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鉄九郎の青?裸々な日常 第68号


2002年2月1日〜15日

日本橋亭ライヴが3日公演に拡大

2月1日(金) 2月かぁ、うーん。

2月2日(土)
娘「このめろでぃわかる?」
僕「・・・・」
娘「ふんふーんふふーんふふーん」
僕「ん、わかんないなぁ」
娘「もっかいやるよ」
僕「・・・・」
娘「すーぱーいんとろどんっていって」
僕「スーパーイントロ、ドンっ」
娘「ふんふーんふふーんふふーん」
僕「・・・・」
娘「ひんとあげようか?」
僕「うん」
娘「こまーしゃるだよ」
僕「・・・・」
娘「きんぎょだよ」
僕「きんぎょ?」
娘「ぱぱしってるけどなぁ」
僕「わかんないよ」
娘「なんかいってみてよ」
僕「きんぎょなぁ」
娘「せいかいいおうか?」
僕「うん」
娘「きんぎょうのきゅうげつーー」
僕「・・・・・(そりゃ人形の久月だろ)」

2月3日(日)
節分。おにはーそとぉ、ふくわーうちぃ。
鬼は自分の心の鬼。なまけぐせ。
多いなぁ、「こんなかんじでいいかなぁ」「だいたいこんなんで・・・」なんてしょっちゅう思ってる。「時間がもっとあれば出来るけど、この少ない時間でここまでできたら上等上等」なんて日常茶飯事。何年も前から「ひとつひとつを丁寧に」を目標としているが・・・。ガンバルっ。帰宅したのが夜中の0時。お風呂入ってはやく寝たいところだが、ガッツだして稽古場に行き、「五条橋」「靱猿」をさらう。自分から発せられるノリになった。そうそう、ちょっと踏ん張れば出来るんだよなぁ、よしよし、明日が楽しみだわい。

2月4日(月) お江戸日本橋亭ライヴ
 道がすいていて10時すぎについてしまった。楽屋入りの約束は11時。はてどないしょ。ブラブラしてたら邦さんも来た。結局11時前に楽屋に入れてくれた(お江戸日本橋亭の楽屋入りの原則は11時なのです)。勝彦くんはやくこないかなぁ。「靱猿」浚いたいなぁ。
 2時開演。たくさんのお客さまに来ていただきノッた。長唄二題のあと合方集をやった。合方集は理屈抜きで楽しいやつを。これが始まるとお客さんの顔が違うね。やっばり長唄はピリッとして聴いていてくださってんだなぁとよくわかる。合方集になると、ニコニコして聴いてくれている。「世話」を基準にした合方集なんだけどタイトルを何にしようか?「リッシュン」だな。夜の部でやったときは「リッシュンノユウベ」とタイトル変更していた。今夜は真っ直ぐ帰宅。眠くてしょうがない。はやく寝ようっと。

2月5日(火) お江戸日本橋亭ライヴ
 10時に日本橋劇場に集合。「伝の会大勝負」の打ち合わせです。何度かこの劇場に出演させていただいているが、あらためて舞台・客席・楽屋と案内してもらい諸注意をしていただくと「ヨーーシっ」という気持ちになった。
 12時すぎにお江戸日本橋亭に入る。今日の「五条橋」は昨日の味見純くんにかわって杵家弥佑くんなので、一発リハーサルをする。いつものテンションで昼の部開演。「靱猿」を演奏しているとき一番前に座っている人がずっと歌詞を見ていて、一度も顔をあげなかったと勝彦くんが言っていた。「なんとかして顔を上げてもらおうと思ったんですけどねぇ」いろいろあって楽しいものだ。 
 ラーメン屋がないんです。お江戸日本橋亭のまわりに。とうして?おそば屋さんばっかり。いやっ、そんなはずはないと神田のあたりまでさがしまわるが確かにない。みつけらんないのかなぁ?ガード下にテレビ東京のCMでみたことのあるラーメン屋さんみっけ、ラッキー。
 夜の部開演。4回目になるんですな。ほんっと、お客さんに左右されますな。こんだけお江戸日本橋亭でライヴやってて言うのもなんですが、お客さんがライヴを作っていると言ってもいいぐらいですね。「いいお客さま」「悪いお客さま」と言うんじゃないんですよ。お客さまの雰囲気につられてこっちがやりにくいとか言うんでもないんですよ。ただそこに居合わせたお客さまと舞台に出ている人たちで、たった一回の空気を一緒に作っているということなんですな。トークにしろ演奏にしろです。今夜のお客さまは僕らをノセるのが、どっちか言うたら、上手だったようです。ノリすぎて「せっかくの解説が台無しです」とのご意見もアンケートにいただきました(ほな、いかんのやないかいっ)。いろいろあって楽しいです。

2月6日(水)
 頭痛がする。昨日おとといと体調不十分のままライヴをやったツケでしょうか?まだ風邪は治ったわけではないぞという、風邪くんの主張でしょうか?お弟子さんのお稽古で唄うたんびにひどくなってたよう。

2月7日(木)
 三味線を弾くとき人差し指と中指は爪で押さえる。4日5日と「靱猿」と「五条橋(まぁこちらはそんなに弾くとこないのですが)」を弾いたら中指の爪がすっかりなくなった。中指での押さえはともかく、ハジキができないのだ。いやっ、できるんだけど大きな音がでないのだ。大きな音を出そうとすれば爪を利用する。爪が利用できないと爪じゃない部分で大きな音を出そうとする。これで指が痛くなってしまうんですな。

2月8日(金)
 良い天気になった。昼には15度にまでなるといっていた。15度になったかどうかはわからないけれどポカポカとしてのどかな1日だった。僕は所用で朝からでかけ、帰りの電車で宮部みゆきを読みながら電車を乗り越した。のどかな1日だった。

2月9日(土) お江戸日本橋亭ライヴ
 朝、早起きした。お江戸日本橋亭に入る前に家元に(松永忠五郎師)用事があるため、一路赤坂の家元宅へ。お江戸日本橋亭には11時に着。お江戸日本橋亭ライヴは3日間休みがあったが、頭の中はずっと「靱猿」だった。2日公演が3日公演になったという重さを感じたなぁ。頭の中の整理もできたし、ちょいとおちついた「靱猿」ができた。

2月10日(日)
 「お江戸日本橋亭ライヴが年に2回というのは寂しい、せめて3回はやってください」という声を多くいただいている。ありがたいことです。とにかく今は多くの人に見て聴いていただきたいと思っています。

2月11日(祝)
 娘と一緒に過ごす時間がここんところなかった。夕方から娘と食事にでかけた。よく食べるし、よくしゃべる。ほんのひと月ほどでずいぶんと変わったものだなぁ。 

2月12日(火)
 4時から踊りの稽古に。古典空間と台本を書いてくれる永井くんも見学にくる。久々のお稽古で身体がぜーんぜんうごかんっ。覚えらんないし。ほんっとに覚えが悪いんだなぁとつくづく身にしみる。練習も人の倍ではきかんのだな。とは思っているもののなかなかうまくいかん。キショー、がんばるぞ。

2月13日(水)
 起きたら昼だった。ゲッ!!、ま、そんな日もあろうな。娘も風邪をひいていて5連休中。彼女は気管支が弱いのだ。それでも今日の午後は随分と咳もおさまり明日は幼稚園に行けるだろうテ。

2月14日(木)
 8月27日「伝の会大勝負」初日。お客さんもいっぱい入った。いよいよ棒しばりの幕が開く。なんとかギリギリで衣装も着られたし顔も出来た。邦さんも舞台の袖て待ってるだろう。まもなく幕が開く。伝の会が踊るかぁ。練習は万全だ。正直言ってここまで上達するとは思わなかった。自分の身体が自由自在に使えるようになった。楽しみだなぁ。幕袖に向かう間に思い出した。まだ最後の所を習っていないゾっ、えっ、ちょっと汗かいた。ま、大丈夫だろ・・・あっ、もうひとつ思い出した。伊勢音頭は一度も浚っていないっ、ゲッ!!。こ、こりゃいかんっ・・・・ま、ま、でもなんとかなるかなぁ、ストーリーは知ってるし・・・・イヤイヤイヤ、なんともならんぞーーっ、どーしよー汗びっしょりかいてる。うわーっ、イヤだー。どーしよー、わーっ、舞台に行きたくなーーい!わーーーーっ!!!!目がさめた。夢かぁ、ホッとした。汗びっしょりだ。

2月15日(金)
 今日も昨日もよい天気だ。昨日はお稽古場の庭掃除をした。落ち葉をかき集めていると土の匂いがした。子どもの頃を思い出した。ここはおじいちゃんとおばあちゃんの家だった。中学の頃に父母とともにここにきて、5人で暮らした。
 「死」は身近になかったそのころは、誰が落ち葉を掃除していたのだろう。僕が中学2年のとき祖父がなくなった。4人で暮らしていたときは誰が落ち葉を片づけていたのだろう。僕が家を出、母がなくなり父と祖母とで暮らしていたときは父が手入れをしていたのだろうか。祖母がなくなり父が一人で暮らしていたとき、落ち葉など落ちてはいなかった。きっと父が手入れをしていたのだろう。父が亡くなり「死」が身近になった今、僕ははじめて土いじりをしている。


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