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鉄九郎の青?裸々な日常 第49号


2001年6月1日〜17日
コクーン歌舞伎の三人吉三の巻

6月1日(金)
 「三人吉三」が串田さんの演出で、よりおもしろいものになっていく姿を間近で毎日見させてもらっている、仕事を忘れて。もう楽しくてしょうがない。音をのせる作業も自然と変化がついてくる・・・・。もーーー、うまく表現できないのが悔しいのだが、邦さんと二人で「楽しいね、楽しいね」と言っている毎日です。

6月2日(土)
 0時をまわった頃、コクーンの稽古が終わった。タクシーで帰宅する。渋谷あたりからタクシーで帰ったことがない。会社が出すにしろ、いくらくらいかかんのか興味津々。ニコニコ乗っていたら、すっかり酔ってしまった。もともと車には弱い。酔うときは電車に乗っても酔ってしまう私であることを忘れていた。うーー、気持ち悪ーーい。運転手さんによっぽど「助手席に乗らせてもらえませんか」と頼もうと思った。さすがに言えないやなあ・・・

6月3日(日)
 午前1時すぎ、ほんとは4日なんだな。今夜のタクシーは速い。飛んでるみたいに速い。車が走っていない道をビュンビュン飛ばす。「未来の映画(やぼったい言い方)」みたいだ。ははあーん、日曜の深夜だからやなっ。これなら酔うひまないや。昨日より1000円も安いぞ。

6月4日(月)
 「暑ーーーい、な、なんじゃー、30度だとーーっ」とコクーンの楽屋についてお仲間と話していて知ったのだ。やけに暑いと思ったよ。「今は30度だけどじきに31度になるらしい」うおーっ、細かい情報を持っているなぁ。
 てなわけで午後1時からお稽古がはじまる。午後2時すぎにコクーンをあとに、暑い暑い街中に出て、渋谷駅までトコトコ歩き、汗をふきふき地下鉄に乗って国立劇場に向かった。「かえるの誕生祭」の本番の日。日舞のおさらい会で、長唄さんはいるのだが、この演目だけ勝幸恵さん、てつくろ、勝十郎くんでやるのだ。ちょろっと来てひとつだっけやってササっと帰るなんて粋ざんすねー・・・けど外は暑い。
 再びコクーンに帰ると、テレビや記者の人が見ている舞台稽古が始まっていた。楽しいコクーン、いよいよ明日初日だ。

6月5日(火)
 「おいっ、朝だぞ、幼稚園だぞ、起きんかいっ」
「おはよぅ・・・しゃあ、いよいよちょうは(今日は)、バッタリ(歌舞伎の意)みにいくし(日)だね」 「えっ、ちがうよ。おまえが観る日は7日だから次の次の日だよ」
「えっ」
・・・どうやらコクーン歌舞伎が今日初日だということを自分が観に行く日と勘違いしていたようす。
 この勘違いやら驚いたときの「えっ!!」というのが、最近なんだかマンガチックになってきた。ハトが豆鉄砲とはよく言ったもんで、キョトンとした顔で頭の上には大きくはてなマークが出ている。
「おまえがみるバッタリさ、犬が出てくるよ」
「えっ!!(マンガの顔にはてなマーク)」
「ワンワン吠えるんだけど、声は聞こえないんだよ」
「えっ!!(マンガの顔にはてなマーク)」
「ちっちゃなワンワンも出てくんだよ」
「えっ!!(マンガの顔にはてなマーク)」
「プールみたいな池が真ん中にあるよ」
「えっ!!(マンガの顔にはてなマーク)」
「雪がいーーっぱい降るんだよ」
「えっ!!(マンガの顔にはてなマーク)」
「パパに雪がいーーーっぱい積もってね、三味線弾いてる姿が見れるよ」
「えっ!!(マンガの顔にはてなマーク)」
さすがに「えっ!!(マンガの顔にはてなマーク)」ばかりじゃ能がないと思ったのか
「ゆきがいっぱいふってるなかでしゃみしぇんしいたらつめたいねぇ」
などと言っている。
「その雪がね。いーーっぱい降るんだけど、ぜーんぜん冷たくないんだよ」
「えっ!!(マンガの顔にはてなマーク)」
と、またはてなマーク出た。

6月6日(水)
 とうとうというか、えっもう?というか梅雨に入ってしまったようだ。したがって今日は朝からシトシト降っている。昨日コクーンは初日を迎え、終演後ロビーで出演者、スタッフで乾杯をした。良い初日だった。何かを創りあげていった時のまず最初の結果が初日。初日という結果が出てから、おのおの千秋楽というゴールに向かって課題をつくって毎日結果をだしながら進んで行く。こんな表現が今回のコクーン歌舞伎にピッタリ。今日もウキウキしながら楽屋入り。

6月7日(木)
 幼稚園を休んでコクーン歌舞伎に出かける朝、興奮して8時前から目を覚ましている娘を無理矢理寝かせながらこちとらグーグー寝る。10時すぎ起床。
「きょうばったり(歌舞伎)でしょ?」
「一緒に行こうや」
「えっ、いっしょにいけるの?くるまで?」
「電車で行くぞ」
「やったあ、しゅかあとはいていい?」  11時出発。東武練馬でクワッちゃん母子と合流(娘の歌舞伎デビューに三人がかりなのだ)。
「いいか、最初に犬がでてくるぞ。プールもあるぞ。太ったバッタリの人とか赤い着物来たきれいなバッタリの人とかがお前のすぐそばにくるぞ。いい子で見ていたら最後に雪がいーーっぱい降るぞ。お前のとこまで雪が飛んでくるぞ。俺のことも見えるかも知れないぞ。」
「おかしいところはわらっていいの?」
「おもいっきり笑っていいぞ。じゃあな。俺は楽屋に行くからな」
「うん、がんばってね」
「ああ」
なんて親子だと我ながら思うが、前列の平場席で騒がれたり、大泣きされたら(恐がりなのだ)大変だと思うと気が気でない。序幕が終わり休憩時間に客席に様子を見に行くとグーグー寝ていた「ホッ」。
 大詰は白一色の舞台、黒御簾も取っ払われている。下手の奥に御簾のない黒御簾の空間で三味線を弾く。上手前列のお客さまには丸見えだ(初日も邦さんと僕を見つけた勝彦くんのお弟子さんがウチワをふって合図していた)。娘は立って僕に手を振った。楽しんでる姿を見て「ホッ」。

6月8日(金)
 娘は昨日、芝居の幕がおりたあと、舞台の雪を取りにいったらしい。そんな娘を見た残っていたお客さんが、靴を入れるビニール袋をくれたり、一緒に雪をひろってくれたりしたらしい。ビニール袋に入った四角い雪を宝物のように持っていた。「しぇんしぇいにあげようとおもってしゃぁ」おっ、なんとっ、先生が喜ぶかどうかは別として、歌舞伎見たんだよぉ、たのしかったよぉというおみやげに雪を持っていくなんざアンタ、なかなかやるねぇ。しかも自分にとって宝物にしているような大切なものをあげるなんて・・・な、なんて君は心のやさしい子どもなんだ。父親の顔が見たい。そのまま育っておくれよ。
「いやいや、じぇんぶじゃないのよ、しゅこぉしね、ね」
あ、ああいいともさ、そりゃあ全部あげなくったっていいだろ、アータだってそれで遊びたいでしょうし。 「ふたつだけね」
えっ、な、なに?ふ、ふたつだけ、四角い雪の破片ふたつ?たったふたつ?
やっぱ、ワイの娘や。

6月9日(土)
 すっごーーん良い天気、「梅雨なんてしらねええっ」といっているような。

6月10日(日)
 日曜日の午前中の山手線、混んでる。みんないずこへ?高田馬場でドット降りる。あ、学生さんたちかしら。そしてドサッと乗ってくる。新宿でどっと降りる。有りやなこれは。そしてドサッと乗ってくる。代々木でドット降りる、予備校か?そしてドサッと。原宿でドカッと降りるとワギャッと乗って来る。うー、今更ながら山手線はすごい。ひと駅ずつに人種が変わるようだ。渋谷でグビャッと押し出される。ヒーっと息をついてはいけない。すぐに右に進んでいくのだ、ハチ公前に出るために。改札を抜けるとドンツクドンドンツクツクと音がする。なんだろう?と、なに気に毎日思っていたが、ウチワ太鼓の音だった。大勢の人がさまざまな方向に向かって歩いている。かなり強い意志を持って進んでいかないとコクーンまでたどりつけんぞー。おそるべし、日曜の渋谷。コーヒー買って楽屋入り。ああ涼しい。
 この町でやる「三人吉三」。さまざまな、考えにくい事件が起きている現在。黙阿弥の世界、串田さんの演出、そして役者の三位一体によって、時代の距離がなくなった芝居が行われている。

6月11日(月)
 伝の会で学校へ行くことがある。生徒に長唄を紹介したり三味線を紹介したりというよりは、伝の会を生徒の前でやってくるのだ。今日は篠崎第五小学校へ行った。1,2,3年生と4,5,6年生の2ステージ。そのあと音楽の先生方の前で、と3ステージというところか。
 ここ何年間かおつきあいさせていただいている音楽の先生たちの仕切りなので僕らもやりやすい。なにより呼んでくださる先生が伝の会をよく知っているということはとても大きい。この日を迎えるまでの子どもたちへのアピール度が違う。そんないい状況でやらせてもらうことは幸せなことだ。
 長唄ってすごくおもしろい。このおもしろさが子どもたちにわからないわけがない。三味線ってカッコいい。黒紋付に袴という姿はどんな格好より素敵だと思ってる。長唄や三味線が特殊なものや難しいものだとは子どもは思っていない。特別な、ときには、高尚なものにしてしまっているのは大人のような気がする。子どもたちは目の前で行われているパフォーマンスがあらゆる意味でおもしろいかおもしろくないかだと思う。「貴重だから見とこうか」「めずらしいものだというからひとつ聴いときましょうかね」なんて言って会場に入ってくる小学生がいたらそりゃそれでスゴイかも知れない。

6月12日(火)
 今日は夜公演一回だけなので、昼間はお弟子さんのお稽古をすることになっている。稽古場に行くと隣の家のおばちゃんが「あっちゃん、梅とらなきゃだめよ、おっこってるわよ」と言う。えっ、そういや梅の実のことなぞ僕の日常にはないのだ。梅の木があって実がなることは子どものころから知っているが、実をとることは母の仕事だったりおばあちゃんや父の仕事だった。梅の木を見上げてみると実がいっぱいだ。 「ね、スゴイでしょ、おっこっちゃうからとるのよ」
返事もせずに梅の木を見上げていると
「いそがしそうね?」
「あ、うん。そういや、植木も伸びほうだい伸びちゃってちょっとしたジャングルみたいだもんな」
「そうね、お父さんはまめに手入れしていたもんね、いそがしいんだし、ここに住んでないんだからしょうがないよ。」
・・・・おばちゃんとしばし黙ってたたずんだ。
やわらかな日差しだが緑がまぶしかった。

6月13日(水)
 今回コクーンの三味線は邦さん、べん(栄十郎)ちゃん、まさる(忠史朗)くんと僕の4人で交代で弾いている。一緒にごはん食べる時間もないので終演後「三味線の集い」をする。

6月14日(木)
 雨じゃーー。傘を持って歩きたくない僕は、パラパラの降りくらいだったら傘をささずにでかける。梅雨時期には危険な行動だ。案の定、コクーンの帰りは雨がザーザー降ってることが多々ある。いつのまにかコクーンの近くにドンキホーテが出来ている。いそいそ買いに行くと、140円とか380円とか、およそ傘の値段とは思えない値段で売っている。まあ最近ではこんな値段で売っている傘の存在を知っている方々も多いのかもしれないが、僕はビックリした。どこかに忘れたらどうしようと思いながら、邪魔な傘を持って歩くより、そんな値段なら買うがなっ。しかもちゃんとした(?)傘だし、家にあったって困らない。不意の雨の日の来客にあげられるし。これで安心して出かけられる。「ドンキホーテの近所に行くときは傘は不用である」という事実を知ってしまったのだから。

6月15日(金)
 昨日から温度がグッと下がった。街ゆくひとは長袖だった。僕はTシャツ一枚。ゲッ、寒いわけだ。今日は長袖を着てでかける。街ゆく人はジャケットなどをひっかけている。ん、なんか一歩遅れているなぁ。確かに今日も寒い。電車の中は湿気でベトベトする。電車で通勤する今月、車で移動していると毎日の気温の差とか天気とかをあまり気にしてないことに気がついた。

6月16日(土)
 明日は父の日なんだそうですな。今日と明日の幼稚園の参観日は父の日に会わせて企画されていたのですな。
「ぱぱぁ、あしたきてくれるの?」
「うん、ケツカッチンだからちょいとだけど、うかがいますよ」
「ぱぱのえかいたんだよ」
「えっ、なんで?あっ父の日なんだ。みんなでパパの絵を描いたんだな。こう、貼ってあったりすんだろ?」
「しょうだよ、だけどぉ、ちょっとごめん。みみがないんだよね」
「ハハハハハハー、描いとかんかあいっ耳ー!」
「ヒヒヒヒヒー」
と呑気な会話がありました。

6月17日(日)
 コクーン歌舞伎は今年で4回目。僕は幸運にも全出席。一回目は1994/5/29〜/26「東海道四谷怪談」だった。栄津三郎(杵屋)さんに誘われたとき、「弾きたい弾きたい、お手伝いさせてくださーい」と頼みこんだ。勘九郎さん橋之助さん、そして串田和美さんが監督をする、冒険のような、新しい若い世代の歌舞伎にとても魅力を感じた。舞台に20トンの水を入れたプールを作り、客席の前方の椅子席を平土間にして通路を花道にし、客席と舞台の区別ばかりかロビーでも芝居があったりと小屋全体が「四谷怪談」だった。最後の伊右衛門と与茂七のプールでの立ち回りの水が御簾に飛んできてキャッキャいいながら弾いていた。
 1996/8/30〜9/24が第二回で「夏祭浪花鑑」。二週間前の8/14に娘が生まれていた。今度は40トンの土が運びこまれていた。団七が義父を泥まみれになって殺し休憩になるのだが、楽屋に帰る途中、勘九郎さんが「どんどんすごくなるね、この芝居はー」と泥んこの足を洗いながら興奮して話ていた。芝居のパワー、演者のパワーを間近で感じた一瞬だった。
 1998/9/2〜9/26の「盟三五大切」では源五兵衛=勘九郎さん/三五郎=橋之助さんの南番と、源五兵衛=橋之助さん三五郎=勘九郎さんの北番という二種類があって、ツケも二種類あって、しかも夜の部の舞台師をおおせつかったこともあり、稽古のときから頭がこんがらがって、初日があいても毎回ドキドキもので、随分と鍛えていただいた。序幕の冒頭、新内流しの役で三味線弾きながら下手から上手に歩くという役をやらせていただいたのも楽しかった。獅童くんに絡んでもらうのが妙に照れくさかった。舞台の中のセットがぐるぐる回ったりしてキッカケが取りにくいので、モニターを見ながら弾いた。そのモニターが液晶のテレビで映りが良く、なんか、飛行機に乗って映画を見ながら三味線弾いてるようなおもしろさがあった。
 そして今回の「三人吉三」。どの芝居も好きだ。このコクーンでやる芝居やここにくるまでの稽古は、とても大きな影響を与えてくれる。


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