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鉄九郎の青?裸々な日常 第90号


2003年4月1日〜30日

三味線ハ消耗品ナリ

4月1日(火)
四月ですなぁ、ああいやいや、本日ちょいと車て走りまわったら、桜満開ですね。ああいや、良いでかなぁ。良い良い良い。「わーー」という気持ちになる瞬間であり季節であるのですなぁ。

4月2日(水)
(松永)和寿三郎くんが来てくれて「三曲糸の調」の稽古です。松永会で僕がワキを弾かせてもらうのです。三月にもいっぺん合わせたのですが、もう一回やってもらいました。

4月3日(木)
5日の松永会の下ざらいがあって夜、娘と二人でボーッとしていたら、娘がビーズを耳にいれてしまってとれないという。左耳を見るとたしかに入っているがとれそうで取れない。救急で日大板橋病院へ。以前、鼻の中にパチンコ玉くらいの玉を入れて取りに行ったときと全く同じだ。あの時と同じ診察台にのってサクッと取ってもらった。取ってもらう寸前にピンセットをハサミだと思った娘はシクシク泣き始めた。かっこわるーい。

4月4日(金)
古典空間のみんなと新井薬師公園て花見。邦さんが早くから場所取りとかしてくれていたらしい。いやぁ、満開の桜ですよ。まさに絵に描いたような花見でしたわ。

上の前歯が一本残っている娘はその前歯を抜きたくてしかたがない。ウズウズするしグラグラするしで歯としての役にたたないらしい。何回か僕や妻や本人がひっぱっているうちに抜けた。「やったー」と大喜びの娘。その顔はひどくおかしな顔だ。

4月5日(土) 松永会 日刊工業ホール
結構な雨がふっている。しかも風が強い。傘が役にたたないくらいに。家元が「ふっちゃったな」と言う。松永会の日はちょくちょく雨や雪だったりする。まぁ季節がらということもあるだろうが、誰が雨男だ、雨女だと言う会話が必ずされている。これも風物詩。

4月6日(日)
上の前歯が二本無くなった娘はキツーイ顔になっている。糸切り歯が牙のようにみえ、鬼みたい。「小鬼(こおに)」と呼ぶことにした。いやがるかと思ったらそうでもなく「こおにー」とか言うと「はーい」と当たり前のように返事をする。
娘「歯がちょっとしかないひとを、こおにっていうでしょ?」
僕「うん」
娘「歯がぜんぶないひとをなんていうでしょう?」
僕「えっ、わかんないなぁ」
娘「こーさん?」
僕「うん」
娘「こたえいおうか?」
僕「うん」
娘「かべ」
僕「えっ?かべ?」
娘「うん。かべはしろいけど歯がないでしょ?」
僕「えっ?」
娘「あたしがかんがえたの」
僕「えっ?・・・・」
なんだかわかんないことを言う。

4月7日(月) 練馬区立田柄小学校入学式
ついに小学生になる日がきましたなぁ。田柄小学校はわが家の塀ごしに隣り。こんなに便利なことはないのだ。おニューの服を着たこどもと父兄が次々と集まってきている。その様子が見られるのが良いな。10時ちょい前に小学校に行く。うわー満開の桜だわ。こんなにたくさんの桜があったんだっけなぁとビックリした。
新入生は101人。都内じゃ多い方だろうなぁ。3クラスあって娘は一年一組になった。体育館で式が始まる。最後に校歌を歌うが、子どもたちはもちろん初めて聞くだろう。父兄だって知らないだろう。父兄の中で普通に歌っている人が何人かいる。母校なのであろう。かく言う僕もふつーに歌っていた。
子どもはともかく、学校となると親は身の引き締まる思いがする。これからの六年という長い時間を覚えているし、楽しいこともイヤなことも思い出す。そしてとても大事なことは、毎朝7時ちょいすぎに起きられるかということだ。娘ではなく親がだ。これがとっても不安なのだ。今日から早めのお風呂、早めの夕食と生活パターンを本気で変えていかなければ。さーて大変だぞー。そんな意味で身の引き締まる思いだったのです。

4月8日(火)
7時起床。あああ、はやーい。今日から学校なのだぁ。娘もなんとか起きて早々とランドセルと黄色の帽子をかぶってスタンバっている。うれしくて仕方ないのだ。なんだか息が荒いぞ。妻に連れられ集団登校の場所まで行く。急に心細くなって泣いたらしい。忙しい子だ。

4月9日(水)
娘「つめたいってふたつあるからね」
僕「・・・・」
娘「こおりがつめたいっ」
僕「・・・・」
娘「じぶんでしなさい!・・ってつめたい」
僕「・・・」
娘「えへへへへ」

4月10日(木)
7時15分起きして三日目。今日はシンドイ。娘が出かけたあと二時間昼寝した。ちょっと元気をとりもどしお稽古場へ出勤。五月五日に師匠のお浚い会があり、そこに出演する師匠のお弟子さんたちがここのところお稽古にやってきている。僕が内弟子に入ったときにはすでに師匠のお弟子さんとしていた人たちだ。20数年前の話になる。お互いに変わったような変わらないような・・・。

4月11日(金)
日舞の会の下ざらいのため四谷区民センターへ。

4月12日(土)
娘「ママがね、おまえはくろうにん(苦労人)だねってきいたからね、そうだよ、くろい(黒い)にんげん(人間)だよってこたえたんだよ」

4月13日(日) 鎌倉まつり
いざ鎌倉へ。湘南新宿ラインが通ったことで家から1時間半もあれば着く。すっげー、おどろきー。一時間半で着くんだよー。ちかーい、スッゲー。鶴ヶ岡八幡宮の奉納舞ですね。花柳花人さんが踊られて、邦さん僕で三味線。(杵屋)六ショーゴさん、(杵屋)五功次くんの唄。お囃子は昌一(望月太意三郎)くんや(福原)徹ちゃん。良いお天気でなによりでしたなぁ。

4月14日(月)
三味線という楽器は消耗品なのです。
これは意外に知られていなかったりします。バイオリンと同じように「古いほど良い」というように思われている方が多ございます。確かに木にしろ象牙にしろ昔のものの方が良い物があっただろうとは想像しやすいですし、実際象牙のバチなどをみますと昔のものの生地の良さといったら、そりゃあ大したものです。ツヤがあってしっとりとしていて、いい感じだったろうなぁと思います。紅木(編集部注:「こうき」と読みます。三味線の棹に用いる木材です。)にしても栄養分はじめ諸々の違いが今と昔にはあるのでしょう。けれども棹にしろ胴にしろバチにしろ使用していると減ってくるものなので、昔つくってそのまま使わずに置いてあるというものでないかぎりすぐれたものとは言いにくいのです。中古はダメということですね。 ひとつの三味線でプロが使っていると10年しか持たないとか15年くらいはなんとかとか言います。 僕の三味線は色々な理由で消耗が激しいのです。とても10年は持たないと思います。10年どころか5年使えるのだろうか?と思っています。頑張ってくれよぉ。

4月15日(火)
マッサージと針をしてもらう夢のような一日です。本人が肩凝りを感じないだけで、かなりこっているということです。たっぷりとやっていただきました。いやーー、気持ちが良かったぁ。

4月16日(水)
娘は小学校が楽しくて仕方がないらしい。男の子にチヤホヤされているのだ。「こくはくされた」とか言っている。へー、そんな時代なんですかねぇ。うかうかしてられんわねぇ。

4月17日(木)
桜も散って暖かい日が続き、今日などはTシャツ一枚でいいような気候ですわ。
ところでケンタッキーフライドチキンが初めて日本にやって来たのは、1970年の大阪万博のアメリカ館の中だったのだそうだ。

4月18日(金)
娘「みず(水)ってすごいよね」
僕「お?どうして?」
娘「みずって、すいどうからでるとさぁ、したにつくまで、まるいまんまなんだよね」
僕「ああそうだなぁ」
娘「おちゃもそうだよね」
僕「ああ、注ぐときにな」
娘「おちゃは、さんかくなんだよ」
僕「ああ、三角かぁ」
娘「みずがすいどうからでてるじゃない」
僕「うん」
娘「そこにさぁ、ゆびでさわるとさぁ」
僕「うん」
娘「こわれちゃうの・・・いひひ」

4月19日(土) 前進座  芝居塾〈歌舞伎のうらおもて〉
川島(佑介)さんの大太鼓と僕の三味線というコンビです。嵐広也さんの司会で歌舞伎の見方を前進座の役者さんたちがやりました。そのお手伝いです。

4月20日(日)
昨日までのあたたかさとはうってかわっての寒さ。小雨も降っている。毎年この季節にはあることだわな。わかってはいるんだけどびっくりしますわなぁ。

4月21日(月)
この、寒さと暖かさが互い違いにやってくる季節に体調を崩しやすい。気を付けねば・・・。でも実は、気を付けねばならないことはそう考える年になっているということだ。

4月22日(火)
長唄三味線を弾くってことが難しいと思いすぎている人が多い気がする。「難しいこと」をしているという「楽しさ」ってのはわかる気がする。「へーっ、三味線をねぇ、難しいでしょう?いやいや、伝統をねぇ、エライですねぇ」と言われることは不快なことではないのかも知れない。でもね、でもね、長唄はそんなに崇め奉るほど難しいものと考えない方がね、ね、ね。難しいって思うことが悪い方に働いちゃうとね。「難しいから出来ない」「無理無理ー」と逃げちゃう人も多くてね。

4月23日(水)
30日のマンダラライヴに坂田美子さんと稲葉美和さんがゲストに来てくださる。「くださる」というほど他人行儀でもないのだが、昨年中国に行ったときに仲良くなったこともあり、一度ご一緒したかった人たちなのです。今日はその打ち合わせ&リハーサルをしました。
ビカム(編集部注:坂田美子さん稲葉美和さん他によるユニット。)のCDの中から「春はあけぼの」と「竹田の子守歌」をジョイントすることになった。薩摩琵琶と箏と長唄三味線でである。どんな音楽になるかが楽しみである。作っている過程でいえば、「良い」かも。もう一曲はセッションですな。おのおの古典を材料にした前代未聞ができるといいなぁ。

4月24日(木)
昨夜娘は今日初めて一人でお風呂に入ったそうな。まぁ、とっくに一人で入浴している子も多いことだろうが、それがわが家のニュースであった。

4月25日(金)
くしゃみがすごい。お弟子さんに聞くところによれば先週から檜の花粉になったそうである。どうりで・・・。昨年ありがたくも「檜花粉症」と診断されたところである。軽症ではあるが、「ああ、檜かぁ」と思うだけでくしゃみが出るわい。

4月26日(土)
土曜日。お稽古日でごんす。お弟子さんが買った三味線と僕がなおしに出していた三味線が届きウキウキしています。いやぁ、新しい三味線っていいなぁ、貸してくれんかなぁ・・・。以前にいただいた三味線があって、カワがやぶけてほっぽってあったのが二つあったんですが、きれいになおしてもらってカワもはっていただいたのです。二つともみごとに生き返りました。くださった方のお母様のお三味線だったのです。くださった方は公私ともにとてもとてもお世話になっている方なので三味線を生き返らせることが出来てホッとしています。贅沢な一日でした。

4月27日(日) 武蔵村山市民会館
「大勝負」の時にも手伝っていただいた仙田貴之丞くんの踊りの会で武蔵村山市民会館にやってきました。駐車場に入るときに「あれっ?」てな気はしました、ええ確かに。つまり、初めて来た所ではないなぁという感覚です。
楽屋に入ると邦さんが「アツシ、ここ点心を録音したとこだよ」と教えてくれました。えっ?点心って?あっ、二枚目のCD「第二幕−点心−」だぁ。へーーっ、そうだったっけなぁ?そう言われてみればそうかなぁ?

4月28日(月)
30日から「邦楽レボリューション」が始まり、5月1日は坂田美子さん稲葉美和さん率いるビカムのライヴがある。琉球舞踊の志田真木ちゃんが出演するという。坂田さん美和さんともども中国ツアーに行った仲間である。いろいろな都合で僕の稽古場でお稽古をすることになった。真木ちゃんはお母様とご一緒に来宅した。ウチの稽古場になつかしい顔が揃った。妙な感じである。昨年の九月の中国ツアーが遠い昔のことのような、昨日のことのようなである。
真木ちゃんと彼女たちの稽古が終わる頃に邦さん登場で30日の伝の会のリハーサルになる。「竹田の子守歌」「春はあけぼの」そしてセッションも良い仕上がりになった。

4月29日(祝) 大阪
鉄平(編集部注:鉄九郎の弟子の松永鉄平)を連れて大阪に来ました。師匠の仕事で「舌出三番叟」を弾くためです。夜帰京します。早い話が日帰りですな。考えてみると大阪日帰りは初めての経験かなぁ。

4月30日(水) 南青山マンダラライヴ
嵐のような天気が予想されていたのですが、夕方にはなんとかおさまりました。坂田美子さんと稲葉美和さんにゲスト出演していただき、楽しいライヴができました。また出来たら良いなぁ。


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