22日

4月15日(日)
 昨日の夜から金毘羅に送り忘れたものをいろいろ思いだしたため、結構な荷物になってしまった。高松行きの飛行機に乗る。座席が1Eだった。一番前ってのはいいもんですな。扉をああやって閉めるのかとか、スチュワーデスの指さし確認とかが見られて得した気分だ。
 ま、それも飛び立つまでの話。あいかわらず離陸したのもしらないうちに就寝。「お客様っ、足元のお荷物をお気をつけください」の声で目がさめたのが着陸寸前だった。さてと、ここからどうするかな?タクシーに乗って「琴平まで」と言ってしまえばそれですむのだろうが、なんとなくタクシー乗り場に足が向かず、高松行きのバスに乗る。何分で高松までつくのだろう?とボーッとしながら乗っていると「琴電にお乗りの方はここでお降りください」とのアナウンスが。
 午後4時30分発の琴電にのる。のんびりとした良い雰囲気の電車だ。何分で琴平につくのかなぁ?とボーッと乗る。お尻が痛くなり始めたころ、終点の「コトデン琴平」駅に到着。宿泊予定の「湯元ことひら温泉琴参閣」は目の前にあった。まあ良いホテルですなぁ。こんなとこに泊まらせていただいて幸せでございます。フロントのおねえさんが台車に山盛りの僕の荷物を積んで、「お風呂はここ、夕食はここ、朝食はここと」いろいろ説明しながら部屋に連れて行ってくれた。このホテル迷いそうにでかいぞ。
 部屋に荷物を収め、「さて金丸座に行って二人道成寺観ようかな」と思った途端にマサキ(忠一郎)から電話で「もう芝居おわったんですけど、焼肉行きますよ」・・・はいはい、い、今から急いで行きまっせー。けど、どうやっていくんだろ?再びマサキ登場。道順聞いて歩いて行くと、表参道に出た。ここを登っていくのか、あっ、そうか、金丸座は金毘羅さまの途中にあんだったっけ。芝居が終わって地方さんが次々と戻ってきた。「てつくろさんっ、その坂をグーッと登っていくと楽屋ですよ」「はいはい、もうちょっとですよ、がんばってー」いろいろ声をかけてくれる。はあはあ言いながら登って行くと楽屋口に家元(忠五郎 師)が立っていた。息切れして「おはようございます、よろしくおねがいします」と言えない。「ほ、ほはじょーごはいやす。ひょろしゅくおへほへほへほへ・・・」金毘羅歌舞伎で過ごす一週間が始まった。

4月16日(月)
 午前10時すぎにやっと起床。表参道を通って階段を22段登ったら左に曲がって三つある道のうちの一番右の急な坂を上っていくと児童館がある。そこが楽屋になっている。ハアハア言いながら楽屋入り。
 昼の部の出番は雀右衛門丈の「藤娘」尚之師・忠五郎師が地方をつとめている。終わると午後1時過ぎ、家元(忠五郎師)にお昼ご飯に連れて行っていただく。ホテルに帰って昼寝。午後4時に再び楽屋入り。夜の部の出番はキリの雀右衛門丈・芝雀丈の「二人道成寺」。午後6時前に終演。今夜は地方全員(10人)で食事会ということで、「あず麻」で鉄板焼を。部屋帰ってバタンと寝る。

4月17日(火)
 午前8時25分、琴三閣ロビーに若者三人とおっさん一人が集っていた。若者三人とは政貴(今藤)くん、政之祐(今藤)くん、和寿三郎(松永)くんで、おっさんとは、もちろん私である。昨夜、「明朝、金毘羅詣をする」という約束をしていたのだ。家元、尚之師と合流しでかける。表参道と裏参道があって、表参道というのが石畳で階段でというメインコース。裏参道とは車で通る道みたいな、階段があんまり無いの。だから裏参道から行くことに。うむシンドイ。けれど緑がとてもきれい。シーンと静まり返っていて、ハッハッハッという自分の呼吸しか聞こえない。足腰を鍛えるには持って来いだ、日舞のためだ。「御神馬舎」の辺りで表参道と合流する。「旭社」を過ぎると最後の百何段かの(正確な数が書けずすんません)石段が続き「御本宮」へ。
 子供のころ、確か小学校4年生の夏休みだと思うが、家族旅行でここへ来た。子供心に最後の石段を見上げたとき、空まで続いてそうだと思ったことを覚えている。あっ、あのときの父より僕は一つ年上になっているんだ。
 若者三人は石段を駆け上がり、僕は踏み締めて上っていった。ウーっ着いた。30分以内で来れるんだ。子供のころは延々と上ったような気がしたが。ここまでが表参道でくれば785段ということらしい。
 「奥社は、ここまでのほぼ倍あるけど階段が少ないんだ、以外に楽だぞ」と家元が言うので、ほんじゃ僕も行こうっということになる。「おまえも来いっ」の一言で下りかけていた和寿三郎くんも行くことになる。これより“松永三人衆”が結成された。
 えっちらおっちら、ふむふむなるほど、階段あってもちょこっとだし、こりゃいけるでぇ、おっ「奥社まで200メートル」との立て札がある。ははぁん、ちょろいちょろいという考えがフト頭をよぎった瞬間、目の前に石段がそびえ立った。なにをこのくらぁい、ワーーー、ハァハァ、と上りきると階段が折り返しになっており石段はさらに続いている。ワーーー、ハァハァ、ワーーーー、ハァハァ、ワーーーー、ハァハァハァハァ・・・つ、ついたぁー。な、なんという達成感!!バンザイしたくなるね。帰りは1,368段を駆け降りた。家元60歳、鉄九郎41歳、和寿三郎30歳、ある晴れた日の出来事でございました。・・・その晩、午後10時30分にベッドに横たわった。

4月18日(水)
 ・・・ドキっとして目が覚める。10時30分。えっ、一瞬ウトウトしたのかな、さっ、ビールでも飲んで寝るかぁ・・・ゲッ、違うやんっ、朝の10時30分やんっ。

4月19日(木)
 アーサーっ。カーテンを閉めず寝たらすっごい日差しで目が覚めた。ある意味健康的な朝をむかえたと言えよう・・・言えるのか?
 せっかく7時台に起きたのだから8時30分で終わってしまうという、まぼろしの朝食(てめえが起きられないだけ)を食べに行こう。たいてい朝食はコーヒーだけっぽい食事しかいただけないが、空気が良いせいか、料理がおいしそうなせいか、私が卑しいせいか、和食洋食をまぜまぜで結構食す。
 部屋は9階、窓からは琴平の町並みと山々が低い位置にみえる。天気も良い。ほほういいもんだなぁ、早起きはするもんだと思っていたら展望風呂に行きたくなった。ただ今10時ちょい過ぎ、たしか10時から清掃で入れなかったような・・・ま、フロントに電話してみよう。一回のお風呂でもいいしなと思い「今の時間、どっか入れるお風呂ありますか?」とフロントに電話したら、折り返し電話がかかって来て「展望風呂の清掃をただ今ストップさせましたので、どうぞお入りください」と言う。な、なんという素敵なことだ。「エライっ」と思わず電話口でお姉さんに言ってしまった。客のちょっとしたわがままをすんなり聞くアナタ(お風呂掃除のおっちゃんも)、わしゃ、ちょっと感動した。勇んで展望風呂へ。間近の山を見ながらのんびり堪能していると、掃除のおっちゃんが入ってきて「すんまへんなぁ、露天風呂のお湯、かえようと思うて抜いてしもたんですわー、ほんますんません」と丁寧に挨拶してくれた。エライっ、アンタはエライっ。湯船につかっていた僕はその場で正座して頭を下げました。

4月20日(金)
プルルル。プルルル。
「もしもしぃ」
「おぅ」
「あたしでしゅけどぅ」
「元気にしてる?」
「うんげんきだよ、ごはんいっぱいたべてるよ」
「おお、いいね」
「きょう、ようちえん、やすんじゃったー」
「えっ、どうしたの?」
「かぜ、しいちゃってしゃー」
「なんやねんっ、元気じゃないやん」
「もうげんきなのっ」
「?」
「はんばあぐもごはんも、のこさないでたべたんだよっ」
「ほお、夕食はハンバーグだったんか」
「どうしてしってんの?」
「今言ってたやんっ!」
「あははっ」
「あははじゃないよ」
「ちょう(今日)しゃあ、○○ちゃんってしってるでしょ?」
「いや、知らないなあ」
「えっ?」
「えって、ちょっとわかんないなぁ」
「ふーん、○○ちゃんがね、えいってやったらねっ、あたしのめんなかにゆびがはいっちゃったんだよ」
「ゲッ、ちょっとそういうの弱いなぁ、おれ」
「なにがよわいの?」
「いやいや、そいで、どうした?痛かったろう、泣いたか?」
「ないたないた、ははは」
「はははじゃないよ、もう大丈夫なの?」
「だいじょうぶだよ、なんともないよ、ちょうじゃないもん」
「エッ、今日じゃないの?」
「ちがうよ、ちょうはようちえんやすんだのっ」
「あっ、そうか、さっき今日って言わなかったかなぁ」
「あはははは」
「なにが、あはははだよ」
「おっしゃってるいみがわからないんでしゅう」
「なんだいっ、吉本(新喜劇)みてんのかい?」
「あはは、さんじゅのハワイがぁ」
「それを言うなら、“三途の川がぁ”じゃ」
「ぱぱもみてんの?」
「観てるかぁっ!」
「あしたかえってくんの?」
「いやっ、あと三回寝たら、だよ」
「おみやげかってきてね」
「フーセンか?」
「うん、ふうしぇんがなかったらぁ、あたしがもってないおもしろいもの」
「なんだいっ、んまいこと言うね、持ってないおもしろい物ね、はいはい」
「じゃっ、きるよー」
「あい、じゃ、いい子でな、またな」
「きるよー」
「はいはいおやすみね」
「きるよー」
「うん、切っていいよ」
「おとこなんてしゃぼんだまー(プチッ)・・・」
はぁ、今日も一日が終わった。

4月21日(土)
 このところ、という、四国だからなのか、とても暖かい日、というか、暑い日が続いて、というか、ひょっとして一年中暑いのかな?と錯覚するくらいに暑い日が続いている。毎日二回の楽屋入りのために上る急な坂にも、はぁはぁしなくなり、というか、実はちょっとだけしているが、楽屋に入って座ってから3分以内に話しをすることができるようになった、というか、息切れをしなくなった。時は確実にたっている。半袖のポロシャツ一枚にズボンをはき通っている。
 今日もいつもの格好でホテルを出た途端、刺すような寒さというのはこのことか、と思うような冷たい空気に触れた。思わず「サムっ」と大声を出し道行く人が振り返っていた。ああ、恥ずかし、おっさんやん、「自分をオヤジと感じたとき」というお題のときには、このことを思いだそう。しかも雨もふっている。慌ててホテルの傘置き場に行く。なんぼなんでもポロシャツ一枚というのは無謀だが、部屋までの長距離を帰るのも嫌やし、脳みそには「一年中暑い琴平」と大きく書いてある。その文字を見ながら「だよな」とつぶやき歩き始めた。何気に道行く人の服装に目をやると、もちろん半袖の人などいない、というか、ジャンバーとか薄いコートを来ている人もいる。うっ、人の格好を見るのはよそう、余計に寒くなってきた。寒いのは、おなかもちょっと減ってるせいではあるまいか?昨晩は午前2時まで飲んでいたせいで、というか、いつもだが、8時30分終了の朝食には間に合うわけもなく、一、二度食べて以来「まぼろしの朝食」になったままだ。
 ふと気づくと「こんぴらうどん」の店先でおばちゃんが、「寒いねー」と話しかけてきた。「食べてこうかな?」と言ったら「うん、暖かいの食べたらいいよ」と言う。入ると昨日来て今日帰るトモ(高橋智久くん)がいた。「今、庄八で食べて来たんですよ」なにっ、こやつ、食べ歩きしてやがるー。昨晩一緒に飲んでたくせに元気なやっちゃなぁ。一泊二日の金毘羅さんに来て「うどん」を堪能しておる。僕はちょっと二日酔いなのに・・・「自分をオヤジと感じたとき その二」やな。
 「コンビニのとこで、トモと別れたじゃない。あのあとコンビニ組のタロウ(杵屋巳津也くん)たちとラーメン食べにいったんよ」「へーっ、元気ですねぇ」うむ、元気だろ、夜中におでんとラーメンを食べた私が今朝こうしてうどんを食べられるというのは、元気、というか、若い証拠やっ、ハッハッハッー。と、そのとき、タロウがうどん屋に飛び込んできた。「ガッと食べて楽屋いきますから」うーーむ、あいつ、元気やなぁ・・・「自分をオヤジと感じたとき その三」だなこりゃ。

4月22日(日)
 良い天気になった。千秋楽が良い天気だととても気持ちがいい。早くに起きて、荷造りをしてチェックアウト。フロントのおじさんが「いよいよ千秋楽ですね、長いことおつかれさまでした。行き届かないとこがございまして申し訳ありません」「いえいえ、とてもよくしていただきました。ゆっくり休むことができました。」「そうですか、ありがとうございます。わたくしどもの・・・・・・」と金田一耕助が帰るときのような、なんとも言えない気持ちになる。とても良い仕事を作り出す、リラックスできたホテルだった。


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