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鉄九郎の青?裸々な日常 第54号


2001年8月7日〜14日

お江戸日本橋亭で拍子舞

8月7日(火)
 千秋楽ではないけれど、今日の公演で約2週間の休みになった。千秋楽ではないことはわかっているけれど、開放感でウキウキしてしまう。したがって、とりあえずのお疲れさま会をすることになった。ホテルの裏の居酒屋に邦さんと出かけ乾杯を。
話は自ずとお江戸日本橋亭ライヴのことやこれからの伝の会のこととなる。ウーンいいお酒やね、前向きで。かおる(佐近)さんや河井(晴之)さんも加わり、長唄の話になり、最後にゃ邦さんの部屋で討論(?)会になる。

8月8日(水)
 ウィー、やっぱりだ。二日酔いほどではないにしろ気持ちが悪い。無理矢理起きて廊下に出ると邦さんも気持ち悪そうに隣の部屋から出てきた。「やっちまったな」
僕にとっちゃ大の苦手のバス移動がこれからあるというのに・・・酔わない予防のために無理矢理朝食を食べ、松山空港までの2時間「最後の荒行ですね」などと言われバスに乗り込んだ。「寝るのだ、寝てしまえ。てつくろー、寝てしまえー」と思いながら目をつぶる。運良く目が覚めたときには空港近くだった。やったーー。
邦さんが「メシでも食おうか」と言うので断る理由もないままに(大ありやんっ、朝食たべて二時間寝てただけやんっ)天ぷらそばを食べる。コロッとたいらげ、コーヒー味のコーラが売ってたので「へー」と感心して飲んでみる。「てつくろさんっ、気持ち悪かったんじゃないんですか?」「あんたヘンだよ」などの罵声にニコニコしながらガブガフ飲む。
飛行機に乗ったらまた熟睡。あっという間に羽田についた。「東京のただ今の気温は松山よりも5度ほど低い・・」と言う機内放送で言っていたとおり、おお涼しいが第一印象だ。
モノレールに乗ったら東京湾が見えた。おだやかな水面がキラキラ光ってとてもきれいだった。海はここにもあったんだ。

8月9日(木)
 昨日帰ったその足で小野木さんを交えて邦さんと三人で日本橋亭ライヴの「よくわかる長唄」のコーナーのリハーサルをした。邦さんは巡業中、ちょくちょく図書館へ出かけ「蜘蛛拍子舞」の細かいところまで調べつくした。さてそれをどうやってまとめて舞台にかけるかだ。これはとても楽しい作業だ。こういうことを大事に大事にしていきたい。
本日は勝彦さん六ショウゴさんと邦さんの4人でお稽古、人はこれを「下浚い」という(なんやねんっ)。
「吉原雀」「二人椀久」と大曲で、普通お囃子が入る曲を素の演奏でやってきた。今回の「蜘蛛拍子舞」もお囃子が入らない演奏というのはちょいと考えにくい曲である。でもねでもね、「吉原雀」「二人椀久」はね、なんかわかったんですよね。素で演奏したらこんな風になるな、こんな感じでやろうかな・・という「感じ」が。だけんどもさぁ、「蜘蛛拍子舞」はちょいと違うんです。決して悪い意味ではないんだけど、やってみなきゃわかんないの。やってみなきゃわからない的な要素がいっぱいあんの。勝彦さんもそんなこと言ってた。で、とにかくやってみましょうとやってみました。ここはこんな風にとみんなで作っていって、一つの路線ができたと思います。
あとはひらきなおりですね和佐次朗さん?

8月10日(金)
 もたもたしてたら大遅刻。日本橋亭にやってきました。伝の会当日であります。雨はなんとか降らずにいてくれるようでありがたいことでございます。暑い中、早くから並んで下さった方たちもいたそうで、心が痛みます。昼夜とも大盛況でした。「蜘蛛拍子舞」楽しく弾けたかな?弾けました。もちろん皆さんのおかげで。

8月11日(土) 休日。きゅうじつ。やすみです。

8月13日(月)
 伝の会2日目。伝の会もいろいろな場所で土地でやらせていただくようになった。その中でお江戸日本橋亭と南青山マンダラは地元もも地元、自分たちの庭と言うかフランチャイズというところで、お客さまもよーく伝の会のことを知ってる方たちがほとんど。僕らもエラクリラックスして舞台に出ていく。
しかし、今日の昼間、そんな気持ちでポーンと出ていったらなんだか空気が違った。しゃべっているうちに気がついたんですが、前方の座椅子に座っているお客さまたちが、どなたも初めていらっしゃった方たちにお見受けしたのです。反応がねぇ、なんか違うの。それで「うっ」と思ったの。決してやりずらいとかと言うのではなくて、その、気ままにフランチャイズ顔して出ていった自分にちょっと反省したのです。
「ああこういうのも有りなんだよな」と思った次第でございます。

8月14日(火)
 11日・13日のライヴにきてくださったお客さまがとても多かったのです。「お江戸日本橋亭ライヴ」として過去最高の観客動員数でした。パチパチパチ・・・。ありがたいことです。

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