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鉄九郎の青?裸々な日常 第70号


2002年3月1日〜16日

春眠暁を覚えず

3月1日(金)
下ざらいで邦さんと会う。帰りに駐車場の入口で「打究人」のノリちゃん(関口範章)に会う。

3月2日(土)
ヒザがむずむずしている。笑ってるということなのかなぁ。ストレッチもはじめた。本日も踊りのお稽古のため自転車をこぐ。しかし、慣れとはすごいもので、あんなにハァハァ行っていた自転車乗りが随分と楽になったものだ。江古田までスイスイ行けるようになった。帰り道も汗をかくほどハァハァしていたのに、寒さがしみるようになってきた。

3月3日(日)
確定申告の季節ですな。毎年友人が来てやってくれる。頼もしい。なにせ、自分じゃなーんにもわかんないんだから。彼女が計算してくれてはじめて年収がわかるのだ。

3月4日(月)
「伝の会大勝負えっ?マジ?!」の二回目の集まり。入場料、開演時間などが決定に近づいた。そして稽古割りもほぼ決まる。着々と前進している。

3月5日(火)
朝が起きずらい寒さですなぁ。いっぺん起きても二度寝をしてしまいますなぁ。
毎回踊りのお稽古をビデオに撮らせていただいている。本来御法度のところを無理をきいてもらっている。毎日そのビデオを観ては稽古している。娘もよく一緒にそのビデオを観ている。一度本当に稽古している所を見たかったらしく、今日稽古に連れていってあげた。必死で稽古する父の姿をさぞ羨望の目でみているのだろうなぁとチラッと見ると、お弟子さんたちに遊んでもらって楽しそうにしていた・・・・ぜんぜん見てへんやないかぁー。

3月6日(水) 眠いねぇしかし、二度寝とかしてしまいますね。

3月7日(木)
下ざらいだぁ。滝野川会館へ出番1時間ちょっと前に到着。余裕余裕。ゆっくりできるぞ。
駐車場に入る。駐車場のおじさんが寄ってきて
「どちらですか?」
「4階だと思うんですが、佐門創作の会でーす」
「はいはい・・・・えっ、どちらですか?」
「4階だと思うんですが、佐門創作の会でーす」
「・・・・いや、そういう集まりはありませんが?」
「ないわけあるかいっ、つい何日か前もここで下ざらいやったんだから・・・・あっ!!」
「なんか思い当たるところがございますか?」
「ご、ございます・・・」
よくあることである。
2回下ざらいがある場合に同じ会場でやるという保証はなにもないのだ。どちらかと言うと違う会場でやる方が多いかも。
ああ、またやってしまった。この世界にあたしゃ20数年もいて、違う会場だという確率の高さも知っているのに。本番の会場は日刊ホールだろ、2回目の下ざらいは本番の会場でやる確率の方がだんぜん高いじゃああーりませんか。
「日刊だよ、日刊。ぜったいに日刊・・・」
とブツブツ言いながら資料を見ると「3/7 日刊ホール」と書いてある。
「ではそこでUターンをなさってください」
丁寧な駐車場のおじさんのセリフを後ろ頭で聞きながら、いざ日刊ホールへ向かう。間に合うかな?
カーナビに目的地を告げる。便利になったぞ。予想到着時間が出るのだ。なになに?3時20分には着くと予想しておるな。出番は3時55分だから間に合うぞ。ああ良かった。安心していけるわ。カーナビさんありがとう。

3月8日(金)
起きたらめまいがする。えっ、な、なんだなんだっ。大丈夫かしら?病院へ行き診察してもらう。血圧平常、貧血その他もなんでもない。「様子をみたらいかがですか?」と言われる。まず一安心だ。ま、先生がなんでもないというなら大丈夫だろう。おやっ?気持ち悪いくらいおなかが減ってるなぁ。あらっ?原因は空腹か?!

3月9日(土)
昨日のめまいはやはり、どうやら空腹だったようだ。そして、昨年の今日あたりにコペンハーゲンから帰ってきたんだったなぁと思い出した。あれから一年かぁ・・・。

佐門創作の会の賛助出演をさせていただく。自分の子どものように生み出していく作品の発表のお手伝いをさせていただくというのは、普段よりもたくさん神経を使う良い経験だ。

礼儀として自分の出番が終わっても終演になるまで待っている。ここんところ、何回かそういう機会があっても、次の用事があってお先に失礼していたことが多かった。今日は終演までいることができた。楽屋前のベンチに座っていろんなことを思う時間があった。人の演奏を聴く時間もあった。僕が師匠のところに内弟子に入るということが決まったとき、師匠に会う前に一度だけ師匠の舞台を見にきたことがあった。それが今日の会場である日刊工業ホールだった。どんな世界かもわからず、長唄がなんだということもわからないままにここに20才の時に来た。なんとも言えない気持ちだったことを今でも覚えている。その気持ちが顔を出すと「ヴーっ」となる。

帰り道は渋滞していた。渋滞すると考えることができる。スムーズに進むと先を見ることができる。

3月10日(日)
明日のマンダラとか23日の川島さんとやるリリスのリハーサルを、いつもの「さらしなの里」(編集部注:銀座にあるお蕎麦屋さん。板敷きの舞台がついた和室もあり、邦楽関係者の下ざらい等に使われることが多い。)で行う。20日の倉敷、21日の京都のやるものとかも打ち合わせして・・・・・。うっ、私の頭脳ではついていかん。ウィーー。

3月11日(月)
ちょっと早めに出発したら道がすいてて、なお早くついた。マンダラライヴ当日でこざいます。4時前からリハーサル開始。いつもは普段着でするのだが、今日は邦楽ジャーナルの撮影(このときの写真は邦楽ジャーナル四月号に、一ページにどーんと一枚で掲載されています。)があるというので、本番どおり紋付袴でリハーサルをする。ちょっとした違いなのだが、気分的に随分と違う。だからと言ってどうのこうのというのではない(なんやねん)。

開演して、淡々と弾いているうちにだんだん目が慣れてくると、たくさんのお客さんが来て下さっていることに気が付いた。うれしいな。いつも、マンダラライヴでは一、二曲多めにエントリーしておくのです。そうしておくとなんだか落ち着くんだな。今夜も、テーマの「わかれ」が結構膨らんで、後半二曲カットしました。次回のおたのしみですな。新曲間に合わなかったなぁ。5月にはできるかなぁ。

自分で言うのもなんだけど、楽しいライヴだったなぁ。

3月12日(火)
ダルッ。全身ダルッ。だ・る・い。ズシーンという感じの朝。ライヴの翌日というのはどうして全身疲れているのだろう。飛んだり走り回ったりしているわけではないのに。まっ、ここちのよい疲れなんですが。ただ、踊りの稽古はしんどかったす。

3月13日(水)
邦さんも花粉症になった。お弟子さんたちも花粉症じゃない人がいないような状況になってきた。今年デビューする人、再デビューを果たしてしまった人。えらいこっちゃです。

梅がすっかり散ったようだ。楽しませてもらった。いい香りでリラックスさせてもらった。また来年、元気に咲いてくれるといい。小春日和のあたたかい午後、きれいに散った花びらを箒で集めながらそんなことを思った。

気がついたら、くしゃみをして目をこすっていた。

3月14日(木)
11時に稽古場に集合して「伝の会大勝負えっ?マジ?!」の会議。続いて、倉敷、京都のリハーサル。13時過ぎ、川島(佑介)さんが来て、23日のリリスのリハーサル。リリスでは大太鼓、小鼓、締太鼓を紹介し、それぞれ15分くらいの曲を演奏する。しかもたった3人で。自画自賛する我々。たのしいステージになることまちがいなし。

3月15日(金)
久々の雨だ。小雨って感じだけど。長靴履いて、カッパを来て、傘さしての登園は久しぶりだ。娘が幼稚園に行っている間に雨があがり、日が射してきて、あたたかくなってきた。おやっ、上着がいらないぞと思っているうちに暑くなってきた。な、なんと今日は気温が22度にまでなったそうだ。お稽古場も窓あけっぱなしで稽古する。それでも夜になるとストーブが欲しくなる。風邪をひかないほうが不思議な天候だ。

3月16日(土)
「んー?・・・・今日、幼稚園あるんだ!!」
「え゛っ」
朝8時10分、我が家の二階ではこのような会話があり、あわてて娘を起こした。昨晩、明日は幼稚園休みだからゆっくり眠れると目覚ましもかけずに寝たのだった。土曜日だとてっきり休みだと思ってしまう。妻は、家の前を小学校の集団登校がにぎやかに通っていくのを聞いて「ひょっとしたら?」と思ったそうな。


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