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鉄九郎の青?裸々な日常 第86号


2002年12月1日〜31日

ライヴ三昧!「志の輔らくご」・韓国公演etc.

12月1日(日)
京都を朝早く出て帰京。娘の幼稚園の子供会を見に行く。歌を歌ったり、お芝居をしたりの、子どもたちの奮闘ぶりを見ることができる。お芝居は「ヘンゼルとグレーテル」。

12月2日(月) 国立劇場
飯田橋で混んだ混んだ。間に合わないかと思った思った。久々に国立に来たなぁ。下足のおじさんが「あっ、ずーいぶんと久しぶりですねぇ」と言う。あはっ、いやいやお恥ずかしい。国立に来てないってことは「仕事がない」っという感覚なものだから・・・。いやー、お恥ずかしいですなぁ。今夜は日舞のリサイタル。午後1時のリハーサルを終えると本番までの間にちょいと古典空間へ。おなかへったー、あっ、そうだ。久々に初台の「加賀屋(立ち食いそば)」へ行こう。いやぁ、代々木上原に住んでるときにはここを贔屓にしていたなぁ。立ち食いそばのナンバーワンだね、僕の中で。
古典空間も最近はにぎわっているねぇ。スタッフがみんな忙しそうにしている。いやーけっこうけっこう。韓国行きの書類にサインしたり、細々したことやったり、チャチャいれたりしながら楽しく過ごす。

12月3日(火)
11/17のてんの会が終わって、お弟子さんもすこーしうまくなって新しい曲に入って行く。

12月4日(水)
邦さんと明日の稽古。おのおの作った曲を重点的に稽古する。新鮮だーね。これからもドンドン作ってかなきゃいけませんね、うんうん。

12月5日 南青山マンダラライヴ
ひゃーっと午後2時すぎにキディランドへ行く。「太鼓の達人」が入荷したのです。10月末にうっかり買い忘れたら、その後ずーっと売れ切れ状態だったのでキディランドで予約しておいたのです。やったー、うれしーぞー。うひゃうひゃしながら午後3時にマンダラ入り。
あ゜っ譜面わすれたーーー!!稽古場のテーブルの上に置き忘れたんだぁーー!!し、しまったぁーーー。鉄平が快く取りに行ってくれるという。ああ、なんといいヤツなんだろー。んーーー、弟子にしておいて良かったーーー。譜面がなきゃ弾けないのは新曲だけなので、他のものからリハーサル開始ーー。手が重いなぁ。天気も曇りがちだしなぁ。どーも調子がでませんねー。まっ、こんな時もあるでしょ・・・・って、いっつもリハのときはこうなんだよなぁ。年とったんかなぁ。本調子になるまで時間がかかる。時間がかかるからって本番の時間は待って くれない。
午後7時開演。今回は「鬼」がテーマ。あんまりしゃべんないで淡々と弾いていくライヴ。その分一曲一曲丁寧に出来るなぁ。新曲も好評で良いライヴだった・・・かな?
終演後、スタッフとミーティング。来年のマンダラライヴのことをいろいろ決めていく。意見が続出した。けっこーけっこーコケッコー。

12月6日(金)
「太鼓の達人」を昨夜帰宅してからウハウハやっている。娘は幼稚園に行かねばならぬ。かわいそうになぁ。子どもはかわいそうだよなぁ。俺なんざ朝から叩けるんだぜぇ。午後2時、娘が帰ってきた。
「ははは、幼稚園行ってる間、太鼓の達人がやりたくてしょうがなかったろ?」
「うん。あんまりかんがえないようにしてたよ」
「ははははは。じゃ打つか」
「うんっっっ」
何曲か叩くと突然娘が泣き出した。
「どうしたんだ?そんなにうれしいのか?」
「あ゛ーーん、いたいよーー」
「どうしたんだ?」
「ここがいたいよー」
と、右手の人差し指の根もとを差している。
「えっ?」
「あっ、さわんないで、さわんないでぇ」
「あっ、かわがむけたんだよ」
「えっ?」
「太鼓のバチをずっと握ってるだろ。子どものうすい手の皮なんかすぐむけちゃうよ。皮がむけたんだよ」
「いたいよー」
「ははは、大丈夫大丈夫。そっかぁ、生まれて初めての経験だもんな。手の皮とかはなぁ、すれるとむけちゃうんだよ。ヒリヒリするだろ?病気や怪我じゃないから大丈夫だよ、はははは」
「ほんとにだいじょぶなの?」
「ああ、しばらく痛いけどな。バンソーコーをはっときな」
「うん」
「あっ、左手の人差し指のつけ根んとこにもはっときな」
「えっ、こっちはだいじょぶだよ」
「むけちゃう前にはっとけば安心して叩けるじゃあないかよ」
「あっそうかぁ。なるほどね、おとなはちがうよね」
「うんうんちがうちがう。さっ、やるぞー」
「おうー」
ドンドンドンカッドンドンドンカッドンカッドンッカッ・・・・

12月7日(土) 富山県黒部市
邦さんと二人、久しぶりに黒部コラーレに向かう。越後湯沢から特急に乗り換える。「とやまーとやまー」に到着。「黒部のコラーレに行くのに何で富山駅なの?」「さあ?」・・・・・わーっ、違うやないかいっ!!戻れ戻れーー。 すっかり乗り越してしまい一時間かけて黒部に戻る。
4年振りのコラーレですなぁ。いやぁ久々、「ただいま」っちゅう感じやね。そうかもう4年たちましたかねぇ。国本武春さんとのジョイントで来たのと、「平成の三味線ニスト(木下伸市・田中悠美子・伝の会・国本武春)」で来たんだっけなぁ。思い出深い所です。
我が古典空間企画の「ザ・忠臣蔵ナイト」がコラーレで行われるのです。こっそり来てちょこっと弾いてしまおうってなことで、やってまいりました。キャー楽しいーー。NHK葛西アナウンサーも乗ってくれてちょこっとこそっと弾くつもりが他にも出番が増えました。竹本駒之助師匠とは初対面でございます。「今度私も伝の会に出してください」と言ってくれたんです。うれしーですねぇ。たとえお愛想だって。けれども図々しいおいらたちは何やら構想を始めているのでした・・・。

12月8日(日) 富山県黒部市
北陸特有の曇り空から雨のような雪のようなものがフワッと来てますなぁ。来年のスケジュール確認をしますな。時々事務所とスケジュールをすりあわせておかないとね。意外に書き忘れてたりしてゾッとすることがあんですよね。

12月9日(月) 渋谷・パルコ劇場「志の輔らくご」出演
雪ーーー。東京がすっごいことになっているってーー!!。黒部駅でニュースを見てビックリした。「はくたか」やら上越新幹線などは雪ん中走るんだから遅れることはないだろうからな。東京についてからが厄介かなぁ。とかなんとか言いながら無事に帰宅。ちょいと休んで、渋谷パルコへ向かう。車はやめました。また雪が降り出して難儀するといけませんからね。
「志の輔らくご」と千秋楽です。見に行くつもりでした、家族と友人と。楽しみにしていたんです。(立川)志の輔さん大好きだし。そしたらね、邦さんが「今夜志の輔さん見に行くんだろ?俺もあいてるしさぁ、生で弾こうぜ」と言い出したんです。今回は僕たちが録音した「雪の合方」も流れているんですね。「えっ?いやっ、まぁ弾くのはいいけど、俺見たいなぁ」「袖から見られるよ」ということで本日は生の三味線でやりましょうということになりました。三席やるんですけどね、僕らの出番は三席目の最後なんでね。袖に椅子置いてもらってじっくり見させていただきましたよ。でもね、大声で笑えないの。困っちゃってさあ、ヒャヒャヒャヒャヒャっと小声で笑わなきゃいけないのらー、つらかったぜ。志の輔さんにはとても良くしていただいてます。話が終わってから舞台に呼んでくれたりします。終演後の乾杯の時にいろんな人から声をかけていただきました。「伝の会って意外に有名じゃん」とか思っちゃいましたよ。こっちの世界での方が知られているのかしらん?・・・・。

12月10日(火)
僕のアドレスにこんなメールが届いた。
「サンタさん ゆめねこ ホワイト ください Yより」
ほほぅ、娘はついに今年のクリスマスのプレゼントを決めたのだなぁ。サンタさんのアドレスがまっさか父親のアドレスだとは思いもしないのだろうなぁ、ヒヒヒヒ。「夢ねこ」って流行ってんだよなぁ。あるかなぁ?

12月11日(水)
娘が幼稚園を休んだ。やったーーっ、寝られるぞーーっ、とばかりに昼すぎに起床。池袋丸井に行く。こういうとこに来るのが久しぶりだなぁ。サングラス欲しいんだよなぁ。気に入ったのないなぁ。夜はお稽古です。2,3日稽古場に行かなかったら、冷え切っちゃってんだろうなぁ、なっかなかあったまんないぞー。

12月12日(木) 韓国
5時ーーっ。起床ーー。成田にむけ出発ーー。日暮里ー。京成ライナーに乗ったら斉藤(古典空間)に会ったーー。伝の会とあんみ通の韓国ライヴに出発だぜー。同行は小野木ちゃんと斉藤くんです。9時20分成田発、12時に仁川(インチョン)国際空港に着きました。アッという間やんっ、寝る暇もないやんっ。
日本国大使館の深野さんを紹介される。全てのコーディネートをしてくださるのです。寒いっす。最高気温が0度だってよ。聞いてはいたがほんとに寒い。とりあえず腹ごしらえということでブタカルビ屋さんへ連れていってもらいました。ははははは。僕が今回の旅で心の底から楽しみにしていたのは、食べ物なのです。この好き嫌いの多いてつくろくんが韓国料理なら大丈夫ときている。ははははは(ま、ダメなのもあるけど)。もうーとにかく、こばん片手に肉ーごはんー肉ーごはんー野菜ー肉ーごはんー肉・・・と食べ続けます。はははははー、笑いがとまらんのじゃー、キムチもだーーーいすきーー。 何より嬉しいのはキムチや野菜が食べ放題なことですな。お皿がカラになるとドンドン持ってきてくれます。片言の韓国語も必要なく、お皿がカラになり「おねーさーん、ちょーだーい」とか言うとジャンジャンもってきてくれます。いやーサイコー。
今日は大使公邸のパーティでちょいと弾きました。ここもなにやら楽しかったです。演奏後いろんな方とお話したりして。「大使の手にしているお皿からトロをとってきたらエライ」とか言ってあんみ通をからかったり。ホテル帰ってからみんなで居酒屋へ行きました。なんか早起きがきいたのと寒さで少々疲れましたな。ささ寝よ寝よ。

12月13日(金) 韓国
公報文化院というところでコンサートですね。200ー300人のとこなんでしょうかね、とっても良いところです。通訳さんを邦さんと僕の間に置いてジャンジャンしゃべったんですけどね、通訳する前に笑いがくるんですよ。そいで客席から日本語で話しかけられたりね。ほとんどの人が日本人なんだって思っていたら、日本人の方は1割もいらっしゃらなかったそうで。いやービックリですなぁ。超満員のライヴで盛り上がりました。深野さんも興奮していました。楽しかったなあ、実に。
夕食は明洞にいって焼き肉三昧でーす。ヒャヒャヒャー。

12月14日(土) 韓国
今日は観光です。いろいろとためになることばかりでした。「日韓」のことについて考えることもたくさんありました。観光できて良かったなという気持ちでいっぱいでした。時間になり空港へ。最後の韓国料理を食べ大満足ですぅ。お世話になった深野さんともお別れです。ありがとうございましたと精一杯手をふる一行でありました。というわけで無事帰国。成田についた途端に汗かいた。やっぱなんだかんだ言っても東京(成田か)は暖かいのだなぁ。京成ライナーに乗って山手線に乗って。池袋ついたらすっごい人人人。なんじゃーい。なんでこんなに人が多いんだーーっ。忘年会とかやってんのかーーっ。ま、とにかく帰って来たんだな。

12月15日(日)
東京はあたたかいーと思っていたが、やっぱさむい。さむいったらさむい。

12月16日(月)
胃カメラの日。。。。。ああ、気が重いとはこのことだ。ヤダヤダヤダー。。。。といっても行かねばならぬ。8時30分に本橋医院へ。
「前回はつらかったですか?」
「はいっ、とても」
「麻酔が効きにくかったんでしょうかねぇ」
「いやいや、こういうのが苦手なものですから・・・」
「あはは。肩の力をうーんとぬいて下さいよ。入っちゃえばなんでもないですからね」
わーーーっ、やっぱり飲み込むときが大変なんだーー。食道をとおったりするときなんか・・・きゃーーっ。ん゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛なーーーーーっ。
「鼻から息はできますからね。気管とは違うとこにはいってんですからね。大丈夫ですよ」
ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬーーーーっら゛ら゛ーーーっ。
「はいはい、もうはいってますからね。胃の真ん中あたりですよ。十二指腸のとこまできてますよ。あっ、ここにポリープでしたね。変わってないですね・・・」
れ゛れ゛れ゛れ゛れ゛れーーーっ。
「はい、おわりですよ。すっごいよだれですからね、うがいしてきてください」
なんとか終わった。今年も終わった。また来年かぁ。これを年に一回やらなきゃいけないなんて・・・・。ああ、年が明けるのがこわい。今、カメラがどのへんにいるかなどと言ってくれるなよぉ。オラぁ、そういうの聞くだけでも気持ち悪くなんだよなぁ。そんな僕の気も知らない先生は、うがいをして戻ってきた僕に
「新しい機械になりましたからねぇ、去年は見せらんなかったけどねぇ。今度のは見られるんですよ。」
「えっ」
「ほら、これが食道の写真ですよ。どーぞこっち来て見てくださいよ。これが胃ですね。」
「う゛」
「先の方ね。ここが真ん中あたりね。健康な人はもっとヒダヒダがね、あるんですけどね、ちょっとカサカサしてますねぇ。まぁ、あんまり気にすることはないですけどね。」
「ううっ」
「ここが十二指腸でね。ほらっ、ここにポリープがあるでしょ。これですよこれ」
「わ・・・うっ」
「そしてね、上がってきたとこに・・・ほーらここ、ここですよ。ここにもあるでしょ。5ミリちょっとですねぇ。まぁ様子みましょうねぇ」
「うっ・・うっ。あ、はい、ありがとうございました。あの、なにぶん、こういうの見るのが弱いもんで・・そのぅ」
「あっ、ちょっと待ってくださいよ」
ジーーーーーっな、なにが出てくんだぁーー。うわっ、しゃ、写真だぁ。胃の中のポリープの写真だぁーー。キャーーーっっっっ。
「はい、持って帰っていいですよぉ。おつかれさまでしたぁ」
胃の中でテカテカ光ってるポリープの写真を受け取った僕は白目になっていた。

12月17日(火)
短くしていた髪の毛を伸ばす方向でカットしていたが、やっぱり短くしましょうよということになり、切った。切った切った切った。
娘が「伊東家の食卓」に間に合うように帰ってくれというので、車を急ぐ。「伊東家の食卓」好きだなぁ。6才ウケするのだろうか?

12月18日(水)
今年もあと半月となった。半月ないのかな?
やり残したことは?
手をつけなかったことは?
やり足りなかったことは?
忘れていることは?
思い出したくないことは?
楽しかったことは?
つまんなかったことは?
失敗したことは?
やらなきゃ良かったと思うことは?

いつからか年末になるとザ・バンドの「ラストワルツ」をテレビ放送する。ザ・バンドの解散コンサートの記録映画だ。もうすぐボブ・ディランが出てくる。もうすぐ「フォーエバーヤング」を歌いに出てくる。「いつまでも若く」。それが終わるとリンゴスターとロンウッドも出てきて「アイシャルビーリリースト」だ。ジョニーミッチェルやニールヤング、クラプトンもいる。みんな救われていく。
1976年11月。この映画をドキドキしながら初めて観た1978年、僕は18だった。今は画面の中の彼らよりも年をとった。けれども画面の中のロビーロバートソンたちはあいかわらず僕のアイドルたちだ。

12月19日(木)
お稽古ですね。今日で今年のお稽古もおしまいの方もいたりして、「良いお年をー」とか言い始めました。「良いお年を」という度に今年が終わるんだなぁと実感する次第であります。

12月20日(金)
銀座で地下鉄を降りるときに(岡安)喜久三郎師に会った。これがね、びっくりですよ。僕の降りるドアから乗って来るところで会ったんですよ。ね、ね。すっごいでしょ?気づかないだけで同じ電車や駅に知人がいるってことはあるかも知れないけれども、今まさに僕が降りるドアの外に喜久三郎さんが立っていたんですから。いやぁおどろいた、おどろいた。

12月21日(土) ちょんまけ忘年会ライヴ
あいにくの雨でごんす。伝の会の時に雨が降るというのはめずらしいことですな。などと呑気なことを言ってる場合ではない。雨のうえにめっぽう寒いのだ。お客さまに悪いよなぁ・・・・あらっ、いらっしゃいましたねぇ。にぎにぎしくいらっしゃいましたなぁ・・あっ、いえいえ、失礼なことを言いました。ありがたいことでございます。ほんっとに感謝感謝です。今年一年ありがとうございました。
みなさまと乾杯をしてライヴ開始。どんな様子のライヴだったかは、文章にしづらいのでございますが、ま、なんていいましょうか、たいへんに面白い、楽しい(我々が)ライヴであったということは間違いないわけでございますな。おつかれさまでございましたです、はい。

12月22日(日)
娘の通っているスイミングスクールのクリスマス企画で、親子で一緒に泳ぐというやつに娘が父を指名したので久々にプールに行く。
「ぱぱおよげるの?」
「こやつなにを言うか。3才まで結構スイミングに連れていってあげたんだぞ。一緒に泳いだんだぜ。覚えてないのか?」
「・・・・」
「あっ、覚えてないな」
「ぜったいアタシのほうがおよげるよ」
「あっ、んなこといいやがって」
「ぱぱのかいすいパンツはなにいろ?」
「あっ、やっぱり覚えてないんだぁ」
1時間ビッシリプールで遊ぶ。娘は水中で回転ができるようになっており、いつのまにかほんとに泳げるようになっていた。めっちゃくちゃ楽しかったらしい。夜、お稽古から帰ってくると娘は昼寝をしなかったという。
「どうした?昼寝しなかったのか。あんなにプールではしゃいで疲れたろうに」
「うん、さいしょつかれが6こぐらいむねんとこにあったんだけど、およいでるうちにパーッとつかれがとんでいってみんなのとこにいっちゃったみたい、ふふふ」
「な、なんだ、哲学的だねぇ、どうも」

12月23日(祝) 電通生協会館
駒込の電通生協会館というところに行って、伝の会を40分ほどやる。クリスマスパーティなんですな。三角帽子をかぶった人たちと子どもたちがワーっといらっしゃってましてね。そのイベントですね。三味線弾いてると子どもたちが踊ったりしますね。舞台に上がってきたりね。なんだかデパートの屋上でやってる感じだったっすな。こういうのも楽しいもんだなぁと。伝の会というか邦寿と鉄九郎はいろーんなところでやらせていただきますなぁ。この14年間を振り返ると、ほんといろんなとこでやってますわ。路上、スナックはもちろん観客3人とか・・・。あとは忘れているんでしょうなぁ。あんまりシンドイ思い出はね。けれどもいい思い出ですわなぁ。強くなれますものね。よく邦さんが言ってますけど、悪条件なら悪条件なほど「燃える」んだそうです。こんちくしょーっと思うんですかね。ぜーったいへこたれないぞと思ってテンション上がってくるんだそうですね。すっごいですね。邦さんの底力ですね。「逆境に強い」わけですね。ちょっとでもなんかあるとへこたれちゃう僕を連れてやっているわけですからなおのこと「強く」なるんでしょうね。

12月24日(火) 電通生協会館
ヒネのデザイン事務所に15時に行く。来年2月のお江戸日本橋亭ライヴのチラシを作りに。今ごろ作っているようではいかんのです。11月くらいにはできていなければならんのです。今日デザインが上がっても、ひょっとすると印刷上がりが来年なんです。年に2回の大イベントのお江戸日本橋亭ライヴの宣伝がたった3週間しかできないのです。ほんっとにやになっちゃうよーー。誰にって自分にですな。僕の原稿などが遅れるからこういうことになるんですな。ほとほと自分がイヤになりますなぁ。まっ、とにかく今日中にチラシのデザインは作ってもらわにゃいけません。それともうひとつ、わが家の年賀状もです。毎年毎年ヒネさんにつくってもらっています。十何年そうですな。毎年すっごく気に入る年賀状を作ってくれとるんです。年賀状はそれこそ今年中にできなきゃいけませんよぉ。
夕方からは、昨夜の電通生協会館へ行き、40分伝の会をやってまいりました。22時にヒネのデザイン事務所に再び行き作ってもらいます。午前2時、まずは年賀状ができあがる。休みたいヒネさんを叱咤激励しながらチラシ制作に入ってもらいます。午前8時、でっきたーー。なんとか完成ーー。いろんな人にチェックしてもらいたいんですが、9時に印刷所に入れなければいけませぬ。とほほほ、ヒネさんとふたりで文字校正を。9時すぎに帰宅。

12月25日(水)
お昼にめざめた。枕元にはサンタさんからの「サングラス引換券」。娘は枕元の「夢ねこ」を見つけて大喜びしている。よかったよかった。今年もサンタさんはやってきたのだ。14時に永田町の星陵会館に行かねばならぬ。ダッシュで電車に乗る。なんか頭ボーッとしている。長唄協会秋の演奏会委員の集まりだ。そのあとそのまま銀座の「鳥一」に場所を移し忘年会。楽しい1日だった。帰ろうと思ったら(杵屋)佐吉さんに誘われて一杯飲みに行く。

12月26日(木)
ゆっくりできた1日です。 おとついの徹夜みたいのが後をひいてます。ドヨーンとしてしまって。年ですな、年。ウチの社長の小野木さんなんか毎日すっごいハードスケジュールで飛び回って頭も使いまくってるけど、すっごいなぁと感心しますわ。そのかわりスッゲー物忘れが激しいらしいけど・・・。

12月27日(金)
今年最後のお稽古日。お弟子さんたちは口々に「今年も一年ありがとうございました」と挨拶をしてくれる。「とんでもないです。こっちがありがとうです」とこたえます。よくもまぁ、あたくしのようなもとに通ってきてくださって、と思います。みなさんが来てくださるので「師匠業」なるものをさせていただけるのですな。来年も楽しい空間ができたらなぁとつくづく思う次第でありますなぁ。

12月28日(土) 前進座
来年1月は前進座歌舞伎のため3日から13日まで前進座劇場に通う。今日は「付立て」です。1時間位の舞踊曲の出囃子と文七元結の黒御簾です。12時に集合して舞踊曲の練習をして14時より付立て開始。久しぶりに黒御簾やら、出囃子やらをやったら疲れたわ。目が疲れましたね。譜面見ながら弾いたりしましたからね。こういう商売なんだよなぁと改めて思ったりしてね。最近は伝の会の活動が多いでしょ、だからこういうフツーの仕事というのが新鮮ですね。うれしいものです。

12月29日(日) 
「かあすい(火水)をてきとうにいうとスイカ」
「・・・。」
「おおみそか(大晦日)をへんにいうと、オオみそか」
「・・・えっ?」
「スプーンをへんにいうとスープ」
「なんだよ!」
「クロノア、ちえのわクロアチア」
「だからなんだよっ」
「なんてん(何点)?」
「なにがだよっ!!」

風呂上がりにおつまみを一緒に食べながら
「てがキラキラしてるわ、はは」
「おいっ、その手でさわんなよ」
「ほら、ほんとにキラキラしてるよ」
「さわんなよ、キラキラしてるってことはベトベトしてるってことだぞ」
「ひゃはー」
娘は今日も絶好調

12月30日(月) 前進座で総ざらい
これで今年の仕事納めでやんす。
いやぁ、終わった終わった。一区切りだなぁ・・・しみじみ。
明日はゆっくり家の片づけをしよう。

12月31日(火)
ここんとこお昼前に起きないなぁ。今日も13時過ぎに起床。珍しく家の片づけも真剣にやったので家の中がさっぱりして気持ちが良いのです。簡単な片づけして買い物行って、年越しそばを食べて子どもと遊んでたら2003年になっていた。えっ?!ぜーんぜん気が付かなかったぞ。おっかしいなぁ。除夜の鐘とかも聞こえなかったなぁ。まっ、そんなこんなで無事(?)に2002年、平成14年も幕を閉じたのでありました。では、また来年!!!

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