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鉄九郎の青?裸々な日常 第74号


2002年5月14日〜31日

あまいものをーながいかみでーー

5月14日(火)
 ウワッ、すっごい人、人、人。しかも学生、学生、学生。大阪に行くため、9時前後の新幹線に乗ろうとボーっと東京駅にやってきた僕は衝撃をうけたぜ。修学旅行シーズンなのかなぁ?そのおかげで指定席は8時すぎから10時近くまで×、×、×。景気良くというか仕方なくというかグリーン車のチケットを求めた。熟睡して大阪着。明日の「松永会」の下ざらいです。

5月15日(水)
 難波のワシントンホテルで目覚めました。はぁ、よく寝た。松永会の本番の日です。(杵屋)勝之弥さんと「鷺娘」を演らせていただきました。大先輩と演奏できてとてもうれしかったっす。

5月16日(木)
 昨夜京都に来て、ちょいと遅くまで飲んでくっちゃべったりしておりました。それでも今朝は元気良く起きた。大阪も雨、京都も雨、これで東京に帰るころに東京も雨なのでしょう。

5月17日(金)
 車を買いかえたのが昨年の3月末。12か月点検のお知らせがきたのが今年の3月末。なるほど一年たったかと思えるころに「お知らせ」はやってくるもんですな。で、今日点検にだしました。13か月半点検ですな。

5月18日(土)
 今日の棒しばりの稽古は邦さんと一緒になった。最初からとおしてもらった。段取りをおって動きをつけてもらうと、全体像がつかめてきた。セリフも早く入れなきゃなぁ・・・。

5月19日(日)
 武蔵野公園というところに出かけた。バーベキューができるテリトリーがあってなかなかの所。そこで友人たちがバーベキューをやった。妻と娘は参加し、僕は終わったころに迎えにいった。どうしても抜けられない用事があったのだ。次回はぜひぜひ参加したあああい。

5月20日(月)
 はいな。伊勢音頭の稽古ですよ。今日は前進座の稽古場を借りての稽古でした。緊張しますなぁ、前進座の創立者の方々からこっち、ずーっと額に入った写真が飾ってあるんですもの。そこで芝居の稽古をさせていただくなんてぇ。今日は初めての立稽古をしたのです。つくりあげていくという感じになってきましたなぁ、ますます。びっくりしたのはみんながセリフを覚えていること。僕ぐらいだよ台本みながらしゃべってんの。みんな入ってますがな、セリフが、アタマに。。。いやぁ驚いた。みんなのやる気に改めて感心したのと、そんな呑気なこと思ってらんねぇぞ、オラもはやく覚えなきゃって・・・ 

5月21日(火)
 今日はあたたかい。棒しばりの稽古に向かう自転車に乗っていても、夏がそこに来ていると感じるほどだ。帰ってお弟子さんの稽古をすると、デザインのヒネさんの所に行った。邦さんと森山も集合し、「大勝負」のチラシの制作を見守る。
できたチラシはコレ

5月22日(水)
 昨日家に帰ったのが午前2時すぎ。もう眠くて眠くて、本日は午後まで寝させもらった。しかし、ヒネさんは僕らがそばにいて、仕事がやりにくくないのかなぁ。

5月23日(木)
僕「しくしく」
娘「えっ、なぁに?」
僕「しくさんじゅうろく」
娘「なぁにそれ?」
僕「九九ってのがあってな、4かける9は36っていうのを、しくさんじゅうろくっていうんだ」
娘「ふーん、『しく』ってさぁ、よくおだんごとかやきとりについてる『しく』?」
僕「おっ?いやっ、そりゃ『くし』だろ」
娘「あっそうか、あははは」

5月25日(土)
 今日は邦さんと二人揃っての「棒しばり」の稽古の日。娘も連れて行き稽古を見させた。帰って来て一緒にお風呂に入っていると
「ぱぱ、ふざけてばっかりだねぇ」
「えっ、ふざけてないよ、一生懸命やってるのわかんないか?」
「だって、たおれたり、たおれてるからって、くにさんにおこしてもらったりしてるじゃない、あしで」
どうやら最後の追い回しのフリのことを言っているようだ。
「いやっ、ははは、違うよぉ。ひっくり返って邦さんに足でヒョイッと起こしてもらうフリなんだよ」
「えっ?・・・・そうなの?」
「そうだよ、そういうフリなんだもの」
「へー・・フリってなあに?」
「え?・・・あ、なんていうかなぁ、そういう所作・・・」
「しょさ?」
「ああ、ええと、そういう踊りなんだよ」
「おどり?」
「踊りはわかるだろっ」
「ヒャヒャヒャ」
「なんや、わかっとんのかいっ」
「そういうふうにきまってるってこと?」
「うんうん、そうだよ」
「へーー」
「おもしろいだろ?」
「おもしろいねぇ、あそんでるのかとおもったよ」
「あ、俺の稽古のビデオ見ては『ふざけてるふざけてる』っていってたのはそういうことだったのか」
「うん、すっごくおもしろい」
「な、おもしろいよな、えみこ先生(幼稚園の担任)とか見てくんないかなぁ?」
「『おもしろいからみてください』っていってみるよ」
ほほう、娘も前向きになってきたぞ。

5月26日(日)
 ウチ(松永流)の孝次郎師が昨年の5月27日にお亡くなりになった。今日は「忍ぶ会」が開かれた。70人余りの諸先輩たちが集まって来られた。ひょんなことから司会進行を仰せつかった。
 いやいや数々の大師匠たちの前でドキドキする。施主の孝次郎夫人の定世さんからは「陰気にしないでね、明るくしてよ・・」と言われるが、伝の会のようにはいかないし、司会の席から真正面のところに孝次郎師の写真があり、ずーっと見つめられている。顔は笑っているが「こいつ、どないな司会をやるつもりやろぉ」と目が言ってるように感じる。こりゃどうしたらよいわいのぅ。
 あんまり真正面を見ないで司会させてもろた。皆様の楽しいお話により、陰気になるなんて、なーんの心配もなくホンワカした会になった。終宴のあいさつをしている時に、フト真正面の笑顔を見てしまった途端に涙が出てしゃべれなくなりそうになった。

5月27日(月)
 歯医者に行って「アツッ、アイタッ」とか騒ぎながら治療を受けるたびに、歯は大事にしなければいけないなぁと心にしみているこの頃である。次回はいよいよ右上奥の親しらずの撤去をするらしい。親しらずは抜かないほうが良いとかも言ったりするが、そんな段階ではない。虫歯でボロボロなのだそうだ。「5分もあれば抜けます」と先生はおっしゃっている。

5月28日(火)
「ながいものをーながいかみでー」娘がCMソングを唄っている。「亜麻色の長い髪」だよなぁ。

5月29日(水)
「あまいものをーながいかみでーー」娘が唄っている。だから「亜麻色の長い髪」だよなぁ。

5月30日(木)
 今日は僕んとこの白井くんの名取り式。こないだ名取りになった「鉄駒」に続き、僕んとこでは二人目の名取りとなる。初めての男の子の名取りだ。、鉄駒が僕のお弟子さんにとスカウトしてきた人材だ。ふたりとも日芸の歌舞伎研究会の出身で、ひょんなことから長唄三味線方のプロになることになった。人生とは不思議なものだ。
 彼の名前が決まるまではいささか時間がかかった。鉄十郎師匠、邦さん、僕の奥さんはじめ、ウチ(松永)の若手(僕より年の若い唄方、三味線方のみなさん)のみんなとも、ああでもないこうでもないと考えた一ヶ月であった。たくさんの人に「いじられて」彼としては幸せな門出だと思う。「松永鉄平」と名乗ることにきまった。「てっぺい」。いいじゃなーい、よびやすくてね。さっぱりしててね。彼がとてもお世話になった歌舞伎研究会の顧問である原一平教授(伊勢音頭では喜助役でご出演)の名前にも通じている。
 鉄駒といい鉄平といい、今年、ふたつの新しい人生が始まったのだ。身体に気を付けてがんばってもらいたい。俺が師匠っていうのが、チト頼りないかもしれんが・・・ま、そのくらいのほうがね。

5月31日(金)
 うーむ、今日は眠い。思えば今週はずーっと眠い。親が眠けりゃ子どもも眠い。今週は幼稚園に行きそこなうことも何日かあった。えみこ先生からは心配して電話が来る始末。いかんいかん、いかんぜよ・・・・けど、眠いのだ。
 今夜は伊勢音頭のお稽古のため日芸に行く。「稽古の時、音がないと調子が出ない」と生意気なことを思うようになってきた。「あっ、そうだ、俺たちゃ唄うたいだったり三味線弾きだったりすんだから、自分たちで録音しちゃえばいいじゃん」ってことに今更気が付いた。今夜さっそく録音する。うーん、やっぱり黒みす音楽って大切なもんなんだなぁと、感心する。呑気な我らである。


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