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鉄九郎の青?裸々な日常 第77号


2002年7月1日〜15日

「大勝負」まで二ヶ月を切る



7月1日(月)
梅雨真っ只中の今日、7月さんを迎えた。 もう7月かよーーーっ。今年はとくに早くねーか?ほんとに6月は30日まであったのか?ヒャーーーっ、「大勝負」まで二ヶ月ありませんよー。セリフも入ってないし、パンフレットのことも決まってないし・・・。ワーーーーっ、どーしよどーしよどーしよーーー。ハァハァはぁはあ・・・ま、まあとにかくおちつこう。まずは明後日の「伊勢音頭」の稽古のためにセリフをちゃあんと入れる努力をせにゃいけませんよ、ハイハイ。

7月2月(火) 子どもの声
子どもの声ってとぼけた声だなぁと思ったことはありませんか?子どもだと思うから、普通に聞いてるけど。家の中で、僕と妻が低いトーンで会話をしている時に、突然ハイテンションで「きょうはたのしいことがまだまだあるぞー」などと言いながら通り過ぎていく。やたら突拍子もない声をドップラー効果させながら。すっかり慣れている僕らは会話を続けている。これをビデオにとっといてあとで見たら、腹かかえて笑うに違いない。ウチの娘だけだろうか?そんな素っ頓狂な声をだしているのは・・・・。
娘だっていつまでも素っ頓狂な声は出していないだろう。今だけの、とってもとっても「限定期間」なのだろう。だったらひとつひとつの彼女の声に反応して楽しみたいと思う。「5-6才の時っておもしろかったよなー」って言うに決まってるんだもんなぁ。時がゆっくり過ぎてもらいたいと思う瞬間だ。

7月3日(水)
邦楽ジャーナルが日暮里駅前に邦楽ジャーナル倶楽部“和音”というライブハウスを持っている。久々に出かけた。実は電車で行くのは初めてでちょっと迷ってしまった。すっごくわかりやすいところなのに・・・我ながら情けない次第だ。

7月4日(木)
10日に望月晴美さんとみやざきみえこさんが「はるみえこ」というライヴをする。初の顔合わせである。そんな貴重なライヴにゲストで呼んでくれると言う。

19時過ぎに六本木明治屋前に集合する。中村先生のホールで「大勝負」の下ざらい。大江戸線が便利だなぁ。下浚い終了後、勝彦さん、六ショーゴさん、三七郎くんとおそば屋さんで一杯飲む。終電時間が何時かわからず、ドキドキしながら盛り上がる。なんとか間に合ったわ。

7月5日(金)
昨夜、娘が熱を出した。帰ったら寝ていたけれど、身体中あったかかった。熱帯夜につらいだろうによく寝ていた。
幼稚園を休んだ。おでこをさわるとまだあつい。
「つらいだろうにね」と言うと、
「いやいや、げんきげんき」と言っている。
「よくねたしちょーげんき」とも言っている。
「おなかへってる?」と聞くと
「へってるへってる」と言う。
・・・・・・元気やなぁ。
おでこをさわってみる。やっぱりあつい。お医者さんに行ったら、初期の風邪らしい。
ほんとはだるいのに、心配させまいとしてガンバってんのかなぁ?と疑問に思うほど元気な娘だ。

7月6日(土) ライヴ
良いお天気だぞ。あつくなりそうだぞ。車に乗って「あざみ野」に向かったぞ。意外に道がスイスイすいてて、けっこう早めに到着したぞ。どこに?山内地区センターに。14時より伝の会のライヴを行いました。
「長唄三味線ライヴ」というチラシを見て「あっ、おもしろそーだ、行って見るか」と思って足を運んでくださった貴重なお客様。「私の方の勘は大したものだ」と思ってもらえるように、いつも以上にはりきって笑っていただきました。いやあ、楽しかったなぁ。

終演後に邦さんとファミレスよって「大勝負」の打ち合わせを。もうだんだん間近になってきて、毎日でも打ち合わせをする必要があるくらい、考えることがたーーくさんある。くたくたになって帰宅。

7月7日(日)「歌舞伎音楽と写し絵の世界」
「歌舞伎音楽と写し絵の世界」というおもしろそうな仕事をさせていただいた。杵屋邦寿連中(長唄)と川島佑介連中(鳴り物)。川島さんの一番太鼓から始まって、黒みす音楽と所作音楽の紹介、さらにはうつし絵とのジョイントをするという興味深いものだ。
【写し絵は、「絵草紙の挿し絵が動いて、芝居をしている」と江戸庶民を驚かせた芸能だった。闇の中に、極彩 色に描かれた人物が輝いて登場し、説経節や義太夫節で語られる情念の世界を、様々な立ち居振る舞いで劇を演じるのである。  だるまが掛け軸から飛び出て踊る滑稽芝居。両国川に舟が漕ぎ出て色鮮やかな花火を次々と打ち上げたり、蕾を瞬時に満開に咲かせもする「からくり仕掛け」の「けれん」も見せた。「描いた絵が動くなんて、これはキリシタン・バテレンの魔術ではないのか」と江戸庶民は驚き、熱狂した。】とある。とても興味深くて楽しい仕事だった。

終演後、近くの飲み屋でおつかれさまをするが、勝彦さん三七郎くんがメンバーにいることもあって、自然と「大勝負」の打ち合わせになる。次々と生まれてくるアイデアをどう形にしていくかというような事務的なことを話しているかと思えば、いきなり台本を出し「ここのセリフをさあ・・」と役者的な話しになったりと、もう話すことがいっぱーーいありすぎて・・・。とにかくみんな燃えてることは確かだ。帰りの電車でグタッとなる。

7月8日(月)
10時過ぎまで寝る。あーねむいねむい。6日7日といきなり働いたからかしら。なんとか12時前に自分の稽古場に行き、弟子の鉄駒と鉄平の稽古を。そのあと15時すぎ自転車に乗って江古田「浅間湯2階」(落語会や稽古場としてよく使われる所。風呂屋の二階なんざ粋でしょ。)に向かう。なんという暑さだ。真夏の湿気、湿気の真夏、自転車こぐと汗がジトーッと出る。ヴーっと思い、止まると汗がふきでる。ヴワ゛ー、なんということだ。浅間湯についたときにゃあ、水でもかぶったような状態だった。本当に水をかぶったら気持ちいいだろうなぁ。
16時に邦さん三七郎さんと三人で「棒しばり」の稽古をする。
18時、浅間湯には次々に「伊勢音頭」の出演者が集まってくる。な、なんとその中に歌舞伎俳優の上村吉弥丈がいらっしゃるではないか!馬場ちゃん(=お岸役で出演の税理士さん)のお友だちということで、ちょいとのぞきに来て下さったということ。キャーーーうれしーーー。参考になることをいろいろおせーてくださいました。ほんとにほんとにありがとうございました。

しかし、吉弥さんとこんな形で再会するとは・・・。
というのも、1988年頃だと思うのだが、中村扇雀(現・鴈治郎)カナダ・アメリカ・メキシコ歌舞伎公演で50日海外にご一緒したのである。まだ吉弥さんが片岡千次郎時代である。演目は「恋飛脚大和往来」だった。唄方は杵屋花叟師、杵屋花寿尾さんにヒロキ(=松永忠次郎)。三味線方は和佐次朗さんと僕である。当時和佐次朗さんのワキ三味線を弾くことなど夢のまた夢だった僕が、和佐次朗さんにピッタリくっついていられるなんて、天にも昇るくらいうれしい時間だった。と同時に役者さんたちとも随分と交流が持てた時であった。あのとき以来、歌舞伎座ですれ違い会釈することはあっても、まともに会話をしたことなどなかった吉弥さんに、こんな形でお会いできるなんて、いやーー、おもしろいことがあるもんだとつくづく思ったのである。今夜吉弥さんに来ていただいて、あらためてわかったこともとても多く、出演者一同、なお一層燃えてきた。ヒャーーっ、かく言う私なんぞ、もう目からウロコが落ちるわ、あらためて大変さを思いしるわ、やる気もでるわで、そりゃあもーたいへんでございますがな。帰り道、自転車こぎながらズシーーーンと来ました。

7月9日(火)
今日も暑おまんなぁ・・・。ギャーあつーーい。
稽古場で昨日の稽古の復習をして、なんか気を変えたいなぁと思い、コクーン歌舞伎の「三人吉三」のビデオを観る。うっかりして最初から撮れてなかったんだけど、まぁひと月弾かせていただいた芝居だからどっから見てもジーンとくる・・・。
それでね、ね、大好きな勘九郎さんの芝居見てたらね、「アッ」と気づいたことがあったんですよ。「へー、なるほど、そうやってるのか」と。ま、ここには書きませんけど・・・。もったいぶってんじゃなくてね、「そんなこと知らなかったのか」と思われんのも悔しいし。とにかく自分が「貢」やるときにとっても重要なことだったんですよ。しかしまあ、ほんっとに芝居はやってみなきゃわかせないもんですなぁ。まあ、芝居に限らずなんでもそうですけどね。

午後になってみやざきみえこちゃん宅へ。明日の「はるみえこ」のライヴのリハです(お囃子の望月晴美さん&琴奏者のみやざきみえこさん、はるみ+みえこ=はるみえこ)。なかなかおもしろいライヴになりそうだなとの直感。

ここんとこ娘が風邪なんだかなんなんだかでダウンしている。熱が結構あるわりには、よく食べているので心配していいやら安心していいやらという状態が続いている。しかも困ったことにベッドのある部屋のクーラーが壊れている。熱い中にも暑いのである。「あついよあついよ」と言う。心配する。でもグーグー寝ている。寝られるんやなぁと感心する。どないなっとるんやろ。そういやクーラーが壊れると代用するものがない。扇風機ってないものなぁ。今夜は寝るときに団扇で仰いでやった。ちょっと気持ちよさそうにしている。そういや、子どもんとき母親が団扇であおいでくれたよなぁと思い出す。その時の気持ちは「ああねぐるしーー」ではなく、かまってもらってるといううれしさだったような気がする。家にまだ扇風機が無かったころの記憶だろうか?そうなるとかなり幼いときの記憶ということになるが。団扇より扇風機、扇風機よりもクーラー。生活は見る間に快適になった。すごしやすくなったが子どもは絶対に団扇であおいでもらうほうがうれしいはずだ。「あついよー」とかいいながら甘えているときが一番幸せなはずだ(まぁほんとに暑さでシンドイときもあるだろーが)。自分をみつめてくれる人がいることで、微笑んで眠りにつくことが出来るのではなかろうか。娘におだやかな風をおくりながらそんなことを思ってたら先に寝てしまったようだ。

7月10日(水)「はるみえこ」ライヴ
わっ、わっわっわっ、台風だって。ほんに台風な感じの朝を迎えましたぜ。
「ぱぱ、ちきんがたべたいよ」
えっ、熱でうなされているのか?台風の朝に・・・。
「とってもげんきです」
ほんとか?
「うん、とってもげんきげんき」
ああなんてお前はイイヤツなんだ。熱にうなされながらも親を心配させないようにと元気なフリをして・・・・。
「ほんとにげんきなんだけど」
ゲッ、熱が下がっている。しかも朝からフライドチキンが食べたいだと・・・。朝起き抜けに油っぽいものが欲しいだと・・・。どうやら娘は全快したらしい。
まあ、しかし今日は台風だし、大事をとっておとなしくしていなさい、と言い残して和音へむかう。激しくふったり小雨になったりと危なっかしい天気と渋滞で15キロの道のりはいつもより疲れたわい。
「はるみえこ」のライヴにゲスト出演。まぁ「ゲスト」というほどのことでもないんだけど・・。
編集部注:ご本人はそう言ってますが、いえいえ、そんなことはありません。なかでも長唄「勧進帳」と、その沖縄バージョン作品「南進帳」などは三味線も大活躍する演目でした。てつくろさんに聞いたところ、まったくの新作とちがって「勧進帳」とよく似ていてしかもちょっと違う「手(=フレーズや、その指遣いのこと)」がいっぱいある作品なのでタイヘンとのことでした。

7月11日(木)
私は長唄協会に所属している。長唄のプロの人のほとんどは所属しているんですな。2月に国立大劇場で長唄協会演奏会があります。これが長唄協会では一番大きな会ですな。東京では、あと夏と秋に女流の会と男だけの会があります。9月26日に国立小劇場で秋の演奏会が行われます。ウチ(=松永流)からは忠次郎/忠一郎で「まかしょ」を出させていただきます。
各流派に「演奏委員」という役どころの人がいます。ウチでは僕が昨年からやらさせていただいています。秋の演奏会にむけての集まりがありまして、そこにはじめて出席させていただきました。曲目の順番決めたり、いろいろなアイデアだしたりとおもしろい会合でした。僕は、こういう風に長唄の人たちと関わったことがないので新鮮だったわ。
稽古場に戻ってお弟子さんのお稽古。だんだん「大勝負」の稽古が増えてくるため、お弟子さんの稽古の時間がとりづらくなってきているなぁ。

7月12日(金)
そういやぁ、11月に「てんの会(=邦寿・鉄九郎のお弟子さんたちの合同お浚い会)」がある。「そういやぁ」なんて言ったらお弟子さんに失礼なんだけども、まだまだ先のことだと思っていた。でも意外に時間がないのだ。「もうみんなの演目決めなきゃなぁ」とフト思ったら、気になって気になって・・・。今日きたお弟子さんから決め始めました。

7月13日(土)
お江戸日本橋亭に向かっています。土曜日だというのにメッチャ渋滞している。いや、土曜日だから道がすいているというのは遠い昔の話しなのだろう。こんなこと以前にも書いたような気がするなぁ。でもなんで土曜日の午前中がこんなにこむんだろ?ウィークディの午前中とはちょっと違うこみかたなんだよな。ウーン、理由のわかんないこみかたなんで、先が見えなくてドキドキしちゃうんだよなぁ。
11時より「伊勢音頭」の稽古。いつもの日芸から場所を変えての稽古です。場所を変えての稽古というのも大事なんだそうだ。いろんな所でやるということが良いそうだ。なんとなくわかる気がする。なるほど新鮮な気持ちになれるものだ。

7月14日(日)
昨日がお盆の入りでした。提灯出し、お弟子さんに手伝ってもらい稽古場のお仏壇を飾り付けしたりした。伯母がお参りにきてくれた。祖父・祖母・大伯母、そして父や母もたいそう喜んだことだろう。

7月15日(月)
スターウォーズをテレビでやっていたので観ていた。昨日、エピソード1を観た娘は、スターウォーズが気にいったらしい。「このひと『そーだ』だっけ?『だーそ』だっけ?」などと、得意になって言っている。・・・・・ヨーダだよ。


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