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鉄九郎の青?裸々な日常 第66号


2002年1月1日〜15日

「棒しばり」のお稽古・「邦楽ジャーナル」の取材

1月1月(祝) 壬馬
2002年が明けた途端に初詣にいってきました。
いつもとおんなじ真夜中なのに、新年が来たという空気はみごとに流れていて、その空気は町内にも街道にもただよっていました。
なにもかもが一度クリアされたような空気。
一度リセットしたような空気。
おごそかな空気になっていました。
2002年、平成14年、午年が明けました。

1月2日(水)
午後おそくに起床。
「寝正月」。久々の「寝正月」。だらーーーっとしてます。
ほんと「休む」ってこういうことっていうくらい休んでる。
例年ならば京都南座で舞台稽古ですわな。そんなことも考えないくらいにのんびりしてる。頭から長唄や伝の会を追い出してしまったよう。

1月3日(木)
東北新幹線。福島あたりはすっごい雪だ。仙台に近くなると、あのすっごい雪がぜーんぜんなくなっちゃうんだから不思議だ。仙台に着く。パラパラっといい感じに雪が舞っている。

1月4日(金)
1月4日は伯父の誕生日で祖父の祥月命日。祖父が亡くなったとき僕は14才だった。国分町あたりに出る。すっごい人だ。お正月という感じでいいもんだなぁ。

1月5日(土)
夕方の東北新幹線で帰京。ちょっと暖かく感じる。ラーメン食べるか?どっかから東京に帰って来ると、かなせらずと言っていいほどラーメンを食べに行くなぁ。 

1月6日(日) 新宿高島屋・新春イベント
7時30分起床。はやっ。さむっ。ねちゃおうかしらっ。
いかんっ。顔あらおう。洗面所。お湯になるまで水を出す。
稽古場行って、三味線調べる。今年はじめてだな。
クラウディア今年もよろしく。
さて出発。
まだお正月という感じだね。ガラガラの道でアッという間に新宿高島屋に到着。今年の仕事はじめは、津軽三味線のあんみ通との初ジョイントでございます。屋根のある野外に作られた特設ステージ。寒いのにたくさんのお客さまに来ていただきました。ステージ出ていってビックリしましたよ。あまりにもたくさんの方がいらっしゃってて。13時と15時の二回やったんです。伝の会のお客さまもたくさんいらしていただいたんだと思う。僕らを見に聴きにきてくれたんだと思う。ありがたい。今年もがんばろ。ピリッとした良い仕事はじめでやした。

1月7日(月)
お稽古日。お稽古はじめなのに、出先から稽古場へ行くのが遅れお弟子さん待たせてしまう。着物着る時間もないや。と、てんでだらしのねぇ「稽古はじめ」でやんした。

1月8日(火)
 さて踊りのお稽古(8月27日28日29日の日本橋劇場「伝の会大勝負 えっ?マジ?!」公演のため)も今日が稽古はじめ。
 ちょいと運動のためにもと自転車で我が家から江古田の(七々扇)左恵師匠の稽古場まで行こうと決めた。30分もあれば行くだろうか?無謀ではないかしら?まあのんびり行ってみよう。5分も走らないうちに汗びっしょりになった。足は重い、おもい、オモイ。はぁはぁはぁ。ウーー、コートが暑い。手袋なんかはめてらんないぞーー。はぁはぁはぁ。結構坂があるなぁ、微妙になだらかな登り坂だなぁ、こたえるなぁ、はぁはぁはぁ・・・はぁはぁはぁはぁ・・・つ、ついたぁぁぁ。足ガクガクだよぉ。こんなに長い距離を自転車に乗ったのは27年ぶりだろうか?ふーーー。とてもじゃないがこの状態で踊るなんてこたぁできないので、お稽古を後回しにしてもらってコーヒー飲んで休憩。はーーー。稽古終わっての帰り道は気持ちがいいぞー。一月ってこんなに暖かかったのかと思うほどだ。風きって気持ちがいいねーーー。

1月9日(水)
娘「あごの・・・おねえちゃんがすきな・・・」
僕「なんだ?」
娘「るぱんはんせんだ」
僕「ははは、おお、るぱんはんせんがどうしたんだい?」
娘「いまあったよ」
僕「ああそうか」
どっかに「ルパン三世」のポスターかなんかが飾ってあったんだろう。うれしそうに見つける。無邪気なものだなぁ。いつぞやのシリトリの時には「りぱるはんせん」と言っていたが、いつの間にか「るぱんはんせん」になっている。少しずつ近づいてきたぞ。

1月10日(木)
モーニング娘。とか好きだなぁ。娘がですよ。好きというか音楽番組見ていても目立つんだろうな。よく鼻歌をうたってもいる。
「あたまのなかほとんど彼氏」を
「あたま、おなか、ほとんどでないし」ってうたってた。
子どもは空耳の天才やな。

1月11日(金)
111は父の誕生日。72回目か。まだいてもいいのになぁ。二親がいなくなるなんて考えてもみなかったなぁ。不思議なもんだなぁ。などとは言ってらんないんだろうけど。

1月12日(土)「棒しばり」のお稽古
 生まれてはじめてと言っていいくらいに身体を動かしてる(8月27日28日29日の日本橋劇場「伝の会大勝負 えっ?マジ?!」公演のため)。日舞のお師匠さんの左恵さんの真似をするわけですよね。おそわるってことは。できないまでも。その真似ができない。見事にできない。
 例えば、師匠が左にまわれば僕は右に回ってしまうような。左足をだすんだとわかっていても左足がでない。首を右に倒してるつもりで左にたおれている。な、な、なんなんだっ!!自分の身体が自由にうごかないんです。みごと、ほんっとにみごと、あんまり自由に動かないんで、笑っちゃうくらい。ま、もともと不器用な方だけど、これほどまでとは思わなかった、ははははは。でもね、だからなんたげけど、ちょっとできると、すっごくうれしい。いや、ほんとは出来てないんだけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ動けるようになるとおも しろい。こんっな不器用なヤツでもここまで出来るとこを8月に見てもらいたいと思う。

1月13日(日)「邦楽ジャーナル」の取材
 「邦楽ジャーナル」は好きな雑誌です。活気があっていいなぁと思う。何年か前に伝の会の取材をしていただき、大きく紹介していただいてからの本格的なおつきあいで、シングルCDをだそうとしていたときも田中編集長の助言でトーク入りのCD「序幕」が誕生した。何かにつけて伝の会のことを気に掛けていただいてる。その邦楽ジャーナルの取材のため我が稽古場に着ていただきました。
 取材をされるといろいろためになることが多い。うまーく取材する方がいる。なるほどなぁと思う。「あなた方のことを紹介してあげるよ」というスタンスの人もいる。伝の会にゲストがいらしていただいたときのために大いに役だつ。ちなみに今日の取材はとても楽しかったですよ。(この取材の記事は「邦楽ジャーナル」2002年2月号に掲載 テーマは「26歳のわたし」)

1月14日(祝)
成人式。車で出かけたんだけど、あちらこちらで成人式に出席した人たちを見かける。「ほほぅ、この人が1981年とか1982年に生まれた人かぁ」とか出会うたびに見てしまった。この人たちに自分は「どんなおっさん」にうつんのかなぁ?などと思った。昨日の取材のテーマも、僕たちの20代のことだったんですよね。写真とかもひっぱりだしてね。伝の会を作る数年前の25ー6才のころの写真。でさあ、二人で持ち寄ってさぁ、写真みたらさぁ、ただのあんちゃんなのよぉ(ま、今はただのおっさんかも知れないけど・・・)。二人で写真しみじみみながら
「おれたちこの頃って、なーーんにも弾けなかったよなぁ」
「笑っちゃうくらい弾けなかったね、生意気だけでね」
木下(伸市)くんとかアガッチ(上妻宏光)とかってさぁ、この年の頃には津軽三味線全国大会で1位になってたんでしょ?」
「だろうな、すごいな・・・」
「すごいな・・・・」
「はは」
「ははは」
「はははははは、ぎゃはははははははーーー」
あまりにも自分たちの25〜6の時が幼すぎて、アホになってしまいました。

1月15日(火)
お弟子さんのお稽古をして踊りの稽古に行って、帰ってまたお弟子さんのお稽古をした。先生になったり生徒になったり。


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