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鉄九郎の青?裸々な日常 第81号


2002年9月1日〜7日

北京−天津−上海−蘇州の旅 謎の天才ジンフェイさん現る

9月1日(日) いやっほー中国!! 東京−北京−天津
「いってらっしゃあい!」娘も6才にもなるとあっさりしたもので、別れを惜しんで泣いたりはしなくなるものだ。成田エキスプレスで邦さんと一緒になり13時成田着。「日中国交正常化30周年・国際交流基金設立30周年記念 邦楽公演」のため中国に出発するのだ。一同揃って今回のメンバー紹介のあと、川島さんと邦さんと僕は早々に出国してビール。ああ、なんかホッとしたわ。同時に「大勝負」の疲れがドッと出てきた。「あ、ブッチヤーがいる」ひゃー、アブドーラ・ザ・ブッチャーだぁ。疲れがドッと出たとこへブッチャー、なんだかハイテンションのまま搭乗です。そして飛行機に乗った途端に熟睡・・・・。

「ごはん食べないの?」川島さんの声で目がさめる。ウィー気持ち悪いよー、ちょっと食べてまた睡眠。成田から3時間30分で北京到着。ここで沖縄からの人たちと合流、全メンバーが揃ったわけだ。そのメンバーとは、善養寺啓介(尺八)さん、稲葉美和(箏)さん、坂田美子(琵琶)さん、川島祐介(囃子)さん、費堅蓉(中国三弦)さん、新良幸人(沖縄三線)さん、サンデー(沖縄鳴物)さん、安仲由佳(津軽三味線 あんみ通)さん、金田一公美さん(津軽三味線 あんみ通)、津嘉山弘(舞台監督)さん、崎浜秀司(照明)さん、浜端英作(音響)さん、照屋幹夫(制作)さん、志田真木(制作)さん、国際交流基金の桶田真理子(企画・制作)さん、世古真澄(記録)さん、古典空間の小野木豊昭(構成・演出)と伝の会。

ジャジャーン、どーじゃね、このそうそうたるミュージシャンたちとスタッフの方々。国内ではありそうであり得ないメンバーですわな。楽器を見ていくと、中国から渡った尺八・琴・三味線が日本で改良されたりして「古典」として根付いていくさまがうまーく出ているように見えてくるんですな。よく考えたね。いやっ、考えたり思いついたりは、はっきり言ってだれーでも出来るんです。ただそれを形にするっていうことがすごーいことなんですな。しかもそれをいきなり海外に持っていくという大胆であり計算しつくされた企画だと思いますな。北京で全員が集ったときに僕はゾッとしましたね。すっごいことをやるんだなぁって。ステージ的にはロやってジョイントしてということになるんだろうけど、すごく奥深い歴史的とも言えるコンサートが行われるんだなぁって。イヤー、楽しみ楽しみ。

さてこのメンバーに国際交流基金北京事務所の河野明子さんやいろんなことやってくれる中国の人たちが加わり賑やかな一団となった。まず北京空港からバス4台で天津に向かう。約2時間かかるとのこと。なんとパトカーが先導している。高速道路に乗ると飛ばすこと飛ばすこと。聞けば今夜はそれでもおとなしいとのこと。追い越し車線をパトカーの先導で4台のバスが連なる。追い越し車線を走っている車があるとサイレンを鳴らしてグングン突き進む。幅寄せとかして威嚇するんですよぉ、すっげーの。一般道に入ってからがまたすごかった。平気で対向車線に入ったりして飛ばすこと飛ばすこと。アクション映画さながらである。アッという間の2時間でさぁ、ヒャヒャヒャー。

時差は一時間マイナスということなので21時にホテルである利順徳大飯店に到着です。今回泊まるホテルは全て五つ星とのこと。まあ立派なホテルだわ。玄関を入ると僕らを歓迎する幕がでかでかと掲げられていた。350室に入りテレビをつけて見ると、NHK、BS1、BS2、WOWWOWが入っている。ロシアと一緒だなぁ。映っちゃうのかぁ。でも安心よね。日本語聞けるって、見られるって。落ち着いたところで1階のレストランで全員で顔合わせ食事会。ひとりひとり紹介してしゃべってね。これから2週間以上も共にするわけですからね。仲良くなれるといいっすね。部屋に戻りそんなことを考えながらゆっくりお風呂につかりましたがな。部屋もひろーいなぁ。ウヘーーっ・・・・バタっと寝る。

9月2日(月) 天津
「起きた?」川島さんからの電話で目が覚めた、ただいま7時35分。川島さんから電話が来るとは思わなかったなぁ。一人では食事に行けないオイラは誘ってもらって大いに喜んだ。バイキング形式の朝食へと向かう。川島さんは朝からよく食べるなぁ。 考えて見れば川島さんと泊まりの仕事で一緒になったことないなぁ。なっても一緒に食事するっていう風にはなんないだろうなぁ。そうなんですよ。僕は長唄の人たちとご一緒するだろうし、川島さんはお囃子さんたちとご一緒のテーブルになるのですよ。まぁ入り交じっても良さそうなものなんですが、なんとなくそうではないんですよ。だから川島さんと一緒に食事をするということは初めてだったりすんですね。オヤっ、天津の味付けはちょいと薄味だぞ。

10時30分、明日公演する天津礼堂中劇場に下見にいく。スタッフはすでに仕込みに入っているとのこと。やはりパトカーが先導してくれるようです。いい気分だーね。ホテルから15分のところの会館に、どんなに渋滞していようと15分で着く。当たり前だがね。先導されてんだから。でもね、交差点にもおまわりさんが立っていて、他の車と自転車を止めている姿なんかを内側から見るってすっごいっすよぉ。感覚的には六本木交差点から歌舞伎座にノンストップで走ってる感じかな。

ステージには「記念中日邦交正常化30周年」と真っ赤な横断幕が。うーん中国に来たという実感がわきますなぁ。オヤっ、「非常口」が「安全出口」となっているぞ。おもしろいねドーモ。まったく違う感じがするねぇ。「安全出口」とはね。ウンウン、そうよね、安全に出るための出口だもんね、ウンウン。みょーに感心するね。「非常口」だとあわてて逃げるさまを想像するよね。「安全出口」だと、なんだか落ち着いて規律正しく逃げ出すようなね・・・えっ?どういうことだ、なんかヘンだなぁ、まぁとにかく「あっそうか」的に感心しました。下見が終わるといったんホテルに戻りましてね、時間もあるというのでなんかブラブラしたくなるじゃないですか。ということで近所のマーケットまで歩いて行こうということになりました。まぁ排気ガスがすごいねドーモ。マーケットは楽しいね。ガムとかいっぱい買いましたね。

今回のツアーはここ天津から始まる。たいてい北京とか上海から始まるらしく、天津からというのは実にまれなことらしい。それに伴い僕らへのもてなしもえらく立派な感じがする。急に偉くなっちゃったみたい。天津市政協との会見のセレモニーがあり出席する。正装ですよ。紋付袴ですがな。今回スーツは持ってきてましぇん。どっこ行くんでも紋付袴、よござんすね、シャキっとするね。すっごい会見だぁ。テレビで見るようなやつ。なんて言うのかしら、あのぅ、正面にこっちのトップの人とあちらのトップの人が座って、間に通訳の人がいて、あとズラーっと偉い順に座って、お互いに「尊敬する○○先生はじめ△△のみなさま、歓迎をありがとうございます」「尊敬する××のみなさま、よくいらっしゃいました」というやりとりして、「国交を深めていきましょう」と言う話になってく。テレビカメラや報道の人もいたりして、こー んなすごい会見だとは正直思わなかったです。とっても興味深い体験をさせてもらいました。ジャンジャンテレビのニュースで流れていたらしい。そして大夕食会。にこにこした川島さんが「あっちゃん、トイレに行ってこい。行ってこいよぉ」と言う。結局行かずに終宴になってしまった。どうやらトイレに介添えの人がいて、水出してくれたりおしぼりを渡してくれたそうな。川島さんはそれをいきなり見たもんだからびっくりしたらしい。ドアまで開けてくれたらしい。トイレのドアに手を掛けたら向こう側にスーッとひかれたんだそうだ。「つんのめりながらトイレに入ったのは初めてだ」と言っていた。行けば良かったーー。

その後、ホテル内の「クラブ順子」で一杯飲む。「クラブ順子」ってアータ。利順徳大飯店だから「順子」なのか?先月偵察に来たスタッフ(津嘉山弘さん、崎浜秀司さん、浜端英作さん)が言うには「順子さんという名前のママはいない」ということらしい。よーく調べてるねぇ、よーく遊んでるねぇ。先月10日間かけて今回の会場やらホテルをひと通り回り、各所で打ち合わせをしたとのこと。つまりわからないことは沖縄三人組に聞けば良いのだ。みんなで「クラブ順子」へ。一人ずつ唄ってね、みんなうまいね。さすがだね。ここでだいたいうち解けましたかね。やっぱこういう時間は必要ですね。まだ飲み足りない邦さんと僕は幸人さんの部屋に押し掛ける。

9月3日(火) 天津
天津の空は東京の空によく似ている。排気ガスとかのせいかな。川島さんがマフラーを引きずって走ってる車をみたそうな。

8時50分出発。天津礼堂中劇場に入る。リハやって昼食。昨日もここのレストランで食べたが、今日も抜群においしかった。まあしかし、とにかくものすごい種類の料理が出てくる。こっちに来てからというもの一食がフルコース二回分くらい。さすが中国じゃー、と感心していたら通訳の趙さんが言うには、僕らのための、大スペシャル料理だということ。ウーンなるほどー。

中国側日本側からのあいさつのあと、いよいよ公演がはじまる。今回の公演は前半後半に分かれている。善養寺啓介(尺八)さん、稲葉美和(箏)さん、坂田美子(琵琶)さんと演奏し、三人のセッション。次に、川島さんと伝の会で9分くらいの曲をやる。題して「華拍子打古糸音(はなにひょうしうつふるきいとのね)」(毎回邦さんがタイトルをつけるのだが、こういうのつけるも見事なものだなぁと感心してしまう)。ぼくらの演奏で前半がおしまい。後半は三弦三味と題して、費堅蓉(中国三弦)さん、新良幸人(沖縄三線)さん、サンデー(沖縄鳴物)さん、あんみ通が個人の演奏とセッションで盛り上げる。なかなか見ごたえ聞きごたえのあるステージとなってる。そして今日は特別に、そのあと天津歌舞団の演奏があった。とても興味深いものだった。どんな音楽かと言えば、ウーン、中国って聞いて連想する音楽ですな。ステージが終わると全員で記念写真。やたらにおなかがすいてきた。毎日中華を食べているがよくおなかが減る。海外に着た緊張感で減るのか?中華はやたら消化が良いのか?

天津新聞の取材がありそうなので部屋で待機とのこと、もうおなかが減って減って。買って「シマッタ!」と思った中国風味のかっぱえびせんをむさぼり食べ、川島さんからもらったヨーグルトを2つ食べて待機する(結局取材はなかった)。19時より夕食。初日に着たホテルのレストラン。しかし今夜はやたらにおいしかった。おなかが減っているせいではないのです、だって上海生まれの費さんまでが「今夜はすっごくおいしい」と言っている。どうやら宴会用の食事だった初日とは違うものらしい。日本でもそうだよね。宴会の席に着いたときにすでにお膳に乗ってる料理よりは、作ったそばからいちいち運んで来てくれる料理の方がおいしいものだもんね。やんややんやで解散。有志と今夜も「クラブ順子」へ。中国語ってむずかしいー。ひとつ勉強したことは1から10までを片手だけで表す方法。

9月4日(水) 天津−北京
7時30分朝食。川島・邦・九の三人のテーブルは、この時間からすでに爆笑の渦。目が覚めた時点でどこまでテンションをあげられるかを競っているようだ。

いつものようにパトカー先導のもと、天津を後にして北京へ向かう。高速道から北京の一般道に入るとき、北京の護衛が来ていなかった。高速出口でしばし休憩となる。待ってる間に行ってしまえば良いとも思うのだが、段取りは大事ですからね。無事護衛がきて、いざ出発。北京でも信号無視で走るのかと思えばきっちり信号で止まりながらホテルへ向かう。あ、北京では守るんだね。

天津からご一緒している東京大学の刈間先生が天安門に連れて行ってくださるというので有志12人で出かける。あいにくの雨で肌寒い。しかし、一番の年長グループ、川島&伝の会は半袖Tシャツ、邦さんにいたっては裸足に雪駄ばき、見てるだけで寒そうだ。地下鉄に乗り天安門広場へ。さっすがー広いぜーー。100万人が集うという。こんなところで「だるまさんがころんだ」をやったらすごいだろうなぁと、つまんないことを考える。雨のため、傘を10元で売り歩いてる人がたくさんいる。5元だったら買うと言うと5ドルなら売るという、まっけるものかーと、ついに買わなかった。10元だって100円ちょっとなんだから買ってもよかったんだが・・・。王府井でショッピング。長袖のようなものを買いたかったがピンとくるものがないなぁと買わず。安いんだからなんでも買っときゃいいのにとは思うのだが・・・。でもサングラスを購入する。どうやら日本からかけてきたお気に入りのサングラスをなくしてしまったらしい。今年は二つも大事なサングラスをなくしてしまった。

今晩も偉い人たちと会食。天津でもやった調印式のような記者会見をやったあと、「では」と会食になる。北京の味付けは僕らにはグッと馴染める味つけだな。いや、天津もおいしかったんですけどね。北京ダックが出た。出るとは思ったが出た。本場物でんがなぁ。どんなんかなぁとニコニコして食べましたよ。こんなにおいしい北京ダックは初めて食べたというのが感想です。なんというかバランスがいいんだなぁ、とにかくおいしいわ。北京ダックでごはんを食べたくなるくらい・・・。

宴会は突然終わる。一番偉い人が「それじゃ」と言うと、そこでバタっと終わるということらしい。もたもた食べていると食べ終わらないうちに終宴になっちゃうのだ。天津でもここでも目の前のデザートが食べられなかった。この突然宴会が終わるのがおもしろいよね。しかも終わった途端に偉い人達が見送りの場所にいってしまうのですよ。見送られるぼくらは必死に見送られに行くんです。なかなかスリルがあって楽しいものです。部屋に帰ったら20時すぎ、21時には寝てしまった。早寝ーーーー。

9月5日(木) 北京
朝食にコーヒーが無い。コーヒーが飲みたくて朝早く起きるのにー。ま、どっかで飲めるだろ。このホテルは中華オンリーのバイキング。洋食の「よ」の字もない、うーん見事だ。ま、なんだかんだ言っても朝から中華を食べてしまうのだけど。

本日の公演場所の朝陽文化館へ行く。ここは京劇の小屋だそうだ。なかなかシブーイ所だ。午前中にリハーサルをすると会館のとなりのレストランで食事。感じのいい中華レストラン。北京ダックもうまいねー。やはり北京の味の方が僕らむきなんだな。レストランから劇場を挟んで反対側のとなりがマクドナルド。さっそくコーヒーを買う。ああおいしー。マックはどこにでもある。ここでいいや、コーヒーは・・・。

14時30分公演開始。食べ過ぎかなあ、体が重い。そしてだるい・・・あっ、昼からビール飲んじゃってるからだー。なにせ昼食のときビールがあたりまえのように出てるからついつい飲んでしまう。あと不思議なのは、コーラとスプライトが必ずボトルで出ていること。誰が食事中にコーラやスプライトを飲むんじゃー、しかも中華だぞー。と思っていたが日がたつにつれ、当たり前のようにボトルの中身がへっているところを見ると、誰かが飲んでるんだね。あんみ通あたりが飲んでるのかなぁ?結構中華にあうのかなぁ?それはそれで正解なんだと思わないわけにはいかなくなってきたぞ。

無事公演が終わり、ホテルに帰ると夕食。そこでまた飲んでしまう。ところで、こちらには飲みに行くという習慣があまりないらしい。食事のときにきっちり飲むので居酒屋みたいなものがあまりないという。食事が終わってもまだ20時。行くとこもないので21時すぎまでレストランで飲んでいると、国際交流基金の河野さんが、お茶に連れていってくれるという。ホナ行きまひょかぁと出掛ける。メンバーは河野さん、桶田さん、坂田さん、稲葉さんに我ら三人組。タクシーで出発。思えば夜ホテルから出たのは初めてだ。なかなか洒落た通りに、喫茶店のようにお茶屋さんがけっこうたくさんある。その中の一軒、河野さんの行きつけですかね、いい感じの店、カフェバーみたいな感じかなあ?なかなか洒落てるんですよ。こっちの方は、夕食で飲んだあとにこういうところに来てお話したりするんですなぁ。いやぁ、なかなか素敵な文化ですなぁ。日本みたいに二次会三次会と飲み続け、意識不明になって道路で寝てしまうということもないんですなぁ(そんなのは限られた人だが)。きっちりと中国茶を入れてくれるんです。丁寧にね。作法を教えてもらってね。2時間くらいいたかなあ。とても楽しい時間だった。壁に「細語綿綿」と貼ってある。「静かに」ということなんだそうだ。読み方も教わったんだけど、すぐ忘れちゃったんで、話が盛り上がって大声になりそうになると、誰からともなく「サイゴメンメン」と注意が飛ぶようになった。

9月6日(金) 北京
いつものように7時30分に朝食会場へ行く。朝陽文化館へ行き、隣のレストランで北京ダック食べて開演。本日は交流会という形の演奏会。中国側が京劇をやり、こちらはいつもと若干違う形で演奏をする。若干違う形とは何か?ここで、今回制作で来ている志田真木ちゃんの出番となるわけです。

志田真木ちゃんはもともと沖縄舞踊の人だそうで、邦さんも僕も、どこかで是非とも彼女の踊りを見せてもらいたいと思っていたのです。そこへ本日の交流会演奏会ですがな。「若干違う形」とは、幸人さんの演奏の時、一曲だけでも彼女に踊ってもらおうという企画ですがな。楽しみ楽しみ。幸人・サンデー・真木の舞台をミュージシャンみーんなで袖で見させていただきました。カンドーですな。幸人・サンデーの演奏が良いためか?真木ちゃんの舞踊がすばらしいのか?三位一体なんですかね。なんとも言いしれぬ感動に我々は包まれたのでした。

そして夜はぼくらの交流会を企画したのでしだ。一人一芸ということで、ミュージシャンたちの交流を深めるのです。大事ですよ、こういうことが大事。ね、古典芸能だとか何とか言ってふんぞり返っていてはいけません。こんなにジャンルの違う音楽家が揃ったのですから、仲良くしなければ「損」なのです。ソンソンソン、ソンソンソンソンソン(マツダのCMより・・・実はzoomzoomzoomか)トップの伝の会の「甚五郎泣三味線」を皮切りに、踊りあり唄あり演奏あり、中にはとても説明できないよーなあぶない芸ありで、隣の座敷(?)の結婚式パーティで騒いでいた人達も覗きにくるくらい盛り上がった盛り上がった。人格疑うくらい盛り上がったなぁ。そして今夜はもうひとつうれしいことがあったのです。というのは、こちらのビールがなんていうかなあ、薄いんだよなぁ。で「生ビールとかあんのかなぁ?」と言っていたら、費さんが「ないと思うけど聞いてみる」と言って聞いてくれたんです。そしたらね、あーた、あったんですよ。ドスンと効く生ビールが。いやあうれしかったですねー。ヤンヤヤンヤで大盛り上がりですわ。もう生ビールのグラスが足りなくなるくらいテーブルに並んじゃってね。最後は小野木ちゃんの「相撲甚句」でしめました。

9月7日(土) 北京−上海−蘇州
いやあ、しかしあれですね。毎日三食、豪勢な中華を食べ続けてますなあ。もう何食食べたのだろう?大分みなさんの胃も疲れてきているのではないでしょうか?

今日はいよいよ北京を離れる日。基金の河野さん通訳のカエイちゃん、いろいろ仕切ってくれたコーさん、東大の刈間先生ともお別れ。なんだか淋しいですな。別れがたいですね。そして、護衛つきの北京もおしまいかあ。そんな思いが通じたのか(通じなくても良かったのだが)、高速の走り方が半端じゃなかった。緊急車両でも、もう少しおとなしく走るだろうという感じ。なんやらヘンだなぁと思っていたら、飛行機の時間に間に合わないかも知れないとのこと。あ、こりゃあ急いでるはずだわぁ。なんぼなんでも飛行機を長いこと待たせるわけにもいかんだろうしなぁ。まぁすっごい走りだったわ。渋滞の道をけっちらかして走ってましたから。乗ってるぼくらは結構楽しかったですね。というより、最初は怖がっていたんだけど途中からは「楽しまなければ神経がもたん」と誰もが思ったのでしょうなぁ。

まぁそんな醍醐味を味わいながら上海に向かって飛び立ちました。約2時間ってとこですかね。空港に着くと小野木さんを残し(一時帰国するんだそうで)そのまま蘇へ。バスで3時間です。飛行機でもバスでもよく眠らしていただきました。今回の公演の団長が、ここでも変わりました。国際交流基金理事長の藤井名誉団長と山崎団長から吉野団長へとチェンジになったのです。あとはずーっと吉野団長が長として行くのだそうです。ニコニコしていてとっても気さくな方です。あんまり気さくなので草平さん(吉野草平氏というのです)とか呼びたくなっちゃうくらい。

蘇州では公演はないのだそうです。ではなぜこの地にやってきたか?こちらの人との食事会に来たということなんですかね?日中国交の何か大事なことなんでしょうね。見識を広げるということですかね?小旅行かな?

ジンフェイさんという方がずーっと一緒なんです。妙な書き方ですな。実はジンフェイさんが全てのアレンジに関わっているんですな。我々はジンフェイさんに連れて来たもらったと言っても良いのかもしれませんな。このジンフェイさん、天才少年だったそうで、若くしてすっごく偉くて有名な方なんだそうです。しかし「天才」ということで妙におかしなところがあるんですな。細い体にスーツ姿で分厚い眼鏡をかけてるんです。まぁ、それのなにが悪いっていうことではないんですがね。その姿だけでおもしろさが伝わってくる人なんです。

夕食のあとのことです。この街は安全だし観光客向けの店がたくさんあるから町をブラブラしようと言うのです。そりゃあうれしいことでね、ジンフェイさんはいっつも忙しくて僕らと一緒にブラブラすることなんかなかったのです。「ロビーに集合しましょう」ということになり、ボチボチとロビーに出ていくと、杖を持ったジンフェイさんが立っていました。たった今ロビーで買ったんだそうです。なんでもおばあちゃんのために買ったとか言ってたような・・・。でもその杖がヒョロヒョロした体によーく似合うのですなぁ。「きっと自分のために買ったんだよ」と噂が立つくらいに。そいでもって、これから街をウロウロするのだから杖は部屋に置いてくれば良いものを、どうやら持っていくようなのです。「やっぱり自分のために買ったんだ」と素早く噂は流れました。だってしっかり使ってんだもの、杖を。猫背のヒョロヒョロ体型にもってこいですわ。30才をちょいとすぎた青年なんですがね。おみやげの杖をもってるというよりは、あたしゃずーっと使ってるんですよという感じ。

おみやげ屋さんという感じのいろんなお店があって楽しいですわ。チャイナ服を売ってるとこがありましてね。チャイナ服屋さんですね。みんなが寄るので僕も娘に買っていこうと思いたってね、寄ったわけですよ。そいで店入ったら、すでに黄色っぽいチャイナ服に着替えたジンフェイさんがいましてね。「これ、かったのよ。すてきでしょ、やっすいよぉこのみちぇ(僕の着てるシャツをみてごらん。ははは似合うだろ。だって僕は中国人だしさ。それにしてもこの店は馬鹿にやすいよ。品質もいいし、これいくらだと思う?ははは、教えないよーだ)」とか言ってニコニコしてるんですよ、杖持ってね。なんだか余計に不思議な中国人になってしまったのです。

ジンフェイさん、コンビニがめずらしいんだかなんだか知らないけど、長いのよ、買い物が。「ありゃきっと、中国の天才ならではの物を買ってるんだぞ」と全員興味津々で待っていると、水を2リットルくらい買っただけなの。「あんた水買うんならもっとホテルに近いコンビニで買えばいいじゃない」ってね。楽しみに待ってた我々はあきれちゃってね。みんなに「なーんだ」とか言われちゃってんの。でもジンフェイさん楽しそうでね、中国服きてヒョロヒョロして杖で体支えながら、2リットルの水を持ち歩くってすっごいアンバランスなんだけど・・・。

ここで我々は気が付いたのです。ジンフェイさんは浮かれているんだと。彼にとっては、今この時がバカンスなのだと。せいいっぱい蘇州の夜の散歩を楽しんでいるんだと。そう思うとカワイイじゃああーりませんか、よしよし。

ジンフェイさん、足マッサージの店の前を通りかかったら、「みなしゃん、あしうらまさーじしていくのほしーの(よう、ここに集う心の友たちよ、どうだい、足マッサージをしていかないかい?)」と言い出しまして、値段交渉までしてくれたので、有志7人でしてもらうことになったのです。男女別室かと思ったら、7人でいっせいにやってもらうのだそうだ。広い空間に長椅子がズラーっと置いてある部屋に通されましてね、まるでサウナの仮眠室のような感じですな。こんな感じでやってもらうマッサージはことのほか楽しく、足の疲れはとれたものの全員が笑いすぎて上半身くったくたになりました。帰り道のジンフェイさんは杖をブンブン振り回しながら2リットルの水を軽々持って歩いておりました。天才はわっかりやすーいのだ。


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