前へ 伝の会TOP 次へ 戻る

鉄九郎の青?裸々な日常 第89号


2003年3月1日〜31日

伝の会&上妻宏光 音協ツアー

3月1日(土)
三月。え、三月ーっ。はー、早いものだなぁ。もう三月。今月はいろんな所に行く月なのです。ぐわんばって行きましょう。
今日は雨。けっこうな降りでした。寒いし。夜、車の運転にとても気を使いました。雨が降って風がある日はつらいですな。車の運転はしないにこしたことはない感じです。すっごく疲れました。

3月2日(日)
娘「あのさぁ、『ほのぼのれいく』ってさぁ、ずーっと『こどものれいく』っておもってたよ。」
僕「ははは」
娘「よーくみたら『ほのぼの』ってかいてあんだよね。あれっ、まちがってるじゃんっておもってたよ」
「ははは」
娘「・・・きいてんのかーっ」
僕「ははは」
娘「あっ、きいてないな」
僕「聞いてるよー」
娘「ふーん、ひょっこりひょこたんじーまー♪」
僕「なんだよそりゃ、ひょうたんじまでいいんだぞ」
娘「あっ、そうなんだ。たいわんだけに、およぎたいわんーヒャヒャヒャ」
僕「なんやねん」
娘「たいわんだけにおよぎたいわんだよぉ」
僕「うん、あってるけどさ、台湾が唐突だろーよ」
娘「とーとつって?」
僕「なんで突然台湾なんだよ」
娘「ウヒャヒャ、たいわんだけにぃ・・・」
僕「だからなんで台湾だけになんだよ」
娘「たいわんだけにおよぎたいわん」
僕「もういいわ」
娘「たいわんだけにおよぎたいわん、ヒャヒャヒャー」

3月3日(月)
お雛様・耳の日・両さんの誕生日と言う三月三日ですね。娘は飾られてあるお雛様を見ちゃあ、デレデレしている。よっぽどうれしいのだろう。自分のために何かの行事をしてもらうというのはたまらないことだ。年中行事やら季節感を大事にしていきたいものである。

3月4日(火)
娘とお風呂に入ると、娘が犬のマネをする「おおよしよし、水が好きだよな」とか言って無理矢理水を飲ましてからかったりしている。
その犬に、いつのまにか、チロという名前がついた。最初は「ワンワン」としか言わなかったのに、不便なのだろう、高い声色で片言しゃべりをするようになった。
娘「チロは、なにチロっていうの?」
僕「えっ、ああ、山科だ」
娘「ヤマシナチロ?」
僕「ああ、言い名前だろ」
娘「だれがつけたの?」
僕「前の飼い主だな」
娘「まえのかいぬしはどうしたの?」
僕「さあな。オマエには言わないでおこうと思ったんだけど、実はオマエはすてられてたんだよ」
娘「ふーん」
僕「まあ聞いてくれ」
娘「うん」
僕「忘れもしないあれは寒い冬の夜だった・・・あれ?夏だったかな?」
娘「わすれてるじゃないかぁ」
僕「おお、犬のくせに良いつっこみをするな。俺が稽古場から帰って来るときだ。バス通りのたばこの自動販売機の前にさしかかったときのことよ。『ワン』って犬の鳴き声が聞こえてきたんだ」
娘「うん」
僕「あれ?犬かなと振り返って見ると、何もいない。聞き違いかなと思って歩こうとするとまた『ワン』と聞こえる。振り返る、いない。行こうとする『ワン』、振り返る・・・」
娘「すいません、さきをはなしてください」
僕「おお、わかった。確かに犬の鳴き声だと思った俺はよぉ。あたりを見回してみたんだ。そしたらな自動販売機の横に、これぐらいの段ボール箱が置いてある。しかも動いているんだな。ふたを開けてみると・・そこにオメエがへえってたっつうすんぽうよ。首からこれっくらいの名札をさげてよ。そこには『山科チロです。ヨロシク』と書いてあった。その時のこと忘れちゃったか?」
娘「おぼえているワン。あのときはうれしかったワン」
僕「そうかそうか」
娘「あのままじんせいがおわるかとおもったよ。かんしゃだワン。ありがと」
ウルウルしながら犬になった娘は言った。あんまりこういう遊びはしないほうがいいかなぁ。

3月5日(水)
娘「はなはてんしになるよ」
僕「えっ?」
娘「はなはてんしになるよ」
僕「天使?」
娘「うん」
僕「花は天使になるの?」
娘「うん。はなはかれるとてんしになるんだよ」

3月6日(木)
幼稚園で「おわかれ会」。年小・年中さんがまもなく卒業する年長さんを送るという会ですな。そこで娘がお別れのあいさつをするというので見にいったのです。割りゼリフでね。実は僕も田柄幼稚園のなんかのあいさつをしたことがあって、そのときは僕一人で舞台にあがって御礼の言葉を言ったのです。途中で言葉が出てこなくて担任のたなかまさこ先生が「○○・・」と先のセリフを言ってくれたのを未だにはっきり覚えている。34〜5年前のことなのにね。その時の写真があって、それを見ちゃあ何度もその話を母から聞いたからかな。

3月7日(金) 長崎
雨ですなぁ。寒いです。羽田空港にむかいます。傘だけ余計な荷物だな。羽田に行くときいつも浜松町からモノレールをつかっているんだけど、品川に出て京成ライナーで行ってみた。うーんどっちから行っても所要時間はかわらないなぁ。長崎行きのANAに乗る。長崎までどれくらいかかんだろ?一時間半とかかな?いつものように飛行機に乗ってすぐ寝て起きたら飲み物の時間だった。ちょつとしか寝なかったらしい。コーナーのみながら退屈になり備え付けの雑誌を見る。九州の地図が載っている。ははぁ、長崎はここかぁ。福岡・佐賀・長崎となってるのかぁ、へー、ははぁ大分はここにあんのかぁ、高知にすぐじゃんっ、へーっ・・・などと感心しているうちに長崎空港に着く。
同じ便に乗りながら気がつかなった家元ご夫妻らと合流し、お迎えの車でホテルへ行く。お迎えは(松永)忠七郎夫人のなっちゃんと(松永)鉄文吉さん。長崎の大きなお師匠さんである(松永)鉄文歌師の芸歴70年の長唄おさらい会のに呼んでいただいたのです。何年かに一度ずつおやりになっているんだけれど、僕はなかなか呼んでいただく機会がなかったのです。前回のときは外国に行ってたのかなぁ?そんな経緯もあるので今回呼んでいただいたことは実にうれしいですな、はははは。一度ホテルにチェックインしてからふぐをごちそうになりに行きました。いやぁおいしかったなぁ。

3月8日(土) 長崎
8時前に起床。今朝もどんよりしている天気。鉄文歌師の芸歴70年の長唄おさらい会の下ざらいの日です。9時に家元と出発、市民会館へ。さーて弾くぞー。21時前に終わる。おなか減ったーーーっ。「みつわ」というとこで長唄さんお囃子さん全員で食事。焼き肉だーー。食うぞーー。

3月9日(日) 長崎
晴れました。さっすが本番の日。お天気をいただきましたね。鉄文歌師の人柄というか功労というかですな。すっごく盛会で素敵な会でした。うちあげはあこがれの料亭「花月」で大宴会でした。「花月」。そうです「長崎ぶらぶら節」ですなぁ。何年か前のテレビでの「長崎ぶらぶら節」の音楽を担当させてもらったことを思いだしますなぁ。そっかぁてな感じですなぁ。今年で361年目と言っておりましたなぁ。すっごい歴史ですなぁ。坂本龍馬の刀傷と言われている柱もありましたなぁ。ははぁ、てな感じですなぁ。大学のころより追いかけた坂本龍馬とやっとやっと対面したような感じがしましたなぁ。なんだかすつごく贅沢な夜でした。僕はちっとも意識していなかったんですが、長崎という所は僕の中のあこがれであり、来なければいけない所だったような気がしました。鉄文歌師匠に感謝。
編集部注
2001.4.28 松永鉄九郎三味線指導「長崎ぶらぶら節」テレビ朝日系列で21:00-23:06放映。
松永鉄九郎が吉永小百合さんの映画で話題になった「長崎ぶらぶら節」のテレビドラマ版で三味線の指導を担当。出演は市原悦子さん、藤竜也さん、宮沢りえさん他。なんと鉄九郎の弟子の女性陣たち(おさらい「てんの会」でもおなじみの顔触れ)も芸者役で出演。鉄九郎も声と手で出演。さらに同日10:55-11:20メイキング番組が夜の本編放送にさきがけて放映。 『鉄九郎の青?裸々な日常』41-42号に撮影秘話


3月10日(月)
血のつながってない母娘のドラマを見終わって
娘「ママ、あたしとママはチがつながってるんだよね?」
妻「うーん、残念ながらつながってないんだよー」
娘「・・・・・ウエーーーーン」

夕食のお刺身を食べ終わり小皿に残ったお醤油を飲んでる娘を見て
妻「コラッ、そんなもの飲んじゃダメよ。お醤油いっぱい飲んじゃうと死んじゃうんだよ。パパとママに会えなくなるよ。パパとママと遊べなくなるよ。パパとママとずーーっと会えなくなるんだよ!」
娘「・・・・・ウエーーーーン」

長崎から帰ってくると娘が今日二回泣いたんだと教えてくれた。

3月11日(火)
久しぶりにフリーの日。娘も朝起きられず幼稚園をサボった。
「きょうはパパずーっといっしょ?」の問いに久しぶりに「うん」と答えた。
「やったー、じてんしゃのりたい」
娘は先月自転車の補助輪をとったのだ。ちょくちょく妻のコーチで練習しているらしい。自転車の練習にはもってこいの近所の公園に行き練習をはじめる。サドルに座り、足をペダルでなく地面につけてヨタヨタと歩いている。体を支えてやってペダルに足を乗せさせこがせる。すぐこぐのをやめてしまう。
「もつとこがなきゃだめだなぁ、ずっとこいでなきゃ」
「はやくなってこわいよぉ、あぁあぁ」
などと言って怖がっている。それでもちょっとスピードが出るようになってきた。ちょっと手を離すと1〜2メートルは進む。
「おぅ、いけるやないか!」いつもなら手を離さないでと言うのだが今日は言わないなぁなどと思っているうちに5メートルくらい走れた。
「おいっ!やったじゃないかっ!!どーでぃ、乗れたじゃねーか!」
「うん」
親でも恥ずかしくなるような満面の笑みを浮かべる娘。パタリロが笑ったときより笑顔だなぁ。彼女はみるみる上達した。こぎはじめがうまくいかなかったんだがすぐに克服した。ものの3分もしないうちにスイスイ乗れるようになった。

3月12日(水) 伝の会イン田柄幼稚園謝恩会
謝恩会で伝の会を頼んだというのは田柄幼稚園の謝恩会担当のお母さんたちの勇気をかいますな。楽しい謝恩会でした。
あーあ、卒園してしまうのかぁ。幼稚園児が良かったのになぁ。こうやって娘はだんだん大人に近くなっていくのかぁ。

3月13日(木)
16日にあんみ通とライヴをやるんですな。今日は僕の稽古場でセッションのリハーサルをした。なんだかちょいちょいあんみ通が僕の稽古場に来ているような気がする。1月の末にあんみ通のライヴにゲスト出演したときのセッションをビデオで客観的にみながら、あーだこーだとアイデアを出して稽古してみました。

3月14日(金) 伝の会&上妻宏光 音協ツアー 北野文芸座
「長野ですよー」と聞いた時、てっきり泊まりだと思ってスケジュールを組んでいたら日帰りが出来るんですなぁ。長野新幹線で一時間半ほどで長野駅に着くという。名古屋より近いんじゃないかいっ。歌舞伎巡業の中で長野に行くことばかりだったので、「長野=宿泊」という図式が頭に出来ているんですな。
12時近い新幹線に上野から乗ると邦さんアガッチが既に乗車していた。今夜もはりきって弾きましょうってな気になりますな。14時に北野文芸座に到着。僕と邦さんとアガッチの三人で楽屋でムダ話をしてから15時リハーサル開始。あっ、ムダな話ではないですわ。アガッチの世界のこととかをいろいろ聞かせてもらったりしてんです。舞台監督の滝沢くん、音響の半沢さん、照明のホロ主さんといういつものメンバーなので笑いの中トントンと進んでいきます。メインは三人のセッションの音あわせですね。フィナーレの曲とアンコールの曲をやってみるのです。
今回も盛り上がりましたなぁ。いやいや楽しませていただきました。帰りはスタッフみーんなで新幹線だったものだからヤンヤヤンヤと盛り上がりましたわ。

3月15日(土)
娘「こまってふしぎたね」
僕「ん?独楽?どうして?」
娘「ふつうにするとたてないのに、まわすとたてるんだもの」

3月16日(日) 平成の三味線ニスト 伝の会vsあんみ通 関内ホール
あんみ通とのジョイントも何回かやってきましたが、大きな会場でやるのは初めてでしてね。舞台監督の滝沢くん、音響の半沢さん、照明のホロ主さんといういつものメンバーですしね。アガッチもあんみ通も津軽三味線という点では共通しているが、当たり前の話だが、まったく違うジョイントができあがる。あらためて二組の個性を感じさせてもらった。

3月17日(月)
稽古日です。コラーレライヴとマンダラライヴが控えております。ネタどーしよーー。とくにマンダラの時にやる新曲がまだできあがんなーい。20日までにはあげようと邦さんと約束したんだよなぁ。テーマは「まつり」。いろんな人に「まつり」のイメージとか聞いたりして。でもねぇねメロディが出てこないんだよなーー。
あああああああー。
あとは「松永会」でやる「三曲糸の調」。和寿三郎くんのワキをやらせてもらうんだけど、「三曲糸の調」の本手はずいぶん弾いてないからなぁ、うまく思いだせないんだよなぁ。
ああああああああああー。

3月18日(火)
「は(歯)をみがきましょシュッシュッシュー、ブラシのたいそう(体操)オイツチニオイッチニ、じょうぶなは(歯)になれシュッシュッシュー」
と娘が唄っていた。
僕「はじめて聴いたなあ、その曲」
娘「そりゃそうでしょ、あたしがつくったんだもの」
僕「ほほう、てーしたもんじゃねーかい」
娘「にばんもあるんだよ。は(歯)をみがきましょシュッシュッシュー、ゴロゴロうがいもほらねほらねまっしろいは(歯)になれシュッシュッシュー」
僕「うまいねぇ、けど惜しいなぁ、テーマは『まつり』なんだよなぁ」
娘「えっ、なんのこと?」

3月19日(水)
娘が嘔吐下痢症にかかった。友だちからうつったらしい。かかりのお医者の水野先生が「今日は一日なんにも食べる気もないでしょうから座薬だけでいいですよ。」と言っていたが、薬で元気をとりもどした娘はお腹がへったよーと言い出す。食べると気持ち悪くなってしまうからと15分おきくらいにポカリスエットをなめさせる。ついには「おなかへったよーー」と泣き始めた。不憫なことだと思いながらも笑ってしまう。
娘「わんだふるしょうっていうの?」
僕「おうとげりしょうだよ」

3月20日(木)
朝になるとますます元気をとりもどした娘は「ああ、シャケでごはんくいてーー」と唸っている。まだごはんはダメだということで「シャケのせ粥」をパクパクと食べている。

3月21日(金) 黒部コラーレ 伝の会ライヴ
越後湯沢につくと一面雪景色だ。これにはびっくりした。でもそうか、まだまだ雪は残っているしスキー客もいっぱいいるし・・・。
乗り換えて2時間寝ると黒部着。吉枝さんの出迎えでコラーレへ。なんだか自分ちに帰って来た感じのとこなんですわな。楽屋に入るとブルッと来た。悪寒がするのだ。ありゃ、おかしいぞぃ。それでも稽古をはじめて会場でリハーサルをする。ありゃだめだぁ、ついにダウン。あいてる楽屋を寝室にしてもらい、薬飲んで就寝。2〜3時間は寝ただろうか、やけにスッキリ目をさますと開演一時間前だった。おう、元気になったぜー。バッチリライヴをいたしましょー、今夜コラーレに伝の会を観に聴きに来てくださったお客さまへ。
ライヴも無事に終わり、気心の知れたコラーレのスタッフと打ち上げでごさんす。邦さんの「焼酎のお湯割りを二杯飲め」という言葉を守り時間までおつき合いさせていただき11時25分魚津駅発の寝台特急北陸に乗り込む

3月22日(土)
寝台特急は快適だった。個室だったし。体の調子が悪いのを忘れてウキウキしてしまったぐらいだ。それでも乗って20分もしないうちにグッスリ眠ってしまったらしい。6時のアナウンスでなんとか起床。うーー、まだ寝ていたいー。けれども6時19分には上野についてしまうのだー。自宅についたのが7時。まさかまだ誰も起きていないとおもい、そーっとドアをあけたら娘がニコニコして立っていた。あ゛ーーー、ビックリじだーー。絶対起きてない時間なのにーーー。今日は幼稚園の修了式なのだ。つまり卒園式ということなのだ。それに出席するため、やさしい父の僕は寝台特急にのって帰ってきたのだった。妻も昨日は38度くらいの熱をだしダウンしていたそうな。つ、つまり、娘の「わんだふる症」がうつったのかなぁ、夫婦して。「嘔吐下痢症」は普通、大人にはうつらないのだそうだが、見事に夫婦してうつってしまったらしい。そして嘔吐下痢症が大人にうつると、ただのお腹の風邪になるのだそうだ。あつ、まさしくそれにうつったのだ。ま、そんなことはどうでも良いのだ。と、とにかく修了式に行かねばならぬのだー。

久しぶりに「君が代」を唄う。幼稚園児も一生懸命国歌を覚えたのであるな。そして「田柄幼稚園歌」。うーん36年振りくらいに歌ったかしらん。一人一人修了証書を延長先生からいただき、なんだかんだあって子どもたちがお別れの歌なんぞを歌いだすとジーンとしてくる。ここで泣かないと泣くときないぞってなとこだ。子どもたちはシラッとしているのです、はい。そうなんです。今初めてわかったのですが、卒業式やら入学式やらという行事は子ども達のためにあるわけではになく、いや、子ども達のためであるのですが、なによりもかによりも親たちのためにあるんですな、はい、よーくわかりました。我が子が無事に、少なくとも幼稚園を卒園するまでに成長してきたということへの「ジーン」なんですな。「卒園おめでとうむという言葉は子どもたちよりも親たちへの言葉ですな。ホッとしたような寂しいような気持ちですな。

幼稚園から帰ってくると体調不十分な我々は就寝時間といたしました。午後一時くらいです。起きると午後六時になっておりました。お弟子さんから電話で「今日お稽古では?」と言われました。汗がでました。お稽古すっぽかしてしまったのです。ああああー、ごめんなさーい、すんませーん。「あーあ、おこられるよー」とか娘は言ってます。
ごはん食べて午後九時すぎにまた寝ました。
「こっかせいしょうって、とちゅうでおわってるみたいなメロディだよね」と娘が言っていた。

3月23日(日) 伝の会&上妻宏光 音協ツアー 小平会館
いやあ、よく寝たわ。寝過ぎて体が痛いのだ。
上野9時発のスーパーひたちに乗る。日立にむかうのです。アガッチの故郷です。茨城は近いし故郷という感じは薄いにしろ地元でのライヴというのは、うれしいようなドキドキするような、とにかく他の場所とは違った感覚があることには違いないでしょうな。などという雑談を楽屋でかわしながらリハやって15時開演。いやぁ、本日も良い汗を流させていただきました。

3月25日(火) 南青山マンダラライヴ
あいにくの雨です。20日に張り替えがあがってきた三味線が、思ったようにならないんだわ。気に入らないねぇ・・・。てなことで、三味線二挺もって行くことにした。ひさし振りに弾きっぱなしライヴのため、より入念なリハーサルをする。どうも音がきにくわないのだ。出てる音は良いのです。音響さんがセンス良いから。雨ふってるし湿気が多いからスカッととした音はでないにしても、なんやら、とてもはりたての音とはいえない感じなんだよなぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー。っと、ジタバタしても本番はやってくるのであります。
今回の作曲テーマは「まつり」。邦さんと僕がそれぞれ作った「まつり」がどのようにお客さまに届いたかがドキドキするところであります。

3月26日(水)
ふあーーーっ。だるーーーっ。本日は定休日です。

3月27日(木) 伝の会&上妻宏光 音協ツアー 鹿児島市民文化ホール
搭乗口近くのキオスクで本を選んでいたら、脇っ腹をつつかれた。ビクッとするとアガッチが立っていた。早々にアホ面をみられてしまった。
やってきましたーーー、かごーしーまーー。いやー、暑いっすねー、雨が降ってきましたなぁ、会場には車で小一時間かかるというので半眠りの状態でいたら、まぁ桜のきれいなこと。今日明日くらいがサイコーで しょうというくらいの時なんだそうで、満開でまぁねー、よろしーわなぁ。小雨が降っていて桜島がかすんで見えなかったが、桜島のすぐ近所の会館なんですね。
「いやー、このあたりはどこでも温泉なんですよ」
「えっ?・・・・あ、ああなるほど」
もうクーラーが入ってましたね。さっすがですな。終演後主催者の方々においしいお店に連れていっていただきました。家庭的でね。いやぁこれから三日間、毎晩こんなに飲んじゃってていいのかなぁ。あはははははは。

3月28日(金) 伝の会&上妻宏光 音協ツアー 福岡市民会館
本日もとても盛り上がったライヴでした。
みんなで屋台に行こう、ということになりましてね、そうですね、博多と言えば屋台ですね。屋台は良いです、はい。なんつったって、色んな物がある。まぁ、居酒屋だってそうなんですが、焼き物があってラーメンがあって餃子があるというこの姿勢がすきですね。焼鳥屋とラーメン屋を一緒にしたような。僕みたいに飲みながら食べながらの人にはラーメンがあるというのはとてもうれしいです。もちろんお酒は売るほどあるのですけどね。ジャンジャン食べてジャンジャン飲みました、はい。もりやま(古典空間)などは酔っぱらって山田花子とジミー大西をたして2で割ったような人物になっていました。

3月29日(土) 伝の会&上妻宏光 音協ツアー 秋穂町大海総合センター「らんらんドーム」
日本家屋が建ち並ぶ住宅地にまるでモスラが産み落としていったかの如く、銀色の大きなタマゴが見えて来た。
いやぁ、スゴイ景色です。
目を疑うというのはこのことですな。
特撮の映画の中に入っちゃったようで・・・。
どっかからバッサバッサとモスラがやって来そうな雰囲気すらあるほどです。
やってまいりました、へー、これがうわさの、らんらんドームなのか。
なかも不思議な空間でした。いや、素敵な、とても僕の好みの格好良いのですが、ひとつだけ不思議なことがあるのです。350席くらいのちょうど良い空間なのですが、ステージにいますでしょ、ステージから一番遠い客席、つまり一番後ろの客席でさぁね、そこに座った人が隣りの人同士でコソコソって話をしますよね。普通のライヴだったら気にならない光景ですね。第一、話ている姿だって見えやしない。それがですよ、とーっても気になるんですよ。なぜかと言うと、その、一番後ろの人の話声が、ステージにいる僕らの頭の上から聞 こえてくるんですよ。ね、話声に限らず、一番後ろの列の方たちの拍手、くしゃみ、笑い声、せき、げっぷ・・・・。みごとなくらい頭の上から聞こえてきます。タマゴ型のせいなのかははっきりわかりませんが。へーーーーーっ、びつくりです。ということは、一番後ろの席の人たちはステージでしゃべったことが、やはり頭の上から聞こえてくるのかなぁ?という疑問が生じてきまさぁね。
はいはい、私、試してみました。リハーサルの時、一番うしろの席に座ってみましたら、舞台監督がステージでコソコソしゃべっている声が頭の上からしてきましたもの。いやー、なかなか楽しいホールでございました。ここが、このツアーの最後の会場でした。ぼくらもお客さまもとても良い感じで、大盛り上がりで幕をとじたのでございます。
このツアーをご覧になってくだすった全てのお客さまにあつくあつく御礼を申し上げます。

3月30日(日) 京都 かぼちゃん亭ライヴ
10時くらいに邦さんともりやまと仲良く三人でタクシーに乗り小郡駅へ。新幹線乗り継いで午後一時頃京都に着く。そのままかぼちゃの花へ。ここでの伝の会は一年振りだけど、なんか帰ってきたなぁという感じだ。すっごくおいしいお昼ご飯をいただき4階のライヴ会場にカンヅメとなる。今夜のライヴは90分。まず演目を決める。決まるとごろんと横になり昼寝。おもむろに起きて稽古が始まる。考えて見ると「昼寝しよう」とか「稽古しよう」という会話はない。なかなか不思議な光景であろう。
今夜はなかなか良いライヴだったと思う(自分で言うのもなんだけど)。この次も楽しくできたら良いなぁと思った。いつものように大将にごちそうになる。今夜が本当の打ち上げだ。まずはホッとした。四っ日間、精一杯やれたと思う。お客さまに楽しんでいただけたと思うし、自分たちも楽しく出来たと思う。おいしいお酒を味わった。

3月31日(月)
チェックアウトの時間をおそーくに変更してもらった。部屋にマッサージチェアが置いてある。体をもみほぐしてもらっちゃあ、ベッドに移動し熟睡する。そんなことを繰り返していると廃人になりそうだ。


前へ 伝の会TOP 次へ 戻る