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鉄九郎の青?裸々な日常 第55号


2001年8月16日〜21日

自転車に抜かれる台風

8月16日(木)
 14日でうちの娘は5歳になった。3歳、4歳を2年間ずつくらいやってくれないかなと思うほど、子どもの成長は早いものだ。誕生日のプレゼントには自転車を先月中に買ってもらっていた。「前倒し」である。自転車に乗った勇士(?)を父に見せたいのだろう、「じてんしゃであそぼ」と一週間言い続けていた。  時間が出来たので子どもは自転車、僕は歩きでちょいとでかけた。
「もっと早くこげないのかい?」
「まだのりはじめたはっかしだからぁ、こわいのよ」
「あっそうか、でも歩いた方がはやそうな速度だね」
「あのまるいなかにはみずがはいってんだよ」
「あっ、マンホールか、よく知ってんな」
「じいじがおしえてくれたんだよ、あんなかにはみずがいっぱいはいってるからって。ずーっとむかしにおしえてもらったのによくおぼえてるでしょ」
「ああ、お父さんお前にそんなこと教えていたのかい。うん、よく覚えてたな、おじいちゃんから教わったことはいつまででも覚えておいてあげろよ。きっと喜んでるよ」
「いないけど、よろこんでるの?」
「ああ」
「じいじはみずがいっぱいなんだよっていうから、いけのうえにふたがおいてあんのかと、ちっちゃいときはおもってたのよ。ま、いまでもおもってるけろっ」
「なんやそりゃ。」 けど、なんか娘と話してるとほのぼのとすんなぁ・・・

8月17日(金)
 18日は祖母の3回目の祥月命日。早起きをしてお墓参りにいった。我が馬橋家のお墓には祖父・母・祖母・父の順に眠っている。娘が会っているのは祖母と父で、祖母のことは「おばあちゃん」父のことは「じいじ」と呼んでいる。
「おばあちゃんはあたしが二さいのときにしんじゃったんだよ。じいじは四さい」と言った。
「良く覚えてるな、あばあちゃんもおとうさんも喜んでるぞ」
「あはは」
夜、稽古場から帰ると娘が「じいじにおてがみかいたんだよ」と言う。
「おいおい泣かせるね。どれどれ見してごらん」
おりがみで作った手製の封筒の中に四つに畳んだおりがみが入ってた。
「じいじげきですかきういたよ(じいじ、元気ですか、今日いったよ)」と書いてあった。
僕は微笑みながらホロッとした。

8月18日(土)
 お稽古場の草取りをお弟子さんがしてくれた。きれいになった。すごくう れしかった。今日は祖母の三回目の祥月命日。喜んだろうなぁ。

8月19日(日)
 新幹線に久々に親子三人で乗る。娘ははしゃいで頭から湯気がでそうになっていながら、しばらくしたら熟睡する。名古屋すぎたらムクっと起きて「うっかりねちゃったよー」などと言っている。京都駅からタクシーで先斗町へ。寿典(杵屋)くんの浴衣会に娘が唄わせてもらうのだ。お茶屋デビューでもあるな。ごほうびの人形(リレィちゃんと命名されていた。子供っておもしろい名前をつけるもんだ)も「前倒し」でもらっている娘は必死で「供奴」を唄っていた。

8月20日(月)
 昨夜、浴衣会のあとそのままお茶屋さんで遊んでいると、「てつくろさん、疲れてそうだ」という話しになり、寿典くんのお友達の「足底療法」の先生が「ちょっとやりましょうか?」と言うので、うっかり「お願いします」と言ってしまった。ほんと「うっかり」言ってしまったんよー。まあ痛い痛い、あの棒でグリグリってやるやつ。僕なんか棒でやる前に手で揉んでもらうだけでギャーギャーいっちゃうんよ。俯せになってる僕の足の裏をギュっと押されただけで鴨川にむかって百足のようにタタタッーと行ってしまうのれす。あんまり大声でギャーギャー言うと悪いので、手ぬぐい噛んでタカタカ逃げ回ってる図なんて、人が見たら、あたしゃお茶屋さんでなんの遊びしてんのよってね。マジマジマジ。

8月21日(火)
 台風がね。大型の。夜になると京都もなかなかの雨風で。まあ、でもね、男三人でちょいと出掛けました。傘持ってタクシー乗ってね。まあ鴨川の水がこんなにいっぱいあるのなぁなんてね、なかなかの風情ですよね。よっぱらっちゃったけど、こんな時に出掛けるのもいいもんだなぁと。掲示板に僕の目撃情報が数多くかかれたのはこの日のことですな。嵐の中、男三人でウロウロしてるとこを見られたのでしょうな。目撃者も嵐の中をウロウロしてたんじゃねーか。またどっかで見たら書き込んでください。

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